美しい夜
穏やかな声が聞こえると同時に、辺りは静まり返りました。時計台で出会った、あの二人組の魔法使いの声です。テネリが言っていた、あの偉大な魔法使いの声です。周りにいた魔法使い達も辺りを見渡しましたが、青いローブも赤いローブも見当たりません。
「ここじゃよ、ここ」
「ここじゃて、ここ」
声がする方は、空でした。はっとして見上げると、そこには青い竜と赤い竜がいました。青い竜が言います。
「呪われた血の雨が降ると聞いてな。少しでも身を守ろうと竜に変身したんじゃよ。まあ、こんな魔法を使えるのはわしぐらいじゃろうが」
すると赤い竜が言いました。
「わしじゃってつかっておろうが」
「何を言う!お前さんが小人の爪なんぞを入れるから、呪いはまたやり直しになったじゃないか!」
今にも言い争いを始めそうな二人の魔法使いに、私は必死になって頼みました。
「お願いです。どうか私を雲海の国に連れて行ってください。今行けば癒しの雨を降らせて、傷ついた人や竜を助けることができます。お願いです!」
私の言葉を聞いた周りの魔法使いたちは、雲海の国の民がそんなことをするものか、と口々に言っていましたが、青い竜がそれをかき消すように微笑んで言いました。
「だから手伝うと言ってるじゃろう」
赤い竜も続きます。
「連れて行ってやると言っているじゃろう」
空から青い竜と赤い竜が舞い降りてくるのが見えたのでしょう。テネリもやって来ました。テネリはこの竜があの偉大な魔法使いだとは信じられないようでしたが、私が青い竜に乗ると、慌てて赤い竜に乗りました。
「僕だって行く。終わる時は共にあると、古の木だって言っていただろう。それに、一刻も早くデーラを助けたいんだ」
こうして私たちは雲海の国へと飛び立ちました。
偉大な魔法使い達が変身した偉大な竜は、ものすごいスピードで空を登っていきました。雲海の国にたどり着くと、私は一目散に城へと駆けていきました。そして、書斎で終わりを待っているだけのお父様に言ったのです。お父様は私を見て驚きましたが、私は父に私の名を呼ばせるだけの間すら与えませんでした。
「この国の夕焼けウナギを全て解き放ってください!」
父は状況を呑み込めていないようでした。けれど説明している暇はありません。そこへテネリが飛び込んできました。髪の色も瞳の色も変わらない彼にお父様はぎょっとしました。テネリはお父様に詰め寄りました。
「今すぐレイラの言うとおりにしてください」
地上の魔法使いであるテネリから、お父様は目をそらしました。私はお父様の目を見てはっきりと言いました。
「お父様、今なのよ。デズローズ・デモンドの犯した罪を償うのは今なのよ。歴史を繰り返さないためにも、今ここで、争いを終わりにするの」
デズローズという言葉を聞いた途端、お父様の目の色が変わりました。
「追放された我々は、祖先の犯した罪で滅ぶと思っていたが。レイラ・・・」
最後に私の名前を呼ぶと、お父様は立ち上がり、書斎から出ていきました。遠くでお父様の声が響きます。
「この国の夕焼けウナギを全て呪われた血の雨を降らす雲へ解き放て!すべてだ!」
それからあっという間に、雲海の国中の夕焼けウナギが解き放たれました。
呪われた血の雨を降らす雲に触れた途端、夕焼けウナギは自らの危険を感じ、眩く光る体液を出しながら雲を進み始めました。はじめこそ一本の細い糸が横に伸びているような光でしたが、それはあっという間に、波紋のように広がり、辺りの雲を金色に染めました。真っ暗だった夜は、まるで新しい朝のように金色に輝きました。目を細めると、金色に色づくその先頭に、夕焼けウナギが列をなして雲を泳ぐのが見えました。私とテネリは再び青い竜と赤い竜に乗り、大地へと降りていきました。金色の雲からはあの美しい金色の雨が大地に落ちていきます。その雨粒は優しく、温かいものでした。その雨に打たれた竜達は、のそりのそりと起き上がりました。けれど、もう起き上がらない竜もいました。彼らは静かに目を閉じて、その雨に打たれ続けました。やがて彼らは優しい緑に包まれて、美しい花を咲かせました。デーラの腹の傷もふさがりました。ぼろぼろの翼も治り、一つ吠えると空へ向かって高く高く飛んで行きました。私もテネリも、体中の傷が癒えていて、心もなんだか穏やかでした。その世界の変わりように、私は一時、呼吸の仕方も忘れていました。
「レイラ」
テネリが私の手にそっと手を乗せて言いました。呼吸の仕方を思い出すと同時にテネリの顔を見ると、テネリは優しく笑いました。私たちに降り注ぐ雨は、今や元通りの美しい透明な雨でした。それもやがてはやみ、雲は流れて星が見えました。地上から見る星は、なんて小さくて、輝かしいのでしょう。今日は満月のようでした。その白銀に光る月の前を、一匹の大きな白い竜が、翼をはためかせて横切った気がしました。
「綺麗な夜ね」
私がテネリに言うと、テネリも頷きました。
「いつもと何も変わらない」
そう言うテネリの横顔は、どこか懐かしげで、悲しそうでした。
「母さんと、父さんと、満月の夜には、よく月の光を集めていたんだ」
私はなんて声をかければいいのかわからず、テネリのその手をそっと握りしめました。その時、デーラが戻ってきました。テネリはデーラの背中を見て、一瞬声もなく驚きましたが、次の瞬間には笑いながら泣いていました。お父さんです。テネリのお父さんが、デーラの背に乗って、テネリの名前を呼びながら、手を振っています。デーラの前で、二人は抱き合えたのです。ようやく、私たちの争いは終わったのです。
これが「雲海の国」と呼ばれた王国の物語です。その後私たちは地上へおり、地上の魔法使い達と再び一緒に暮らすようになりました。雲海の国の白いお城は地上に根を下ろしました。ただ、私たちは王ではなくなり、このお城もお城ではなくなったので、近々学校に変わるとか変わらないとか。そして王ではなくなった私たちも、地上の魔法使いと共に、仲良く暮らしました。そう、ルルが住んでいたという、あの緑の村のように。物語と違う点はただ一つ、もう竜の争いは起こさない、ということです。デーラが夕飯をねだっているので、もう行かなくちゃいけません。ではまた、いつかどこかで。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。




