クライアのもとへ・・・
次の瞬間、あたりを見渡した私は自分の目を疑いました。金色の花が咲いています。クライアが食べていたという、あの炎の花です。
「クライアがいるのは西の洞窟だろう?どうしてこんな場所に・・・」
テネリはクライアが炎の花を食べていたことを知らないのでしょう。あたりを見渡して、ここが西の洞窟ではないとわかるとデーラに乗ろうとしました。私はすぐにテネリを呼び止めました。先程の古の木の声を頭の中で繰り返します。
「テネリ、クライアはこの炎の花を食べていたの。きっと古の木は私たちにこの花を摘んでクライアに届けて欲しかったのよ。彼は洞窟に閉じ込められてから、何千年も何も食べてこなかった。燃ゆる眼。クライアはきっと、この花をあげれば瞳も力も取り戻せるはずだわ」
それをきいたテネリは納得したように何度も頷くと、すぐさま炎の花を摘み始めました。私も足元に広がる温かな花を一本一本摘んでいきました。テネリと二人で花を摘み、それまで私が着ていたローブにしまいました。ローブがいっぱいになると、テネリがデーラに乗りながら言いました。
「ここは南にある太陽の丘だ。炎の花はここでしか咲かないからね。さあ、デーラ、西へ向かうんだ。」
私もデーラに飛び乗ると、デーラはあたりの炎の花を散らすほどの咆哮をし、一気に大空へと飛び立ちました。
空高く昇り、ふと振り返った時、私は知ったのです。古の木が、私たちをどれほどの危険から逃がしてくれたのかを。太古の森は東と南のはずれにありました。そして、すでにそこは呪われた血の雨の中にあったのです。赤黒い雲がその周辺の空に広がり、太古の森は血の雨に打たれて枯れ果てていました。遠くから争う竜達の叫び声が聞こえます。私は怖くて目の前のテネリの背中に顔をうずめました。テネリは笛を吹き、周りの白い雲だけを集めました。再びデーラの翼が丘のように大きくなります。私たちは血の雨を降らすあの恐ろしい雲から逃げるように、炎の花を抱きかかえたまま西へと飛んで行ったのです。
刻一刻と呪われた血の雨が広がっていると思うと、西の洞窟にたどり着くまでが永遠にさえ感じられました。しかし実際は太陽が少し傾く間にたどり着きました。私とテネリはデーラから降り、目の前にそびえる黒々とした洞窟へと入っていきました。洞窟の中は暗かったのですが、ここで夕焼けウナギの体液が入った小瓶が役に立ちました。ぎゅっと握りしめると、優しい夕日のような光で周りを照らしてくれたのです。デーラを先頭に、テネリと私が続きます。しかし私たちは、すぐに歩みを止めなければなりませんでした。それどころか、息をすることさえ控えたほどです。先頭を行くデーラが低く静かに唸り始めたので、私とテネリが行く手を覗き込みました。すると二つに枝分かれした道の左から、誰かの話声が聞こえてきたのです。テネリの笛の魔法は音が鳴ってしまうので、個々では使えません。そこで洞窟の壁の窪みに隠れるよう、テネリが手だけで合図をしました。驚いたことに、大きな体のデーラの方が私よりも静かに、それも素早くテネリの指示に従いました。私たちが窪みにすっぽりと身を隠すと、奥から手の上で炎を転がしながら、二人の魔法使いが現れました。どちらも深い紫のローブを身に纏っていました。手の上で揺らめく炎が、二人の胸元を照らしました。赤い剣と竜の吐く炎が交差する紋様が見えました。
「デズローズの崇拝者だ」
テネリが憎悪に溢れた声で、歯の隙間から息を漏らすように囁きました。私はそんなことよりも、この二人が私たちの存在に気がつくのではないかと、心底怯えていました。今や二人の魔法使いは私たちのほんの数メートル先まで来ていたのですから。
「もうじきここらにも降り始めるだろう」
「本当に大丈夫なのか?この洞窟が崩壊するってことはないだろうな?」
はじめはくぐもって聞こえていた二人の会話も、はっきりと聞こえるようになりました。
「ああ、大丈夫だ。それにしても、最後の巡回だなんて、嫌な役目だ」
「同感だな。でも北の竜達を争わせる作戦をおじゃんにしたんだ。このくらいの罰で済んで幸いってもんよ」
どちらかの魔法使いが鼻で笑いました。
「まあ、たった六人で世界を終わらせようって言うんだ。一人たりとも無駄には殺したくないんだろうよ」
「九人だろう。グルダにジャーズ、ハログデッドも忘れるな。さあ、異常なしだ。ほらみろ、向こうの空がもうあんなに不気味に赤く染まってやがる。どうだ、最後に太陽でも見ておこうぜ。もうじきここの空も血で覆われる。あいつらの為にも、祈りを捧げようぜ」
「ああ、そうだな。血に打たれた、勇敢なる友に」
二人はそう言いながら、私たちの前を過ぎていきました。それから少しだけ外を眺めてから、再び私たちの前を通り過ぎ、元来た道を戻っていきました。
彼らが完全にいなくなったことを確かめたテネリは、窪みから這い出ました。私も彼に続きましたが、体についた汚れを払っている時、すぐ目の前にいるテネリの体が震えている事に気がつきました。はっとして顔を上げると、そこには今まで見た事がないほど怒ったテネリがいました。
「テネリ」
思わず私がその名を呼ぶと、テネリは心の底からの憎しみと共に言いました。
「あいつらが、あいつらが・・・。竜達をそそのかして、争わせたんだ。あいつらが」
突然が胸元の笛を手に駆けだしたので、私はすぐさま必死に手を伸ばしました。なんとか彼の腕を掴み、そのままもう片方の腕も押さえました。
「レイラ、僕はあいつらを殺す。デドンを、母さんを、父さんを、僕らを、こんなひどい目に合わせたんだ。自分達だけこんな場所に隠れて。あいつらを外に引きずり出して、同じように血の雨に打たせてやるんだ!」
初めて殺意という感情を目の前にした私は、相手がテネリだとわかっているのに、恐ろしくて震えが止まりませんでした。
「お願いテネリ。私たちはクライアを助けるのよ。そしてみんなを守るのよ。それが私たちの今すべきことよ、誰かを殺す事じゃない」
テネリは私の腕を振り払おうともがきながら、大声で怒鳴りました。洞窟の奥にいる彼らに聞こえようが、もうお構いなしです。
「父さんが生きてるかどうかなんて、僕にはわからない。もしかしたら僕にはもう、守らなきゃいけないものなんて、何一つ残ってないかもしれないんだ!あいつらのせいで!あいつらのせいで!絶対に許さない!絶対に殺してやる!」
「正義は人を殺さないって、あなたが言ったのに!」
テネリの恐ろしい殺意に打ちひしがれた私は、絶望の声をあげました。デーラもテネリのいく手を阻み、鋭い眼光で彼を睨みつけました。それでも、私も、テネリも、デーラの瞳の中に深い悲しみが震えているのに気がつきました。デーラも同じように悲しんでいるのです。耐えられない程の絶望と憎しみ、怒りと寂しさでいっぱいいっぱいなのです。テネリはもがくのをやめ、その場にうずくまりました。暗い洞窟の中で、遠くからテネリの叫びに気がついた彼らが騒ぐ声が聞こえてきます。私はテネリを立たせると、その手を無理やり引っ張って右の洞穴へと進みました。どうしてか、クライアがこの先にいるということが、はっきりとわかっていたのです。




