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紅茶を淹れてほっと一息つく。

マルクル先輩も無言で紅茶を飲んでいるので、これも不味くはないと言うことなのだろう。

何か話すわけでもなく自然の音に耳を傾けていると、紅茶を飲み終えた先輩がカップを置いてシートに遠慮なく寝転んだ。

シートから足がはみ出して芝に直接、触れているのも気にせずになんというか寝る気満々の態勢に見える。


「先輩、もしかして寝ようとしてます?」

「やることないだろ」

「まぁ…そうですね」


ないもんは、ないので仕方ない。正確に先輩がいつから起きているのか知らないが、早くから起きていたか寝ていないだろうことは分かる。

なのでお疲れの先輩を引き留めようとは思わなかった。


「じゃあ私は持ってきた小説でも読んでますね。お昼になったら起こしましょうか?」

「エヴラールが戻ってきたら嫌でも起きる」

「それは遠回しにアンドリ先輩はやかましい、って言ってます?」

「その通りだろ」


これは、まだ不機嫌ってことにしておこう。それにマルクル先輩がアンドリ先輩に辛辣なのは、今に始まったことでもない。

もう目を閉じているマルクル先輩の横顔を少しだけ盗み見てから、実は持ってきていた小説を鞄から取り出した。

朝、読んでいたものをそのまま借りて来ていたのだ。

こういうところで読書っていうのも、趣があっていいよね。

そうして暫くは小説に集中していたので、風が吹き抜け木の葉が揺れる音も鳥の囀りさえも耳に届くことはなかった。

静かに読み進めているうちに小説が一区切りついたので、今がどれくらいの時間帯なのかを把握しようと顔を上げる。

その目に、何故か行儀よくお座りしている大きな犬の姿が飛び込んできて思わず見つめ合ってしまった。

全く予想していなかった存在の登場に言葉を失っている私と違い、犬はヘッヘッと舌を出している。

こんなところに犬?なんでぇ?

どうしたものか分からないまま、とりあえず小説を閉じて脇に置くと改めて犬の方を見た。

果たしていつから、ここに座っていたのかは考えても分からないだろう。

だが、じっと座っているだけの姿にいきなり牙をむき出しにして襲ってくることはないだろうと判断した。


「あの~、どうかした?」


犬に人間の言葉が分かるわけないと思いつつも、話しかけてしまう。

ただ犬は私の言葉を理解したかのように「ワンッ」と一声だけ吠えた。うーむ、今度は私が犬の言葉を分からない…。

分かってあげたいのはやまやまなのだけど、残念なことに動物の言葉を翻訳できる機械はここにはないのよね。

ここに犬がいる理由。

分かることを挙げるとすれば、この犬は野生だろうと言うこと。

それとふかふかのパンのような小麦色の体毛が大変にふわふわとしており、とても触りたい…あ、そうか!

もしかして食べるものを求めて、ここにいるのかも!


「もしかして、お腹空いてるの?」

「ワンッ!」


一際、元気よく吠えた犬に多分そうなのだろうと思うことにした。それにしても、やっぱり犬も可愛いよなぁ。

犬も猫も可愛いんだから、どっちかなんて決めてしまう方が勿体ないよね!


「この子でも食べられそうなもの…」


持ってきた昼食を全て上げるようなことは出来ないが、私の分ならいくらでも上げて問題ないはずだ。

バスケットから犬でも食べられそうなサンドイッチとついでにクッキーも適当に数枚、取り出して皿の上に置く。


「これなら大丈夫かな」


特別に犬用に取り分けた皿を、そっと前に置けば衝動的に食べることはなく私の方を窺ってくる。


「どうぞ。召し上がれ」


私がそう言えば、がっつくようなことはせず散らかさないように丁寧に食べ始めた。

意外にも丁寧な食べ方をするものだ。

それにしても私が“どうぞ”と言うまで食べようとしなかった、この賢い犬は元は誰かの飼い犬だったのだろうか?

首輪がつけられているようでもなかったので、野生だと思ったのだが。それにしては、人に慣れている様子も見られる。

となると、この子は捨て犬と言うのが正しいのかな…。犬が食べている様子を見つめながら、そんなことを考えて遣る瀬無い気持ちが湧いた。

そのうちに、もう食べ終わってしまいそうなことに気付く。

水もいるかなと考えて視線を巡らせれば、寝ていたはずのマルクル先輩が起きて同じように犬を見ていたことに私は声もなく驚いた。


「…起きたんですね…」

「ついさっき、鳴き声で起きた」

「あぁ、はい」


起きたのなら今じゃなくて、起きた直後に何かアクションでもしてくれませんか?心臓に悪いんですけど。

気付かれないように静かに起きるって何なんですか。

寝てる時も随分と静かだったし。というか、本当に寝てました?狸寝入りとか?

その間に食べ終えた犬が満足そうに舌なめずりをしていたので、水は良いかと思い直した。


「ワンワンッ」


食べ終えた犬が私の方を見ながら、また吠える。

お礼を言ってくれているような気がするけど、それなら撫でさせてくれないかな?触ってもいいかな?大丈夫かな?


「ねぇ先輩。撫でてもいいと思います?この子」

「…」


なんとなく隣にいた先輩に聞いてみると、先輩は特に何か答える訳でもなく無言で犬の方を見やる。

犬も無言で先輩の方を見返した。


「噛まないだろ?」

「ワンッ!」


おもむろに問うた先輩の言葉に、犬が元気に吠える。何だか本当に会話が出来ているみたいだ。

先輩がそっと犬に掌を差し出してみれば、犬はその手に懐くように口を寄せた。可愛い!

犬の横顔を撫でながら、先輩が最終的な判断を下す。


「大丈夫だそうだ」

「本当ですか?」


今は顎の方を撫でられている犬と先輩を交互に見ながら、結局は犬に視線を固定した。

目を閉じて気持ちよさそうに撫でられている犬は尻尾までパタパタと振っている。

先輩がすっと手を引いたので今度は私がそぉーっと掌を向けて下から差し出してみれば、犬は私の掌にぽすんと顎を乗せて私のことを見上げて来た。

なにそれ、可愛い!!めっちゃ可愛い!


「先輩、先輩。この子、可愛いです!」

「よかったな」


やわやわと顎を撫でたり、慣れてきたら頭を撫でたりしていれば唐突に犬が立ち上がり周囲を見渡す。

急にどうしたのだろうか?動きを邪魔するようなことはせず見ていると、犬はまた吠えた。


「ワンワンッワンッ」


何かを吠えてから、尻尾を垂れさせた犬は何やら悲しそうに見えた。

相変わらず何を言っているのかは分からなかったが、ちょっと悲しそうな雰囲気を見るにもう去っていってしまうのかな?

お別れを言っているのではないかと考えているうちに、犬は私たちの背後にある木々の方に入って行ってしまった。

まともにお別れを言うことも出来なかったな。


「行っちゃった…」

「そうだな」


もう姿も見えなくなってしまって、残念極まりない。

でもこの木々の奥に、犬の住処があるのだろうか。後を追いかけたいような気持ちはあるのだが、そろそろと戻って来たアンドリ先輩の声が遠くから聞こえて来た。

犬の姿を探すように後ろに向けていた顔をもとに戻して、顔を前に向けた。


「あれー?2人だけー?」

「そうですよー」

「誰かが構わず先に行ったもんで、見張りをしてやってるんだ」

「わぁーだれだろー?」


わざとらしいなぁ。別に気にしてませんけど。アンドリ先輩が戻って来たということは、もうお昼ということでいいだろう。


「あら、もう食べちゃったのかしらぁ?」


そういえば皿が出したままだったな。リュドミラ先輩に問われて私は「はい」と答えた。


「だから、私の分は気にしないで下さい」

「そう?分かったわぁ」


リュドミラ先輩が戻って来てから早速、昼食の準備をし始めたのを私も手伝うことにした。

アンドリ先輩はというと、マルクル先輩に絡みにいって何やら絡まれれば面倒になりそうな雰囲気を醸し出している。


「でさー、2人は何してたのー?」


だから、そんなニヤニヤと意味ありげに笑っているんですか。魂胆が透けて見えてますよ。

私は聞こえないふりで、アンドリ先輩のことはマルクル先輩に任せることにする。


「俺は寝てた」

「え、お前寝てたの?」

「あいつは小説読んでたらしい」

「えぇー…」


私は背を向けているので、分からないがどうせ期待外れとでも言いたげな視線を向けているのだろう。

見なくても声から、そう察することが出来た。

逆に何を期待していたのか。アンドリ先輩とリュドミラ先輩じゃないんですから。

何か期待するなら、今だとイリーナとプルーストの方じゃないですか?まだ戻ってきていないし、今からどんな感じで戻って来るのか楽しみだ。


「お前さー…」

「…この場合、誰が悪いと思う?」

「あ、ごめんなさーい」


潔いなぁ。ともかくアンドリ先輩は、マルクル先輩の神経を逆なでさせるようなことを言わないように気を付けてみてはどうですか?少なくとも今日の間は。

また鉄拳制裁喰らう前に逃げて来たアンドリ先輩が私たちと言うよりも、リュドミラ先輩の傍まで逃げて来た。

リュドミラ先輩が淹れてくれた紅茶をマルクル先輩にも渡し、後の2人のことを待たず先に食べ始めていると少し遅れて戻って来た。

遠目に見える2人の距離感は見送った時と、特に変わった様子はない。

事情を知っている私から言わせてもらえれば、何とももどかしい距離感に思えた。

ちょっと場所が狭かったのでマルクル先輩に場所を詰めるよう、服をつまんで引けば黙って私の方によって場所を空ける。

空いた場所に座った2人にアンドリ先輩が、目を付けるのは早かったが今度はリュドミラ先輩に止められていた。

懲りない人だなぁ…。

全員で揃って昼食を食べていると、たくさんあったはずの昼食はあっという間になくなってしまった。

私は動いたわけでもないので、少しつまんだだけだ。

ほとんど男子組のお腹の中に納まっていった気がする。マルクル先輩だって、寝てただけなのに普通に食べてたし。

やっぱ胃の容量が違うんだろうな。

クッキーもお披露目した後は、数分も経たずになくなった。

特にアンドリ先輩が率先して食べてた気がする。その中にはリュドミラ先輩だけでなく、私とイリーナの作ったものも入ってるのをお忘れなく。

お昼を食べ終えて、片づけまで済ませたら食休憩をしながら午後からは何をしようかと皆で話し合った。


「ボートは乗れたかしらぁ?」

「乗りました!楽しかったです!」

「ボート以外で、他に何かあるー?」

「特に何も持ってきてないですからね」


そうなんだよなぁ。外で遊ぶ何かを持ってきているわけでもないので、このままだと暇を持て余しそうだ。

せっかくだから皆で何か、出来ることがあればいいのだけど。


「あ、探検とかします?」


背後にある木々の方を指差しながら、何気なく提案してみる。

もう一回、あの犬に会えるかもー、なんて打算的な思いも含まれてはいるのだが。

これに賛同が集まることはないだろうな。湖まで来てわざわざ、木の生い茂る中に分け入っていくようなことはしないだろう。

これが断られたらちゃんとした別のものを考えようと、思っていればアンドリ先輩が指を鳴らした。


「よし、それにしよう」

「え?」

「探検!面白そう!」

「あれ?」


予想外にイリーナまでもが食いついてくると他の皆も何故かいいね、と乗り気な雰囲気になっていた。

な、なんでだ!何があるかも分からないのに?いや、むしろ何があるか分からないからか!?

私が気まずげに逸らした視線がマルクル先輩と合うと、先輩の視線がまるで『馬鹿なことを言ったな』と語っているようで逆に目を逸らした。

分かってるなら、止める側に回ってくれてもいいのに!


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