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2時間も馬車に乗りっぱなしだと、流石に窮屈さを感じて来る。

私たち3人が乗っても余裕があるくらい広い馬車とはいえ外の空気が恋しくなってくるころに、ようやく短い休憩を挟むことになった。

馬車が止まったのを感じ御者に開けられた扉から、外に出て揺れない地に足をつける。なんか妙な安定感。

外に出たことでそよぐ風に、髪がふわりと浮き上がるのを片手で抑えた。

はぁー、この解放感に何だかハイな気分になってしまう。

緑が多い景色の中で遠くに村らしきものと大き目の畑。そこで働く大人たちと、その近くで邪魔をしないように駆け回る子供たちの姿を何とはなしに目で追っていた。

なんで子供の頃って程よい棒があると持ちたくなってしまうんだろうね?


「ここに村なんてあったんですね」

「こんなことでもなければ気づかなかったでしょうねぇ」


そう話す私たちの横でイリーナが子供たちが持っている棒のことを首を傾げながらも興味津々と言った感じで見ていた。

あの棒に何か深い意味があるわけじゃないから気にしても無駄だ、とは言わないでおこう。

少し歩いてきますと1人、離れ道に沿ってゆっくり歩いていると畑の脇で座っているおばあさんと目が合った。


「おやまぁ、お忍びでこんなとこまで来はったのか?」

「お忍びではないですけど、この先にある湖へ遊びに行く途中です」

「あっこかぁ」

「はい。何か曰くでもあったりしますか?」


あったら話のネタになるかもしれない。

湖のことを知っている様子のおばあさんに、ちょっとした興味本位で聞いてみるとおばあさんはからからと笑いながら否定の意味を込めて手を横に振った。


「ないない。あっこのことは知っとるけど、ここからはちょっと遠いでなぁ。よう寄らん」

「そうでしたか…」


どうやら曰くつきというわけではないらしい。そのことは残念と思わず、安心できたと思うことにした。

まぁ馬車でも、またここから2時間ほどはかかる行程だしね。

この村はどうやら近くに川が通っており、井戸も綺麗に整備されているみたいなのでわざわざ遠くの湖にまで行くような用事はないと言う訳か。


「お嬢ちゃんは、どっかのお姫様じゃないんか?」

「いえ、違いますけど…どうして?」

「ほやったか。いやな、わしが若い頃に見たお姫様がそんな綺麗な髪色しとったでなぁ」


ほほう、お姫様がねぇ…。綺麗な髪色と言われたことが、少し嬉しくて意味もなく手で髪を梳いた。

この母譲りのシルバーの髪色が、何処の由来であるのか詳しくは知らない。

ただ母がこの国の人でないことは知っているので、もしかしたらどこかの国のお姫様だったなんてことはあり得ない話でもないのかも?

だとするとお父様は、どこかの国のお姫様と恋に落ちて結婚までしたってことになるの!?

いや、いきなり現実味が薄れたな…。


「それってどこで見たか覚えておいでですか?」


おばあさんからどこで見たのかを聞ければ話は早いだろうと思い聞いてみる。


「何処やったかなぁ。これでも若い頃は、いろんなとこ行っとったんよ」

「それはすごいですね!」

「ほうけぇ、照れるのぉ。まぁ今のじい様と会ってここで落ち着くことにしたんじゃ」

「あら素敵。今おじい様は?」

「そこで畑、弄っとるよぉ」


思わぬところで人に歴史ありなところを見てしまった。

おばあさんに指差されていることに気付いたおじいさんに会釈したところで、リュドミラ先輩に遠くから呼ばれたのでおばあさんに別れを告げた。

結局、分からなかったな。母の話をこれまで聞くのは避けてきたのだが、いい機会だし実家に戻ったら父に聞いてみようと決心する。

教えてくれるかどうかは、分からないけれど。

馬車まで戻り、そこからは休憩なしでまた2時間ほど馬車に揺られた。

別荘に着いた頃には丁度、昼と言ったあたりで既に昼食の準備が済んでいるそうなので3人の総意で食べようと相成った。

せっかくならと言ったリュドミラ先輩の手配により外の庭園で食べられるように、ものの数十分ほどで場が整えられ庭園まで移動する。

花壇に植えられた花はどれも綺麗に咲いており、それが眺められる位置に丸いテーブルと3人分の椅子が置かれていた。

それぞれ座ると、自然と昼食が始まった。


「このジャム美味しい!」

「ここで育てた果物を使ったものなの。お口に合ったようで良かったわぁ」


それいいなー。私も屋敷の裏庭で何か育ててみようかなぁ。

ジャムとクロテッドクリームを塗ったスコーンをぱくりと食いついてもぐもぐと咀嚼する。美味しい!


「そういえばアンドリ先輩っていつ来る予定なんですか?」


口の中のものを飲み込んでから、ふと思いついたことを聞いてみる。

今日来るということはないだろうが、明日なのか明後日なのかくらいはもう決まっていることだろう。


「明日よぉ。早いわよねぇ」

「まぁ、予想通りです」


まぁ明後日はもう帰る日だしね。来るとしたら明日だと思ってましたよ。

和気藹々とした昼食を終えると、そのまま庭園で食後の紅茶を楽しみながらお喋りを続けていた。

するとイリーナが唐突に手を挙げて私とリュドミラ先輩の視線を集める。


「あ、あの。リュドミラ先輩に聞きたいことがあります!」

「あら、なにかしらぁ?」


イリーナが聞きたいこととは何だろうか?お茶を飲みながらイリーナの言葉を待っていると、少しの間があってから頬をピンクに染めて口を開いた。


「アンドリ先輩とリュドミラ先輩っていつから、こっ婚約してるんですか?」


それは意外と言えば、意外な質問ではあった。

確かに婚約関係にあることは知っていたが、これまで詳しく聞いたことはなかったものね。

やっぱ女の子って、そういうことは気になるものなのかな?私はさして興味がなかったので、黙ったまま問われた本人であるリュドミラ先輩に視線を向ける。

そのリュドミラ先輩はと言えば、変わらない微笑を浮かべて「あらあら」と頬に手を当てているだけだった。

普通こういうのって、聞かれた方が照れるものだと思ってたわ…。


「急ねぇ。どうしたのかしらぁ?」

「ぁう…そのぉ…」


逆にそう問われたイリーナは、今度は顔全体をリンゴのように赤くさせている。ホントに、どうしたんだろうね?


「ふふっ、そうねぇ。私から先に答えましょうかぁ。…あれは、私が6歳の時だったわ」


イリーナからの答えを待つよりも、先に語り始めたリュドミラ先輩の話に耳を傾けた。


「その年の頃に、エヴとクラウスに初めて会ったの」


へぇー。6歳からの付き合いなのか。その縁がこの年まで続いているとなると、幼馴染というのも納得です。


「そして初めて会ったその日に、エヴから告白されたわぁ」

「はやっ!」

「え、すごい!」


いや、早くない?告白に至ったまでのあまりの行動の素早さと決断の速さに、私もイリーナも驚く。

私の場合は若干、引いてるのは仕方ないと思うんだ。

もうちょっと段階を踏んでから、とか一瞬でも頭に過らなかったんですかね?


「うふふ、凄いでしょう?もちろん、最初はお断りしたのよぉ」

「でしょうね…」


むしろ、それが常識的な返しだと思う。でも現在、婚約関係になっているということは…そうなるまでに何かがあったことは間違いないだろう。

これは段々と気になって来たぞ。


「でもエヴったら、それで諦めてくれなくてねぇ」

「何かしたんですか?」


促すようには私から聞いてみるとリュドミラ先輩から、過去のアンドリ先輩がリュドミラ先輩との将来を掴むためにどれだけ積極的に行動したのかを教えてくれた。

まず何はなくとも暇があれば毎日くらい会いに来る。会いに来てはアンドリ先輩が告白をしてリュドミラ先輩に断られるまでがセットの恒例行事と化していたらしい。

その次にリュドミラ先輩の望みには、なるべく応える。

何故“なるべく”なのかと言えば、例えばリュドミラ先輩に「もう会いに来ないで」と言われたとしよう。

というか実際に言ったことがあるそうなのだが…ただアンドリ先輩がそれを聞くことはなく、むしろ言われた次の日は必ず会いに行ったという。

うわー、はた迷惑な…。

そして会えない日や顔を見られなかった日には、自分代わりの手紙を欠かさずリュドミラ先輩に届けたそうだ。

毎度ご丁寧に、季節の花を添え香りをつけて…リュドミラ先輩のことだけを考えた、情熱的な愛の言葉を手紙として綴り送り届ける。

私それなりに手紙書きますけど、その行動力は真似できそうにないな。

これらの他にもいろいろとあったそうだが、これだけでもうお腹いっぱいです。人って愛のためなら何でも出来るものなんですかね?

そんなこんなで手を変え品を変え、愛を伝え続けて約5年。やがてアンドリ先輩からの告白を受け入れ、晴れて2人の間に婚約関係が結ばれたという。

まだ婚約状態なのは、学生のうちに結婚はまだ早いというだけの理由だった。

それにしても5年って…。アンドリ先輩、心強いなぁ。少なくとも5年分は振られてるわけだもんね。

聞き終わってから私は思わず眉を顰めていたが、イリーナは呆然としているようだ。

リュドミラ先輩がアンドリ先輩のことを語っている時、困った風でも照れている風でもなくずっと微笑んでいるだけだった。

実はマルクル先輩よりも表情が読めないのって、この人だったりするんだよなぁ。


「こんなにも、私のことを愛してくれる人がいるのよ?私が受け入れてあげなきゃ可哀想じゃない」


可哀想、と来たか。そこまで愛されている自信があるリュドミラ先輩が凄いのか、そうまで言われるアンドリ先輩が凄いのか私には判断がつきそうもない。

ただリュドミラ先輩がそれを言う時だけ、普段の大人らしい微笑からどこか少女然としたものに変わったことが印象的だった。


「なんで5年だったんですか?」


5年も受け入れなかったのだ。それなら、これから先も受け入れないという選択肢だってあったはず。

私が聞いてみると、リュドミラ先輩は先ほどの印象を消してまた普段のものに戻ってからうふふっと笑った。


「その1年後にエヴが学園に入ってしまうからよぉ」


あー、なんか納得してしまった。

多分だが1年後にアンドリ先輩が学園に入学を果たしたとして、まだリュドミラ先輩との片思い関係が続いていた場合。

アンドリ先輩が学業よりもリュドミラ先輩のことを優先するだろうことは間違いない。

そしてギリギリにしなかった理由は、浮かれたアンドリ先輩がリュドミラ先輩のことをこれまた優先しないという確証がなかったからだろう。

要は1年という婚約関係を楽しむ期間をリュドミラ先輩から与えられたわけだ。

時期としてはそれで妥当なのかもしれないが、それだけ聞くとただアンドリ先輩に絆されてあげただけのような…。


「リュドミラ先輩は…その5年の間に他に好きな人が出来るかも、とか考えてたりしたんですか?」


流石に『アンドリ先輩のことちゃんと好きなんですか?』と直接的に聞くことが出来なくて、違う質問で誤魔化した。

この疑問は私の心の奥深くに閉まっておこう。


「そうねぇ…」


問われたリュドミラ先輩はじっと私の方を見てから、いつものように頬に手を当て微笑んだ。


「考えてたような、気もするわねぇ」


いまいち要領を得ない曖昧な答えに、私とイリーナで2人して首を傾げたのを見てリュドミラ先輩が楽しそうに笑っていた。

まぁアンドリ先輩のことだから、リュドミラ先輩の本当に嫌なことはしないだろう。

とりあえず、そこだけは信じてますからね!アンドリ先輩!


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