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不安と緊張で迎えたセリア夫人の誕生パーティーを無事に乗り越え、やっと私に訪れた平穏なサマーホリデーのある日。
とある一通の手紙が私の元に届けられた。
どうやらそれはソフィーからの手紙だったようで、私はそれをグレタから受け取ると自室へと戻る。
ソフィーからの手紙は、これで2通目だな。
椅子に座って早速、丁寧に手紙を開けていくと中にはそれなりに多い枚数の便箋が折りたたまれて入っているのが分かった。
その枚数にそれほど私に伝えたいことがたくさんあるのかな、と考えると何だか微笑ましくなってしまう。
便箋を全て手に取り広げてみると前に見たソフィーの字よりも大分、書くのが上達していることが一目で窺えた。
それだけ、いっぱい練習をしたりしたのだろうか。
些細な変化にも、ふわふわとした優しい気持ちが胸中に湧いて出て幸せな気持ちになれた。
間違えないよう確認して、ちゃんと1枚目から読んでいく。
最初は無難な挨拶と学院でも最近になってホリデー期間に入ったのだと書かれてあった。
学園と学院だとお休みに入る時期も、期間も違うのだろうなぁ。
それからは前回、私が送った手紙に対する返事が書かれたその後で現在彼女が学院で何を学んでいるのかが綴られていた。
どうやら現在の彼女は基礎の基礎から少しずつ学んでいるところのようだ。基礎は大事だからね。
それにしてもここまで読んで思ったことなのだが学院で何を学んでいるのかは書いてあっても、どんな生活を送っているのかは書かれていなかった。
書かれていないことが不思議、と言う訳ではないのだが…。
私としてはもしかしたらリョウのことが書かれていたりするかもと思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。
リョウにはソフィーのことを話しているし、興味本位でも彼の方から顔を見に行くものかと思っていた。
けれど、お休みに入ってしまったこともあってタイミングが合わなかったという可能性はある。
それか、本当に書かれていないだけか。他に事情があるのか…まぁ、これはそこまで気にすることでもないか。
そうだ、いいことを思いついた!あの兄弟にも手紙を送ろう!
せっかくある意味で魔法の住所を私は知っているわけだし、これを使わないようでは宝の持ち腐れだ。
エアリスにはサマーパーティーでのことを聞いてみるのもいいだろうし、リョウにはつらつらと文句を連ねた呪いの手紙を送らねばならないしね。
考えているうちに読むのを止めてしまっていたので、再開させる。
もう残りの枚数も少なくなってきて物寂しさを感じていると、とある一つの提案が書かれているのを見つけて思わず二度も同じところを読んでしまった。
『もし、ラファエラ様のご都合が宜しければ一緒に遊べませんか?』
なにぃ!ソフィーから遊びのお誘いだとっ!
その文章の後『急なお誘いですし全然、断っていただいても構いませんので…』と続いていたが、ホリデー期間の予定には元から余裕を持たせてあるのでなんら問題ない。
日時も私に合わせる、と書かれてあったのでそれならリュドミラ先輩の避暑地から戻って来てからがいいだろうと直ぐに予定に組み込んだ。
これは一刻も早く承諾を返さねばな。
返事を書くのは、先に読み終わってからにするため最後まで読み進めていく。
それで分かったことなのだが、どうやら学院がホリデー期間の今ソフィーは教会に身を寄せているらしいとのことだった。
てっきり学院が運営している寮に滞在しているものだと思っていたが、やはりソフィーの今後の面倒は教会側が見ていくことになるのだろうか。
教会かぁ。特別に苦手な場所と言う訳でもないのだが、馴染みがないもので…。
今この国で最も多くの信者を抱える宗教と言えば、過去に実在した聖女を信仰対象とする聖女教である。
聖女と呼ばれているのは遠い昔に治癒の奇跡を持ちその生涯をかけて人を救うことを信条とした、それはそれは聖女の名にふさわしい方のこと。
今のソフィーが持っている奇跡の完全なる上位互換を持つのがその聖女にあたる。
聖女のことが記された本によると、彼女は怪我も病気も等しく完璧な治癒が行えたそうなので生涯に救った人の数は両手両足は優に超えているだとか。
そんな聖女の死後、彼女に救われた多くの者たちがその姿を忘れることなかれと興したのが始まりとして今日まで続く大きな宗教となったわけだ。
そんな聖女教の教会には主に病気や怪我で苦しむ者たちが救いを求め日々、多くの人が足を運んでいる。
そんな教会側がソフィーのことを知って放っておくことはしないだろうとは思っていたが、彼女の卒業を待たずにかなり早い段階で受け入れ態勢を整えたようだ。
こうなってくるとソフィーの将来は必然的に、教会で聖女の再来として振舞わなければならなくなるだろうことは想像に難くない。
うーん。もしソフィーが学院を卒業してから別の道を選ぼうとしても、教会側の邪魔が入ることは確実なのだが…彼女はそこらへんのことを理解しているのだろうか?
少しの心配が首を擡げたが、それはまた実際に会うことが決まったら聞いてみてもいいかもしれない。
さて、最後まで読み終えてから返事を書くために机に向かう。
手紙を読んでいるうちに送りたい相手が増えてしまったが、今はお休みなのだし時間はいくらでもある。
むしろ、ゆっくり書いても時間が余るくらいだ。
万年筆を持って、まずは1通目。ソフィーへの手紙にはこの日時にどうか、というお伺いの手紙を。
エアリスの手紙には、サマーパーティーで先に帰ってしまったことへの謝罪と事の顛末がどうであったかを尋ねる旨を。
最後にリョウへの手紙だが…。
「この恨み、晴らさでおくべきか…」
とりあえず淡々と他人行儀でリョウの行動を咎める内容と恨み言を書いておきました。
大いに反省してくれますように。
全ての手紙が完成した頃には、もう夕方にまで差し掛かっており思ったよりも長く机に向かっていたようで疲弊した体をほぐしたくて腕を伸ばした。
もう少しすれば夕食の時間ということでグレタが呼びに来るだろう。それまではベッドにでも寝転がっておこーっと。
完成した手紙は翌日に送り、ソフィーからは直ぐに手紙が送り返されてきた。
まぁ教会があるのは王都なので、ソフィーとは1日もあれば手紙のやり取りは直ぐに出来る距離だったりする。
あの兄弟へ送った手紙の返事がくるのはいつになるだろうか。
肝心のソフィーの手紙には、日時に問題はなく無事に合わせられるとのことだった。良かった。
その手紙には『良ければ、今の私の部屋にご招待させてくれませんか?』とあったので、私は少し考えてからソフィーの部屋にお邪魔させてもらうことにした。
信者でもなく祈るわけでもない私が教会に行くのもおかしな話かもしれないが、気になるしね。
お友達に誘われていくだけなのだし、邪険にされることはないと思う。
ソフィーへの手紙をまたしたためて早々に送り返すことにした。
それからまた数日後。
今日こそ待ちに待ったリュドミラ先輩の避暑地へ行く日です!いえーい!
朝から誰が見ても分かりやすく上機嫌な私の様子に、心なしか優しい目線でグレタから見られている気がする。
昨日のうちにグレタに手伝ってもらいながら2泊分の荷物を鞄に詰め込んだ。
勿論、中には新しく買った服が入っている。いちおう忘れ物がないか確認しておこうかな、と考えていればグレタが既に済ませてくれていた。さっすが、私のグレタ!
入っているものといえば、ほぼほぼ服くらいなもので他に余計なものは入っていない。
なので大き目の鞄一つだけで済んだ。
これくらいなら自分で持つのに苦労しないので助かった。まぁ実際に私が持つ時間と言うのは、少ないものだと思うけど。
そんなわけで、今は鞄を両手で持ち玄関先にてグレタに見送りを受けている最中である。
「行ってくるわね!少しの間いないけれど、屋敷のことは任せるわ」
「はい。お気をつけて、楽しんできてくださいませ」
「うん!」
花柄のスカートの裾を翻し、大きく開けられた玄関扉から外へ出る。
既に待機している馬車に乗るために駆け寄っていった。
実はこの屋敷からほど近い距離にリュドミラ先輩の住んでいる屋敷があったりするのだ。
一旦その屋敷に集合して、そこから馬車を乗り換え改めて避暑地の別荘まで向かおうということになっていた。
どうせなら行くまでの道のりも3人で楽しみたいもんね。
屋敷を出た時間から考えると予定時刻の10分前にはつけることだろう。御者にエスコートしてもらい馬車に乗り込むと、やがてゆっくりと動き出す。
特に遅れるようなこともなく、馬車は私の予想通りの時間に無事リュドミラ先輩の屋敷を尋ねることが出来た。
扉が開いて外を見れば、前もって外で待機していたリュドミラ先輩の屋敷の使用人が私のことを真っ先に出迎えてくれる。
「お待ちしておりました」
流れるように私の荷物を受け取った使用人に、やっぱり私が荷物を持っている時間は短かったなと考えていた。
御者に気を付けて戻るように言ってから、使用人に案内され屋敷の中に入る。
客間に通されると、そこにはリュドミラ先輩だけでなくイリーナの姿まであった。
「いらっしゃい、私の可愛い子」
「おはようございます。もしかして、待たせてしまいましたか?」
もう2人とも来ているのを見るに私が1番、最後なことは明らかだ。
少し心配になって問いかけてみればリュドミラ先輩はうふふっと朗らかに笑った。
「いいえ、大丈夫よぉ」
そこでようやく茶菓子を飲み込んだイリーナが元気いっぱいな笑顔を見せて私のことを迎えてくれた。
「おはよう!ラフィちゃん!」
「おはよう、イリーナ。今日は早いわね」
「えへへ。実は楽しみ過ぎて、早く来すぎちゃったの」
「そうだったのね。私もそうすればよかったわ…」
いちおうは朝早くにお邪魔することになるので、あまり早すぎては迷惑かと思い10分前にしたのだがこれは惜しいことをした。
「来たばかりで疲れているでしょう?少し休憩してからでも大丈夫よぉ?」
リュドミラ先輩は小首を傾げて、来たばかりの私のことを気遣ってくれる。
今から少しとはいえ休憩を挟むとなると短くとも30分は本来、予定していた出発時間からずれることになることは予測できる。
これが長くなると1時間、2時間とずれていくわけだが、それでは勿体ないような気がした。
せっかくのご厚意ではあるが、私は首を横に振る。
「いえ、私なら大丈夫です。イリーナも楽しみにしていたようですし、ゆっくりするのは別荘についてからにしませんか?」
「わたしのことなら、気にしないでね?わたしが早く来すぎただけだし」
「本当に大丈夫よ。それに私も楽しみにしてたの。だから早く行きましょう」
イリーナは慌てて手を振っていたが、実際は私が楽しみで早く行きたいだけに過ぎなかったりする。
確かに来たばかりではあるが、疲れているわけでもないからね。
「貴方がいいのなら、そうしましょうかぁ」
「はい!」
私の主張が通って予定していた時間をずらすことなくリュドミラ先輩の家の馬車に乗り換えて出発することになった。
これから女3人で少しばかり長めの馬車の旅です。道中で休憩を挟んだとして、目的地へは昼頃につく予定とのことだった。
女3人寄れば姦しいとはこのことで馬車の中ではこの日のために新しく服を買っただの、窓から通りすぎる景色に反応してあそこのスイーツが絶品でだのとコロコロと会話が変わっていく。
それでも会話が尽きることはなく、むしろ盛り上がったままで非常に楽しい時間を過ごすことが出来た。
わぁー、楽しい!




