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会場となる大広間には既に何人もの参加者が集い、先に談笑を楽しんでいるようだった。

多数の笑い声や話している声が閉じられた扉越しでも、聞こえてきている。

ここまで来て扉前で立ち往生しているのもおかしいのでさっさと入ってしまうことにしたのだが…。

入って来た私たちに、扉の近くにいた人たちが視線を集中させた。そんな見ても、いいことなんかないですよ?

でも今回の誕生パーティーの主役であるマルクル夫人のご子息が、こんな風に入ってきたら注目するのも頷ける。

だから私のことはついでで見られている、のだと思う。

私は大広間に入っていった時から伏し目がちに構えて注目してくる人たちをなるべく視界に入れないように気を付けた。

今は特に女性からの視線が怖い。

見えなくとも突き刺さって来る、嫉妬とか羨望の視線の中には私のことを睨んでいる人もいることだろう。

そういう人と万が一にでも視線が合えば、私の心が傷つくぞ!

そんな私と違い、先輩は注目されること自体に慣れているのか全く平然としているようで今だけはその慣れが羨ましいとさえ感じてしまう。

さて、このまま注目され続けるのも居心地が悪いのでせめて休憩できそうな場所に移動したいのだけれども…。

私がそれを先輩に言う前に、私のではない誰かのドレスが伏し目がちにしていた目の端に映った。


「御機嫌よう、クラウス様。お久しぶりですわ!」


わー!先輩がお知り合いの人に話しかけられたー!

くそぅ、こうなることは分かっていたので不思議はないが…私だけでも今から退避とかできないかな?

私と違って先輩は夫人が主催のパーティーの他にも幼い頃から出ていることだろうし、こうして先輩のことを知っている人はこの場には特に多いと思われる。

何ならアンドリ先輩たちみたいに交流はなくとも、幼い頃から面識がある人ばかりなんじゃないだろうか。


「お久しぶりです」

「前にお会いしてから、もう1年ぶりですわ。今日クラウス様に会えるのを楽しみにしておりましたの」

「有難う御座います。お変わりないようで何より」


そうなんだー。1年ぶりかー。そりゃ恋する乙女であれば、前のめりに話しかけに来るのも納得できるかも。

彼女の嬉しそうに弾む声を聞いていれば先輩のことをどう思っているのかはなんとなく察せた。

学園にも先輩に恋心を寄せる子はいるが私自身が関わることは限りなく少ないので、こうも分かりやすい子は久々だ。

先輩のまるで気持ちが篭っていないお世辞に喜ぶ女性の笑い声が何だか空回りしているように思えた。


「もうすぐ学園も卒業でしょう?クラウス様は先のことは、どうお考えなのかしら?」

「まだ何とも。今は学園で生徒会長という大役を任されておりますので、その責務を全うしたいと考えています」

「まぁ!責任感が強くていらっしゃるのね」


卒業後、直ぐでも狙ってるんですかねぇ。私個人はそれには関係ないでしょうし、まぁ勝手に頑張ってください。

実際のところ将来的にどうするのか先輩はもう決めているのだろうが、今は明言を避けていたので誰にも話す気はないと見える。

このまま何も喋ることなく先輩の横で静かにしているだけでいいと言うのなら楽なものだが…。

どうか、彼女の視界から私の存在が都合よく見えなくなっていますように!


「ところで…そちらの方がどなたなのか、ご紹介いただけますか?」


そんなことには、ならなかった。知ってたけどね。

こういう時って私から口を開いた方がいいのかな?とりあえず伏し目がちにしていた視線を上げて、女性に淑女らしく微笑み返す。

目の前に立つ私よりも年上の女性のことは、改めて顔を見てみても誰かは分からなかった。

彼女の後ろにも幾人かご令嬢の姿が見えたので、どうやらリーダー格らしい目の前の彼女についてきたようだ。

私を無視して先輩がご令嬢たちに囲まれることが無くてよかった。そうなったら、私は途方に暮れていたことだろう。

私が何か言うよりも早く先輩が口を開いたので、その動向を見守ることにする。


「彼女は同じ学園に通う私の後輩です。今日は母の大事な客人として、私が彼女のエスコートを任されました」

「そうでしたの。マルクル公爵夫人の…」


彼女の目つきが怖いのは私の気のせいではないはず。まるで正面から睨まれているような…というか睨まれてるよね、これ?

とりあえず私は先輩から手を離して、ドレスをそっとつまむと綺麗なカーテシーで彼女にお辞儀をして見せた。


「お初にお目にかかります。私、ラファエラ・マルティネスと申します」

「もしかして、マルティネス侯爵の…」

「父をご存知なのですか?実は今日のパーティーに急遽、父が参加できなくなってしまいまして…。夫人のご厚意でクラウス様のお手をお借りしておりますの」


私がマルティネス侯爵の一人娘だと知れた瞬間、彼女の顔が僅かに緊張で強張った。

正直、私はマルティネス侯爵家にとって大事になりそうな相手の顔しか覚えていないので彼女のことは本当に分からない。

ただ反応を見るに彼女は私よりも家格が劣るのかもしれないな。

それから彼女からも紹介を返してもらい、暫く話をしてからそそくさと去って行く彼女たちの背中を見送った。

そのことに内心でほっとする。

これ以上、ここにいて話しかけられる前に早く動きましょう。

先輩にそう言ったわけではないが「行きましょうか」と一言だけ言えば先輩も再び私をエスコートし改めて動き出す。

そこからが、また大変だった。

私たちが少し動けばマルクル先輩目当てに話しかけて来る人に足を止めて対応する。

そのたびに私もさっきと同じような紹介とやり取りを何度も繰り返し、一息付けそうなところまで来た頃には既に疲労困憊と言った感じだった。

先輩が無駄に振り撒いてた愛想笑いのせいで、ここまで苦労したんじゃないかな?

この際いつものような無愛想だったら少しくらいマシになったのでは…いや、無理だろうな。


「私は、もう疲れました…」

「よくやった。ここなら問題ない」


消え入りそうな小声で漏れた私の弱音も、耳ざとく先輩が聞き取り言葉を返す。

先輩に連れられて大広間の端っこの方まで来ると壁際にソファーが置かれているのを見つけた。

エスコートされるままになっていれば、そのソファーに案内されたので有難くも座らせてもらう。

ここに来るまで長かった…。

先輩がうまいこと話しを切り上げてくれていたので、拘束時間はそう長くないのだがいかんせん数が多い。

それに私がマルティネス家の娘だと分かると、関りを持とうとしてくる人の多いこと。

しかし、それよりも嫌悪を感じたのは父の後妻に収まろうと娘の私に自分を売り込んでくる人が結構な数いたことだった。

私でこうなのだから、父本人はもっと苦労していることは想像に難くない。これが嫌で最低限しか社交の場に出ようとしないのだろうなぁ。

そもそも私から篭絡しようなどと言う魂胆を持った人を私は到底、受け入れられない。

なので、無理です諦めてください!とは流石に面と向かって言うことは出来ず、ひたすらに笑みを浮かべて躱すことしか出来なかった。

そんなわけで余計な出来事に、無駄に神経をすり減らした私はソファーでダウンしているのだ。

流石に思い切りだらける訳にもいかないので体裁は保ったままだったのだが、先輩が他からの視線を遮るように私の前に立ってくれた。


「盾先輩…有難うございます…」

「たて?…あぁ、盾か」


思わず零れた私の言葉に、先輩は周りに見えないのをいいことに私の額を軽く小突いた。

まぁ今のは失礼なこと言ったなと思っているので甘んじて受け入れよう。小突かれた額をさすりながら、私は視線を自分の足元に向けた。


「私は今日、無事に帰れるんでしょうか…」

「急にどうした」


だって先輩のモテっぷりときたら、この通り。

今は先輩が前に立ってくれているので分かり辛いが、かなり睨むような視線が私を貫かん勢いで突き刺さって来てましたよ?

先輩だって、それに気づいていないわけでは無かろうに。


「おそらくですけど、先輩が私から一瞬でも離れればその隙に私はボコボコにされますよ」

「嫌な想像をする奴だな…」

「まぁまぁ、そうならないためにも今日は離れないでください」

「もとより、そのつもりだ」


頼もしい先輩がいてよかったです。ホントにお願いしますね、切実に。

スタッフの1人が私たちのところまで来て飲み物を渡してくれたのを受け取り、飲むことはせず手に持つ。

これは夫人が来てから乾杯をする時まで、持っておこう。

どうやら中身はお酒のようで、アルコールが持つ独特の匂いが鼻を掠めた。

この世界ではお酒を飲むのは、かなり早くから許されていたりするのだが私は好んで飲むことはないのであまり飲み慣れていない。

グラス1杯くらいなら飲んだところで支障はないけど、お酒って何が美味しいのか分からない派の人間なのでグラスの中身をくるくると回しながら見つめていた。


「飲むなよ」

「飲みませんよ」

「いや、乾杯した後もだ」


いやいや、そこまで気にしなくとも。別に酔ったりはしませんよ?

ただ多少は顔が赤くなったりするかもしれないけどさ。

なんか嘗められてるようで癪だから今すぐにでも飲み干してやろうとか考えていたら、先輩が私の持っているグラスを奪っていって中身を一気に飲み干した。


「ちょっと何するんですか!中身、無くなりましたけど!」

「そうだな」


先輩が空になったグラスを返してきたので私はそれを受け取らず代わりに先輩が元から持っていて、まだ中身のあるグラスに向かって手を伸ばした。


「そっち下さい」

「分かった」


あんな暴挙に出たくせに妙に素直に返事したなと思ってたら、先輩はもう片方も飲み干してから改めて空になったグラスを私に差し出した。

なんてことをするんだ、この先輩は!まだ乾杯が始まってもいないと言うのに!

一気にお酒を2杯も呷ったというのに顔色一つ変わらない先輩を恨みがまし気に睨みつけるが、何ら堪えた様子は見られない。

こうなったら新しく貰おうと思い、スタッフを探そうとして目の前に立つ先輩が邪魔なことに気付いた。

くっ、巧妙な!

そうこうしているうちに、流れていた音楽が変わって夫人が登場することを自然とここに居る皆に知らせてくれる。


「諦めろ」


先輩の一言に奥歯を噛みながら、空のままのグラスを勢いよく奪い返した。

何だってんだ、急に。私にだってお酒を飲みたい日もあるかもしれないじゃないか。こんな日とかさ。

今いるところから私たちが入って来た扉が開いたのが見えたので私は奪い返したグラスを近くの低いテーブルに一旦、置いてから1人で立ち上がった。

先輩は手を差し出してくれていたのだが、あえて無視した。


「拗ねるな。お前に酒を飲ませないように、頼まれたんだよ」

「誰です?そんなこと言った人は」

「秘密だ」


私の預かり知らぬところで、私に関する何らかの密約が交わされているようだな。

だったら仕方ないかと思うことにして先輩の手を取ってあげた。

先輩の横に並んでから開けられた扉に目を向けると、マルクル公爵にエスコートされて本日の主役である夫人が姿を現した。

いよいよかと、高まった緊張に表情を固くする。

数多の拍手の中を悠々とした態度で歩くマルクル夫妻の姿に私も拍手を送りながら、主に夫人の方にばかり私は目を向けていた。


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