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マルクル先輩の着替え終わるころにはもう歓迎会も終わり間近かもしれない。
私はまだ二年生なのであと二年、歓迎会に参加できるが最上級生であるマルクル先輩はこれが最後の参加になる。
というのに散々な最後を迎えてはご愁傷様という他なかった。
まだこれが新入生歓迎会であったことに感謝するしかないだろう。
やっと先輩が出てくるとシャツとスラックスだけの随分とラフな格好をしていてもう会場に戻る気はなさそうなことは見て取れた。
「先輩、まだ歓迎会は終わってませんよ」
「もう終わったでいいだろ」
緩慢な動作で私の向かいに腰を下ろすと気だるげに背もたれに凭れ掛かる。
流石の先輩も疲れているらしいことを隠そうともしない。そこまでソフィーの相手に疲れることでもあったのか。
「お疲れですね」
「そうだな。疲れた…」
まぁ、仕方がないか。私も今日は朝から忙しかったし疲れた。
歓迎会が閉会するまで私も戻る気がない先輩に付き合って控室で隠れていることを選んだ。
おそらく、ここにいた方が心の平穏が保たれるはず。
私も先輩に倣って椅子の背もたれに遠慮なく凭れ掛かった。
あの後、私とマルクル先輩が控室から出ることはなくアンドリ先輩の便りを言付かって来たスタッフに逆に飲み物などを頼んでいたので本格的に戻る気はなさそうだ。
頼んだものを持ってきてくれたスタッフに先輩はもう一つ、アンドリ先輩に当てたメモとチップを渡し届けるよう頼むとスタッフは快く引き受けた。
飲み物にフルーツの盛り合わせなどが揃うと私も有難く頂く。
帰ってから何か消化にいいものを作ってもらおうと思っていたので丁度良かった。
「それで先輩、何をお願いされてたんですか?」
先輩は飲んでいたグラスから口を離すと無感情に教えてくれた。
「洗濯も金も何も要らんと言ったら、せめてと菓子を作ってくるそうだ」
なるほど。
あの時、聞いていた流れを思い出すにそれらしい流れだった気がする。
先輩曰く、あまりにも彼女が『何かさせてください!』と続けるのでこれは自分が折れるまで付きまとわれると危惧した先輩が渋々妥協点をそこにしたらしい。
「もう十回は断ったんだがな」
「粘りますねぇ」
まさか二桁いっているとは私の予想よりもソフィーは食い下がっていたようだ。恐るべし。
そうやってお喋りしているとノックもなしにいきなり扉が開いてアンドリ先輩の呆れた声が続いた。
「ちょっとー二人してサボりかー!」
「あらあら」
そのあとをリュドミラ先輩にイリーナとプルーストも続いて奇しくも、またこの場所に六人で集まることとなった。
「わたしあの時人込みで見えなかったんだけど大変だったんでしょう?」
「それほどでもないわ。後はアンドリ先輩に任せたし」
どうやらイリーナは人の壁に阻まれてあの惨状を見ることは叶わなかったようだ。
まぁ見たってなにも面白いところなどないし、いいと思う。
「災難だったね。僕もちらりとしか見れなかったけど…あの後ソフィー嬢が戻ってきてから大変だったんだよ」
やっぱりか。
ソフィーが会場に戻ってから女生徒がなんだか怖くて肩身が狭い地獄のような状況だったらしい。
やはり、そんな空間に戻らなくて正解だったな。
プルーストもそんな空気にこんなところで公開私刑でも始めるんじゃないかと内心恐れていたそうだが、まぁそんな下手は打たないだろう。
たかがマルクル先輩の燕尾服が一着台無しになったくらいでそんなに過敏にならなくとも…と感じる人もいることだと思う。
私もその一人ではあるがそれを主張するにはマルクル先輩はその公爵という地位も含め文武両道、眉目秀麗とあらゆるステータスが高すぎた。
嫡男ではなく三男であることを差し引いても、余りある人気が先輩には集まっているのだ。
そんな彼が言い方は悪いがソフィーに汚されたとなれば、奴が諸悪の根源とばかりに睨まれるのもある意味で自然の摂理だったのかもしれない。いやな摂理だな。
「ていうか呼んだら来いよ!閉会くらい来いよー!」
「お前に任せたんだから行く必要あるか?」
「おっまえ!「任せる」しか言ってないじゃん!」
「あらあら」
アンドリ先輩はスタッフの言伝を無視したマルクル先輩に不平をぶつけていた。
そんなアンドリ先輩をリュドミラ先輩は微笑ましそうに眺めていた。微笑ましいか?あれ。
「しかもなんだこれ!走り書きでがんばれって!適当にも程がある!!」
「元気だな」
「うぁーー!俺の苦労がちっとも伝わらん!」
そうこう暫く、会場の生徒たちが捌けるまで私たちで盛り上がる。
意図せずこの面子での二次会と相成って、とても楽しかったし嬉しくもあった。
今日、起こったことについては全部休み明けに後回しして、今日は夜も遅いので帰ろうということになった。
行きと同様の馬車に乗って行程も変わりなく屋敷まで送ってもらう。
マルクル先輩はラフな格好のままだったので挨拶は控えると言った。
「そうだ、これ」
「なんですか?これ」
馬車に出たところで渡されたのは何か入った紙袋。
「挨拶できない代わりの手土産だ。よろしく言っておいてくれ」
「律儀な方ですねぇ」
本当、気にしなくていいとこまで気にする人だ。
受け取った私が屋敷の中に戻るまで馬車に戻らなさそうだ。
日が落ち切って薄着だと寒いだろうに。そういえばこの後、先輩は用事があるのだったか。
思い出した私は駆け足で屋敷に戻っていった。
「おやすみなさい先輩」
「おやすみ」
歓迎会からもう一日たち休み明け。
さすがに休みを挟んでソフィーの机がどうこうなっていることはないだろうと思っていたのだが、不自然にも一つの箱が机の上に置かれていた。
なんだこれ?
プレゼント、という風にも見えないし何の装飾も施されていないただの箱に見えるがどう考えても怪しい。怪しすぎる…。
本来であれば人の机の上に置かれた正体不明の箱なんて手を出さないのだが、これは…。
生唾を飲み込み震えそうになる手を抑えて、箱に手を伸ばす。
特に封をされている様子はなく抵抗なく開いたその中には、赤い…塊、が……。
私は急いで箱を閉めてサッと顔を蒼褪めさせた。怖気づきそうになる体に必死に抑えて落とさないように箱を持つと一目散に教室から出た。
――なんっなんだこれ!
自分の危機感に従って咄嗟に閉じてしまったから詳しくは確認できていない。
もう確認するつもりない。というか、出来る気がしない!
持った出てきたはいいがどうするのかは歩きながら考える。
おそらく何かの死体…と思われるものだ。となると、地面に埋めてしまうのが供養にもなっていいんじゃないだろうか。
我ながらいい考えだ。次に問題はこれをどこに埋めるかだが、なるべく人が寄らない裏庭の林の奥が最適かもしれない。
やることが決まったからには、迷いなく裏庭の方へ駆けていった。
気が重い作業ではあったが、無事裏庭に到着し魔法で土を操り例の箱を埋めることには成功した。
若干掘り返したから土の色とか違ってしまっているし、不自然にこんもりしてるから見た目にはバレバレだけどわざわざ掘り返すような暇な奴はいないだろう。
なんとなく前世のやり方に倣って手を合わせて目を瞑る。数秒、黙祷を捧げるとここにいたことがばれないうちに教室へとまた駆け足で戻っていった。
それにしても、やり口が怖い。
箱を置くだけであれば手間もそんなに掛からないし用意して持ってくるだけでいい。
ただこれを置くために私より早く来た人がいるのか、それとも休みの日にわざわざ学校まで訪ねてこれを置きに来たのか。
そこまで異臭もしなかったのでおそらく前者だとは思うが、これが分かったところで犯人の特定には至らない。
もし、私が犯人であれば自分の犯行がばれないよう、素早く隠れるだろうし現場を見張っているということもしない。ソフィーが登校してきてその箱にどんな醜態を見せるかは見に来るかもしれないが、それは判別が難しい上に趣味が悪いやり方だ。
私が密かにソフィーの机を綺麗に保っていることはいまだ誰も気づいていない。
気づかれたところで私に不都合はないだろうと考えているが。
ともかく、これまではお花や土や横倒し程度のまだ人によっては鼻で笑える程度のものであった。
まさか、ここまで猟奇的な方向に急加速するとは予想外だった。
これは早々に何か対策を講じなければいよいよ本格的な障害沙汰になりかねない。
この件は今日のうちに生徒会で議題に上げるとして、それまでは私は何事もなかったかのように振舞わなければ。
朝あんなことがあったので平静を取り戻そうと本に没頭しているうち最後まで読み切ってしまったのでまた新しい本を借りに行くために現在、図書室まで邁進中。
昼休憩になると早めに昼食を食べ終え、友人たちに用があるからと一足先に抜け出してきた。
そこそこの蔵書数を誇る我が学園の図書室には一人、ソフィーとはまた違う噂を持ったご令嬢が居座っている。
図書室の扉を開くと私は真っ先にカウンターに向かう。
本来、司書が座っているはずのそこには、分厚い前髪に目を遮られている女生徒が一人。
本を読んでいたらしい彼女は開いた音に気付いて顔を上げると、私に顔を合わせ唯一見える口元に小さな笑みを浮かべた。
「お待ちしておりました。もう、お読みになられたんですか?」
「ええ。とても面白かったわ。また何か、お勧めはある?」
彼女は私の言葉に本をカウンターに置いて立ち上がると「こちらです」と嬉々として書棚へ案内してくれた。
彼女の名前はエレナ・メルメ。この学園で唯一の学生司書だ。
メルメにこれを言うと「真似事ですけど…」自信なさげに眉を下げるが私はもっと自信をもっていいと思う。
この学園は基本的に前世のような委員会というものがない。
そのため、すべて専門の職人や事務員を雇い運営しているのだが、例に漏れず図書室にも正式な司書は雇われているのでメルメが司書をやる必要はないのだ。
だというのに、彼女は自ら頼んで司書としてお手伝いしているのだ。
なんでも本好きが高じて司書の方と教員たちに頼み込みお手伝いする許可を得たらしい。
休み時間のたびに図書室に来ている彼女は将来、王立図書館に勤めたいのだといつの日か語って聞かせてくれたことがある。
本人は叶わぬ夢だと諦めにも似た笑みを浮かべていたが私はそんな彼女の夢をとても応援しているのだ。
そんなすごい彼女でも学園内では“変人”のレッテルを貼られ他生徒には遠巻きにされている節があった。
誰がなんと言おうと私は彼女のことが好きだし、とても尊敬できる人物だと思っているのだが…彼女のことを正しく評価する者は少ない。ままならないものだな。
そんなわけで私は今以上に彼女との親交を深めたのいのだが、今のところは図書室に来るとお喋りする関係に留まってしまっていた。
「こちらなど、どうでしょう?」
「じゃあ、それを借りていこうかしら。あなたのお勧めに外れはないから、いつも楽しみにしているのよ」
「そんな…あ、ありがとうございます…」
顔の半分が髪で覆われていて表情は分かりにくいのだが彼女の感情は驚くほどに分かりやすい。
髪の間から覗く小さな耳がほんのり赤く染まっているのを見て私は彼女が照れているのだと直ぐに分かった。
素直な彼女はその髪型と人見知りな性格のせいで最初とっつきにくいように思われがちだが関わっていくほどに可愛らしいところが見えてくる。
そんなところもメルメの魅力のひとつだ。
ここでまだ彼女と話していたいところだが、時間は有限。昼休憩ももうすぐ終わりそうなので彼女のお勧めの本を借りるとまた、と手を振って私は図書室を去っていった。




