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「そうだ!夫人主催のパーティーともなりますと、私1人だけで参加とはいかないでしょう?父が来るのはおそらく難しいでしょうし」
「母からは既にマルティネス侯爵から不参加の返事を貰っている、とは聞いたな」
「まぁ、それはなんとなく分かってましたけど…」
そうでしょうとも。この時期は私の帰省に合わせて少しでも仕事を片付けておこうと、頑張っているらしいと前に聞いたことがあるからね。
それでなくとも必要最低限しか社交界の場に出ようとしない父が、プレゼントは贈れど誕生パーティーに参加まですることはないだろうことは分かっていた。
「それとだな、もしお前が参加するようであればパートナーは俺が引き受ける」
「先輩が?」
「母からも、そうしろと言われているからな」
マルクル先輩が私に貸し出されてる…。若干、失礼な感想を抱きながらも私は腕を組んだ。
私がこれを言い出すことを夫人は織り込み済みで、事前にマルクル先輩に回答を伝えているのだろうことが分かった。
こうなってくると私が何を言ってたとしても夫人から何らかの答えが用意されている気がする。
もう純粋な二択しか残されていないのというのか。行くか、行かないか…。
うぐぐぐぐ。本音を言ってしまえば断ってしまいたい…。でも感情のままにそう判断できるほど、貴族という世界が優しくないことも分かっている。
それに先輩は私が断った場合に後のことはどうにかすると言ってくれたが、それは先輩にだけ負担をかけてしまっているようで一枚嚙んでいる身としては忍びないような。
そして、もし父に判断を仰いだとして。返ってくる答えはおそらく、私の選択を尊重すると言いつつも断りなさいと遠回しに言われるだろうことは目に見えている。
私自身いつまでも父の庇護下にいるようではいけないとは、なんとなく思っているのだ。
これは、父離れの第一歩だと思えばいいのでは?
今回であればマルクル先輩も貸し出されるみたいだし、それは悪くないというか先輩がうまいこと盾になってくれることが期待できる。
よし、決めたぞ!
すぅーっと息を吸ってから、先輩にゆっくりと視線を合わせた。
「い、行きます。参加させていただきます!」
「…いいのか?今、ここで決める必要はない。侯爵の判断を仰ぐのが賢明だと思うが」
「そんなことは分かってますよ!でも、私に来た手紙を父がどうするか決めるのはおかしいでしょう?」
それでは道理が違ってくるというもの。
私は私の意思で、マルクル夫人の誕生パーティーに参加すると決めたのだ。今から撤回はしないぞ!
「だから先輩。当日はよろしくお願いしますね」
「分かった。母には俺から伝えておこう」
先輩から参加云々の返事はしてくれるそうなので、私は当日になれば行くだけか。
場所は王都寄りにあるマルクル公爵家が所有する屋敷の内の一つで行われるらしく、そこまで行くのにマルクル家の迎えの馬車を出してくれるとのこと。
なんというか至れり尽くせりって感じですね。
自分で言っておいてなんだけど、早速ちょっと後悔してます。わー、やだなー…。
「もう勉強しましょう。まだ、もう少し時間ありますよね」
「多少は」
「ほら、今は遠い先の問題よりも目先の問題を優先すべきですよ」
「…本当に大丈夫か?」
やめい!これ以上、私の決意を揺らがすようなことを言うんじゃない!
私が今から現実逃避のために勉強をしようとしていることなんて、自分でも分かってるんですよ!
どうせ後悔っていうのは後になってするんですから、今くらいは忘れたっていいじゃない…。
とりあえず夫人直々の手紙はご丁寧に受け取りまして、鞄の中にこれまた丁寧に入れておいた。
「さー勉強しましょー。学生の本分ですからねー」
「そうだな…」
先輩が何だか同情めいた視線を向けてきている気がするけど、たぶん気のせいでしょうね。
そう言うことにしておきましょう。
出だしは少し遅れてしまったが、先輩に教えてもらいながら勉強に集中していると後からきたイリーナとプルーストに教えてもらっているところを見られてしまった。
別に隠していたわけでもないので、見られて困るものでもないのだけどね。
でも、この2人が来たということは残りの2人も時期に来るだろうなので勉強道具を片付けようとしたところでイリーナが声を上げた。
「わたしも!勉強、教えてもらいたいです!」
「あ、なら僕も」
まぁ、そう思うのも納得だ。成績優秀者の上学年に教えてもらえる機会と言うのは貴重だろうからね。
マルクル先輩もその頼みを断ることはなく、二つ返事で引き受けると人数が増えての勉強会が再開された。
私は引き続き難しい応用が必要な部分を聞いたりして、イリーナも苦手な教科を中心に教えてもらっているようだ。
プルーストは何故か2年生の範囲から外れた4年生の範囲について先輩に聞いていた気がする。
やがてアンドリ先輩とリュドミラ先輩が来ると、私たちの勉強会の様子を見て「俺も混ざるー!」とアンドリ先輩が元気よく突撃して来た。
マルクル先輩はアンドリ先輩の言葉を無視して終わらせようとしていたけど、結局その日の時間の半分は勉強会に費やされることとなった。
屋敷に戻って来てから、持って帰って来た招待状を眺めながら後悔に苛まれていた。
割と勢いで行くことを決めてしまったのは確かだ。とりあえず父へ手紙は送らないとなぁ。
ただあまりに早く送りすぎるのも、また無理を押して屋敷にまで駆けつけて来たりして…。
「お嬢様。ペーパーナイフをお持ちいたしましょうか?」
私が開けもせずにずっと手紙を眺めているものだから、傍に控えてくれていたグレタが善意でそう申し出てくれた。
「いえ、大丈夫よ。ありがとう」
そういえば、夫人の誕生パーティーに行くのだからドレスの手配なんかをグレタに頼まなければ。
「グレタ、少しいいかしら?」
「はい、何なりと」
グレタが私の近くまで来てくれたので手紙を指し示しながら実はマルクル夫人の誕生パーティーに参加することにしましたと、それに至ったまでの経緯を話す。
グレタは私の話が終わるまで静かに黙って聞いてから、ゆっくりと私に視線を合わせた。
「お嬢様。そちらは既に、お引き受けになられたことなのですね?」
「え、えぇ…。やっぱり不味かったかしら?」
グレタに言われると、余計に不安になってくる。私が意味もなく手紙の縁をなぞっていると、グレタは首を振った。
「不味い、と言う訳では…。ただ旦那様にお叱りを受けることは覚悟なさった方が良いかと」
「それって、不味いってことよね?」
叱られるってことは、やっぱり不味いんじゃないの?でもグレタは否定してるんだよなぁ。
思い当たることといえば父からは既に不参加と返しているわけで、娘の私だけ参加すると言うのがもしかしたら引っかかるのかもしれない。
うーん、父に迷惑かけてしまうようであれば断るしかないか…。
「いえ。お嬢様に宛てられた手紙の判断を、お嬢様がなさることに何ら問題は御座いません」
「そう、かしら?」
「はい。ただお嬢様が考えているところとは、また別のところに問題はあるかと」
「えー…」
別のところって、なんだ?グレタの言っていることが、よく分からなくて首を傾げる私にグレタが淡々と答える。
「お嬢様のお相手をクラウス卿がなされることが問題ではありますね」
「…そうなの?」
グレタに言われてから考えてみる。
マルクル先輩がパートナーというのは、そういえば世のご令嬢からとっても羨ましがられることなのだということに気付いた。
学園内という事情が分かっている者ばかりの場と違って、誕生パーティーは当たり前だが本来の社交の場となるわけだ。
私なんかはこれが実質、初めての社交デビューのようなものになるわけだが先輩がパートナーではいらぬやっかみを買ってしまうかもしれない。
通常であれば父と出るのが普通ではあるが、それも難しいような状況ではある。
でも先輩を貸し出しすと言ってきたのは夫人本人だ。
これを断るのは先輩がパートナーであることに対して不満があると夫人に言っているようなものではないかと思うと、それを断り辛くもある。
でも先輩が問題だというのなら、今の私にはなるべく早く父に手紙を送るしかないような…。
「まぁお父様にはなるべく早くに手紙が届くようにしましょう。今日中には書くから明日にでも出しておいて」
「畏まりました。速達でお送りしますか?」
「…そこまではしなくとも、いいと思うけど。それに少しくらいなら叱られるわ」
忙しい父に心労を掛けてしまうのも、どうかと思い通常通りに送ってもらうように言っておいた。
とにかく早くにドレスの手配をしてもらうようグレタに頼み、後のことを決めるのはもう少し先輩の話を聞いてからでも遅くないはずだ。
まだ中身を見てもいない招待状を片手に自室に戻ると早速、父への手紙を書くことにした。
内容としてはマルクル夫人の誕生パーティーに参加することになったことを中心に、サマーホリデーには前の手紙で書いた以上に滞在できそうだということを書いておいた。
なんとなくマルクル先輩のことを書くのはグレタに言われたこともあって、やめておいたのだけど大丈夫かな?
少し心配ではあったが、書き直すことはせずグレタに渡してしまってその日は眠ってしまった。
次の日から考査期間に入るまではマルクル先輩から私個人で夫人への誕生日プレゼントを用意した方がいいか、とか他にもいろいろなことを聞いたり。
リュドミラ先輩とイリーナとで避暑地へ行く日程を合わせたり、いろいろとしているうちにあっという間に考査期間に入り生徒会活動の禁止期間に入ってしまった。
定期考査に関しては特筆すべきことはなく、無事に終わりました。
なんてったって前にやったことと然程、考査の内容に変わりがないからね。
筆記は範囲が変わった程度で実技の方も大きく変わったということはなく、何の問題もなく順調に終わりましたとも。
定期考査が終わってからも生徒会に行くことはなく、サマーホリデーに入る前の学園の終業式の日になってようやく生徒会として集まった程度だった。
「はぁー長い休みに入っちゃうねー」
アンドリ先輩が頬杖を突きながら憂い交じりにそう漏らす。何やら不満でもあるのだろうか?
「もっと充実した休みが欲しい…リューダとずっと一緒にいたい…」
「あらあらぁ」
なにやらぶつぶつと言葉を続けるアンドリ先輩の様子に、リュドミラ先輩は頬に手を当てて見ているだけだった。
長いお休みって大体の人に喜ばれることだと思ってたけど、そうでもないのかな?
「ジャコブくんは、ホリデー中は何をするの?」
「特には何にも。でも家の方には一度、戻るかな」
どうやらプルーストも実家の方に帰省するらしい。まぁ何らかの事情でもない限りはほとんどが戻るだろうとは思う。
現在は終業式の挨拶をするために講堂の控室で待機中だ。
挨拶をするのはマルクル先輩だけで、私たちはまた後ろに立っているだけなんだけどね。
基本的に挨拶したりするのは生徒の代表であるマルクル先輩の役目であり、その補佐としてアンドリ先輩やリュドミラ先輩が違う役目を担ったりたまに代理で挨拶をしたりする程度。
私たち2年生がステージに立って喋る機会と言うのは実に限られている。ただ生徒会の役員として、後ろには立ってなきゃいけないのが面倒だよね。
「マルクル先輩は他にも、何か予定はあるんですか?」
マルクル先輩の予定は期せずしていくつか知っているのだが、他にもあるのだろうか?
ふと気になって聞いてみれば、マルクル先輩は私の方に少しだけ目をやって直ぐに前に戻した。
「エヴラールに誘われてはいる」
「あ、もしかしてリュドミラ先輩の避暑地ですか?来るんですね」
「強制的にな」
あぁ、そうなんですか。アンドリ先輩の口ぶりから予想出来ていたことではあった。
「プルーストもでしょ?」
「まぁね。僕も遊びに行かせてもらうよ」
「本当!わーい、楽しみにしてるね!」
イリーナが両手を上げて喜んでいる様子に、プルーストも嬉しそうに笑い返していた。
喜んでもらえて良かったわね、プルースト。
「それで、アンドリ先輩は何でそこまで落ち込んでるんですか?」
思わず私がそう聞いてみるとアンドリ先輩は盛大にため息をついてから「だってよー」とやる気なさげに話を切り出した。
「学園だと毎日リューダと顔合わせられたのに、休みの内はそうもいかないんだぜー。もう、やってらんねーよー」
これは聞いた私がバカだった。
特に反応を返すことはせず、無視して雑談を続けていれば準備が整ったと教師からのお呼びがかかった。
いよいよ終業式が始まるらしい。
今日は終業式が終わってしまえば、午後に授業をすることはなく午前のうちに学園から帰ることになる。
明日からはもうサマーホリデーに入ることになるので、今日で学園とは暫しお別れだ。
一先ず私の乗り越えるべき壁としてマルクル夫人の誕生パーティーが迫っているので、それを乗り越えない限り私に安寧のサマーホリデーは訪れないのだ。
「ホリデー前の一仕事だ。さっさと終わらせるぞ」
マルクル先輩の言葉を合図に立ち上がると皆、揃って控室を出て講堂のステージに上がる。
サマーホリデー中に羽目を外しすぎないよう生徒たちに言い聞かせ、最後に魔法使いとしての規律を忘れないようにとか言ってマルクル先輩が綺麗に挨拶を締める。
終業式自体も終わりを迎え、私たちもそれぞれの教室に戻ると教師からのサマーホリデー中の諸注意を改めて受けて早々に解散。
サマーホリデーに入ったという実感があまり湧かないまま、日の高いうちに屋敷へと帰って来たのだった。




