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ジョンと話をしていればあっという間に目当てのものがあるお店の前まで来た。中に入ればすんなりと席に通される。
今だとアイスクリーム目当ての客が大半だろうが、まだそこまでの人数が来ていると言う訳ではなさそうだ。
席に着いて早速とばかりに3人分のアイスクリームを店員に頼めば、無事に注文が通ったことにほっとした。
アイスクリームが運ばれてくるまでの間は、先に運ばれてきた飲み物を片手にお喋りを続けていた。
ちなみにアイスクリームが冷たいものなので、飲み物は温かい紅茶を頼んだ。
「お姉さんはいつもは何処にいるの?」
「いつも?そうねぇ、学園かしら?」
「学園?」
ジョンが私の言葉を繰り返して首を傾げる。まだジョンの年頃だと、学園の話なんかは親としないのだろうか?
男児は中等部から入る子がほとんどなのだが、ジョンの背格好から年齢を察するに中等部へ入るにはまだ少し早そうに思えた。
「魔法の使い方を習うところなんだけど、ジョンにはまだ少し早い話になるかしらね」
「僕じゃ入れない?」
「入れないことはないわよ?ただもう少し大きくなってから、ってだけで…。あ、でも初等部なら入れるのか」
すっかり初等部の存在を忘れていた。初等部からの人は少ないものだから、私の中での在自体が薄いのよね。
でも初等部であればジョンでも問題なく入れるはずだ。
「そこだったら僕も入れる?」
「まぁ魔法使いであれば入れるわ。後は親御さんに許可を貰えるかどうかが問題かしらね」
乗り越える問題としてはこれくらいなものか。ただ正直な話、両親の許可を得る方が難しいんじゃないかと思う。
学費の問題が第一だとは思うが、初等部から通う子供の事情として中には厄介払いの意味を込めて入学させられている子もいるらしいとの噂を聞いたことがある。
それが真実かどうかは分からないが、そんな噂があるもんだから進んで通わせたいと思う親が少ないらしいのだ。
「でも、もうすぐサマーホリデーで学園自体がお休みに入っちゃうから。学園に入れたとしても実際に通うのはもう少し後になるでしょうね」
「そっかー…お休みかぁ」
ジョンは残念そうに眉を下げていた。そこまで学園に入りたいのかな?
もしかしたら同年代のお友達が欲しいとか、そんな理由があるのかもしれない。
「それでね、また暫くはジョンに会えなくなるけど元気にしてるのよ」
「そうなの?お姉さんどこかに行っちゃうの?」
「お休みに入ったら実家に戻ったりするから、少なくとも8の暦はここに来れないわ」
そうこう話しているうちにアイスクリームが運ばれてきて、3人の前にそれぞれ置かれた。
今回のはブルーベリーのソースと果肉が白いアイスクリームにたっぷりと掛けられていて、とても美味しそうだ。
ジョンなんかは目をキラキラと輝かせて食い入るようにアイスクリームを見ている。
スプーンを手に取ると一口分を掬い頬張ったジョンは、スプーンを加えたまま無言で感動しているようで大きな瞳を一心にアイスクリームに向けていた。
その様子に思わずクスリと笑ってから私も一口。
冷たいという感覚があった後に口内の体温に従ってとろりと溶けていく甘さに落ちてしまいそうになる頬を空いている手で抑えた。
ゆっくりと食べ進める私と違い、次々と食べ進めるジョンの様子に若干だけお腹を壊したり頭が痛くなったりしないか心配になってしまう。
「グレタも、溶ける前に食べてね」
「畏まりました。お嬢様、有難うございます」
食べ始める様子のなかったグレタに食べるよう促せば、スプーンを手に取り私同様ゆっくりと食べ始めた。
大仰な反応なんかは見られなかったが食べる手を止めることはなく、静かに喜んでくれているらしいことが窺える。
グレタも甘いものは嫌いじゃないものね。
「ジョン、美味しい?」
「うん!僕こんなの食べたの初めてだよ!」
ジョンの分のアイスクリームは誰よりも先に無くなってしまいそうだ。早いなぁ。
でも、とても気に入ってくれたらしいことが分かって良かった。
私はあまり早く食べ進めてしまえば頭が痛くなってしまうのでゆっくりと食べ進めているのだが、先に食べ終わってしまったジョンには他にも何か食べていいのよと勧めてみる。
ただジョンには首を振って遠慮されてしまった。別に気にしなくともいいのに。
お腹いっぱいに食べさせたてあげたいという気持ちと、食べさせすぎるのも良くないだろうという気持ちが私の中でせめぎ合う。
結果は後者が勝ったので、それ以上は強くは勧めないよう自分を抑え込んだ。
でもこんなに美味しそうに食べてくれると、もっといろいろと食べさせたくなってしまうのよね。
そこらへん某甘いものが嫌いな先輩とは大違いだな。
私とグレタも時期に食べ終えると、暫しの食休憩を挟んでから今度こそジョンを送っていくことにした。
また前回と同じところまでで良いとジョンが言うので、そこまで手を繋いで歩いて行くことに。
ジョンが終始、楽しそうにしているので何だか私まで楽しくなってしまう。
そもそも子供と関わることが少ないから、こんなに懐いてくれることが嬉しいことだとは知らなかった。
また同じところまで来るとジョンが繋いでいた手を引いて私の方を見上げてくる。
そういえば、前にここでジョンに頬にキスをされたんだったか。
一瞬、素直にしゃがんでしまってもいいものかどうかを悩んだのだが、気にすることはないかと思い直して子供に視線を合わせた。
「…お姉さん、今日はありがとう!とっても楽しかった!」
「それなら良かったわ。でも、次からは私との約束は必ず守って頂戴。いい?」
「うん、約束!だから、またお姉さんに会い行くね」
私の両手をジョンの両手が、それは大事そうに掬い取ってから私と目を合わせて可愛らしく笑う。
その表情に一瞬、意識がぼぉーっとしてしまったが直ぐに我に帰って小さく首を横に振った。
あんまりにも可愛いから見惚れてしまった?まさか自分にその手の趣味が芽生えてしまったのだろうかと自分で自分を疑ったが、今は返事をするのが先だろう。
「ぇっと、嬉しいけれど、やっぱり心配だから私から会いに行くわよ?」
「大丈夫!僕から会いに行きたいの!」
ジョンが私のことに違和感を持った様子はなく一層可愛らしく笑うと私の手をぎゅっと握ってから、すっと手を離して身を引いた。
勘のいいジョンは私から何かを言われる前に素早く駆けだすと「じゃあね!」と手を振りながら去っていく。
私は「前を見て!危ないわよ!」と言うことしか出来なかった。
もしかしたら今日に限らず私に会えるまでの間1人で練り歩いていたのではないかと思うと心配だったので、今度は私から会いに行くと提案しようかと思っていたのだが見事に逃げられてしまった。
もう迷子にはならないのかもしれないが、そういう問題ではないと思う。
少なくとも8の暦の間は来れないと言ったわけだし、大丈夫かな?そう信じよう。
それにしても何故さっきだけ、あんなに意識がぼやけてしまったのだろうか?
思い返してみればあれは見惚れてしまったという感覚よりも、頭に一瞬だけ靄がかかったような感覚に近いような…。
もしかして私、疲れてる?深く考えるのはやめて、とにかく今日は早めに寝れるようにしようと考えた。
着々と定期考査までが近づいている。
もう少しすれば生徒会の活動も禁止期間に入るうえに、定期考査が終わってしまえば割と直ぐにサマーホリデーに入るので考査以降は生徒会の活動が再開されることがないのだ。
その関係でしっかりと業務を終わらせておかなければ、休み明けが面倒なことになってしまう。
ただ私たちはそんな心配をする必要はなく、順調に業務を終わらせているので全く問題なし!むしろ私個人としては定期考査の方に力を入れているくらいだ。
今日も今日とて私は早めに生徒会室に来てはマルクル先輩に勉強を教わろうとしていた。
そんな先輩との距離感なのだが徐々に、本当に徐々にではあるがもとに戻りつつある…と思う。
表面的には何も変わっていないものの私の中で何かもう一歩、しり込みしてしまいそうになる気持ちが隠れていた。
これは先輩が悪いと言うよりも私自身の問題だ。大分、自分の中で整理は出来てきたはずなんだけどね。
逆に先輩は私のことを気遣ってか、一定の距離感を保ってくれているのではないかとさえ思うのだ。
それがもどかしいような、むず痒いような…そう感じてはいても私からは何も言い出せそうにないと言うのが現状です。
生徒会室の扉前まで来たのでノックをしてから扉を開ける。
「お疲れ様でーす」
「あぁ、お疲れ」
相も変わらず先輩が先に来ているのを確認してから私も自分の机にまで来て、持ってきた鞄を置いた。
さて勉強道具を取り出そうと鞄の中を探る。実はもう定期考査の範囲は完璧に網羅してしまっていた。
今はもう範囲から外れた先の部分を教えてもらっているのだが、それは先輩も承知済みだ。有難いね!
「あー、少しいいか?」
「?はい、なんですか?」
先輩が何か私に話したいことがあるようだ。なんだろう?
ただ先輩から私に話しかけたくせに、言いづらそうに眉間に皺を寄せている。え、一体何を言われるんですかね?
ちょっと怖くなってきた私は鞄の中を探っていた手を止めて、先輩に向き直った。
そうすれば漸く先輩が口を開いたのだが、視線は露骨に逸らされたままだ。
「前に母に贈る誕生日プレゼントを選んでくれただろう」
「えぇ、そうですね…あ、もしかして何か言われたりしましたか…?」
先輩が言いづらそうにするくらいだ。正直に言って、嫌な予感しかしない…。
やっぱ夫人の好みに合わなかったのかな?それとも、もう持ってるとか?
正直それを言われてしまうと仕方ないというか、夫人の持っていないものを探す方が難しいと思うのだけど。
私が不安げに先輩を見ていると、先輩は緩く首を振った。
「いや、常にないくらい気に入っていたようだ。それはお前のおかげだ。助かった」
「なぁんだー、よかったー」
先輩の言葉に嘘はなさそうだったので、気に入ってくれたという言葉は本当みたいだ。
それだったら私としては一安心です。
だとしたら何を先輩はそこまで言いづらそうにしているのだろうか?変わらず眉間に皺を寄せている先輩の様子に私は首を傾げた。
「それなら、他に何かあったんですか?」
「そうだな、あった。…そのプレゼントを選んだのが、俺じゃないと母に見抜かれてな」
「あーはいはい。そういう…」
それはなんとなく、予想出来ていたことなので何とも思いませんよ?
先輩が話を続けたので私も黙って耳を傾ける。
「で、誰が選んだのかと追及されたんだが」
「はい…」
なんとなく、この流れは察せるものがある。
ただ先輩が簡単に私のことを打ち明けるとも思えないのだが、やはり実の母となると逆らいづらいものなのだろうか?
「俺からは回答を濁したんだが、何故か長兄からバレた」
「な、なぜぇ…」
それはホントに何でー…。全く関係ないところから私のことがバレていることに先輩自身も疑問を呈していた。
先輩に分からないことは私にも分からないので長男であるフィリップ様に直接、聞いては如何ですか?
それとも、もう聞いた後なのかな?
「まぁバレちゃったものは仕方ないですよ。それとも先輩に何かご迷惑でもありましたか?」
「いいや、そこは問題ない。むしろ本題はここからだ」
まだ本題にすら入っていなかった、だと。
ここまでが前振りだったことに私はいよいよ何を言われるか分かったものじゃなくて、固唾を飲む。
「実はな、母がお前に会いたいと言ってきてな」
「……」
ひぇーー。夫人が私に会いたいだって?なんで?
絶句しすぎて言葉が出てこない私に先輩はとある手紙を一通、差し出してきた。
「それで、サマーホリデーに入ってから直ぐに母の誕生パーティーが開かれるのだが…どうする?」
差し出されたものを見てみるとどうやらマルクル夫人が私に宛てて書いた直々の招待状のようで、私は顔を青くする。
「ど、どうするって、それ私に拒否権ありますか?」
「ある。お前がここで断れば、後は俺がなんとかしよう」
先輩は拒否権があると言ったが、私からしてみればそれは拒否権なのかどうか怪しいように思えた。
まさか私に直接、手紙が来るとは…。
私に直接、手紙が渡されたということはこれ私が自分で判断しなきゃいけない奴じゃないの?
それとも父の判断を仰ぐべき?いっそのこと、今ここで断ってしまう?
いやいや、それこそ一介の小娘ごときがマルクル公爵家の女主人からの直々の誘いを断るとか私の将来に黒い影が落ちそうで恐ろしくて出来ない。
そもそも誰かの誕生パーティーに招かれることも初めてな私のどうしたらいいんだと頭を抱えて悩む様子に、先輩がどこか申し訳なさそうな表情をしていたことには私は気付かなかった。




