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「たかが手紙のやり取りだけで、やっぱ面倒だよねぇ。そんなに警戒しなくともいいのにさ」

「そう仰らずに。皆、リョウのことを心配してるんですよ」

「ま、どうなろうと俺は自由にさせてもらうだろうけど。だから今度、そっちに勝手に遊びにいくわ」

「勝手には来ないでください。そういうとこエアリスの教育に悪いですよ」

「えー、真面目だなぁ」


真面目とかでなく、勝手に来られて巻き込まれただけの私が何か言われるかもしれないんですからやめてくださいね。切実に。


「そんじゃ、俺は戻ろうかな」

「そうした方がいいですよ。今日の主役といっても過言ではないんですから」

「ラフィは?」

「私はここに居ます。でもあの2人の戻りが遅いようでしたら、見に行こうかと考えてますけど」


まぁ何事もなく戻ってくるとは思いますけどね。

私の言葉にまたもやリョウが「流石!頼りになるお姉さんだなぁ」と言ってきたけど、私もそう言われて毎度おだてられるような人間じゃないんだからね!

言葉ではなく睨みで返せばリョウは私の視線から逃げるようにして会場に戻ろうと高い生垣の向こうへと行こうとして、中途半端なところで足を止めた。

どうしたのかと私が聞く前に、不自然なほどの分かりやすい笑顔を浮かべたリョウが私の方を振り返った。


「やっぱさぁ、早めに見に行った方がいいと思わん?」

「え、あ、そう、ですね?」


何を急に。さっきまでそこまで気にしてもいなかっただろうに、急に言及し始めたリョウに私は隠すことなく思い切り眉を顰める。

そんな私の表情なんかお構いなしに、リョウは笑顔で言葉を続けた。


「ほらほら。もし何かあったら、ラフィが責任の一端を背負わされちゃうかもじゃん!」

「えぇぇ…。そんな大げさな」

「だって俺たち王族だしさぁ、ね?」


ね、とか言われましても…。何かをたくらんでいるのは、間違いないだろうがそれが何かは私には分からないし聞いたところで教えてはくれないだろう。


「…まぁ、もとから行こうとは考えてましたから、いいですけど…」

「そうこなくっちゃ!じゃ、俺が出て行ってから5分後で!」

「いや…今、行ってもいいじゃないですか」

「えー誰に見られてるか分かんないのにー?」


そんなこと気にしない癖にー。

リョウは私が一緒にここを出て行ったとして誰かに見られて誤解でもされたら大変だ、ということを言っているわけだが。

何をいけしゃあしゃあと、と言うのが私の感想だ。これを口にしないだけマシだと思えよ!


「なんなら、私が先に出て行きましょうか?」

「それは、まぁまぁ。もう少しゆっくりしていきなよ」


言ってることが矛盾してないかい?それは。じとっとした視線でリョウを見ているが、リョウは変わらず笑顔のままだ。


「別に悪いことは考えてないぜ」


ついには何かはたくらんでいることをぶっちゃけましたね!

正直、無視してしまっても良かったのだが私が受け入れない限り諦めなさそうだったので渋々と提案を飲んであげることにした。


「…分かりました。5分後で良いんですね?」

「おうよ、ラフィはいい子だね」


今そう言われても嬉しくはないですよ。

ともかく私は5分後にエアリスとエレナを誘導した部屋にまで行けばいいだけなのだし、何かあるとも思えないので大したことないはずだ。

リョウが手を振りながら先に離れていくのを頬杖をついて見送る。

手間ではないとはいえ、リョウのたくらみに乗せられてる自覚があるので癪ではある。

全ての文句は丁寧に手紙にしたため後日、送らせて頂くことにしよう。

5分後といってもここに居ては正確な時間も分からないので、適当に今あるグラスの中身を空にしたあたりで私も東屋を出た。

今まで薄暗いところにいたせいか会場の光が余計に明るく感じる。

空のグラスはまた会場の机に置いておいた。後でスタッフが回収してくれることだろう。

人が賑わう会場内は生徒たちが中央の方に密集しており、壁沿いが歩きやすくなっていたので私としては助かった。

どうせ、あの中央にはリョウとかがいるんでしょうね。

人の集団からは目を逸らし、私はまた1人で会場を出ることになった。

今はもう心もとなく思うことはなく平然と廊下を歩いていく。

階段を上ると灯されている蝋燭の本数が減り、薄暗い廊下に私の履いているヒールがコツコツと鳴る音だけが一定間隔で響いていた。

そのまま誰ともすれ違うこともなく部屋の前まで来ると、私は静かに深呼吸を繰り返す。なんで、こんなことで緊張しなきゃならないのか。

とは思いつつもここまで来たからにはさっさと確認はしてしまおう、と意を決して扉をしっかりとノックした。

3度、軽く握った拳で扉を叩き私は2人からの返事を待つ。


「……あれ?」


聞こえなかったのかと思い、再度ノックを繰り返すも返事が返ってくることはなく私は嫌な汗が背中を伝うのを感じた。

え、返事がないってどういうこと?何かあった?あったにしても、どっちだ!

危機的な何かなのかはたまた下世話な勘繰りではあるが、そういうことなのか今の私には判断がつかない。

この場合の正しい判断とは?とりあえず鍵がかかってるか、どうかだけでも確認していく?

恐る恐るドアノブに手をかけ、殊更ゆっくりと動かす。音を鳴らさないよう慎重になりながら、動かしていたので時間はかかったが途中でドアノブの動きが止まるようなことはなかった。

どうやら鍵はかかってないようだが、これではますます分からない。

もう扉を少し押すだけで開いてしまうような状態で暫し迷った結果、そぉーっと中を覗くように隙間を空けた。いや、これ何にも見えないな。

見えなかったので隙間から覗くのは諦めて、これまた慎重に扉を開いていく。

もうここまでしておいて、慎重にしているのは無駄じゃないのかとまで考えられるほどの余裕はなかった。

完全に開いた扉の先に見えた室内の様子は、誰の気配もなく暗い部屋の様子が私の目に映るだけ。

窓から差し込む月明かりが朧げに部屋の中を照らしているだけの室内に足を踏み入れる。


「誰もいないじゃないの…」


すれ違ったとは考えにくい。ここまで来るにはあの階段を使うしかなく必然的に1本道の作りとなっているので、誰かが来れば必ずすれ違いになるはずだ。

そう考えると、私が会場を出て行く前には既に2人とも会場に戻っていたというほうが現実的か。

さて、この状況がリョウによって意図的に作られたものだとすると何がしたかったのかが本当に分からなくない。

とにかく無駄足を踏まされたことが分かったので、暫くの間ねちねちと責め続けてやろうと思う。

いちおうとばかりに部屋の中を検めた。一通り見渡して人が隠れられそうなところから、そうでないところまでを雑に見て回る。

本当に誰もいないことが分かって盛大にため息を吐いた。私ここで一体、何してるんだろ…。

もう戻ってしまおうと持っていたクッションをもとの位置に放り投げたところで開けたままにしている扉をノックする音が聞こえて振り返る。

廊下からの明かりで逆光になっていて見にくくはあったが、そこには何故かマルクル先輩が立っていた。


「あれ?なんでいるんですか?」


会場を出て行く私をわざわざ追ってきたとは思えず、私は思い切り首を傾げる。先輩は扉を閉めるようなことはせず、私の方まで歩いてきながら口を開いた。


「レリオに頼まれた」

「ん?なんて頼まれたんですか?」

「2階の様子を見て来てくれ、と言われたな」


うーん?なんで先輩をこっちに来させたんだ?

リョウの意図がさっぱり分からずしきりに首を傾げる私の前に先輩が立つ。


「ここで、何してたんだ?」

「…さぁ?」


それは私にも分かりません。正直に訳を話すのも、なんだか面倒になってしまって一言で済ませてしまう。

私の答えに先輩がそれ以上、深く聞いてくることはなく「戻るか」とだけ言ったので私もついていくことにした。

戻ろうとしていたところに先輩が来たのだし文句はない。長居は無用だ。

先輩が先に出て行こうとするのに続いて私も一歩、足を踏み出したところで耳につけてあるイヤリングの揺れる感覚に「ぁ」と小さく声を上げる。

私の小さな声に先輩が気付くことはなく歩いて行ってしまおうとするのを、思わず伸ばした手でタキシードの裾を掴んで引き留めてしまった。


「どうした?」


先輩が首だけで振り返って私のことを気にかけてくれたのだが、私の脳内は大変に混乱してしまっていた。

ふと降りて来た好都合な状況に思わず手が動いてしまっただけなのだ。

私たち以外の人がいなくて、誰の視線を気にすることもなく、邪魔をされるようなこともなくお礼が言える状況に。

でも本当に反射的に掴んでしまったので、言いたいことはあるのにそれが口から出てこない。

何も答えない私を不審に思ったのだろう先輩が体ごと振り返ったので、裾を掴んでいた私の手は外れてしまった。

もとから力なく掴んでいたものだし呆気なく外れてしまうのも仕方ない。


「何かあったか?」


あ、これはちょっと先輩に心配かけてしまっている。早く何か言わなきゃと考えて、とにかく口を開く。


「ぇっと、あの、あれです。ティースプーン、有難うございました」

「…あぁ、あれか」

「たぶん、それです。うさぎの可愛いやつ…気に入ってるんです」

「そうか、良かったな」


いや、こっちじゃない。これも言いたいことではあったけど、本命ではない。

視線を下げてきゅっと目を瞑る。これでは先輩が今、どんな表情をしているのかも分からない。

それでも今の私は、もう視線を上げられそうになかった。

これから言おうとしているもののことを思うと到底、視線を合わせて堂々と言えるほどの図太い神経を私は持ち合わせていないらしい。

別にどうしてこのイヤリングが気になったのかを言う必要なんてなく、ただお礼を言うだけなのに何でこんなに緊張しているのだろうか。

ただ言わなきゃと、そう思って閉じていた目をそっと開けるとなるべく声が震えないように気をつけながら言葉を紡いだ。


「もう、1つ…言いたいことが、ありまして」

「なんだ」


部屋が暗くて見えないんじゃないか、とかそんなことは気にしていられない。

むしろ今はこの暗さの方がいろいろと気づかれにくくて、いいんじゃないかとさえ思えた。

片方の手でドレスをぎゅっと掴むと、覚悟を決める。

サイドに垂れている髪を空いている方の手で耳にかけて降りてこないように抑えると、若干だけ先輩が見やすいように気持ち横を向いた。

ちなみに私の視線は先輩から逃げるように真反対の方向に逃げている。


「こ、これ。先輩がくれたイヤリング、なんですけど…」

「…」


何も言わない先輩が何を考えているのかが分からなくて不安がこみ上げる。

でも、ここまで言っておいてやめてしまうことも出来ないので言葉を続けた。


「私、あの時、逃げるようなことしちゃったのでもう一回、ちゃんとお礼、言いたくて。だから、あの、有難うございます」


先輩が動いた気配だけが感じ取れる。やっぱり見えにくいのだろうな。


「本当に嬉しかったんですよ。だから…大事に、しますね」

「…あぁ、そうしてくれ」


やっと先輩の声が聞こえた。

今は先輩の表情が分からない分、分かり辛くはあったが声色に優しさが感じ取れて私は目を逸らしたまま小さく笑みを浮かべた。

言えてよかった。言いたかったことが言えたからか、僅かに緊張が薄れた気がする。

後は何とか先輩を前に向かせて私の前を歩かせ、会場まで逃げ込めばいいんじゃないかな?

なんとかして先輩と顔を合わせなくても済むように出来ないものかと画策していると、遠くからドーンッと爆発音のようなものが聞こえて地味に肩を揺らした。

音の方向に目を向けると窓があり、遠くの空に広がる暖かみのあるオレンジの大輪の花が散っていくところが見えて花火が始まったのだと分かった。

もう、そんな時間なのか。

花火が終われば、今年のサマーパーティーも終わりを迎える。

なら早く戻った方がいいかよね、と思考を切り替えて次々に上がる花火を眺めながら先輩に声を掛けた。


「戻りましょうか」

「ああ」


先輩に先に行かせるのではなく私が先に行ってしまえばいいんだよ。

というわけで先輩の横を通り過ぎようと足を踏み出したところで、体温の低い冷えた固い指先が私の耳に触れてびっくりして足を止めた。

触れた指先は私の耳の上の方を滑るように動き、嫌でも耳に意識が集中してしまう。

何が起こっているのか分からなくて、じっと身を固まらせていると耳にかかったままだった髪がするりと降ろされる。

髪の先までを直すように指がなぞっていき引っ張るようなことはなくすっと離れていってから、ようやく私は身動きが取れるようになった。

綺麗に戻された髪のことなど気にしてはいられず、素早く耳を包み込むように自分の手で覆って思わず先輩の方を見てしまう。


「…耳にかかったままだった」


だから、なに?!

先輩の言い分はよくわからなかったが、それよりも私は避けていたはずなのに思わずとはいえ先輩と視線が合ってしまったことでキャパオーバーを迎えた。


「先輩のバカッ!!」


それだけ言って結局のところ、また逃げ出してしまった。

おそらく先輩であれば余裕で逃げだした私に追いつくことも出来ただろうが、先輩が私の後を追ってくるようなことはなかった。

あぁもう熱い!顔から何から全身の血液が沸騰したように熱くなっていることに、それは私が今走っているからだと自分で自分に言い訳をする。

今日はもう帰ってしまおう。あれは先輩が悪いので、私が何も言わずに先に帰ってしまっても大丈夫!

階段を降りて、会場の前まで来ると扉の前に立っているリョウの姿を見つけて拳を握った。


「遅かったねーって、ちょっ!ほんとに何か、あいたっ!」


何かを言われる前に、何も言わずに握った拳でリョウを殴りつける。

それだけして私は外へ向かって去っていき、急いでグレタの待つ馬車へ一直線に走った。

もう外で待機して私の帰りを待ってくれていたグレタは、私の走って来た様子に僅かに驚きの表情を見せたものの何も言わずに私を馬車に乗せてくれる。

馬車に乗り込み、直ぐに動き出してからも何も聞いたりしてこないグレタの存在が今は本当にありがたかった。

馬車の座席に伏せるようにして縋りついているのも、いつもなら怒られるだろうが今のグレタは静かに見なかったことにしてくれている。

とにかく今の私は何があったのかを正確に理解しようとする理性を、本能で必死に拒もうとしていた。


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