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セッティングと言っても、大したことをするつもりはない。
私がもとはサボりに行こうとしていた休憩用の個室の1つでエアリスに先に待っているように言っておく。
後は私がエレナを探し出してそこに行くように仕向ければミッション達成となるわけだ。
これは仲人が言うところの、あとは若い2人で~とか言うやつに似ていると思う。仲人なんてやったことはないけれど、と考えながら私1人だけ会場に戻った。
さて、エレナは何処にいるだろうか。
おそらくだが人の多いところは避けていると思うのだけれど…。
中心にはいないだろうと考えから切り捨てて、壁沿いに探しているのだがこれがなかなか見つからない。
しかも目的の人物よりも先にリョウのことを見つけてしまった。聞いてみようかな?
それほど長くリョウの方を見ていたわけではないのだが、何故か私の視線に気づいたリョウが今まで話していた友人たちに断りを入れてから私の方に来てくれた。
よく気づいたね?
「用事はもう済んだのかい?」
「いえ、まだですね」
「あらま、そんじゃ我が弟は?」
きょろきょろと視線を彷徨ませたリョウは、今ここには居ないエアリスの姿を探しているようだがいない人物を探しても無駄だと思う。
それを言うよりも先に、来てくれたからにはせっかくだし探し人について尋ねておこうかな。
「それよりも前髪で顔が隠れている女の子を、この会場内で見ましたか?」
「ん?うーん、いや見てないかなぁ」
「そうでしたか。じゃ私、先を急ぎますので。また後で」
今はそれだけ言って早々に別れた。あまりエアリスを待たせてしまうのも悪いからね。
まさか参加していない、なんてことはないと思うけど…と嫌な想像を頭に浮かべながらも、会場は諦めて今度は庭園の方に出て来た。
ここも人はそこそこいるのだが、花火が上がるまではまだ時間があるので会場で楽しんでいる人の方が多い。
こっちの方がいる可能性としては高いかも。
やはり人の多いところを避けて、奥の方まで来てみると会場から隠れるようにして東屋が建てられているのを見つけた。
こんなところまで、あったのか。
そこに1人、誰かが黄昏るように座っているのを見つけて声をかけた。
「御機嫌よう、エレナ」
「ぁ、御機嫌よう。ラフィ」
私が来たことに気付いていなかったらしいエレナは私の呼びかけに少しだけ驚いている様子を見せた。
今日の彼女は花柄が刺繍されたオパールグリーンの可愛らしいドレスを着ておめかししているようだったが、生憎と髪型は相変わらずで少し残念な気がしてしまう。
まぁそれも仕方がないんだけどね。
「隣に座ってもいいかしら?」
「はい」
エレナの許可も頂いたことだしそそくさと隣に腰かける。
私の急な来訪でも彼女は喜んでくれているようで、僅かに笑みを浮かべていた。
「急にごめんなさいね」
「いえ。むしろ、こんなところにいた私を見つけてくれて嬉しいくらいです」
ここに居るのも彼女らしいと言えばそうなのだが、でも何か他の理由がありそうに見えた。
「私に何か御用でしょうか?」
「そうなんだけど…」
やはり先ほどから落ち込んでいるように見えるのは気のせいではなさそうだな。
最初からそんな気配はあったし、エレナの浮かべる微笑はどこか元気のないもののようだ。
「どうかしたの?」
私がそう聞けばエレナが僅かに浮かべていた笑みは徐々になくなっていき、項垂れるように頭が下げられた。
「ごめんなさい…。心配をかけるつもりはなかったんです」
「いいの。私が勝手に心配しているだけだから」
「…ありがとうございます」
エレナは小さく笑みを浮かべて、私にこれ以上は心配を掛けまいとしているように感じられた。
「よければ、私に訳を聞かせてくれないかしら?」
そのまま送り出してしまうのも何だか心配だったので、話を聞いてみることにする。
ただエレナが素直に話してくれるかどうかは、分からないけど。
私はただ黙って、彼女の言葉をじっと待った。少しの間があってから小さな声が言葉を紡いだ。
「レリオ様がいらっしゃったのを、ご存知ですか?」
「えぇ知っているわ」
リョウがどうしたというのだろうか?エレナがリョウと関わりを持っているという話は、リョウ本人からも聞いたことがない。
私はまた静かにエレナの言葉の続きを待つ。
「皆がレリオ様が参加されたのを喜んでたんです。でも…エアリスの姿はどこにもなくて。私、どうしてって思ってしまいました」
ははぁん。リョウが来たのにエアリスの姿が無くて落ち込んでたのか。
そう思っているのなら実際はエアリスと会えるとなれば喜んでくれることだろう。私がそう考えている間にもエレナの言葉は続いていた。
「私だけ、どうしても喜べなくて。見ていられなくて、ここまで…逃げて来たんです」
だからここに居たんだな。理由が分かったことに私は1人で納得していたのだが、エレナの言葉はなんとまだ続くようだった。
「でもここに来て、こうも思ったんです。もしかして、私のせいで来れないんじゃないかって…」
「え?何故?」
いや、ほんとになんで?本当は来ているのを知っている私としては、エレナがどうしてそう思ったのかが分からなくて口を挟んだ。
私の疑問にエレナは一度、口を閉じてから固い声で理由を聞かせてくれた。
「私が、私が余計なことを言ってしまったから…エアリスはもう来てくれないんじゃないかって…だから、ごめんなさい…」
そう言って私に対して頭を下げたエレナの肩を慌てて持って、先に頭を下げさせた。
余計なことってなんだ?…あー、もしかして告白のことかな?
確かにエアリスも悩みはしてたけど、別に余計なことではないと思う。それにエアリスが来ないことを、私に謝られても困ることしか出来ない。
これはもう、早めに送り出した方がよさそうだな。そう判断して私は安心させるよう微笑みを浮かべて、エレナと顔を合わせた。
「私は大丈夫。それよりもエレナ。私が何で貴方に会いに来たかを、まだ話していなかったわね」
「そうでしたね。私ばっかり喋ってしまって、ごめんなさい」
「いいの、どうか謝らないで頂戴。でね、実は貴方に会いたいって人がいるの。それで貴方のことを探していたのよ」
「私に、ですか?」
やっと本題に入れた。エレナは私の言葉に首を傾げている。
「えぇ、今からその人に会ってくるといいわ。そうすれば今の悩みなんて吹っ飛ぶわよ」
またさらに首を傾げるエレナに私は微笑み返すだけにして、それ以上の詳細はあえて語らないようにした。
ただ、今エアリスが待っているであろう個室の場所だけはしっかりと伝えておく。
まだ座ったままでいるエレナの手を握って立ち上がるように促すと、特に抵抗することもなく素直に立ち上がってくれる。
そのまま手を引いて薄暗い東屋から出ると、明るい光でいっぱいの会場へ向かうように背中を押した。
「今は私を信じて、その部屋まで行ってくれると嬉しいわ」
「…はい、分かりました。行ってきますね」
「ええ、行ってらっしゃい」
私に小さく頭を下げてから、去っていくエレナの背中を笑顔で見送った。
ここまですれば後はエレナが私の言葉に従って素直に行ってくれるのを願うばかりだ。
尾行のような真似はしたくなかったので、私はその場から動かずに見送るだけにした。
彼女の背中が大分遠くなり、ついに雑踏に紛れて見えなくなったところで目を離して私だけで東屋に戻る。
ここもサボるにはいい場所だな。
残りの時間はここで過ごそうかと考えていれば、誰かの芝生を踏む音が近くに聞こえて視線を向けた。
「今度こそ用事は終わった?」
「リョウ。はい、私は終わりましたよ。貴方の弟はこれからですけど」
来たのはリョウだった。こんな暗いところまで来たらしいリョウに、思わずこんなところにいていいのかと聞きそうになってやめた。
リョウの意思で来ているのなら、私がとやかく言う権利はないだろう。
どうやら私の分まで飲み物を持ってきてくれたらしく、有難く受け取って一口飲む。何かと話していたので喉は問題なく乾いているようだった。
「さっき、ここから出て行った子がエレナ・メルメ?」
「そうですけど…もしかして、盗み聞きですか?」
「違う違う!前にラフィが出してた名前の子だし、ね。近くに来たのはついさっき」
つまりは遠目から見てたのかな?それくらいなら許してあげましょう。私の向かいに座ったリョウは何かを期待するような視線で私を見た。
「なぁなぁ、もしかして彼女がエアリスの…」
「さぁ。それはエアリス次第と言ったところですね」
「えー。何してんだ、あの弟」
リョウは面白くないとばかりに頬杖をついたのを私は呆れて見返す。
エアリスだって1人で街中を散策したりと妙なところはリョウの真似をするくせに、変に自制をかけてしまっているよなぁとも考えていた。
「リョウはもっとエアリスの相談とかに乗ってあげたらどうですか?」
「無理無理。あいつが言わないことを聞きだすのは難しいよ」
「案外リョウから聞いてみたら、あっさりと言うかもしれませんよ?」
「いーや、言わないね。それに最近あいつは俺よりラフィに懐いてる」
「いやぁ、それはないでしょ」
それはないにしても、やっぱりリョウに相談というのは難しいものなのかな。
血の繋がった実の兄だからこそ相談しにくい、というのは勿論あるだろう。だとしたら、これは私だけの特権ということで優越感にでも浸っておくことにした。
「でも、こんだけ面倒見てくれる優しいお姉さんがいて俺としては楽出来るから助かってるよ」
「また、そんなこと言う…」
「いいの、いいの。あいつも男なんだから、俺からの過保護なんて嫌がるさ」
そんなものなのかねぇ…。まぁエアリスも男の子だし、私も過干渉にならないように気をつけないとな。
「そういえば、リョウ。私、エレナとエアリスが落ち着いて話せるように、個室に誘導したんですけどまずいですかね?」
「…ま、大丈夫でしょ」
今なんか妙な間がありませんでした?本当に大丈夫なのか、ちょっと心配になって来た。
あの時と今じゃ状況が大分違うし…いやでも、あの2人に限って何かあるとも思えないしね。うん、そう信じよう。
でも、心配だから後で様子を窺いに行こうかな?
「ところで、リョウは何か私に用でもあったんですか?」
「んー?ただラフィに会いたかっただけだよ」
「はいはい。で?」
「全く信じてない。でも当たらずとも遠からず、ってね」
リョウは揶揄いが混ざっている時、声が笑っているので分かりやすい。なので、基本的には何を言われても気にする必要がないのだ。
そんなリョウは自分のポケットを探ると折りたたまれた紙を取り出して、私に差し出した。
「はい、これ。どうぞ」
「?どうも、何ですか?これ」
どうぞ、と言われたのでとりあえず受け取ってから何なのかを聞いてみる。
リョウはにやりと意地悪く笑うと、内緒話でもするかのように声を潜め私の疑問に答えてくれた。
「それにね、俺の家の住所が書かれてあるんだ」
「え、嘘ですよね?」
「本当」
「…お返しします」
それはリョウの場合は、こんな風に教えちゃダメなやつじゃないか!
現在に限らず以前から彼らはどこに世話になっているのかなどを公にしていない。
襲撃の件もあって今の兄弟の周りは余計に警戒を強めているだろうに、なんて危ない橋を私に渡らせようとするのか!
中身を見る前に聞いておいて良かった。リョウに受け取った状態のままつき返そうとするが、リョウは手を引っ込めてしまって受け取る気がさらさらなさそうだ。
私に悪用する気が無くても、悪い人が見たら大変なことになっちゃうんですよ!そんなことになっても、私じゃ責任取れないんだから!
「はははっ!めっちゃ、焦ってる!」
「いや、笑ってないで。受け取ってくださいよ!」
机に置いて風に飛ばされても嫌だし、とか考えたら怖くて手から離せないでいる。
リョウはそれはそれは楽しそうに笑っているが、私は笑えませんよ!
「あー、笑った。だいじょぶ。それ学園に行ってた時に使ってたやつのだから、今はもう使ってないよ」
「な、んですか。それ…」
何だか無駄に焦らされた…。なんてことで揶揄ってくるんだ、この野郎。
自分が尊い立場のお方だってこと自覚してます?
それにしても、もう使ってない家の住所が書かれた紙を渡してきたのは何でだろう?もしかしてゴミですか、これ?
私が首を傾げたので、ようやくこれを渡した本来の意味を教えてくれた。
「簡単に言えば、俺たち兄弟に直通で手紙を届けることが出来る住所だよ」
「あぁ、成程。そういうことですか」
王族へ送る手紙となると、本人に届けられる前に中身を検められるのが当たり前だ。
そのうえで不要と判断されたものや、危険物だと思われれば本人に届けられることさえなくなる。
それを承知の上で送ることは可能だが、内容に気を遣わなければならないので個人的な手紙のやり取りには向かない。
つまりこの住所は、そういうことを避けて兄弟に個人的な手紙を送ることが出来る貴重なものということだ。
王族ってこうやって、個人的なものと公的なもので分けていたりするのかな。
「だから、遠慮なくいくらでも手紙送ってよ」
「そうですね、送ります。ちゃんとお返事くださいね」
「おうよ。俺、これでも筆まめだから任せて」
「えー、本当ですか?」
まぁ直接は関係ない住所らしいので一先ずは安心して貰っておこう。
ただこんな住所からもどんな火種になるか、私には想像も出来ないので屋敷に戻ってから住所だけ覚えて跡形もなく燃やしてしまおうと考えた。証拠隠滅には火!この手に限る!
「こんな時にスマホがあれば、楽なんですけどねぇ」
「そればっかりは、しゃあないねぇ」




