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「あれ?マルクル先輩がいる…」

「なんだ、もう帰るのか?」

「いえ、そう言う訳じゃないですけど」


そりゃ、アンドリ先輩は遅れると言っていただけなんだし、いずれ来ることは分かっていたが。

まさか、こんなにタイミングよく顔を合わせることになるとは思っていなかったのでちょっと心臓に悪いです。

マルクル先輩は、まだサマーパーティーが行われている時間だというのに会場から出て来ている私に疑問を持ったようだけれども素直にサボりに行こうとしてましたとは言いづらい。


「先輩は遅れるって聞いてましたから、驚きですよ」

「あぁ、少し野暮用でな」


私のことから話を逸らしたくて、適当に先輩に話しを振ると何とも要領を得ない回答を頂いた。

ふむ、野暮用ねぇ。

それが何なのかを聞く前に先輩が自分の後ろを振り返ったので、私も先輩を避けてその向こうに目をやる。

そこには私の予想していなかった人物が2人もいて目を見開いた。


「どうして、ここに…」

「ラフィ!」


驚いたままの私に屈託なく駆け寄ってきたのはホワイトのタキシードを着たエアリスだった。

いまだ衝撃の薄れない私は何度も目を瞬かせ、嘘や幻覚でないことを悟るとぽつりとエアリスの名前を呼んだ。


「エアリス」

「驚いたでしょ?僕も驚いたんだよ!」


えぇぇ…。でも今の私はエアリス以上に驚いている自信がある。

だってエアリスの後からはグレーのタキシードを着たエアリスの兄であるリョウがゆっくりと歩いて来て、私にひらひらと手まで振っているのだから。

本当になんでこの2人がここに居るのだろうか。


「もしかして野暮用って…」

「あぁ、この兄弟のことだ」


つまりは先輩がこの2人のことを呼んできたってこと?なにそれ、すごい。


「でも、勝手に抜け出してきたとかじゃないんですね。よかった」

「その案もあったんだけどね。ちょっと後々が面倒になりそうだったから今回は正攻法だよ」


先輩のことだから勝手に連れて来たとかではないだろうと、安心したのだがリョウの付け足された言葉に表情をぴしりと固まらせた。案としては、あったのか…。


「本当に大丈夫なんですよね?」

「安心しろ。外には王宮からの正式な護衛も待機している」

「本当の本当にですか?」

「疑り深いねぇ。俺とクラウスでいろいろと頑張ったんだ。なんなら褒めてくれてもいいんだぜ」


まぁ勝手に、とか黙ってとかでない限りはいいか。ちょっと、疑ってしまったけれどマルクル先輩とリョウの言葉を信じることにする。


「これは皆、大喜びですね!」

「でしょ?それにエアリスが、あんまりに落ち込むからさぁ」

「兄さん!」


エアリスがリョウの言葉に噛みついていたけれど、照れて赤い顔のままでは迫力は半減だ。

それにしたって私は勿論、アンドリ先輩やリュドミラ先輩もこのことを知っている様子はなかった。

それはマルクル先輩とリョウの2人が秘密裏に動いてくれていたからに他ならず、また誰にとってもビックサプライズになる兄弟の参加を喜ばない者などいないと断言してもいい。

なら、こんなところで立ち話してないで早く会場に入った方がいいのでは?


「だったら早く入りませんか?エアリスもエレナに会いたいでしょう?きっとあの子も喜んでくれるわ」


私がそう聞けばエアリスは何かを思い出したように「あ」と声を上げた。

どうしたのだろう、とエアリスを見れば彼は目を泳がせて私の手を握る。


「そのこと、なんだけど…」

「何かあったの?」


どうしたのだろうか?エアリスは会場に入ることを迷っているようで、私にはそれが何故なのか分からない。

首を傾げてエアリスに視線を合わせると、エアリスはおもむろに握っていた私の手を引いた。

引かれるままに、こけてしまわないように足を出せば自然とエアリスの後をついていく形になってしまう。

それも会場からは離れていく方向に行こうとするエアリスに私は困惑を露わにした。


「ど、どこ行くの?」

「お願い、一緒に来て。兄さん!僕、後で行くから!ごめんね」


何だか少し前にもこんなことがあったような、なんて思いながら私はエアリスの後をついていくことに。

後ろからリョウの「転ばすなよー」とかいう声が聞こえてきたが、そう言うのならエアリスのことちゃんと止めてくれませんかね?

いちおうエアリスもそこには気を遣ってくれているのか問題なくついていける速度ではあったのだが、でも歩きにくいから引っ張るんじゃない!

会場の扉前に残された2人がその後、素直に会場入りしたかどうかは分からない。

ただエアリスは私たち以外の人の気配が無くなってから、速度を緩めた。何やら、また私だけに聞かせたい話があるみたいだな。

それを聞くのはやぶさかではないのだが、どうせならこんな廊下の往来ではなくもう少し落ち着けるところで話そうと視線を彷徨わす。

すると外の庭園にベンチがあるのを見つけたので、そこにしようと2人で外に出た。

エアリスにエスコートしてもらいながら暗い芝生の道を踏みしめベンチにまで来ると先に私を座らせてから、エアリスもその隣に座る。

ここはメインで使っている会場からは地続きの場所ではあるが生垣に遮られているし、こんなところまで足を運んでくる者もいないだろう。

ようやく話せる場が整ったわけだが、今度は何があったのやら。


「それで、どうしたの?」

「うん。あのね…」


2人だけになってもまだ言い淀む様子のエアリスの言葉を静かに待つ間、私は夜空を眺めていた。

街頭なんかがなく蝋燭の明かりが主流なこの世界では、本当に星がよく見える。前世の時でも夜空を見たときにこんな感慨は抱かなかった。

ぼぅっと星に目を奪われていると、ぽつりぽつりと話し始めたエアリスの声が聞こえたので夜空から目を離す。


「あの日、僕がエレナと話をしに行ったの覚えてる、よね?」

「えぇ、覚えてるわね」


あの日というと、あの事件があった時のことを言っているのだろう。

まぁ問われずとも当たり前のように覚えている。むしろ私が話してきなさいとまで言ったのだから、覚えていない方がおかしいというものだ。

なんとなく予想はついていたけれど、やはりエレナのことが関係しているらしい。

はてさて、前回を上回るような何かがあったのだろうか…。


「その話した内容ってエレナから聞いたりした?」

「してないわよ」


それはエレナがそれまで隠していたことに関わることなので、私からは何も聞かないようにしていた。

それとなく私も事情を把握しているとは仄めかしておいたけど。それで何か困ったことや、悩んでいることがあったら是非とも相談してほしいとも。

エレナは小さく「ありがとうございます」とだけ言ってそれきりだ。

以降はその話題を避けていたわけでもないのだが、あえて私から触れるようなこともしなかったので実はエアリスのことが話題に上がったこともなかったりする。

だってエレナはエアリスが図書室に来なくなってから随分と寂しそうにしていたから。

まだ心の整理もついていないだろうとは思うので、私は気にしていたのだ。


「そっか、そうだよね…」


もしかしなくとも、その話の内容とやらが関係あるのか。

それは私が聞いていいものなのか?判断がつかない私はとりあえず別のことから聞いてみることにした。


「えっと、まずエアリスはエレナに会いたいのよね?」

「それは勿論!」

「でもエレナと会うのが…気まずい、とか?」

「ぅ、うん…気まずい、というか会っていいのかが分からなくて」


分からない?うーん…やっぱりこれだけじゃ、何が何だか分からないな。

内容を聞かずに解決出来るかも、とか考えていたがそうは問屋が卸さないらしい。

となると、あまり気は進まないが悩みの原因を聞いてしまうのが早いだろう。


「そのぉ、当たり障りのない部分で何を悩んでいるのか、教えてくれる?」

「うん、分かった。えっと…エレナにね、好きですって言ってもらったんだ」

「ん?そ、それは…どういう意味で?」

「告白、かな」


えーっと私は今さっき当たり障りのないところをって言ったつもりだったんだけど、何でいきなりそんなどでかい爆弾をぶち込んだんだ?

私がどう答えたものか分からず、迷っているうちにエアリスの言葉が続く。


「僕それに答えが出せなくて…次に会う時までに必ず答えるからって言っちゃって…」

「な、なんでそんなことを…」

「正直に言うと、こんなに早く顔を合わせることになるとは思わず…」


理由がお馬鹿だった。それにしても、だ。これって所謂、恋愛相談…ということになるのか。

やばい、私にも分からない。うまく相談に乗れるかどうかも分からないが、ひとまずは話を進めてみよう。


「必ず自分の中で答えを出して、会いに行こうって思ってたから」

「だけど今はまだ肝心の答えが出ていなくて、このまま会っていいものかどうかが分からないと」

「…はい」


私はため息が出そうになるのを堪えて、頭を悩ませた。

こんなことなら友人たちの恋バナをもう少し真面目に聞いておくべきだったかもしれない。

ただ、このままではエアリスは会場に入ることさえ拒みそうな気もする。せっかく来れたのに、それでは本末転倒というやつだ。


「エアリスはどうして答えが出せなかったの?」

「…そういうことを、考えたことがなかったんだ」


考えたことがない、か。それは私もあまり考えてみたことはないのだが、それとはまた意味合いが違う気がした。


「いずれは王族に生まれた者の責務として、国のためになるように僕は動かなければならない。道が決まっているから、そういうことは…考えないようにしてたっていうのが正解なのかも」


その状況は貴族であれば少なからず付きまとうものではあるが、王族となると重みが違うのだろうな。

私だって、いずれはマルティネス侯爵家のために婿を迎え入れなければならないだろうことは決まっている。

養子を取ることも考えていたようだが、父は母と結婚するにあたって一騒動を起こしたため親戚筋との折り合いが悪く本当に頼れる人が少ない。

その頼れる人たちの中には、そもそも結婚がまだだったり子供が大きすぎたりと何かと条件が合わなかった。

だから私がマルティネス侯爵家を離れてしまうというのは、あまり好ましくない。

なので父が認めるような相応しい人がいれば、その人と婚約を結んでしまっても構わないと考えていたので自由恋愛なんて言葉は忘れ去っていたくらいだ。

ただ父は一度も私にそんな話をしたことはなく、何かを強制されたこともないけれど。

それは母の言葉があるからなのか、どうなのか理由を聞いたことはない。

エアリスは私のそれよりも王族という血に縛られているのだろうことが窺えた。

彼の中ではその道以外はないのだと思っているようだけど、リョウのことを見ていたらそうでもないんじゃないかと私には思えてしまった。


「そうね…もしかしたら、その答えは貴方1人じゃ出せないものなのかもしれないわね」


私の言葉にエアリスは首を傾げたので、私は小さく笑い返した。

エアリスは1人で答えを出すことに拘っているのかもしれないが、別にエアリスとエレナの2人で考えてみてもいいんじゃないだろうか。

3人寄れば文殊の知恵、ともいうしね。3人じゃないけど。

最終的な答えが出たときに2人が笑えているように、私もいくらでも相談に乗る。

それにエアリスにはリョウがいるじゃないか。エアリスはあまり相談とかはしないようだけど、私から情報の横流しも出来るしね。

いざとなれば弟のために動いてくれることだろう。

だからエアリスだって、そういうことに手を伸ばしてみてもいいんじゃないかと私は考えて背を押すことにした。


「エアリスは、最初エレナに告白されてどう思った?」

「んっと…どうして、僕なんかって思った。でも、そんな理由で断ってしまうのは違う気がして中途半端にして待たせてしまってる…」

「じゃあエアリスは、それから何を考えた?」

「エレナのこと。たくさん考えて、素敵な女の子だって改めて思った。けど、そこから先が僕の中にないんだ。その先が分からなくて、焦って…このままじゃずっと会えないかもって」


会えなくてどうしようって考えられるくらいなら、答えはそれで十分なんじゃないかと思うけど。

そこらへんは本人に任せてしまおう。


「じゃあ、いっそのこと会ってしまってお互いのことを話しあえばいいわ。そうすれば自ずと答えは見つかるわよ」

「いいのかな?」

「そうねぇ。正直に言って謝って、それから話し合えば大丈夫じゃないかしら」

「…」

「悩むことないわよ。エレナだって会いたいに決まってるもの。それに、貴方だってもう少し自由にしてもいいのよ」


エアリスは私の言葉に目を瞬かせる。

その様が私の言葉を理解しきれていないものだと分かってはいたが、私は構わず言葉を続けた。


「それじゃ、私が話し合いが出来る場をセッティングしてあげる。もう一度、ちゃんと話し合いなさいね」


これも二度目だなと笑って言えば、エアリスは僅かに緊張した面持ちで頷いた。

よしよし。うだうだ言ってないで、今はとにかく会って来ればいいじゃない!


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