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アンドリ先輩は難しい表情を浮かべたまま、マルクル先輩の姿がここにいない訳を話した。


「あいつねー、今朝になって急に遅れるって言いだしてさー。ほんと困った奴だよねー」


あ、私が考えていたよりも全然大した理由じゃなかった。

何だったら今日はもう急用とかで来れないんじゃないかとさえ思っていたのだが、ただ遅れて来るだけらしい。

なーんだ。そうなのかー。


「そんで俺に全部、後のこと押し付けてさー。他はなんも言わねーでやんの」


今度は不貞腐れているらしい様子を見せたアンドリ先輩は、そのままぶつくさと文句を言い続けている。

そんなアンドリ先輩の様子をリュドミラ先輩が困った子とでも言いたげに微笑んで見ていた。

どうやら先ほどからのリュドミラ先輩の表情はアンドリ先輩に向けられていただけで、マルクル先輩は関係ないっぽいな。


「別にいいけどー。慣れてるしねー」

「少し寂しがってるだけなのよぉ。朝からこうなんだから困ったものねぇ」

「寂しいとかそんなんじゃないから!リューダ違うからね!」


アンドリ先輩が必死にリュドミラ先輩の言葉を否定しているが、当のリュドミラ先輩は微笑んだ表情を崩さない。

これは必死な否定の言葉も受け流されてるだけなんだろうなぁ。

それにしても、そうだったか。マルクル先輩は遅れて来るらしいし、構えていた分に肩透かしをくらってしまった。

無駄に緊張して損したよ!だってあの先輩が遅れて来ると分かっていれば、こんなに気にしたりしなくても済んだものを。


「もしかしてクラウスに何か用事でもあったのかしらぁ?」

「いえ、そう言う訳では…」


ないことも、ないですけど。今の私は既に9割ほどは諦めてますので、お気になさらず。

わざわざ遅れて来たマルクル先輩の時間を私のために割かせるというのも忍びないし。

諦めてしまえば、あぁなんと清々しいことか。あれだけ悩んでいたというのに、心にあった重荷が嘘のようにすぅっとなくなってしまった。

もう今となってはこのパーティーを気兼ねなく楽しめることも出来そうだ。

それなのに、どうしてだろうか。

耳につけたイヤリングが揺れるのを感じるたびに、少しの寂しさを感じてしまうのは…。


「もう、始まりそうですね。では、私はこれで」


それだけ言って去る前に、リュドミラ先輩に優しく呼び止められた。


「私の可愛い子、少し待って頂戴」

「はい、なんでしょうか?」


リュドミラ先輩から何か言われるのは珍しい気がする。隣のアンドリ先輩が何かを知っているのかどうなのかは、表情をちらりと見ただけでは分からなかった。


「もうイリーナには話して、是非って言ってくれたのだけどねぇ」

「はい」

「今度のサマーホリデーに私の持っている避暑地に、貴方も招待させてほしいの。どうかしらぁ?」


リュドミラ先輩からの直々のお誘い、だと!


「はい、是非!リュドミラお姉様とならどこでも、ご一緒させていただきます!」

「あらぁ、うふふ」


私はちゃんと思考を回すよりも前に反射でリュドミラ先輩からのお誘いを引き受けていた。

むしろこれを断る理由がない!

いやでも、引き受けてしまった後で何だが避暑地が何処にあるかによってはダメになるかもしれないなぁ。でも断るとかしたくない…。


「あの、その避暑地というのはどこら辺になるのでしょうか?」

「場所はこの辺りが近くになるかしらぁ。近くに大きな湖があるのを知っている?あそこの近くなのよぉ」


へー、そんな場所があったとは初耳だ。でも、ここらへんであれば大丈夫かも。


「その湖の近くにある別荘で私と貴方とイリーナの3人でお泊りしない?」

「します!させてください!」


結局またもや考えるよりも前に返事してしまった。それも力強く。

でも、リュドミラ先輩の素敵な提案には首を縦に振る以外の選択肢などないと思うのだ。だから仕方ない。


「ちなみにリューダ。それには俺は参加しちゃダメ?」

「エヴはダメよぉ。そうねぇ…クラウスとジャコブを連れて、遊びにいらっしゃい。お泊りはさせないけど、その時は歓迎するわよぉ」

「じゃあ、そーしよー」


どうやら別荘に泊まれるのは私たち女子だけみたいだ。なんという優越感。

アンドリ先輩はあっさりと引き下がり、今リュドミラ先輩が言った2人を巻き込むことは決定済みのようだった。

日時はまた後日、皆で都合のいい日をすり合わせようということになった。


「今から楽しみですね!」

「そうねぇ。楽しみだわぁ」


改めて先輩方と別れ、私は友人たちがいた方向に向かって歩いていった。

私と別れた後でも変わらず話続けていたらしい友人たちに迎えられ、開始までの間は聞き役に徹していること数分。

ようやく予定されていた時刻が来たようでアンドリ先輩の音頭からサマーパーティーは始まった。


「さて皆の衆ー、お手元に飲み物は行き渡ってるかなー?」


アンドリ先輩のお気楽な感じから始まったサマーパーティー。

今回、マルクル先輩が挨拶を務めていないのは遅れているというのが大元の原因ではあるだろうが、どうやら「魔動祭全般はお前の管轄だろ」とかなんとか言われたのも関係しているっぽい。

まぁそれはアンドリ先輩がぼそぼそと愚痴垂れていたのを聞いていた時に耳にした話なので、詳細がどうなのかは分からない。


「えーごっほん。今年の魔動祭もお疲れー。山あり谷ありで皆も楽しい魔動祭だったことでしょう。そんで今回の総合優勝は4年生が頂きましたーおめでとー、ありがとー」


自分で言って拍手をもらいながら礼も述べるアンドリ先輩に、おそらく4年の誰かから複数の野次が飛んだ。


「なんか早く始めろーとか言う声がうるさいんで、もう始めまーす。はい、皆ー」


アンドリ先輩が手に持っていたグラスを掲げると、会場にいる皆も同じようにグラスを掲げる。

それを一通り確認してからアンドリ先輩は言葉を続けた。


「かんぱーい!」


お決まりの言葉を聞いてから一斉に皆で同じ言葉を繰り返した。いたるところからグラス同士がぶつかる音も聞こえて来て、それが本格的な始まりの合図のようでもあった。

かくいう私も周りにいた友人たちとグラスをぶつけ合い、甲高い音を鳴らす。

既に楽しんでいた人の方が多い印象ではあるが、いざ始まってみれば皆が思い思いに行動し楽し気に笑っている中で私だけが素直に楽しめる気になれないでいた。

それは、あの兄弟のことであったり遅れて来るらしいマルクル先輩のことであったりが主な理由ではある。

そんな気分のまま友人たちにずっと付き合うのは私にとって得はないし、友人たちも私が傍にいたままでは自由に出来ないだろう。

キリのよさそうなところで彼女たちとは別れ私は会場の中を彷徨うことにした。

このパーティー中、浮かれた馬鹿者が出てこない限りは生徒会役員としての出番はなく普通にパーティーを楽しんでいても構わないことになっている。

ただ友人たちと離れてしまった私は余計に何もすることが思いつかず、彷徨った挙句に壁の花と化していた。

これはこれで、暇だ…。暇の潰し方にも、これではないもっと他のやり方があるはずだ。

それを考えているうちに私の名前を呼ぶ声に、僅かに伏せていた視線を上げた。


「ラフィちゃん!」

「あら、イリーナ。御機嫌よう」


元気よく私の元にまで来てくれたのはイリーナだった。

イリーナの周りには大人びた雰囲気のご令嬢が多く、控えめに彼女の後に付き従い私に向かって静かに頭を下げた。

私も同様に微笑んでそれに返すと、イリーナに視線を向ける。

相変わらずイリーナの友人たちは凄いな…。何というかイリーナのことを静かに見守りつつも、常に周りを固めて守っている感じが。

いざという時は物凄く機敏に動いたりするのだろうかなぁ。


「今日のドレスもとっても素敵だね!ラフィちゃんに似合ってる!」

「ありがとう。イリーナもすっごく可愛らしいわ」


今日のイリーナはミモザカラーのふわふわとしたドレスを身に着けており、いつもより可愛さ倍増しと言った感じだ。

これは紛うことのなき可愛さ。背の小ささと癒される笑顔も相まって、まるで童話に語られる妖精の姿のようであった。

これは守りたくなるのも頷ける。


「ところで、イリーナはプルースト様にはもう会ったのかしら?」

「ううん、まだなの。でも今日は人がいっぱい居るし、もしかしたら会えないかも」

「そんなことないわ。どうせあっちからイリーナに会いに来るでしょうから」


どうせ放っておいても向こうから来るのだから、そんな残念そうな表情を浮かべる必要はないのよ。

気にしないのと言葉にする代わりにイリーナの肩を優しく撫ぜた。今は頭を撫でられないからね。


「そうかな?」

「そうよ。だから、私の分もよろしく言っておいて」

「分かった!」


イリーナは素直に私の言葉を受け取ると、嬉しそうに笑った。やっぱりイリーナには笑顔が一番、似合うね。


「そうだ!リュドミラ…様からサマーホリデーに入ったら一緒にお泊りしようってお誘いがあったんだけど、ラフィちゃんはもう聞いた?」


いちおう敬称には気を付けているらしいイリーナは若干、間はあったものの“先輩”ではなくちゃんと“様”に直してリュドミラ先輩のことを呼んでいた。偉い!


「聞いたわ。私も一緒に行かせてもらうわ。よろしくね」

「ほんとに!やったー!一緒にいっぱいお喋りしようね!」

「そうね、ふふっ」


リュドミラ先輩以上に喜んでいる様子を見せるイリーナに、私も嬉しくなってしまう。

本当に今から楽しみで仕方がない。

そのまま暫くはイリーナと話を続けていたのだが、イリーナのお腹が鳴ってしまったことで話は中断となった。

お腹を抑え照れながら笑うイリーナは「何か食べて来る」と言うので私は「行ってらっしゃい」と見送ることにする。

一緒に行かないの、と聞かれたのだが何かを食べる気になれなかった私は遠慮させてもらった。

「またね」と去っていくイリーナとその場で別れ、また壁の花に戻る。

さて、本格的にどうしようかな。

イリーナのお陰で良い時間が過ごせたので、程よく時間も過ぎたのだがまだまだ時間は十分にある。

こうして悩んでいる間にも時間は過ぎていくのだが、それは有意義とは程遠い暇の潰し方だ。

さっきまでが楽しかった分、今はより暇に感じてしまうし…どうせ1人で過ごすのなら、どこかで座ってゆっくりしたいものだ。

そういえば今夜、貸切っている会場の2階には休憩用の個室があるんだよなぁ…。

わざわざ周知するほどのことでもないので、他生徒には知られていないがサマーパーティーの計画に関わっていたからこそ知っている情報というやつだ。

本来は急遽、体調が悪くなった者なんかのために2階の個室も借りているのだが丁度いい。

個室は複数あるのだし一室くらいは使っていても問題ないだろう。終わりの時間が来るまでそこでゆっくりしていようかな?

ほら、マルクル先輩なんかも魔動祭の午前中はどっかの教室でまるまる寝てサボってたみたいだし。

私もそうしよーっと。

そうと決めてしまえば直ぐに行動に移した。手に持っていたグラスの中身を全て飲み干しテーブルに置いていく。

会場を出るために邪魔にならない端を歩いていき、扉までは直ぐに辿り着くことが出来た。

特に誰かに呼び止められることもなく人の声で賑わう会場から廊下に出て、扉を閉じてしまえば途端に私の周りは静寂に包まれる。

今の時期は夜になってもそこまで涼しくはならないのだが、人の波から外れた分の涼やかさは得られた。

それは私が1人であることを強調させるようで、心もとない気持ちがせりあがってくる。

出てきてしまったのは間違いだったかも、なんて思い始めたが直ぐに戻ることも躊躇われて扉から離れた。

早く個室まで行ってしまおうと足を動かしかけたところで、外へと続く方の廊下から複数人の足音が響いた。

私はその足音を聞いて足を止めて警戒する。

今夜は学園の生徒以外に人は立ち入れないようになっている。だとすると、生徒かこの会場で動いてくれているスタッフの誰かか。

でも私の脳裏には、あの事件でのことが焼き付いていて離れない。

スタッフだったとしても油断は出来ないし、生徒でもない誰かであれば余計に見逃すことは出来ないだろう。

はたして誰が来るのかと、目を逸らさずにいればブラックのタキシードを着た長身の男の姿が見えて目を

瞬かせた。

夜闇に紛れてしまいそうなブラックヘアを揺らしながら、現れたその人物はなんとマルクル先輩だった。


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