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今の私はマルクル先輩と他愛もない話を続けながら、エアリスとエレナの2人が帰ってくるのを待っていた。
無事に話し合いが済めばおそらくは2人で戻ってくるだろうと思っているのだけれど、果たしてどうなるかな。
「お前はもう少し攻撃する意思を見せた方がいい。あれだと確実に避けられる」
「攻撃しようと思って魔法を使ってたわけじゃないんですよ!あれは!」
私が使っていた魔法は最初っから牽制の意味しか込めていないのだから、当たらなくとも正解なんです!
まさかそんなところを突っ込まれるとは思わなかった私はむくれてそっぽを向く。
先輩こそ、よくもまぁあんなに躊躇なく思いっきり人のことを攻撃できますね。平和的な解決と言う言葉から先輩は縁が遠そうだな。
「笛は、今も持っているな」
「持ってますよぉ」
出番が過ぎてしまってからはもう一度、ポケットの中にしまっていた笛を取り出した。
もしかして、もう回収か?王宮からの借り物なので、一時編入が終われば返さなければならないだろうとは思っていたがまだ早くない?
首を傾げながら先輩に笛を差し出してみたが、先輩が手を動かすことはなかった。
「それは一時編入が終了になった後でも、お前が持っておけ」
「え、えぇぇ」
それは先輩の独断で決められることじゃないでしょうに。私の訝し気な視線に、先輩がちらりと視線を返す。
「いやいや、でも私そんなに何かに巻き込まれてますか?」
「あぁ、割と」
「…冗談じゃなく?」
「本当に」
そうかなぁ。そうかもなぁ…。それは、知りたくなかったわぁ。
悲しいことに自分でも、そんなに巻き込まれているわけないじゃないかと自信を持って言えないところがあることを少しだけ自覚している。
それでも自分では大丈夫とか思ってたけど、他の人から言われると心配になってきた。
「あれですか。またこの笛、吹いたら次も先輩が来てくれるんですか?」
「ん、そうだな」
そこの返事は適当なんだな。掌に置いていた笛を手に取って自分の目線の高さに掲げてみた。
まぁ、特に邪魔になるわけでもないしお守り代わりと思えばいっか。
「持ってていいのなら、持ってます」
「そこは俺が何とかしよう」
先輩が何とかしてくれるみたいだし、私は労をせずいいものを手に入れてしまった。
用途を考えれば、もう使うことがないことを願うばかりだ。
話している途中で唐突に振り向いた先輩に遅れて、私も後ろを振り返る。
階段の先にいるエアリスの横にはエレナの姿もあって、どうやら2人でちゃんと話し合ってから戻って来たらしいことが窺えた。
当のエアリスは私の横にいる先輩の存在に首を傾げていたようだけど、そこは先輩が先回りして答えていた。
「もうすぐ授業が終わるからな。その時に流石に傍にいないのは俺の監督責任が問われる。から、ついさっきここに来たんだ」
「そうだったんですね。ご迷惑おかけしました。どうしても話がしておきたくて…本当に有難うございます」
嘘も方便って言いますもんね。先輩がさらっと嘘をついたところで私は表情も変えませんとも。
エアリスが去ってから直ぐに私のところに来て、今まで普通に喋ってたくせにね。勘のいい先輩はエアリスが来たのも先に気付いたわけだが、まぁそこはあまり気にすることではない。
私は持っていた笛をポケットにしまってから、階段から立ち上がりスカートについた埃を払った。
隣に座っていた先輩もすっと立ち上がると私たちの元まで2人が降りて来るのを迎える。
「ぁ、あの…申し訳ありません。私のせいなんです。わ、私が、本当は」
来る時から元気がなさそうに顔を伏せていたエレナがか細いながらもはっきりとした声で、何かを打ち明けようと口を開く。
その言葉を誰よりも早く遮ったのは、意外にもマルクル先輩だった。
「君のことは知っている。我が学園で初の学生司書だとな。マルティネスから聞いたよ」
「はい、言いました。私の自慢のお友達で、この学園きっての誇れる学生司書さんです」
「それ、は…」
私も先輩の言葉に乗って、エレナのことを褒めた。私が先輩にエレナのことを話した事はないはずだが、なんで先輩はそんなとこまで知ってるんでしょうね。
さてそれでも彼女が何かを打ち明けようと言うのなら私たちはこれ以上、止めるようなことはしない。
先輩と私の言葉に言い淀んだエレナは、言葉を無くしてぐっと口を閉じた。どうしようかを、悩んでいるのだろうか。
そこまでは私には分からないことだったが、エレナの隣に立っていたエアリスが彼女の背に優しく手を添えた。
するとエレナは少しの間があってから、唯一見える口元に小さく笑みを浮かべた。
「…ただの真似事、です」
結局は言おうとしていたことの全てを飲み込んで、彼女はそうとだけ答えた。
エレナが本当は何を言おうとしていたのかは私の憶測でしかないが、何もそれは今すぐに決めることもないと思うのだ。
別にエレナのせいでも、誰のせいでもないのだから。彼女が何か引け目を感じるようなことは何もない。
ただ私としてはエレナには学園にいてほしいと思っているんだけどね。だって寂しいじゃないか。
それでも彼女が納得して選んだ道なら、私はそれを笑顔で送り出したいとも思っている。
エレナの言葉に満足そうに笑っているエアリスに私は視線を向けると、私の視線に気づいたエアリスが私の方を見た。
「ちゃんと話は出来たのね」
「うん。本当にありがとう」
「もう何度も聞いたわよ」
「何度でも言わせてほしいんだ」
エアリスが嬉しそうに笑ってそう言うので、私もそれ以上は何も言わずにただ笑い返した。
エレナも伴って今度こそ2年の教室がある階層まで戻ってくると、女性騎士が既に私とエアリスの教室の前で待機していた。
教室にいると思っていた相手が違う方向から現れたことに、少しばかりの驚きを見せている様子の女性騎士にマルクル先輩が適当に話を付けていた。
「エアリス殿下の案内をしている途中に鐘が鳴りまして。他生徒の授業の邪魔をしてしまうのも本意ではないので、生徒会室の方で過ごしていただいておりました」
「そうでしたか。いえ、教室にいらっしゃるよりもそちらの方が安全でしょう。ありがとうございます」
本当に咄嗟に何かを取り繕うのがうまい人だな。そのスキルはどこで培えるものなんですかね?
「エアリス殿下。ただいまレリオ殿下もお迎えに上がっております。今日のところはお帰り頂きますよう、お願いいたします」
「うん、分かってるよ」
エアリスだけが私たちの元を離れ、女性騎士の傍へ近寄った。
そのまま去って行こうとするエアリスにエレナは何か声を掛けようとして結局、口を閉じ俯いてしまう。
何も今生の別れと言う訳ではないのだが。エアリスが学園にいた頃の生活から考えると、そう簡単に会えなくなってしまうというのは切ないものだよな。
実際にエアリスがどうなるのかは、まだ分からないが…。なんにせよ、私はいつも通りに声を掛けた。
「エアリス」
私の呼びかけに、立ち止まって振り向いたエアリスに軽く手を振った。
「またね」
私はそれだけ言ってから、エレナの肩に優しく手を添えた。エレナも顔を上げるとエアリスの方を真っ直ぐに見て、震える声で言葉を紡ぐ。
「私は…あの図書室で待っていますから。また来てくださるのを、お待ちしておりますね」
エアリスは眩しいものでも見るようにすっと目を細め、明るい笑顔を私たちに見せた。
「うん、絶対行くよ。またね」
ついぞ分かりやすい別れの言葉を口にすることはなかった。
エアリスもそれ以降はもう振り返ることはなく、私たちも特に呼び止めることはしない。エレナは去っていくエアリスの背中から目を逸らさずに、ずっと見つめ続けていた。
その翌日から、エアリスが学園に来ることはなくなった。
サマーパーティーは間近に迫っていたのだがエアリスの件があり、少しばかりの延期となった。
エアリスと同時にリョウも学園に来なくなり、何かあったのではという噂だけが学園中に瞬く間に広がっていく。
あの事件に関しては巻き込まれた当事者の私とマルクル先輩、それと偶然の目撃者となったエレナ以外には口外しないようにと口止めがなされた。
だから噂だけが一人歩きしているだけで詳しいことは誰も分かっていなかったりする。
なんとなく察している人はたくさんいるだろうけどね。
延期の結果、またさらに6日後にサマーパーティーが開かれることが生徒会で決定したのだが、私は当初の予定通りに届けられたサマーパーティーに着ていく予定のドレスを確認していた。
注文通りのライトブルーの涼やかな印象を受ける爽やかなドレスナなのだが、うーんやっぱり…。
「ちょっと合わないかなぁ…」
ぼそっと私が漏らした何気ない一言に強く反応を示したのは、前回、今回と私のドレスを作ってくれた店の店主だ。
「と、仰いますと?」
「ぇ、あ!いや、ドレスは注文通りでいつものように素晴らしい出来ですので、今の言葉はお気になさらず」
「いえいえいえ。ラファエラ様のお言葉で御座いますから…是非、その、訳を、お聞かせ、頂ければと」
あぁ、なんだか店主が怖い…。
言ってしまっていいものか悩んだのだが、店主の無言の圧に負けて渋々とさっきの言葉の訳を話すことに。
「その~、私が持っているイヤリングとは少し合わないなぁ~と…」
「イヤリング、ですか。…宜しければ、そちら少し見させていただいても?」
店主の言葉は疑問形ではあったが、私に拒否権はなさそうだ。
部屋から目当てのイヤリングが入ったジュエリーボックスをグレタに頼んで持ってきてもらった。
うぅん。本当に誰に聞かせるつもりもなかったものが零れ落ちただけだったので、そこまで引っかかるものだとは…。
「これです」
取り出したのは、あのアイオライトのイヤリングだった。
アイオライトの色合いが少しくすんだような青紫なのに対し、ライトブルーのドレスでは少しイヤリングが浮いてしまうかなと考えていただけなのだ。
色の系統としては同じなのだが、ライトブルーでは可愛い系でイヤリングは大人っぽい感じなのでちぐはぐに見えてしまうだろう。
こんなことを思ったのも、このサマーパーティーを逃せばマルクル先輩に改めてお礼を言う機会を失くしてしまいそうな気がしたからだ。
どうせならとか考えていただけで、無理そうであれば諦めようとも考えていた。
多分、私が気にしているだけでマルクル先輩はそんなに気にしてないだろうし。
いちおう1回はお礼も言えてたはずだから、その後は逃げちゃったけど。そうだよ、逃げちゃったんだよなぁ…。
「ほうほう。こちらですか」
私の手に乗せられているイヤリングに顔を近づけ、じっくりと観察する店主に少し緊張してしまう。
そもそもの話。もう完成している状態のものを屋敷にまでわざわざ届けて貰っているというのに、私が文句をつけるようなことを言ってしまったのが悪いと思うので本当にもう気にしないでほしい。
「本当にお気になさらないで下さい。ドレスは私の注文通りで…」
「まぁまぁ。ところで、そちらは…」
イヤリングを見ていた目を上げて、店主は何か意味深な視線を私に向けた。
「誰かからの贈り物、で御座いますか?」
私はその言葉に一瞬、固まってしまった。
確かに贈り物だが、なんで分かったんだ?これが今までお客様商売として、様々な客に接して来たベテラン店主の観察眼というやつか!
私は少し目を泳がせてから、観念して無言のままでただ頷いた。
「そうでしたか」
「あの、その、でも、これを頂いた時にちゃんとしたお礼が出来なかったような、そんな気がしていて。お礼を兼ねて身に着けている所でもお見せ出来たらなぁなんて少し考えていただけなので、もうホントに気にしないでいただけると…」
何だかものすっごく言い訳がましく言葉を続けてしまう。今ちょっと恥ずかしい!
「いえ、ラファエラ様のお気持ち、しかと伝わりました。まだパーティーまでには時間が御座いますね?」
「ぇぁ、でも無理はなさらなくとも、本当に大丈夫ですよ?」
「いいえ、また前日までにはラファエラ様のご期待に副えるような品をお届けいたします」
「いいんですよ?だってこの状態からでは、難しいでしょう?」
「大丈夫です!必ずや私たちが、そのイヤリングに合うドレスを仕立て上げてご覧にいれます。安心してお任せください」
「ぁ、あぁ、はい…お願いします…」
頼んだ本人のはずなんだけど、こんなにも拒否権が存在しないとは…。
最終的には押される形で承諾してしまったけれど、あの店は私が最も信頼している店だ。
やると言ったからにはやり切って、完璧な状態のものをまた持ってきてくれることだろう。私はそれを待つだけでいいのだから、もう楽しみに待っておこうかな。
それにしても、あぁ…疲れた…。




