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土壁に背を預ける形になっていた私はこのままでは土を被ることになってしまうと、慌ててその場から退避しようと動いた。
そんな私の手を掴んで引き寄せてくれたマルクル先輩のお陰で、土を被ることはなかったのだが無駄に心臓を忙しなく動かせた気がする。悪い意味で。
「お前はいまいち危機感にかけるな」
「あれは仕方がないでしょ!」
そもそも先に気付いてたのなら、もっと早くに助けてくれても良かったでしょうに!
もう既に大分、助けてもらった後でそんな文句も言えないので何か言いたくとも押し黙る。繋がったままの手を気持ち強めに振り払い意趣返しとした。
完全に崩れた土壁の先には五体満足で立っているエアリスとたびたび見かける女性騎士が傍に立っていたことで、そっちには女性騎士が駆けつけてくれたのだと分かった。
「ラフィ!」
「エアリス、大丈夫だった?」
「うん。ラフィこそ何ともなさそうで良かった」
エアリスが駆け寄ってくるのに合わせて私も駆け寄りお互いの無事を確認し合う。
とにもかくにも何ともなさそうで良かった。一安心と行く前に、エアリスの方では何があったのかを教えてくれた。
私と分断されたと分かった後に直ぐに私の吹いた笛の音が聞こえて、エアリス自身も警戒を強めたそうだ。
直ぐにでも土壁の切れ目から私のもとに来てくれようとしたらしいが、それを阻むように投げられたナイフのせいで身動きが取れなかったとか。
「ナイフって本当に怪我はないの?」
「まぁ間一髪で避けたから大丈夫」
間一髪でも避けられるのか…。私だったらナイフを投げられた時点で一発アウトな自信しかない。
ともかく、ナイフの射線は木と植え込みの辺りからでエアリスからは敵の姿が見えず迂闊に動けない状態に陥っていたらしい。
「どうかした?」
「…いや」
少し何かを考えるように話を途切れさせたエアリスに話しかけると、エアリスは緩く首を振って話を続けた。
緊張状態にあったその状況を打ち破ったのは、駆け付けて来た女性騎士ではないそうだ。
突如、木がひとりでに動き出し隠れていた敵を捕えたのだという。何とまぁ、不思議な話だ。
敵ともども驚いているうちに身動きが取れなくなっていた敵が木から抜け出そうとする前に、その意識を刈り取ったのが駆け付けた女性騎士だという。
その後に直ぐに土壁が崩れ始めたというので、おそらく土壁を作り出していたのはエアリスの方にいた敵だったのだろうと当たりを付けた。
私たちをどうするつもりだったのかは考えたくもないが、証拠を残さないようにと土壁には魔力を通わせたままだったのだと思う。
用が終われば土壁をまるごと何もなかったかのように消してしまう算段ではあったのだろうが、女性騎士により意識が落とされ中途半端に存在することになってしまった土壁は脆くも崩れた。そんなところか。
そうこう話を聞いているうちに、続々と集まって来た他の騎士たちにより意識のない2人の拘束が進んでいた。
マルクル先輩と女性騎士が今のエアリスの話を聞いて何やら話をしているのを、少し離れたところで見ていると隣にいたエアリスが私の腕を握る。
「やっぱ、何かあるの?」
「ぁ、あのね…」
エアリスの方を見て、先ほどから何かを隠しているらしいことが分かった。
しかもそれは私以外には話しづらいことらしく、どうしようかを惑っているようだ。仕方がない。
これが助け舟になればいいのだけれど。
「ごめんなさい。私、少し疲れてしまったので…先にここを離れさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、そうですね。レディマルティネスには大変、怖い思いをさせてしまいました。気づかずに申し訳ありません」
「じゃあラフィのことは僕が送っていくから、後をお願い」
女性騎士の言葉に被らす勢いで、エアリスが私の言葉に乗ってくる。
「エアリス殿下。ご学友が心配なことは理解いたします。ですが…」
「大丈夫。教室に行くだけだから、授業が終わったら迎えに来て。今はここの片づけをするのが先でしょう」
まぁこんなことがあった手前、エアリスから目を離したくはないだろうな。簡単に承諾はしかねるらしい女性騎士をエアリスは無言で見返す。
その無言の攻防に横やりを入れたのは意外にもマルクル先輩であった。
「でしたら、私が殿下の方についていきます。どうでしょうか?」
「クラウス卿。そうですね…それでしたら、エアリス殿下のことをお願いしてもよろしいですか?」
「承知しました」
マルクル先輩への信頼が厚い!でも、これを拒否すれば今度は騎士の誰かがついて来ることになるだろうな。
マルクル先輩であれば、私から事情を話すことも出来るのでエアリスに掴まれている腕を引いた。
ここからは離れることが出来そうなので、今はそれでよしとしようじゃないか。
先輩を先頭にして校舎内に入り私たちの教室に向かう道のりを無言で歩いていく。その途中で先輩は立ち止まり私たちの方に振り返った。
「で、何がしたいんだ」
流石、先輩!話が早いですね!私は隣のエアリスに目を向けると、先輩の言葉に驚いているらしいエアリスは先輩の方を見ていた。
「あの…」
「校舎内であれば、自由にしていい。ただ外だったら少し考える」
「いい、んですか?」
「ん。まぁいいだろ」
わぁ、先輩すっごい適当ですね。そんな先輩のお陰で自由にしていいとの許可を得たのだが、信じ切れずに少し迷いを見せるエアリスの耳元に「大丈夫よ」と囁いた。
だってエアリスが今の先輩の感じを見るのは初めてだものね。信じきれないのも無理はないけれど、雑な方が素に近いだけだから安心して。
私も今まで気を付けて隠していたのも忘れて、普通にエアリスに接してしまっているし。もう今更、気にすることなんてないってわけで。
「有難う御座います!少し話をするだけなので、校舎内で済みます。大丈夫です。行こう」
「わ、分かったから引っ張らないの!」
私は掴まれたままの腕を引かれてエアリスについていくことに。先輩の横を通り過ぎ、階段までくると少し上ったところで授業の始まりを知らせる鐘が鳴った。
それを聞いてからようやく足を止めたエアリスに続いて私も足を止める。
腕を離し振り返ったエアリスは、私と視線を合わせると隠していたことを私に打ち明けてくれるみたいだ。
一体、エアリスは何を言おうとしているのだろうか?
「あの、ね。僕、ひとりでに木が動いて助かったって言ったけど…実は何でかは、なんとなく分かってるんだ」
「分かってるなら、何であんな言い方を?」
「それが…」
エアリスは、こう語った。
あの時、木が動く前に誰かの声が聞こえたんだ。
その後に白い光が現れて、木が動き始めた。僕も最初は何が起こってるのか分からなくて、一瞬だけのつもりで敵から目を離して声の聞こえた方を見たんだ。
声が聞こえてきたのは上からだったから、見上げてみるとそこに…。
「多分だけどエレナの姿があった」
「エレナが?」
「窓から身を乗り出してたみたいで、それで姿が見えたんだ」
エレナの姿を見たとエアリスは言ったが、それだけで何か今回のことに関係があるとは思えない。
私がそれを言うよりも先に、エアリスは言葉を続けた。
「下から見てたから、前髪越しじゃない彼女の素顔が見えた。初めて見たから自信がなかったんだけど…でも、うん。あれは間違いなくエレナだよ」
「待って。それだけなら、エレナがいたのは偶然じゃないの?」
エレナが休み時間の度に図書室に行っているのは私たちも知っている事実だ。
図書室から自分の教室に戻る、その途中で私の笛の音を聞き音の元である下を覗いてみれば大変なことが起こっていた。
流れとしては、こんなものじゃない?これだけであれば偶然で済む話で、エレナは関係ないはずだ。
「僕が見上げた時に見えた彼女の瞳が、不自然に輝いていたんだ」
「それは…」
「それに白い光が舞っているのも見えた。ねぇこれは偶然かな?」
「…」
白い光の心当たりは私の記憶の中にもある。あれはソフィーの時に見たことだ。あれは奇跡持ちが、自分の持つ奇跡を行使したときに出る特有の光なのだろう。
確かに、偶然では片付けづらい状況だがエレナの髪色は一般的に多く見られるブラウン系統の髪色だ。
それだと、先祖返りの特徴には少し当てはまらないのではないか?私の疑問にもエアリスは答えを出した。
「これは前例があまりないから、知らなくとも仕方ないと思う。たまに先祖返りの特徴が髪色じゃなくて瞳の色に現れる人がいるんだ」
「じゃあ、もしかしてエレナも…」
「そうなんだと思う」
そうだったのか。奇跡持ちに関して私たちが教えてもらうのは、主に過去にどんな奇跡持ちがいたのかを教えてもらう程度なもの。
特徴として髪色が上げられるので、てっきりそれだけなのだと思っていた。
歴史として教えてもらう範囲であればそれだけで事足りるし、そこから先は専門的な部分に入ってしまうので学園の授業範囲から外れてしまうのだろう。
でも学院だとそこら辺の部分も、もう少し詳しく教えてもらえるのかな。
「それで、エレナは?」
「僕と目が合ってから、校舎の中に戻っちゃって…僕、お礼を言いたいんだけど彼女は奇跡持ちであることを隠してたみたいだし…」
成程なぁ。エレナのことを思って公になることを避けて、私にだけ相談してきたわけか。
エレナが今まで前髪で顔を隠してきたのには、そういう理由があるのは間違いないだろう。
それでエアリスはエレナが今まで隠してきたことに踏み込んでいいものか、どうかを悩んでいるわけだな。だったら話は簡単だ。
エレナがエアリスにバレたと分かった後で素直に教室に戻ったとは思えない。なら、彼女の向かう場所なんて1つしかないだろう。
「エアリス。エレナが何処にいるかは分かってるわね?」
「え、あぁうん。多分、だけど」
エアリスの言葉を聞きながら私は彼の肩を掴み、体を反転させた。
こっちの道を無意識にでも選んだのだとしたら、多分ではなく確実に分かっているということだ。
「行ってきなさい」
「でも、いいのかな?」
「エレナのことはエレナにしか分からないわよ。でもこの後の貴方のことなら分かるわ」
この後エアリスは授業終わりに迎えに来た騎士たちに護衛されながら、学園を早退することになるだろう。
翌日からはもう、学園にこれなくなる可能性の方が高い。学園に来ないということ、それは一時編入の終わりを意味している。
そうなるとまたこんな風に会うことは出来なくなるのだ。だったら、今しかない。
今はエアリスの後悔しない方を選ぶべきだ。
「とにかく行って来て、考えるのはそれからでいいじゃない。それに自分で助けた相手を、無下にするような子じゃないわよ。エレナは」
ぐいぐいとエアリスの背中を押していくように勧める。目指すは図書室だ。
「い、行ってくる」
「よし、それでこそ男よ!」
「…その、一緒に行ってくれたりは」
「甘えないの!これは貴方一人の問題よ」
何処か不安そうにしているエアリスの背中を強めに押し出した。何をそんなに不安に思っているのやら。
「大丈夫よ。貴方はお礼を言いたいだけなんでしょ。それでもし、また悩むようなことが出来たのなら私がいくらでも相談に乗ってあげるわ」
「うん…ありがと」
首だけで私の方を振り返っていたエアリスは一度頷いてから、ようやく心を決めたらしい。
図書室に向かっていく背中を見送り私は今いる階段に腰を下ろした。
今から私だけ教室に戻るのも変だし、図書室へはなおさら行けないとなると私はここで1人寂しくエアリスとエレナの2人で帰ってくるのを待っているしかないか。
膝に肘をついて両手で頬杖をついたところで、誰かが私の前に立ったことで影が落ちた。
座っている状態から見上げてみれば、そこにはマルクル先輩がいて少しだけ驚く。
「いたんですか…」
「まぁな」
先輩の肯定があってから、いてもおかしくはないなと思い直した。
本来なら先輩は私たちを教室に送る役目を担っているのだから、ああも簡単に自由にさせてくれること自体がおかしいのだ。
後くらいは追うか。ま、とりあえず。
「先輩は私の首が痛くなる前に座ってください」
私の隣をパシパシと手で叩けば、先輩は何も言うことはなく大人しく隣に座ってくれた。
「それで先輩。私たちの話を聞いてましたね」
「聞いたな」
「それ、誰にも言っちゃだめですよ。ソフィーの時とは事情が違いますから、すべての判断は本人に任せるべきです」
「分かっている」
これで先輩が勝手にエレナのことを流すことはないだろう。信じてますよ、先輩。
そういえば先輩は私の知らないところでも割とよくサボってるみたいだけど、私はあまりしたことないから今の状況は少し楽しいかもしれない。
「そうだ先輩。窓は出入口じゃないって知ってました?」
「その減らず口が叩けるなら、さっき騎士に言ってた言葉は嘘だな」
「嘘じゃないです。疲れてるのは本当です」
本当ですよ。嘘を言ったつもりは私にはありませんから。
エアリスが帰ってこないところをみるに、やはりエレナは図書室にいたので間違いなさそうだ。
どんな話が行われているかは分からないが、悪くない話し合いになればいいとは思う。
そういえば前に見た前世の夢でゲームの中に刺客が出てきてたけど…え、これってもしかして関係あったりするのかな?
いやいや、これは回収しなくていいフラグでしょ…。




