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騎馬戦が終わってしまうと、午後の競技は残り少なく長かった魔動祭も終わりが近づいて来ていた。
現在は魔法を使った綱引きが行われている最中なのだが、私は隣に座っているリョウに唐突に話しかける。
「リョウ。私ちょっと用事が出来たので、ここを任せてもいいですか?」
「おう。多分ダメだと思うけどいいぜ」
快くリョウの許可も貰えたので、早々に生徒会用の天幕を後にしようと立ち上がる。
何かをするなら、行動は早いに越したことはないよね。さて、あっちに行ったようなと考えながら私が本格的に天幕から離れる前にリョウに呼び止められた。
「俺の代わりに、なんかごめんって謝っといて」
「分かりました」
私は用事としか言っていないのだけれど、リョウには私の目的が何なのか分かっているらしかった。
まぁ私もあからさまに目で追ってたし、分かりやすかったかもしれない。
私が今から果たしに行こうとしている用事とは何なのか。
それはマルクル先輩に助けてもらったお礼を言いに、探しにいくことだった。
その為、騎馬戦が終わってから先輩がどこに行くのかを目で追っていたのだけれど何と先輩は4年生の観覧席に戻ることはなく全くの別方向に行ってしまったのだ。
まさかあの先輩に限って2位であることを恥じて同学年の皆と顔を合わせられないのでは、なんてことはあり得ないと断言できる。
別方向に行く前に先輩はどこかに視線を向けているようだったが、もしかして何か用事を思い出してそっちに行ったのかも。
そう考えて暫く時間を置いてから探しに行こうとも思ったのだが、探しているうちに先輩の用事とやらが終わってたりしないかなぁと他力本願気味に考えながら出てきてしまった。
ダメそうだったら出直せばいいよね!
マルクル先輩が行ってしまった方向は運動場側と正門側を避けた魔動祭中で最も人気の少ない、校舎の裏側の方だったはず。
校舎の角に隠れてしまった後の動向は知らないので、見つかるかどうかも分からない。
やや遅れて先輩の後を追って校舎の角を曲がり適当に探し回っていると、何やら誰かの話している声が聞こえて来て自然と足を止めた。
もしや先輩かな?この曲がり角の先にいるのかと、様子を探る意味で顔を出さないまま曲がり角の先に耳を澄ませる。
「…まるで何にも集中できていなかったな。どこに気を取られていた」
この声は似てはいるが先輩ではないな。確か…マルクル家次男のレオナルド様のお声では?
何処か冷たい声色に厳しい物言いから、レオナルド様が怒っているような雰囲気が感じられた。
何だか物凄く気まずそうな場面に出くわしてないか、私。これは私のことが察知される前に去ってしまった方がいいだろうな。
そろりそろりと踵を返そうとしたところで、聞こえて来た言葉に思わず足を止めてしまった。
「教えられたことを忘れたのか、クラウス」
なんだとっ!去ろうとしていた足をピタッと止めて、怪しい取引現場を目撃してしまった探偵のように壁に張り付く。
今、お叱り?を受けてるのってマルクル先輩なの?え?なんで?
やっぱ、あれかな。マルクル公爵家に泥を塗ったとか、そういうこと責められたりするのかな?
「レリオ殿下とマルティネス侯爵家のご令嬢をも危険に晒し…」
あわわわ、そっちか。レオナルド様的にはそういう解釈になるんですね。
でも私とリョウは大丈夫ですし、むしろ先輩は助けに入ってくれた側なのであまり責められる謂れはないと申しますか。
でも私がこれを言いに角から出てしまうと余計に先輩に迷惑が掛かりそうなので、動かないままで先輩の弁護をするばかりだ。
肝心の弁護も内心で行われているだけで声に一切、出していないので何の意味もない。
「あまつさえ、あんな不甲斐ない試合をして。お前はエアリス殿下にまで、ご迷惑をかけるのか」
うわー!そればっかりは私にも弁護が難しい部分ー!
不甲斐ない云々は試合を見ていなかった私には分からないので何とも言えないのだが、あんな中途半端な勝利の仕方にエアリスも納得しきれていない様子だったし…。
今更だけど、やっぱり出直そう。先輩が誰かに叱られているという事実が衝撃的過ぎて足を止めてしまったけれど、本来なら他人が聞いていていいものじゃないよね。
それにしても先輩、見事に一言も喋らなかったけど大丈夫なのかな…。
先輩がどんな表情でいるのかが全く想像できなくて、考え込むように表情を顰めた。
ここで考えるよりも前に離れてしまおうと振り返ったところで、私の後ろに立っていた誰かに私の進行は阻害されてしまった。
寸でのところでぶつからないように留まれただけ私は凄いと思う。一体、誰が立っているというのか。
正体を見るために、私の今の目線から少し顔を上げると柔和に笑う男と視線が合って私はピシッと固まってしまった。
「おーい、レオナルド。そこらへんで終わりにしなさい。関わりのあるお嬢さんに聞かれてしまっているよ」
何で、なんでこっちに長男のフィリップ様だけがいるの!
あとやめて、呼ばないで!出直しますから、出歯亀のようなことをしていたことは言わないでー!
「あ、あの出直しますので…」
「いえいえ、せっかくクラウスを心配してきてくれた方を追い返すような真似は出来ませんよ」
「そんな、私のことはお気になさらないで下さいませ」
本当に気にしないで下さい、お願いします!
心配で来たと言われたけど、心配というよりも私の個人的な理由で来ただけなのだから大した理由ではないと思う。
でも、そんなことをはっきりと言えるはずもなくフィリップ様から逃げられないでいるうちに次男とマルクル先輩までやって来てしまった。
壁際にいた私は背の高い集団に囲われ前にも後ろにも行けず、逃げ道を塞がれる形で包囲されてしまう。
これ、なんて恐喝現場?
「クラウス、彼女わざわざお前のために来てくれたんだから。感謝しなさいね」
「本当に、大丈夫ですから…」
勘弁してください。先輩の方をちらりと窺ってみれば、今までお叱りを受けていたとは思えないくらいに平然とした顔をしていた。
「すまなかった」
結局、先輩は悪くないのに先に言われちゃってるし!私は何故あの時、足を止めてしまったのかと内心で後悔していた。
「クラウスみたいな朴念仁に、こんなに懐いてくれる子がいるなんてねぇ。てっきり、女の子からは怖がられているものとばかり」
「いえクラウス様は学園の生徒から大変に慕われておられる、素晴らしいお方ですわ」
「そうかい、なら安心だ。ね、レオナルド」
「そこで俺に同意を求めるのはやめろ」
せめて囲わないでほしい。退路を確保したい。たとえ退路があっても私は逃げられないのだけど。
淑女スマイルが引き攣ってしまいそうです!
「レオナルドはもう少し愛想を覚えたらどうだい?クラウスは、そこらへん器用だよ」
「おいフィリップ。それは今、言うことか」
うぇーん!私を囲んだまま争うのは、やめてくれぇ!
ちょっと不穏な空気を醸し出すレオナルド様に私は怯えながらも、先輩にいい加減に助けてくれと視線を向けた。
私の訴えを察してくれたらしい、先輩は直ぐに兄2人の間を取り持ってくれる。
「申し訳ありませんが、その辺で。レオナルド兄上の話は、また後日お聞きしますので今はご容赦いただけますか」
「…」
「そもそもレオナルド。私はクラウスが、それをする必要はないと思っているよ」
「お前はクラウスに甘すぎるんだ」
「厳しすぎたっていいことないだろ。ったく、クラウス。後は私から話しておくから一度、離れるね」
「分かりました。お願いします」
まだ何か言いたげなレオナルド様の背中をフィリップ様が押して、この場から離れていく。
残された私とマルクル先輩だが兄2人の背中が完全に見えなくなった辺りで、先輩から口を開いた。
「聞いてたのか?」
「うぐぅ…聞いて、ました…」
これは言い訳出来ないほど聞いていたので、認めるしかない。今だったら、大人しく怒られてあげますよ。
「まぁそれは気にしなくともいいんだが」
「いいんですか?」
「構わん。それよりも、心配してたのか?」
「心配…と、言いますか…」
やっぱり心配とは違うのだけれど、私が先輩に言いたかったことを言いに来ただけで。
先輩は勝敗にこだわりがないから既定のルールに従って負けを受け入れたわけだし、私から何を言われてもあまり気にすることはないのだと思う。
だからここに来るまでは、とりあえず助けに入ってくれたお礼だけでいいだろうと考えていたのだが。
まさかお叱りを受けているだなんて、思わないじゃないか。
もしあそこで先輩が助けに入る必要がなければ、ああやって言われることもなかったのかと思うと反省した方がいいのではないかと改めてそう思ってしまった。
「あの、ごめんなさい。私たち、話をしていて見れてなかったから先輩が助けに入ってくれたんですよね?」
一先ずは謝罪をしてから先輩に確認を取るためにそう聞いてみれば、先輩は何も答えず代わりにとても微妙な顔をさせてしまった。
「な、何か間違ってましたか?」
「…いいや」
えぇぇ…。まさか謝罪だけで、ここまで不満そうな表情をされるとは。
随分と面白くなさそう、かつ若干や不機嫌であるのが分かりやすい先輩の様子に私は少し考えてから先輩のことを見上げた。
「マルクル先輩」
私はいつものように先輩のことを呼んでから、首を傾げながら最初に考えていたことを口にする。
「えっと、助けてくれてありがとうございます」
やっぱ、こっちが先だったかな。
先輩が勝敗の結果を気にしていないのだから、私から謝られたって反応しにくかったのかもしれない。
自分の考えを先行させるよりも、先輩のことを考えた方が正解には近いはずだ。でも私がこう考えただけでそれが合っているとは限らないが、どうやらこれ以上に考える必要はなさそうだ。
雰囲気の和らいだ先輩が仄かに笑みを浮かべていたので、私も小さく笑い返した。
何だか今日の先輩は表情の変化が分かりやすいなぁ。さっきまで家族といたから、気が抜けてるとか?
「それとレリオ様からの伝言で、なんかごめんって謝ってましたよ」
「そうか、分かった」
リョウからの伝言には義務的に返事を返されるだけだった。さっき私が言った時とは全く反応が違うなぁ。
「そういえば先輩!何で、あのやり方を取ったんですか!先輩なら、もっと他にやりようがありましたよね?」
「…さっきまでのしおらしい態度はどこへやった?」
「さっきはさっき。今は今です」
刻一刻と状況は変わっているんですよ、先輩。だからさっきまでのしおらしいとかいう私は幻想です!
「おかげでエアリス様、勝っちゃったじゃないですか!」
「応援してたんじゃないのか?」
「してましたけど!ああいう勝負事で、あの決着の仕方はどうかと思いますよ!分かってますか、そこのところ!」
「しらん」
先輩のお陰で今2年生の総合点数が学年順位1位に躍り出ることとなった。
残りの競技の結果にもよるが、本当に総合優勝が目前にまで見えてきているのだ。
せっかく2学年の総合優勝が叶うかもしれないというのに、1番に喜ばせたいエアリス自身が曇った表情をしていては私たちも素直に喜べないじゃないか!
言ってることは八つ当たりだと分かっているのだが、エアリスにとっては負けていたはずなのに結果は勝利で終わってしまってどう受け止めていいのか分からないのかもしれない。
最後に見たエアリスの浮かない顔を思い出して段々と心配になって来た。
あまり思い詰めていなければいいのだけれど、後でエアリスの様子を見に行ってみよう。
もう運動場に戻るためか先に歩き出した先輩の後ろに続いて、私も歩き出した。
「そうだ。お前、借り物競争に出てただろ」
「はい、出てましたよ」
「お題は何だったんだ?」
おや、先輩が聞いて来るとは思わなかったな。先輩はそんなこと気にしないものだと思っていたから、少し意外に感じてしまった。
いつの間にか横に来ていた先輩に私はいまだに持ったままの、お題の書かれた紙をポケットから取り出して先輩に手渡す。
これ、地味に捨てる機会を逃してしまっているんだよね。
「1番、親しい異性っていうお題でした。プルーストかエアリス様を探してたんですよ」
「…」
「このお題、意地が悪いと思いませんか?異性に限定するなんて、普通に親しい人とかで良いでしょうに…」
そしたら真っ先にイリーナのことを選んだのになぁ。アンドリ先輩も面白がってくるしさ。
紙に書かれたお題を見ている先輩は私の話を聞いていないのか、一向に反応が返ってこないことに私は眉間に皺を寄せる。
「ちょっと先輩、私の話聞いてますか?」
先輩は私の言葉に答えるよりも前に、見ていた紙をくしゃりと握りつぶしてしまった。
何をいきなり、と私が聞く前に握った拳が開かれて見えた掌には何も残っていなかったことに私は目を瞬いた。
え、それって何のマジックですか?いや魔法ではあるんでしょうけど。
「先輩、紙に何の恨みが…何か怒ってますか?」
「そうだな。あとでエヴラールは締めておこう」
何だか知らないけどアンドリ先輩が哀れな犠牲者と化しそうです、リュドミラ先輩。
気が向いたら骨でも拾ってあげてください。
まぁさらっと言ってるだけだし、大丈夫なんじゃないですかね。多分、きっと、おそらくは。
私としては先輩のお陰で捨てる手間が省けたので、良しとする。
歩いていると道の先にフィリップ様の姿が見えたので私はまた猫を被りなおした。




