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「まさか私って攻略されてたりするんですか!」
「あ、ちょっと待って。前世ぶりに酔ってきた…」
「吐く前に!吐く前に、答えてください!」
あれだよね?攻略対象ってなると、もしかしてもしかすると私とエアリスが…?いやいやいや、ない!マジでない!
エアリスは決して悪い人じゃない。むしろ誰にでも自慢できるくらいにはいい人だと私は思っている。
だから攻略の対象が私でなく、他の誰かであれば私は何も思うことなく純粋に祝うことが出来るだろう。
ただ私となると話は別だ。もし私がそういう対象であった場合、今の私には断る以外の選択肢が出てこないのだから。
断った場合に考えられることいえば、疎遠になるか今の関係が無くなってしまうか…。
どちらにせよ今の関係は必ずと言っていいほど壊れてしまうということだ。いくら恋愛関係に疎い私でも都合よく元の関係に戻れるだなんて思ってはいない。
というかエアリスが大丈夫だったとしても、私が大丈夫じゃないのでむりぃ…。
今の関係性が私にとっては心地がいいものなのだ。なんというか、その関係が壊れてしまうようなことは看過できないというか個人的に嫌だ!
そんなわけで私は必死にリョウの肩を、むしろ吐かせる思いも込めて揺らしていた。
段々と本当に顔色を悪くし始めたリョウが揺られながら力ない手で私の腕を掴む。
「ごめーん、遊びすぎたからやめてー…」
「それで、どうなんですか?」
流石に懲りたらしいリョウの肩を揺らすのはやめてあげたのだが、肩を掴んでいる手はそのままにリョウとの距離を詰めた。
目を回している様子のリョウは私の手をポンポンと軽く叩くと、ゆったりとした口調で私の疑問に答える。
「だいじょぶー、エアリスとラフィはずっともだよー」
「ズッ友って…」
その言い方、随分と懐かしいですね。何でだか背中が痒くなるような思いに駆られた私は口をもにょもにょと動かした。
もう2度3度と私の手を叩いたリョウの意図を汲みとって、私はようやくリョウの肩から手を離す。
「最初に言っただろー。多分だけど俺の勘違いってやつなんだよ」
リョウは膝に肘をついて、組んだ両手に額を押し当てて完全にダウンしている状態のようだ。
少しやりすぎたかな?立ったままというのもあれなので、私は席に戻ってから椅子ごとリョウの方に距離を詰めた。
「だったら私が攻略対象だっていうのも、勘違いでは?」
「いや、うーん。それは微妙なとこだね」
微妙なのか…。
そういえばソフィーは私にそっくりな姿をした悪役令嬢を夢で何度も見ていたようだけれど、名前が違ったんだよな。
とすると、そう言うことなのか?
「もしかして、名前が違ったり?」
「いんや、名前は一緒」
「えー…」
名前、一緒なのかー。じゃあ何が違うんだろ?私が首を傾げていると、リョウは直ぐに答えてくれた。
「容姿がね、ゲームの中と今ここに居る君とじゃ少し違うんだよ」
「容姿が、ですか。少し、って言いましたけど具体的にはどう違うんです?」
「えーっとね、今のラフィの2Pカラーって感じかな」
え?何が違うって?
カラーとか言ってたし、ようは色が違うんだよね。色違いの私って聞くと、何故だかとてもレアな気がしてくるから不思議だなぁ。
「ゲームの中の私はどんな色合い何ですか?」
「金髪碧眼だね」
「…えぇ、誰ですかそれ。私じゃないです」
それだと私の真逆の色合いと言ってもいい。正確な私の髪色はシルバーだし、瞳の色はローズカラーとなっている。
私の人生でただの1度も金髪碧眼であった記憶はない。変装していた時ですらダークブラウンなので掠りすらしていないのだが。
そも、その色合いだと目の前の兄弟と被りすぎだと思います。
「でもシルエットだけは近いよ?」
「シルエットだけ近い子を上げるなら、この学園内に似たような子は何人もいますよ」
少しずつ回復してきたらしいリョウが今度は椅子に深く凭れ掛かかり、楽な姿勢を取ったので私も座面に凭れ掛かった。
「俺はラフィのこと、割といい線いってると思ってんだぜ」
「どの辺がですか?」
「1番、分かりやすいところで言うと借り物競争の時とか」
「んえぇ…わかんないです」
リョウは「そっかー」とからからと笑っていたが、私としてはあまり笑えないのだけれど。
「それにしても不思議なものだね。ソフィーちゃんの話聞いてても思ったんだけどさ、やっぱラフィって地味にゲームのイベントに関わってくるんだよ」
「そう、なんですか?」
「ありゃ?自覚なしか。だって本来はソフィーちゃんに起こるはずだったイベントに、ラフィが関わってるでしょ」
あれ?確かに、そうかもしれない。リョウに言われてから初めて気づけた。
私だけでは気づくことの出来なかったその考えに、徐々に私の視線は下がっていく。
あの時のソフィーは私のことを明確に邪魔者として見ていた。最終的にはソフィーの考えていた人物と名前が違うということで、私とは関係がないと結論付けられたが。
実際にソフィーの邪魔になっていたのは、私で間違いないじゃないか。
「?どうかした?」
「…いえ、何も」
じゃあ、私がいたからソフィーのお母様は亡くなってしまった?何も知らなかった私にそこまでの責任は流石に負えないと、自分で分かっていても心の中にしこりのような違和感が生まれる。
リョウにはソフィーのお母様の件までは言っていない。
それは彼女の個人的な部分に触れることになるので、私が気軽に話していいような内容ではないと判断したからだ。だから、私からはこれ以上は何も言わない。
「…言いたくないなら、俺も聞かないけどさ」
「いえ。これは、私だけの問題ではないので…言わないだけです。気にしないでください」
「そう?…分かった」
そうだ、これは私だけの問題じゃない。私とソフィー2人の問題になってくるのだと思う。
だって、この件で私を責められるのはソフィーだけ。
でもソフィーは、おそらくだが私のことを責めはしない。それはソフィーの中で、自分が加害者であることが揺らがないからだ。
それと、この話のケリは既についてしまっている。
私が楽になりたいからと今更、蒸し返すような真似をしてしまうのは間違いじゃないのか?
だったら、これは誰にも言わない方がいいことなのだ。誰に言っても仕方ないことともいえる。
気付けたことが良かったことなのか、それとも気づかなかったほうが良かったのかは私にも分からない。
リョウは本当に何も聞いてこなかった。代わりに私の下がっていた頭に軽い重みが加わって、視界がぶれる。
頭に置かれた重みが左右に動くのに合わせて、私の頭も左右に動く。そこで私は今、リョウに頭を撫でられているのだと気づいた。
「酔いますよ」
「へいへい。これは、あんま俺が言えた義理でもねぇかもだけど。何でもさ、言ってくれていいんだからな」
「私はリョウに言いたいことは、何でも言っているつもりですよ。ただ少し…」
その先は言葉を続けられなかった。開いていた口をぐっと閉じる。
別に悩んでいるわけでも、どうすればいいのかが分からないわけでもない。私の中で結論は出ていて、そうしようと決めたのなら私は何も言わないでいるべきだ。
ただほんの少しだけ息苦しいような、そんな思いに苛まれているのが重くて弱音が出そうになってしまった。
「…そうだな。ま、これからは遠慮はなし!いつでも頼ってくれよ。今はそれだけ覚えといてくれりゃいいから」
その言葉だけで私にとっては十分だ。別に今、気づいたことだってそれで何かが変わるものでもない。
私とソフィーの関係は何も変わらない。私にとってソフィーは大切なお友達のままだ。
きっと大事なことは、それだけなのだと思う。それだけは変えちゃいけないし、これからも変わることはあり得ない。
されるがままに撫でられていた私だが、励ましてくれたリョウに感謝しなければと顔を上げようとしたところで急に「キャアアアァァッ!!」と甲高い複数の悲鳴が耳を劈いた。
違う意味でも頭を上げようとした私だったが、リョウの手によって逆に押さえつけられ無理に頭を下げる羽目に。
「あいたたたたっ!」
かなり力強く抑えられたおかげで、今とんでもなく不格好な形になってしまっていると思う。
しかも痛かったんですけど!
「ちょっ、何するんですか!」
「あーいや、ごめんね」
私が不満を訴えたところで、やっと頭から退いていった手の重みに首をさすりながら頭を上げた。
何か今、一気にいろんなことが起こらなかったか?
とりあえずは正面にいるリョウを見やれば、リョウはある方向を指差して気まずそうに笑っていた。
指差す方向に何があるというんだ…ひとまずはリョウの指示に従って騎馬戦が行われているであろう方を見てみれば、何故かマルクル先輩が私たちに近い位置に立っていて眉を顰めた。
「なんで、ここに居るんですか?」
片手に剣を持っていて、ここに立っているのは何故だ?もう決着がついたから?だったら、剣を持っているのはおかしい。
首を傾げた私にマルクル先輩が片手に持っていた剣をちらりと見てから、淡々と答えた。
「はじく方向を少し間違えてな。こっちに飛んでしまったから、取りに来た」
「んぇ?」
はじく方向、間違えて取りに来た?…あー!だから悲鳴が聞こえて来たのか!
え、でも剣をはじいて直ぐに危ないと判断して取りに来たのなら決着はまだついていないのではないか?
「あ、あの先輩?今、場外にいて足ついてますけど?」
「あぁ、そうだな」
「ダメじゃないですか?ダメですよね!え、このままだと負けになっちゃうんじゃ?」
「おそらくは」
ええ!マルクル先輩があまりに淡々と答えるので、逆に私は慌てて立ち上がる。
机に手をつくと身を乗り出さん勢いで先輩に詰め寄れば、先輩は持っていた剣を私から遠ざけるように動かした。
「ちょっと先輩!今からでも戻ってください!」
「分かった。分かったから、乗り越えるなよ」
「そこまでしませんよ!いいから、早く!」
私の必死な訴えに余計な一言を挟んでから歩いて戻っていく先輩の背中を、私は何も言わずに見送る。
そういえば今、思い切り騎馬戦をやっていることを忘れていた。話をしていたので全く見ていなかったし、これは悪いことをしてしまったかもしれない。
黙ったままだったリョウが口を開いたので、私は少しだけ先輩から目を逸らした。
「まぁ今はいろんなことは置いといて、あれってクラウスの負けになるの?」
「…そうですね。勝敗の付け方にも色々ありますから、さっきみたいに場外に足を付けてしまうのは試合放棄とみなされて負けになります」
「でも、あれは違うくない?試合放棄にならないだろ?」
「どうでしょうね。先輩がどうするかによると思いますよ」
「それは、あいつの言い方次第ってこと?」
「先輩が私たちに危険が及ばないように行動したと訴えれば、再戦もあるかと。ただ先輩にそんなやる気があるかどうかは、甚だ疑問ですね」
「え?やる気の問題なの、これ」
そうなんです、やる気の問題なんです…。
そもそも私たちがちゃんと試合に目を向けていれば、先輩が助けに入ることはなかったのだと思う。
はじかれた剣は馬から降りているエアリスに返され、マルクル先輩は審判と何やら協議を行っている。。
この天幕までは安全を考えて十分な距離が取られているため、ここまで飛んでくること自体が限りなく珍しい出来事だ。
そのため私も油断していた。
先輩は助けに入っていなければ勝ちが確定していただろうに、場外に足をついたことで現在は勝敗があやふやになってしまっている状態だ。
だから先輩が望めば、試合は改められると思うのだが…先輩は大人しく既定のルールに従いそうだなぁ。
結果は直ぐに出た。審判から「選手の申し出により、勝者はエアリス・キングストンとなります」と宣言がされた。
その言葉を受けた観客たちから徐々に拍手が上がり、最終的な勝者は称えられたのだが肝心のエアリスの表情は晴れたものとはほど遠い。
私たちも拍手などする気分にはなれず、私は席に座ってマルクル先輩の方をじとっと睨んだ。
「そうだ。さっき慰めてくれたのと、あと咄嗟に守ってくれましたよね?ありがとうございます」
「ん?あぁ、あれね。思いっきり雑だったけどね」
「それは否定しませんけど、反応が早くて羨ましいです」
「そういう教育の賜物よ。ホントはもっと早くに気付かなきゃいけないんだけどね」
「…その教育って本来、自己防衛のためなのでは?」
「まぁ、クラウスが間に合わなくてもギリ何とかは出来てたんじゃない?」
マジですか、凄いですね。でも結果は、そうはならなかったわけだ。
マルクル先輩が素早く動いて、私たちの方に飛んできていた剣が届く前に自分で掴んだわけだけど。
器用な人だと思う。そんでもって不器用な人。
マルクル先輩なら、もっと他にやりようがあったはずなのに。直接、助けに入った理由として考えられるのは…。
「やっぱリョウがいるからですかね?」
「え?何か分かんないけど、たぶん違うと思うよ?」
何か分かんないのに否定された。騎馬戦が終わり、今は表彰に移っている。
表彰されるのは優勝と準優勝のみだ。
準優勝として表彰されている先輩を見ながら、私はふとこんなことを思った。
そういえば先輩に助けてもらったのにお礼を言えていない。
騎馬戦の表彰が終わるまでの間、今度はそわそわと落ち着かない気持ちで私は先輩のことを睨んでいた。




