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エアリスの3回戦目。そこまで来てようやく、私はお昼前に聞こうとしていたことを思い出した。
別の話ばかりしていたせいで、すっかり忘れてしまっていたが思い出したからには聞いておこうかな。
「ねぇリョウ。私、聞きたいことがあったのを思い出したんですけど…」
するとリョウは何故か急に口を閉ざしてしまったので、私も同じように口を閉ざしてしまう。
リョウが何か答えてくれないと、私は質問をしていいのかどうかも分からないじゃないか。
私たちの間に少し変な間が流れてから、リョウは何もなかったかのように平然と口を開いた。
「うん?なにかな?」
何だ、その感じは。これ、本当に聞いてもいいやつなの?
首を傾げているリョウは本当に何もなかったかのように笑っていて私は僅かに迷ったのだが結局、控えめに話を切り出した。
「あの、お昼前に話してたじゃないですか」
「…」
「エアリスが関係ある的な、そのことについて聞きたいんですけど…」
「…あー、そっちか」
逆になんだと思ってたんですか?ただそれは今のリョウにとって話しづらいことなのだと思うので、問い返したりはしない。
リョウの中の予想から外れたことを私が聞いたからか、彼が机に項垂れたのでなんとなくそれを見ていた。
そんなだらしない状態の彼と目が合って、私は反射的にふいっと目を逸らしてしまう。
別に私が何か、悪いことをしたわけではないのだけれど…。
「ごめんね」
不意に謝ったリョウを横目に見てみると、気が抜けたようにヘラリと笑っているリョウの顔と目が合った。
「別に…謝ることはないですけど…」
「それでも、ごめん。なんていうか…もうちょい自分の中で整理つけられたら、話すよ」
「無理しなくていいです」
「いや、聞いてほしいんだ。…いつか、聞いてくれたら嬉しい」
あれかな。リョウが打ち明けようとしていることって多分、前世のことなのかな。
そういえば昼前にもこんな感じがあったことを、思い出した。
私だって何もかもを打ち明けているわけでもないのだから、本当に無理をすることはない。
でもリョウは聞いてくれると嬉しいとまで言ったのだから、いつか聞かせてくれるのだろうな。
今こんなにも話すことを迷うような躊躇うほどの前世の記憶とは、一体どんなものだろうか。
私には想像が及ばないことに少し怖いような、それでも楽しみなような相反する気持ちに私は小さく笑みを浮かべた。
「リョウが話したいことなら、聞きますよ」
「ありがと。で、エアリスのことだっけ?大したことじゃないぜ」
エアリスのことは割とあっさりと教えてくれそうだ。
視線を前に戻して3回戦目ともなると、流石に苦戦を強いられている様子のエアリスのことを見守るのも忘れない。
「これも結構、悩んでたんだけどさ。多分、勘違いってやつなんだよ」
「勘違い、ですか…」
「そうそう。ラフィが話してくれたソフィーちゃんの話。あれ聞いてて、そう思った」
リョウが話し始めたのを、私はエアリスのことを応援しながら聞いていた。
金属同士がぶつかる特有の音に隣で話しているリョウの声ですらも、ともすれば聞き逃してしまいそうだ。
私は少しだけ耳を澄ませる。
「本当は俺、エアリスのことゲームの主人公だと思ってたんだよね」
「…」
え?もしかして私が今朝見た前世の記憶からのフラグって、こんなところで回収されるんですか?
思わず現在、頑張っているエアリスの応援も忘れ私はリョウのことをやや不満げに見やった。
「それは…もしやギャルゲーとか言うやつですか…」
「え、いやちょっと違うけど。ギャルゲーとか知ってんだ」
「あ、違うんですか。そうですか…」
「今度は何で残念そうなの?」
やっぱ私の前世の記憶、アテにならんな。私は両手で頬杖をつくと、正面に視線を戻した。
「それにしてもギャルゲーって単語が似合わないね」
「その言葉はそっくりそのまま、お返ししますよ。あと、知ってるだけで詳しくはないです」
「そっかー…ギャルゲーとか懐かしいなぁ。やった記憶なんてホント、昔だわ」
「ふーん、やったことあるんですね」
私の何気ない言葉にリョウが黙り込んでしまって少し会話が途切れたのだが、私はエアリスの試合に夢中で気づかなかった。
今、丁度エアリスが観客からの多数の声援を受けてか徐々に優勢へと勝負を運んでいる最中なのだ。
そのまま押し切れー!
「あれだよ?ギャルゲーやってたのって昔のことだから。昔って前世の俺がもっと若い頃ね。流石に大人になってからは卒業したし、俺には愛する人もいたから」
「リョウは何を言ってるんですか?」
「…そうだね。俺、何言ってんだろうね…」
何か言い訳がましく言葉を並び立てていたリョウに、ちらりと視線をやって首を傾げれば何故だか斜め下に視線を向けて虚空を見ているようだった。
いや、そんな遠い目をされましても…。
よく分からないですけど大人になってもギャルゲーやってていいと思いますよ?そこは人の自由なので、私は気にしないし。
私はまた正面に視線を戻すも、今度はちゃんと会話をしようと私から話を続けた。
「それで、あれですか?リョウもエアリスが主人公のゲームを夢に見た感じですか?」
「んまぁ、そんな感じです。そのゲームもギャルゲーみたいな要素がないことは、ないんだけど」
「へー」
前世であれだけ乙女ゲーム好きの友人の話を聞いておきながら、私自身がこれまでゲームをしたような記憶はない。
スマホを持ってはいたものの、友達との連絡や動画を見るのに使っていただけでゲームっぽいものすらした記憶もなく私の知識はほとんど友人から教えられたもので構成されている。
「そのゲームに、エアリスに似た…というか、瓜二つくらいそっくな主人公がいて」
「はいはい」
エアリスが主人公のゲームかぁ。それは知ってたら是非ともやって見たかったなぁ。
そうは思ったが、前世のことなので残念ながら叶わぬ願いに終わってしまった。
代わりと言っちゃあ何だが、目の前で奮闘中のエアリスは優勢の状態から変わらずもう少しすれば決着もつきそうだ。
「でもそれだけだったから、ここに来るまでは俺も偶然の一致とか他人の空似で済ませてたんだけどね」
「ほうほう」
「ところが学園の編入前に、ここの全生徒の名簿を一通り見させてもらったんだよ」
「でしょうねぇ」
そのことは特に不思議には思わない。むしろ必要なことだと思うので、全生徒分に目を通したのかと考えたらむしろ面倒だったろうなと思うくらいだ。
おそらく、そういうちょっと個人情報に触れそうなものはマルクル先輩から横流しされているのだろうな。
横流しというと、少し誤解があると思うけれど。
「その中にどーしても見たことのある顔、というかキャラデザの奴が何人もいてさ」
「きゃらでざ」
「初めて見るはずなのに名前まで知ってたもんだから、あれ?どこかで会ったかなー?と思って記憶の奥底まで掘り返してみれば、あらびっくり」
「びっくり」
「何とエアリスっぽいやつが主人公のゲームに出て来る、キャラデザと名前だったってわけだ」
「あらー」
いきなりキャラデザとかいうから、ちょっと思考が追いつかなくて言葉を繰り返してしまった。
まぁようは初見なのに知っている顔と名前が複数人あって何だこれと思っていたら、そのゲームと一致してしまったというわけだな。
話しているうちに見事、エアリスは3回戦目を制し決勝までコマを進めていた。おめでとー!
次はマルクル先輩だが、どうせすぐに勝つだろ。
「それで流石に、もしかしたらここってゲームの世界なのか?とか、1ミリくらいそんな可能性もあるのかもーなんてちょっと疑ってたんだ」
「ははーん、それで私にエアリスの交友関係を聞いてきたりしたんですね。でも、なんで女の子限定の交友関係なんですか?」
私が女の子だからそっち方面のことしか分からないだろうとか、そういう理由かな?
それにしたって私自身の交友関係が貧弱すぎて、大した情報は齎せなかったと思うけれど。
エアリスが一旦、捌けて行って代わりにマルクル先輩が入場するのを見ながらリョウの言葉を待っていた。
「それね。さっきも言ったけど、このゲームってギャルゲー的な要素がない訳でもないんだよ」
「言ってましたねぇ」
「つまり。何故、俺がそれを聞いてたのかというとエアリスにとって女子は重要な攻略対象にもなるからだ!」
「ほぇー」
成程、攻略対象ねー。確かにそれだと女の子の交友関係の方が気になるか。だって、もしかしたら将来の妹とかになるかもしれないんだもんね。
でもそれはゲームの類似点を探るためとか、そういうものじゃなくてただの好奇心のように聞こえるのだけど?
大分、野次馬根性バリバリそうなリョウの理由に勝手に利用されていたことが分かった私は思わず彼のことを軽く睨む。
「いやまぁ血の繋がった弟とはいえ、そういうのを探るのってあんまり褒められた行為じゃないのは分かってるよ?でも気になっちゃって。今後はもうしないし、反省もしました。だから許して、ね?」
「…リョウの気持ちも分からないでもないので、責めはしませんけど。私を使って勝手に探るとかは、もうなしです」
「はい。肝に銘じておきます」
それにしてもこれで大分、いろんなことが分かった気がする。
ソフィーの時と違ってリョウは同じ顔と名前の人物を見つけて、もしかしたらと思い探りを入れただけで自分から特に何かすることはなかったのだろうな。
考えてみれば、もしゲームだと信じきっていたのなら滅茶苦茶したりエアリスの立場を利用するようなことも可能なのではないかと思う。
そういうことをしないあたりリョウはエアリスのことを、ちゃんと大切に思っているのだろう。
「んで探った結果ね。エアリスの関わる人物って、ものの見事にそのゲームに出てくるキャラばっかだったのよ。これが主人公の定めなのかって思ってたくらいさ」
「あー、そこまでとなると確かに…」
少しとはいえ学園に来る前から疑っていたところにいざ来てみればエアリスはそのゲームに出てくる子と見事に関わっていくのであれば、そんな馬鹿なと思いつつもずっと疑ってしまうのも仕方ない。
またもや瞬殺で終わってしまった、マルクル先輩の試合は見ごたえがないようなあるような…。
文句はないけれど、少しばかり退屈にも感じてしまう。
「ところで、そこのお嬢さん。もしかしなくとも他人事だと思って聞いてるだろ」
「えー…実際、そうじゃないんですかー」
だって、そうだろう?多分エレナもそのゲームに出て来るキャラだとして、それで私との関係が変わるわけでもないのだし。
他にゲームに出て来る子ってのを、私は知らないのであとはわりかしどうでもいいというのが本音だ。
早々に終わってしまったマルクル先輩の3回戦目のお陰で直ぐに決勝も始まってしまいそうだな。
期待通り、エアリスとマルクル先輩の勝負が見られそうで内心とてもわくわくしている。
ところでリョウの話はまだ、続くのだろうか。私としては聞きたいことも聞けたので、もう終わりでもいいですよ?
「俺はラフィにエアリスのこと、何度も聞いてただろ。忘れちゃった?」
「覚えてますけど。でもそれは私がエアリスと関わる機会が多い女の子で、リョウの気になってることが聞きやすかったから、とかでしょう?」
「いーや。そんな理由じゃないよ」
「じゃあ私とそのゲームに、どんな関わりがあるっていうんですか」
少しの休憩を挟んでから、決勝が始まるそうなので私はリョウに体ごと向けてしまって本格的に話を聞く体制を取る。
どうせなら、今の休憩のうちに話を終わらせてしまって気兼ねなく決勝に集中しようじゃないか。
リョウも私に半身を向ける形で足を組むと、私のことをゆっくりと指差した。
「ラフィも攻略対象に入ってるから」
「…へ?」
え、今なんて言いました?私がそのゲームの攻略対象だって?ガタリと勢いよく立ち上がってリョウの方に詰め寄ると肩を掴んだ。
「嘘ですよね?!」
「あはははー」
「ちょっと!」
私の反応を楽しんでいるのか笑って答えようとしないリョウの肩を揺らしているうちに、決勝が始まってしまっていた。
でも今の私は、そんなことよりもリョウに真実の程を確認せねばならないのだ。
ソフィーの時に続いてまたも登場人物として勝手に巻き込まれているとは考えもしていなかった私は、これは何の因果だと嘆きのままに笑うリョウの肩をひたすらに揺さぶるのだった。




