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用意された一室では既に多くの子たちが着替えを進めていた。室内では着替えや化粧の手伝いをしてくれている女性スタッフたちが慌ただしく動き回っている。
特に女側でドレスに着替えなければならない子たちは昼も食べずにここに来ていることだろう。
急ピッチで進められている準備の様子に、私だけ呑気にしていたような気がして悪い気がしてきた。
「マルティネス様、お疲れ様でございます」
「えぇお疲れ様です。遅れてしまいましたか?」
「いいえ、全く問題ありませんわ」
演出係のまとめ役をやってくれている子に私が来たことを知らせるため声をかければ、直ぐにスタッフに連れられてカーテンで仕切られ簡易的な個室になっているうちの一部屋に案内された。
中には女性スタッフが数人と私用に誂えられた燕尾服やその他もろもろ、着替えに必要なものが用意されている。
着替えるためには今着ているものを脱がねばならないので、早速とばかりに運動着を脱げば固く絞られた肌触りのいいタオルで丁寧に肌を拭われていく。
そんなに運動もしていないので気にしなくともいいのだけれど、まぁ仕方がないか。
されるがままに全身くまなくとはいかなくともある程度、綺麗にされるとさっぱりとした気分になれた。
男装するには少し胸が邪魔になるので布を巻いてなるべく膨らみを平らにしなければならない。
巻いた布がずれないようにきつく固定して邪魔にならないように出来れば、問題なく息が出来るかを最後に確認してやっと燕尾服を着ることになった。
ドレスではないのでコルセットを付ける必要はないが代わりに、こういうものを巻かなければならないので苦労はどちらでも変わらない気がする。
それにしても燕尾服を着るのなんて、まるきり昨年振りになるなぁ。
今日にしか着ることがないのでわざわざ今日この時のためにこれを用意してもらうのが毎度、勿体ない気がしてしまう。
でも本当に今日以外で着ることないから、残念ながらこれが終われば捨てられてしまうことになるだろうな。
それはさておき燕尾服に着替え終えれば、靴も履き替えてしまって個室を出る。今度は化粧をし直すために鏡の前の椅子に連れて行かれた。
今している化粧は一度、全て落としてしまって今度は男っぽく見えるような化粧が施されていく。
これに関して私はよく分からないので、またも私はやされるがままだ。完成に近づいていくごとにうまくやるものだと感心しながら鏡の中の変わっていく私を見つめていた。
化粧が終われば最後に髪も結い直すことに。ポニーテールにされていた髪を解かれ、優しく櫛で梳かれシンプルな黒いリボンを使って下の方で緩く結われた。
全てが仕上がると最後に鏡を見ながら襟を正し椅子から立ち上がる。一旦は他の子たちの着替えが終わるまで、待機となるらしい。
私は遅めに来た割に早くに着替え終わってしまったようで他の皆の邪魔にならない位置、演出の子たちが集まっている方に寄って行けば黄色い声を頂いてしまった。
「とっても素敵ですわ!」
「はぁ、カッコいい…」
「あはは…ありがとうございます」
苦笑気味に彼女たちからの数々の賛辞を受け取って、勧められた椅子に座って待つことにした。
私の他にも準備を終えている子たちは数人いたが、全体で見ればまだまだともいえる。
演出の子たちは最後の調整として確認を進めているし全員の着替えが済めば、またここにいる全員での確認が行われるだろう。
なので、それまでは邪魔になるようなことはしない方がいいか。
一緒に待っている子たちとお喋りをしながら、私は運動場の様子にも目を向けていた。
今現在は午後が始まってから最初の種目となる1000メートルの最中のようだ。
確かあれにはアンドリ先輩が出ていたと思うけど、もう出番が終わってしまったのかゴールの方で元気そうに動き回っているのだけが見えた。
やはり競技の様子が気になるのは私だけでないらしく、窓の外を眺めながらも我が学年の今の総合順位がどのあたりになっているのかを聞いてみる。
一時期は少し差が開いていたもののトレジャーハントで点数配分の高いお宝をゲットしたらしく、学年の点数に一気に大きな加算があったそうだ。
そのおかげで総合1位は相変わらず4年生ではあるものの、それに迫る勢いではあるとのこと。
あとはどこかの競技で1位でも取れれば逆転もあるのではと言った感じ。まぁそう簡単にはいかないだろうけどね。
1000メートルは、もう終わりそうだが準備はもう少し完了出来ていない。
燕尾服の着替えは早く私含めほとんどの子がもう化粧まで終わっているようだが、ドレスの方はやっと着替えが済んで今から化粧を始めるといった子が多いような印象だ。
ドレスはターンしたときに綺麗に裾が広がるような作りになっており、腕にもひらひらとした飾りがつけられこれまた一段と華やかで私から見ても目の保養になること間違いなし。
まだ準備の時間は十分にあるので急ぐことはない。1000メートルが終われば次の競技フラグウォーのが始まろうとしていた。
フラグウォーとは学年ごとの象徴ともなる旗、フラグをこの学園内に各学年ごとが自由に隠しそれを奪い取る競技である。
プレイハンティングの時よりも範囲が広く校舎内以外の学園全体がフィールドとなるため、流石にアンドリ先輩が行っていたような悪魔の所業の真似事をするのは難しい。
何のヒントもなしに隠されたフラグを見つけるのは至難の業なので、この競技には捕虜制度という特別ルールが設けられている。
捕らえた生徒1人につき、その学年のフラグが隠されている場所のヒントを捕虜の解放と引き換えに得られるようになっているのだ。
いちおうこれは人間を狩る競技ではないので、いくら捕虜を捕えてもフラグを見つけられなければポイントにならないようになっている。
これも危険ではあるが見てる分には面白いんだよなぁ。
守りに徹してフラグの場所を敵に悟られては攻め入られて大変だし、だからと言ってフラグの守りを疎かにしてしまえば隠れた刺客がいつの間にかフラグを手にしていたりする。
一方的に攻めるのが正解とも限らない、ここら辺の駆け引きが肝なのだ。どうせなら学園全体をふらふらと歩き回りながら観戦したかった。
「そういえば、この競技にはエアリス様とレリオ様が出ていらっしゃるそうよ!」
「まぁ!ここから見られないかしら!」
なんと!騎馬戦で叶わなかった世紀の兄弟対決がこんなところで叶っているとは、知らなかった。
学園全体を使う競技なので校舎内の一室からだと、まず姿を見られれば運がいいほうくらいな確率だろうか。
ああ、でもアンドリ先輩の戦況を知らせる声と観客たちの盛り上がる声が窓越しに聞こえてくる。
わぁー、やっぱり見たかったー!
窓を開けて見られる範囲を少しでも広げたいところだが下手に魔法の流れ弾が飛んできたりして、これまでの準備を台無しにしてしまうわけにはいかないので開けられないのが非常に残念だ。
顔を窓に張り付ける訳にもいかないので椅子に座って外を見ているだけにする。
すると本当に運がいいことに丁度、面白そうな場面に相まみえることが出来た。
同じように外を見ていた子たちが途端にうるさくなり反射的に耳を塞いでしまったが、そんな私の様子にも気づかず窓の外に釘付けになっている。
噂をすれば影。今まさに話題に出ていた兄弟2人が私たちの見ている窓の先で直接、対峙していたのだ。
他の準備していた最中だった子たちも兄弟が見られると分かると窓に詰め寄ってくる。
まぁ時間には余裕があるから少しくらいは大丈夫なんだけどね。
兄弟の対峙はまさに私にとって異次元の勝負と言った感じで、これが魔法使い同士の戦い方なのかと感心してしまった。
2人とも自由に空中を飛び回り、そのうえで他の魔法を使って見ごたえのある対戦を繰り広げている。
兄のリョウのほうは遊んでいるつもりなのか楽しそうに笑いながら弟のエアリスを余裕で相手取り、エアリスも飛んでくる魔法を躱したり受け流しながらもちゃんとやり返している。
エアリスがリョウに向かって何か言っているようだったが、あれはたぶん文句を言っているのだと思う。
2人ともあそこまで自由に出来るとは、やっぱ学院って教育の仕方がまるきり違うんだろうなぁ。
それにしたってリョウ然りアンドリ先輩然り、何であんなに楽しそうに笑えるのかね。私だったらいっぱいいっぱいで笑う余裕なんてないと思う。
やっぱ魔動祭っていう、いちおうはお祭り行事だからなのか…。でも相手が余裕そうに笑ってたら、私だったら怖いのでやめてほしい。
どんな表情にせよ誰かと一対一で相対するという状況に陥らないことが1番の最善策だな。
やがてこの窓から見える範囲からは外れていってしまい見えなくなるのを、窓の外に詰め寄って兄弟の対戦を見守っていた全員が同じ首の動きをして最後まで追っていた。
完全に見えなくなると化粧の最中だった子たちは慌てて椅子まで戻っていき、もとから待機していた子たちは自由に感想を言い合う。
私にも振られる話に相槌を打ちながらも、私はまだ窓の外から目を逸らせないでいた。
あとで結果がどうなったのか兄弟のどっちかに直接、聞こーっと。
これ以降めぼしいものが窓の外を過ることはなく、準備も順調に進むうちにフラグウォーが終わりを迎えた。
この次はいよいよダンスだ。実は私たちの出番は1番最後、トリを飾ることになっている。
これは最初の基準として評価されるよりも有利ではあるがハードルが高くなることに変わりないため、どの順番も一長一短ではあると思う。
私たちはフラグウォーが終わってからもまだ余裕があるのだが、その間の待つプレッシャーに耐えることも重要だ。
他の学年のダンスを見ていると余計な緊張が芽生えそうだけど、どんなものを披露するのか気になるんだよなぁ。
でも残りの子たちの準備も全て完了したということで、ようやく全員揃っての確認が行われるらしいので窓から目を離して仕切ってくれている子の声に耳を傾けた。
確認だけであれば最初に出番を貰っていた学年が丁度ダンスを披露し終えたあたりで、終わってしまう。
残りの時間は本番が来るまで各自、備えようということで室内であれば自由に過ごしていいことになった。
着替え終え準備が済んでいるイリーナが私のもとに来たのだが、どうやら緊張しているらしい様子だ。
バーミリオンカラーのドレスに綺麗な刺繍が施されたドレスを身に纏ったイリーナはとても可愛らしい。
私は一度、立ち上がるとイリーナのために椅子を用意してそこに彼女を座らせてから私も座りなおした。
「ありがとう!ラフィちゃんは緊張してないの?」
「してないわけじゃないわよ。でも、イリーナよりは少し平気ってだけ」
「そっか!わたし、失敗しちゃったらどうしようって不安で…」
イリーナは自信なさげに眉を下げ、見るからに不安な感情が表に出てきているようだった。
彼女の考えている悩みは誰もが考えるだろう緊張の種でもある。私だってそういう不安から少なからず緊張しているわけだしね。
「大丈夫よ。イリーナ1人じゃないんだから、ね」
「うん、そうだった!一緒に頑張ろうね!」
私の言葉に可愛らしく笑ってくれるイリーナの頭を撫でられないことが、残念で仕方がない!
今は綺麗にセットされているイリーナの髪を崩すわけにはいかないので、咄嗟に動きかけた自分の手を理性で押しとどめた。
窓の向こうの眼下では運動場の中央ステージで2番目に出番も貰っている学年が見事なバレエを披露している。
本物の舞台でもバレエは多くの人から観劇されていることから、誰かに披露することが前提のダンスという競技では悪くない題材の選択だと思う。
それにしっかりと練習がなされてきているのだろう揃った動きが見事なもので、移動が入っても全体のバランスが崩れることがない完璧な仕上がりとなっていた。
これは私たちも完璧な披露をできなければ、いい順位に入るのも難しそうだなぁ。
少しの失敗も許されないとなるとプレッシャーも倍増する。もう見ないでおこうかな…。
「皆、すごいね!」
「本当ね。これは大変かも」
「でも、わたしたちも負けてないよ!」
イリーナの言うことに私も無言で頷き返した。当然、負けているなどとは塵ほども思っていない。
結局バレエの披露が終わるまでを見届けると、次の学年が入れ替わるようにステージに上がっていくのを確認して私たちも外にある待機場所に移ることになった。
私は先に立ち上がるとイリーナに手を差し出す。
「イリーナ。お手をどうぞ」
「うん!」
私の差し出した手に置かれたイリーナの手を軽く握って、イリーナの立ち上がりやすいように支えになる。
普段はエスコートされてばかりだから、こうやってする側に回るのもたまには悪くない。
随分と嬉しそうに笑って私の手を取ったイリーナの様子を見ていたらしい、他の子たちも何故か私に倣ってぎこちなくエスコートする様が微笑ましかった。
全員が立ち上がると「それでは、皆で頑張りましょうね!」と演出からの一声があってから部屋を出る。
イリーナの歩調に合わせて外に出たのだが、まだ前の出番の学年がワルツを踊っているようだった。
私たちの出番はもうすぐだ。




