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今しばらく前世トークが止まらないでいる私たち。
私が前世の記憶を全部、思い出しているわけではないと言ったことからリョウの時はどうだったのかを聞いていた。
「俺はちっちゃい頃に全部、一気に思い出したから混乱しまくって寝込んだなぁ」
「わー大変ですね。それ」
「そうそう。あまりにもうわ言で理解できないことを言うからって、精神まで疑われたからね」
あ、だからソフィーの時にそんな話が出てたのか。
こんなところで何故、心の病に詳しい医者がいるのかの理由が分かってしまった。別にそこは分からなくても良かったんだけどな。
「だから思い出すのは少しずつの方がいいよ」
「なら私は、運が良かったってことですかね」
流石に寝込むまではしたくないなぁ。
でも私が思いだしてる記憶って本当に大したことなさすぎる記憶ばかりなんだけど、あの記憶でそこまで混乱したりするものかどうか…。
「でも私の思い出してる記憶って、本当にどうでもいいものばかりなんですよ」
「それでいいじゃん。…前世で何かあっても、どうにもならないんだしさ」
少しの間があってから言われたリョウの言葉は意図的に何らかの感情を抑えられたような、少し違和感を感じるものだった。
リョウは私と違って前世に何か悔いのようなものがあったりするのだろうか?
私は今の彼しか知らない。そんな私がリョウが意図的に抑えてしまった何かに踏み込むような真似をしてしまっていいものか、迷って口を閉ざしてしまう。
不自然に空いてしまった間に気まずさを感じて、違う何かを探すために頭をフル回転させた。
…そうだ!私はまだエアリスのことについて聞けていないじゃないか!
丁度いい話題転換として、私がそれを尋ねようとしたところで昼を知らせる鐘が鳴り思わず口を噤んでしまった。
あれぇ?私タイミングの悪さが神がかり過ぎてないかな?
「…あー俺、昼は誘われてるんだった」
「でしたら、早く行かないとですね」
「そう、だな。また、後で話そうか。俺に聞きたいこともあるだろ?」
リョウは私が何か言いかけていたことが分かっているらしく、私の頭を一撫でしてから「じゃなー」と残して階段を降りて行ってしまった。
私はまだ残っているすっかりぬるくなってしまったジュースを飲みほしてから、空のグラスを持って席を立つ。
私はここで食べて行ってしまおうっと。
食堂は相変わらず人が少ない。今は余計に人が出払ってしまっているようで、全体的な人の数が少なくなっているようだ。
外に食べられる場所があると、ここまで集まらんもんかね。
また2階席にまで行けば人もいなくなるだろうが、行くのも面倒なのでそこまでしなくていいか。
私は食べれば観覧席に戻ることなくダンスの準備を始めなければならないので、また運動場へ行くのはダンスの出番が来てからになるだろうな。
忙しなく動いている料理人たちに頼むのは忍びないがあり合わせのものでいいからと適当に頼んで、トレーの上に乗せてもらったパスタを受け取ると自分で席まで運んでいった。
本来の食堂のシステムであれば給仕係のスタッフが注文の聞き取りから配膳まで全てやってくれるのだが、今は人も少ないのだしと自ら持っていくと申し出たのだ。
大分、持っていきましょうか?大丈夫ですか?と何度も聞かれ、逆に気を遣わせてしまったかと思いつつも何とか断った。
大丈夫だよ?少し持っていくくらいなら私でも出来るよ?
適当に人の少ないところを選んで食べ始める。いただきまーす。
あり合わせでもパスタは十分に美味しいなぁ。味わいながらゆっくりと食べ進める。
1人で食べている間、そういえばトレジャーハントの結果はどうなったかのかなぁとかいろいろな別のことに頭を巡らせていた。
こういう時にスマホでもあれば、もっと簡単に暇が潰せていいのにね。
まぁこの世界のボッチ飯のいいところは相手に気を遣わないで、気兼ねなく食事が出来ることくらいかな。
私が静かにパスタを食べていると校舎の方に繋がる食堂の入口に、ついぞ午前の競技中は姿を見ることがなかったマルクル先輩の姿を発見することが出来た。
先輩もお昼となると流石に出て来るのか。
私が先輩の動向を窺っていると、私の視線に気づいた先輩がこちらに顔を向けたので手招きしてみる。
そしたら以外にも素直にこっちに来てくれた先輩は私の前まで来ると、そのまま向かいの席に腰を下ろした。
「サボり先輩。今までどこにいたんですか?」
「空いてる教室で寝てた」
「えぇー、今まで?」
「まぁ、そうだな」
「…今度から私も寝てようかな…」
「あまり推奨はせんがな」
そうなの?でも、そうだな。起きれるかどうか不安だしやめておこ。
「そういえば先輩お昼ご飯、食べに来たんですよね?」
「いや。今日はどこでも食えるから、あまり気にしてなかった」
「今が昼なの分かって、ここに来てるんですよね?…食べますか?」
気まぐれにパスタを巻いたフォークを差し出してみれば、少し足りない距離を埋めるためか私の腕を掴んで引き寄せてから容赦なくパスタを食われた。
全く躊躇いというものが見られなかった…。
「もしかしてお腹、減ってます?」
「…減ってないことはない」
しっかり飲み込んでからそう答えたマルクル先輩に、私は離された腕を自分のもとに戻しながらもフォークと先輩とを交互に見やった。
いやー、先輩が何とも思ってなさそうなのに私が気にしてるというのも悔しいじゃないか。
「もうあげます。食べていいですよ」
「いいのか?」
「お腹ペコペコだという先輩に恵んであげるんですから、感謝してください!」
フォークを皿に置いてトレーごと先輩の方に無理やり押し付ける。
別にもとから、そこまでお腹が減っているわけでもなかったのでパスタが惜しい訳はない。
先輩は私から押し付けた皿を返してくることはなく大人しく食べ始めたので、頬杖をつきながらそれを見るとはなしに眺めていた。
頬杖をつきながらも私は掌に感じる頬の熱さに気付かないようにするのに必死だった。
おかしくない?こういうのってさ、もうちょっとこう躊躇いとかがあるべきなんじゃないかと思うのは私だけ?
いやでも、間接…とか気にしてるのも古いのか?分からない。分からないよー!
「何してるんだ?」
「…気にしないで、食べててください」
なんか考えれば考えるほど、分からなくなってきていつの間にか頬だけでなく顔全体を自分の手で隠していた。
もうちょいすれば落ち着く気がするので、本当にこっち見ないで下さい!
静かに息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。数度それを繰り返して私が手を退けたころには先輩は当にパスタを平らげてしまっていた。
「…そういえば先輩。ご飯を食べに来たんじゃなかったら、何しに来たんです?」
「今更だな。ここで待ち合わせをしている」
「待ち合わせ、ですか…。じゃあ、なんで私のとこに来ちゃったんですか」
「お前が呼んだんだろうが」
それは、そうですね…。
でも先輩がここで待ち合わせしてるのなら、相手は先輩を探しにここに来るわけでしょ?
そしたら私が居合わせてるの気まずくない?そこまで考えて私は早口で先輩に、暇を告げようとした。
「それじゃ先輩、私は一足先に「いた。クラウス」
遅かったかー!先輩にかけられた声に私はここから立つ機会を逃してしまう。
今からでも逃げるべきかどうか、またもや一瞬でも悩んでしまっているうちに声をかけて来た人物が先輩の後ろから近づいて来る気配があった。
あれかな、私のこのタイミングの悪さはそういう仕様だったりするのかな…。
立ち上がった先輩が後ろに振り返ったので、私は座ったままで誰が来たのかを確認してみる。
どうやら先輩の待ち合わせをしているという人物は、この2人のようだ。
そのうちの1人、長めに伸ばされたブラックヘアを後ろで緩く括っている柔和な雰囲気の男が手を上げていた。
2人とも、どことなく先輩と似ているような…。
「無事に見つかって良かった。久しぶりだね、クラウス」
「お久しぶりです、フィリップ兄上」
あー!通りで!
どうやら声をかけてきたのはマルクル公爵家の嫡子でもあるフィリップ・マルクルのようだ。
そうなるといまだ声を発していない残り1人。若干、日に焼けた肌に同じ髪色で短髪の無骨そうな男は次男のレオナルドか。
「何処にいたんだい?午前の競技では姿を見かけなかったけれど」
「少しばかり生徒会のほうで忙しくしていまして、午後からは俺も出ます」
「そうか。楽しみにしてるよ」
立ったままで続けられる家族の会話に私は身動きが出来ないでいた。
動いたことで邪魔することもしたくないし、でも横で聞いてるっていうのも何だか悪いよなぁ。
さも私は聞いてないですよーという風を装って、それとなく顔を伏せておく。実際にはバリバリに聞こえているので、本当にフリだけだ。
それにしても今、先輩さらっと嘘ついたよね。
「ところで、そちらの子はマルティネス侯爵のご息女だね?紹介はしてくれないのかな」
くそう、存在が認識されてしまった!仕方ないので私が立ち上がったのを、先輩は確認してから口を開いた。
「彼女は同じ生徒会の役員として活動をしています」
「お初にお目にかかります。私、ラファエラ・マルティネスと申します。クラウス様には、いつも大変お世話になっておりますわ」
認識されたからには座ったままでは無礼に当たるというもの。今はドレスでないので、カーテシーではなく普通に頭を下げて礼儀を払う。
「へぇ、そうなんだ。初めまして、兄のフィリップ・マルクルです。こっちが弟の…」
「レオナルドだ」
「ごめんね。不愛想なやつで」
知ってるー。そもそもマルクル家の家族構成を知らない人の方が、ここには少ないかなぁ。
まぁこれも円滑に人間関係を構築するための挨拶の流れというものだ。何だったら相手も私のことは知っていただろうしね。
そのあたりの知識は貴族であれば多少なりとも知っておかなきゃいけないものだから。
「いいえ、お気になさらないで下さいまし。私こそ、このような格好で申し訳ありません」
「それこそ気にすることではないよ。そんなことで君の美しさが損なわれるようなことは、ありえないからね」
「まぁ、有難うございます」
ひゅー!私の返しだとこれが限界なので、これ以上は何も言わないで!愛想笑いで乗り切るしか出来なくなっちゃう!
助けて先輩、切実にー!私は笑顔で表情を固めたまま先輩の方に、不自然に思われない感じに顔を向ける。
「…もう、昼食は取られましたか?まだでしたら、ご案内いたしますが」
「いや、いいよ。それよりもエヴラールにも久々に会いたいんだけど、どこにいるか知ってるかい?」
「あいつでしたら生徒会専用の天幕にいるでしょうね。おそらくリュドミラと一緒です」
「なら、邪魔しない方がいいか。さて、行こうかレオナルド」
先輩の助け舟が入って、私から話題が逸れたことに内心で安堵した。
しかも、どうやら今から去るつもりのようではないか。
「おい、フィリップ…」
「まぁまぁ。こんな機会、もうないだろうし俺たちは適当に校舎内を見て回ってくるよ」
「俺もついていきましょうか?」
「大丈夫。それじゃクラウスもラファエラ嬢も午後の競技、頑張って」
次男は何か言いかけていたが、長男が背中を押したことで何も言うことはなかった。
校舎内を見て来るという2人はそっちへと繋がる入口に行ってしまう。先輩の案内も断っていたけど、大丈夫なのかな?まぁ迷うほど、複雑な造りはしてないけど。
それにしても先輩って、あの2人のハイブリッドみたいだ。素が次男で、外面が長男みたいな。
そう考えると、なんだか面白い。若干、失礼なことを考えつつ椅子にどかっと座りこんだ。
「ぬぁー先輩に巻き込まれたー」
「悪かったな。巻き込むつもりはなかった」
「本当ですか?その割には私のパスタ食べてたでしょ」
「あれはお前が渡してきたからだろ」
そうだけどー!
言い返す元気はなかったので背もたれに体重を預けた。そんな私の向かいに先輩がまた座る。
「そういえばフィリップ様は学院の卒業生でしたよね?レオナルド様は?」
「あの人も学院の卒業生だ」
「ということは先輩だけ学園ですか…それは、また何で?」
「俺が自分から、そう望んだ」
へぇ、先輩がここに来たがったのか。
おそらく先輩がそう望まなければ、今頃は先輩も学院に行ってたんだろうな。
それにしたって兄2人が学院の卒業生で、先輩だけ学園に通うことを許されたのには何かあるのだろうか。
「先輩だけ学園って、よく許してもらえましたよね」
「俺に期待するものがないからじゃないか」
むむっ、そういう言い方はどうかと思いますよ。でも三男ともなると、いろいろと思うところがあるのかな…。
私の場合はマルティネス侯爵家の一人娘ということもあって、父は何も言って来なくとも周りからの期待の方が自然と大きくなる。
今はまだ父が守ってくれているが、いずれかはそういう覚悟をしなければならない日が来ることだろう。
私にも私の役目があるのだし、先輩ほど優秀な人がそんな期待されてないなんてこと決してないと思うけど…。
それが事実だと思っているのか今、先輩自身が言った言葉を全く気にしているような様子は見られない。
「案外、末っ子の先輩が可愛いのかもしれませんよ」
「…どうだかな」
先輩が私の言葉を信じているようなことはなさそうだったが、私はそっちの方がいいと思うので勝手にそう信じておこう。
先輩と話しているうちに、昼の終わりを知らせる鐘が鳴り響いた。
私は先輩に「それ返しといてくださいね」と食べ終わった後の皿を任せて、ダンスの準備のために用意されている一室に向かう。
さて皆、もう先に揃ってしまっているかもなー。なるべく道を急ぐことにした。




