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その日に見た前世の記憶は乙女ゲーム好きの友人から何やら愚痴を聞かされている所から始まった。
『ちょっと聞いてよ!お兄ちゃんがギャルゲー押し付けてきたの!』
それの何処に愚痴を言いたいほどの要素があるのか私にはさっぱり分からないが友人からしてみれば、そうしたくなるほどの何かがあるらしい。
『私はお兄ちゃんに乙女ゲーム押し付けるまではしてないのに!人にはこうやって押し付けてくるのよ!だったら私が薦めるのも少しくらいやってくれてもいいじゃん!!』
引っかかっているのはそこか。
まぁそれなら分からないこともない。でも、兄妹でゲームをお薦めし合うだなんて仲いいね。
で、押し付けられたソフトを学校に持ってきてまで私にこれよ!と力強く見せてくるわけだが、私にどうしろと?描かれている女の子が可愛いねとか、感想言えば満足かい?
そもそもの話をしよう。
『ぎゃるげーって何?』
ギャルはあれだろう。あのイケイケでチョベリグな女子たちのこと。え、ちょっと言い方が古いって?
『えっとね、ギャルゲーっていうのはね…』
この友人の凄いところは、そんなことも知らないのとか常識でしょとかを言ってこないことだな。
まぁ私が彼女から教わる知識の大半は大分、偏っているものなので何とも言えないが。
教えてもらえる分には有難いし面白いのでよく聞いていた。
ただ彼女は1から10までを教えてくれた後に11、12と続いていくのだが、そこから先が長いことだけは玉に瑕だと思う。
そんな彼女曰く、ギャルゲーとは簡潔に言ってしまえば乙女ゲームの逆版だ、と言われた。
成程、シンプルで分かりやすい。
つまり男主人公を通して複数の女の子から1人を選び、恋愛をシミュレーションするわけだ。
さてこれでギャルゲーが何かは分かったわけだが、それ以上にどんな説明があるのかと思っていればなんと持ってきたソフトの方にまで話が波及した。
そっか、そうなんだー。
そこからの話からはまたもや興味を無くしている私は遠くなっていく意識に逆らうようなことはせず…そのまま目を覚ました。
朝です、おはようございます。
起き上がりベッドの上で今見た前世の記憶を思い返して腕を組んだ。
なーんかこういう時に見る夢って、やっぱ何かに関係あるんじゃないかと思えてならない。
でも前回に見た記憶だって掠っているような、いないような感じだったし…。
何とも表しづらい感情に組んでいた手を解いてベッドから立ち上がった。
こんなことに頭を悩ませている暇があったら、早く学園に行く準備を済ませてしまおう。
なんたって今日は魔動祭当日。
はたしてギャルゲーがどう絡んでくるのかは見物だが、友人から聞いた話を参考にするのであればこういう行事ごとはイベントに繋がりやすいそうなので何か起こる可能性はある。
ただし、どんなイベントが起こるかはあまり聞いていなかったのでイベントが起こったところで気づかないだろう。まぁ、それはそれでいっか。
今日は朝早くから生徒会役員に集合が掛けられている。
いつも通りに起きて余裕で間に合うくらいなので、ここから遅れると言う方が難しくはあるが万が一ということもあるので立ったからには制服に着替えてしまおう。
どうせ今日1日は運動着を着ることになるのだから制服じゃなくてもよくない?とは思うのだが、そうもいかない。
学園の校風を乱さないためだとか、節度を守るためという理由があって学園へは制服で行かねばならないのだ。
前世だと体操服で登校してたけど、学園じゃ昔からこうなのだから従う他ないだろう。面倒な。
さて今日もグレタが部屋に来てくれれば、化粧なんかをしてもらうのだがこれは少しいつものやり方とは違っている。
今日に限っては全体に化粧をするのではなく部分的に薄い化粧を施してもらった。
髪も高い位置で括ってリボンで結んでもらえば完成だ。今日は運動するのだし、暑い時期にポニーテールというのはぴったりの髪型だと思う。
グレタからは学園に向かう前に「あまり肌を焼かれませんよう。あと、水分はしっかりと取ってくださいね」と言われた。
私も肌を焼いてヒリヒリと痛むのは嫌なので気を付けるが、外にいる方が多い日には難しい注文だ。
あと運動している時なんかは都度、水分を取るのは大事なことなので肝に銘じておきます。
後はいつも通りに「行ってらっしゃいませ」と見送られ学園へと着けば、真っ直ぐに更衣室へと向かった。
学園で着替えられる場所と言えばここくらいなものだ。
どっかの先輩はたまに生徒会室で着替えていたがリュドミラ先輩の名前を出してからは、それもしなくなっている。それは、いいことだと思います。
更衣室には今日に限らず常に外部からの侵入者や内部で荒らすものが出ないか、監視の目が光っている。
男女それぞれに同性のスタッフ兼警備員が常駐し鍵も担当しか持てないようになっているうえに、複製を作ることも固く禁止されているという厳重具合だ。
2年生専用の更衣室に入るには実は存在している生徒手帳を常駐のスタッフに見せて確認が取れれば個人ロッカーの鍵が渡され入室が許可される。
ちなみに生徒手帳の使い道は実質ここくらいしかない。
更衣室の中は木のロッカーだけがたくさん並べてあり、ここから私に宛がわれたロッカーを探し出す。
渡された鍵でロッカーを開けると今日は無駄なものが入っていない分、軽い鞄を中に置いてから着て来たばかりの制服を脱いでいく。
この日だけのこととはいえ、二度手間だよなぁ。
着替え終えれば有難いことにロッカーに取り付けられている鏡で身嗜みを整えてから更衣室を出た。
持っていくものと言えば生徒手帳くらいなものか。ポケットにしまえば今度は運動場へ向かった。
半袖の運動着の上から長袖の運動着を羽織っているので少し暑いのだが、乙女としては肌を焼く方がアウトなので仕方ない。
ちなみに言えば下は短い半ズボン、ではなく男女ともに長ズボンで統一されている。
前日に集合場所として決まられた場所に行くまでに前日とは様変わりしている学園全体の様子を、辺りを見回しながら歩いていた。
学園に通う生徒たちと観戦に見に来られるたくさんの保護者のために、多くの階段状の観覧席が用意され学園の要所要所に置かれている。
他にも天幕や運動場の中央にはステージまで作られていて、本当に昨日から準備を初めたのかというくらい多くのものが設置されていた。
それに今日は教員方やスタッフたちが忙しなく走っている様子も多く見受けられる。
特に食堂のスタッフは大変だろうなぁ。
今日は広く開放されていろんな休憩所へ食事や飲み物を運んだり、デリバリーにも対応しなければならないし朝から仕込みの方お疲れ様です。
食堂以外でも飲食が出来るので、ここじゃ前世のように親がお弁当をこさえて来てくれるなんてことはない。それがなんだか寂しいところだよね。
さて指定されていた集合場所には、珍しく予想出来ていたマルクル先輩以外にもアンドリ先輩の姿も見ることが出来た。
「おはようございます」
「お、おっはよー!はやいねー」
「おはよう」
マルクル先輩が持っている紙を片手に何やら話していたようだが。
それにしたってリュドミラ先輩が来てもいないのに、こんな朝早くからアンドリ先輩が来ているなんて珍しいな。
「アンドリ先輩こそ早いですね」
「今回は俺が主導で進めてたからねー。何にも分かんないやつには俺が直々に教えてやんないとでしょー」
それはそうだろうが…。そんな言い方をすればマルクル先輩から何かされるか分かっているだろうに。
無言で顔面目掛けて飛んでくる裏拳を受け止めたアンドリ先輩だったが直ぐに膝から崩れ落ちた。
どうやら後ろから膝を蹴られたようで所謂、膝カックンを受けた状態になったアンドリ先輩が崩れるときの叫びはそれは情けな…いやいやこれ以上は言うまい。
アンドリ先輩のことは触れないようにして、私はマルクル先輩の持っている紙を見ようと前から先輩の腕を掴んで私が見える位置まで下げた。
「何だか大変そうですね」
何やらいろいろと書かれている紙を見て何も考えずにそう発言した。
「後からお前も見ることになるからな」
えーまじですか。改めて見てみれば、そこには救護班がいる天幕の位置や今回の警備の配置などそういう細かいことがずらりと書かれてあった。
そこでやっと起き上がって来たアンドリ先輩がぶーたれながら私たちのことをじっとりと見てくる。
「もー2人とも全然、心配してくんないよねー」
「自業自得だろ」
「気遣いです」
「どっちでもいいよーだ。まぁ一緒に見ていきなー。本当に後でこれ見ながら回ることになるから」
「じゃあマルクル先輩もっと下げてください」
「下げてやるから横に来い」
マルクル先輩の空いている隣に行ってから、反対側にいるアンドリ先輩が紙を指差しながら説明を再開させた。
時折マルクル先輩から挟まれる質問にアンドリ先輩がすらりと答えつつ進んでいく説明を、私は紙を見ながら聞いているだけだったがそのうちに他の皆も集まって来た。
皆が一様に運動着を着ている姿は何だか不思議なものを感じる。この日しか見られない、この光景はレアだな。
早速と皆が集まればマルクル先輩が持っていた紙と同じものが配られて、分けられた区画からそれぞれ担当を決めて最終確認を行っていくことに。
設置に関わった教員たちや他のスタッフも確認は済ませているが、いちおう計画を立てた当人たちとして確認に回らねばならないのだ。
さて他の生徒たちが集まってくる前に終わらせなければ。
魔動祭はこの運動場だけに収まらず学園全体を広く使うことになるので、見る場所が遠いと大変だ。
とか思ってたら、私の担当する区画は見るところは少ないが遠い場所になってしまったのでさっさと見に行ってしまおう。
行ってみれば当然、設置は既に完了していた。
設置された位置が間違っていないかの確認と、ここの設置に関わった人物から少しばかり話を聞いていく。
救護班であれば人員に不足がないかを聞き警備であれば現状は問題ないかを聞いて回る。
社交辞令と世間話を交えながら必要な人物から聞いて回っていれば大分、時間がとられてしまった。
再びもとの集合場所に戻った頃には私以外の皆が集まっているのが見えたので少し駆け足で戻っていく。
「待たせちゃいましたか?」
「問題ない。何か不備はあったか?」
「全て問題なさそうです」
他の皆が担当していた区画も問題ないということで、もう解散と言うことになった。
もう暫くしないと他の生徒たちも来ないので揃って一度、生徒会専用の天幕に移動する。
魔動祭中も何かと動くことになる役員のためにとこうして特別に天幕が用意されているのだ。
まぁ教員たちと既存スタッフ、今日のために増員されたスタッフたちが魔動祭中は頑張って動いてくれるので基本的に私たちは学園の生徒として魔動祭を楽しむのことが優先となっている。
天幕の中に置かれていた椅子に座って皆で話でもして暇を潰していれば段々と生徒たちが運動場に集まって来た。
そうするとクラスの方に顔を出してくると、一旦ここを後にする者が出てきて最終的には私とマルクル先輩だけがここに残ることに。
友達甲斐のないやつだって?何とでも言うがいい!どうせ後で顔を合わせるのだし、いつでも構わんのだよ。
さて本なんか持ってきていないので話す相手でもいなければ暇を持て余してしまう。
そこで私の斜め前に座っているマルクル先輩に目を付けた。
何やらまた紙を見ている先輩の持っているものを後ろから覗き見る。
持っているのはさっきのとは別の紙のようだ。なになに?これは開会式の流れに、挨拶か?
確か開会の宣言と挨拶は生徒会長がやるんだったな。だから先輩これ見て今、覚えてるのか。
これは邪魔しちゃ悪いかなと思っていれば先輩が横目で私のことを見たので思い切って聞いてみた。
「もう覚えたんですか?」
「覚えた」
「そうですか。ところで、挨拶って先輩が考えたんですか?」
「いや、エヴラールが考えたものだな」
まぁ考えてるわけないか。先輩なら台本なんてなくとも適当に乗り切れそうだけど。
それにしたって先輩、覚えるのも早いな。これはレリオ様からお店を紹介されている時にも思ったことだが一度、聞いただけで全て正確に覚えていたので実は感心していたのだ。
「お前も覚えるか?」
「なんでですか…」
マルクル先輩が持っている紙を渡そうとしてくるのを丁重に断る。
もういらないからって私に渡してこないで下さい。
そのまま雑談に付き合ってもらっていればさらに生徒の数も増えて来て、これでもう少しすれば保護者の入場も始まるわけだ。
開会式までには全生徒、その保護者が合わさって多くの人数が揃うことになるだろう。
「そういえば、陛下が来られるのっていつでしたっけ」
「忘れるてくれるな。予定では最終種目から閉会式までとなっているが、あくまで予定だ」
「ずれることもあるってことですよね。分かりました」
陛下は朝の内から見に来られるわけではなく、少しの暇の間にお忍びで見に来られることになっている。
私たちが迎える訳ではなく騒ぎにならないようこっそりと来て、用意された一室から観覧をなされるそうだ。
時間があれば私たちは陛下との謁見も叶うかもしれないそうだが、それは別にいいかな。
大事な式典や国を挙げた大きな祭事の時くらいでしかお目見えすることの出来ない我らが陛下と、学園の一室で顔を合わせるとなったらそれはもう一大事というやつだ。
しかも着替えなどする暇はないだろうから、正式な格好とは程遠い運動着で挨拶をするなんてことに…。
やっぱり時間があっても私たちのことは呼ばないでほしい。切実に。
そんな話をしていたからか更に増えた生徒たちの中にレリオ様の姿を見つけてしまった。
むむむ…苦手、と言う訳ではないと思うのだが今現在は何かと警戒してしまう相手だ。
見られる前にとマルクル先輩の後ろの席に移動したところでマルクル先輩のご友人方が、先輩に声をかけたので危機一髪だったかもしれない。
「おーいクラウスー!朝からごくろうさーん!」
予想通りマルクル先輩の存在に気付いたレリオ様の声も聞こえた。
私が先輩の背中に隠れてからそう間もないうちに、先輩の前が騒がしくなったので隠れるよりも逃げた方が良かったかと少しばかり後悔した。
でも私のことはバレてないな。なんてたって早々に先輩の背中に移動して、頭を下げ完全に先輩の影に隠れているからね。
そのまま先輩とレリオ様その他の友人方の話を聞いていれば、どうやら賭けの話が行われているようだった。
騎馬戦だとマルクル先輩の勝ちにオッズが偏りすぎるとの話だった。
賭けとか行われてるんですねぇ。男の子ったら自分たちだけ楽しそうなことしてやーねー。
「ちなみに俺はエアリスに全賭けしといたから」
「そうか」
レリオ様まで賭けてる…。それでいいのか王族。
まぁ所詮は身内間だけで行はれる賭け事なので良しということで。私もエアリスに賭けちゃダメかな?
一通り話し終えて去っていく複数の足音を聞いてから、ほっと息を吐いた。本当にバレなかった。
そういえばレリオ様が来ているわけだし、もうエアリスも来てるんだよね?
探してみようかな、と先輩の背中からひょっこり顔だけ出してみれば何故か先輩の前にまだ誰かの姿が見える。
おそるおそる顔を上げていけば笑顔で手を振っているレリオ様と目が合って、我が目を疑った。




