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新入生歓迎会とは、学園が休みの日に行われる“生徒たちの生徒たちによる生徒たちのためのパーティ”である。
今回の主役は名の通り今年、入学した一年生たち。
上級生たちは先に会場入りし一年生諸君は後からみんなに迎えられるような形で会場入りをはたす手はずになっている。
特例として、私たち生徒会役員だけはパートナー同伴で最後に入場することを決められていた。
何もそこまで大仰にすることないと思うな。私も初々しい一年生をみんなに紛れて平和に迎えたい。
実際の開場は夜に近い夕方ごろではあるが、朝から無料貸し出し会場は盛大に賑わっていた。
学園保有の会場をお借りして設営したにしては、まるで一つの美術館のようにドレスや燕尾服が展示されとても華やかな雰囲気を醸し出している。
飾り付けは全て店側が主導し行ったものだがそれぞれの店ごとにセンス際立つものとなっていて見ているだけでも楽しいものだった。
その中のとある展示会場の一つ。女の子の姿を多く見かけるカラフルなドレスがメインに飾られた会場を私はキャットウォークに登り上から眺めていた。
貴族ではあるものの経済的に裕福でない家庭というのは少なくない。
そういう子たちは正装を持ってはいるものの、なかなか新しく買い替えたりできないので少し流行から遅れていたり保存状態がよくなかったり自信を持てない子が多かった。
その子たちにとっては渡りに船、これ幸いと今回の催しはとても喜ばれた。
もちろん、それ以外にも見に来ているだけの子やお友達と遊びに来ている子など理由は様々だ。
生徒行き交う雑多な中でも目立つストロベリーピンクを見つけることは簡単だった。
遠目からでも分かりやすくむしろ彼女の周りだけ不自然に空白があるおかげで行動まで分かりやすい。
どうやら色取り取りのドレスに目移りしているようでまだ決めている様子はなかった。
「転校生は来ているか?」
「来てますよ。リュドミラ先輩には感謝、ですね」
マルクル先輩も登ってきて私に話しかけてくる。ドレスに気を取られて、誰も上を気にしているような者は居なかった。
ソフィーの動向から目を離さないまま私も先輩の疑問に答える。
無事、彼女も歓迎会に参加できそうだ。
彼女がもし、ドレスの伝手がありそれを着てきたのならそれはそれで問題なかった。
でも今日ここに彼女が来ているということはこの計画が無駄ではなかった、ということ。
当初の目的はソフィーのためではあったが結果的に他の生徒にも喜ばれているようなのでこの計画は大成功と言っていいだろう。
先輩方はじめ私たちも頑張った甲斐があったというもの。
「どれだ?」
「まだ知らなかったんですね。あれですよ」
どうやらマルクル先輩はいまだにソフィーがどんな子であるかを見たことなかったらしい。
彼女が転校してきてから大分経つと思うが…学年が違えば見ることもないか。それか、先輩がソフィーに興味ないだけだろう。たぶん後者が真実。
少し乗り出して指差せば「危ないぞ」と引き戻された。
「あれです、あれ。あのピンクの子」
「あぁ、あれか」
二人並んでしばらく眺めていると、どうやらいいものを見つけたらしいソフィーが近くのスタッフに何らかを聞いていた。
「じゃ、私は一度帰って用意してきますね」
ソフィーがドレスを試着するまで見届けようかとも思ったがグレタに早く帰ってくるように言われているので選んだのを見届けてから帰ることにした。
まだ時間は早いのだが女の支度には時間がかかる。あとは教員たちに任せて屋敷に戻ることにしよう。
新しく仕立てたドレスのためにと気合を入れているグレタ筆頭メイドたちのことを思い出して知らず冷や汗を浮かべた。
「また後で」
「あぁ、またな」
先輩とはその場で別れることになった。どうせ、また後で会うことになるのだ。
それも、私のパートナーとして。
生徒会内でパートナーを決めるとなったとき、アンドリ先輩はリュドミラ先輩を譲らなかった。
これは二人が許嫁どうしなので問題ない。
残るは私たち2年とハブられ先輩なのだが、公平なくじの結果こうなった。
別に先輩とパートナーが嫌とかではなく、むしろ誇れる素晴らしい男性であることは知っているのだが…正式な場だと先輩が気持ち悪いのだ。
服装も髪型も外向き用に完璧に整えられて口元には崩れることのない愛想笑いが張り付いているので、パッと見は微笑みの貴公子とかに見えるからみんな騙されている。
口角も綺麗な角度で上がっているし目尻も下がっていて優しそうに見えるかもしれないが、よくよく見れば目の奥の奥の方笑ってないからね!
それが気味悪くて、あの状態の先輩の近くにはあまりいたくない。
あと先輩の微笑みの貴公子バージョンは純粋に女の子を引き寄せるので鬱陶しい、というのもある。
それに私も頑張って猫被って肩肘はらなければいけないので単純に疲れるのだ。
これも生徒会業務の一環ではあるので気合入れて頑張らねば。これでマルクル先輩に見合うような美女に仕上がっていなければ侮られるのは私だ。
屋敷に戻るとグレタに背中を押されまずは入浴を促せられた。
入浴を澄ませばメイドたちに囲われ体を優しく拭われ頭の上から足の先まで全身くまなくケアされる。
揉まれ解され俎板の鯉になり果てていた私は無心でされるがままになっていると、いつの間にか昼を迎えていた。
本格的にドレスを着る前に軽食で小腹を満たそうということになり、用意された片手でつまめる料理をいただいている間もグレタは私の髪を丁寧に梳いている。
「いつも思うけれどドレスを着るって大変よね。嫌になるわ」
「そう仰らないでください。お嬢様は大変見目が麗しくあらせられますから、私たちもお嬢様を綺麗に飾れることを楽しみにしているのですよ」
「そんなに楽しいもの?いつも苦労をかけるなぁとは思っているけれど…」
確かに…心なしか私のことをいじるメイドたちはどこか精力的のようなやる気に満ち満ちているよな…。
グレタからも微かに楽しそうな雰囲気が見て取れる。
小さい女の子が着せ替え人形で遊ぶのに似た感覚なのかもしれない。
まぁ今の私はされるがままなので人形とあまり変わりないかもなぁ。否定はしない。
なんたって今日の私の出来は彼女たちの腕にかかっているのだから。
ドレスだけで成否が決まるわけではない。“ドレスを着た私”が評価されるのだからドレスに着られているようではだめなのだ。私がドレスを着こなさなければいけない。
そのために完璧に着付けてくれる人がいなければ、それは宝の持ち腐れというやつだ。
あまり食べ過ぎてはコルセットを締めたときに吐く可能性があるので、お腹がならない程度にして昼食を終える。
昼は化粧から再開された。
私からの注文は『濃くなりすぎないように』。それだけだった。
化粧はナチュラルに、されど化粧をしていないのではないかと思われるのもいけない。
同時に手も足も取られ爪に綺麗な色が乗せられていく。それも乾かぬうちに化粧を終えれば次は髪の毛のセットだ。
いつもはハーフアップで髪を下ろしているのだが、今日は一つに纏めてサイドに流すような髪型だ。
髪飾りもシンプルなものではなく華美で繊細な装飾のものを身に着ける。値段でなんだか頭が重いような…。
やっとこさドレスまで辿り着いた。
今回選んだドレスはホワイトを基調としたライトピンクが所々にあしらわれた前世でいうところの春らしいドレスだ。
この国に明確な季節はなく暦によって多少の寒暖の差があるだけ。
それに合わせて服装も変えていくのだが今の暦だと、日が落ちると肌寒さを感じる時節といったところか。
ドレスもそれに合わせて、肘ほどの袖があるものを採用していた。
これを選んだのには実は少し前世が関係していたりする。
私の中で前世に見た桜と3の暦に見たあの花びらが強く印象に残っていて、それが影響を与えたのだ。
新入生歓迎会を終えれば3の暦も過ぎてしまう。その終わりに桜とあの花に似た色を身に纏うというのもなかなかに乙なものではなかろうか。
着々と着付けが進んでいき最後の全身身だしなみチェックにグレタのお墨付きが出るころには、日も落ちかけのいい時間になっていた。
マルクル先輩が迎えを出してくれるそうなので私は屋敷で待っているだけでいい。
歓迎会が始まれば私も休むことなく愛想を振りまくことになる。先輩が訪ねて来るまで、今のうちに休憩しておこう。
コルセットのおかげで強制的に背筋を正されながら気長に待つことにした。
用意してくれたお茶で喉を潤しながら待っているとグレタがマルクル先輩の来訪を知らせてくれた。
「分かったわ。行きましょう」
グレタに手を取られゆっくりと立ち上がる。
今日はヒールの高い靴を履いているので視界がわずかに高い。転ぶような失態がないよう気を付けながら歩を進め、玄関先で待っている髪をオールバックに整えたマルクル先輩を見つけた。
私とは対照的な漆黒を背負ったような燕尾服に白のドレスシャツが目に眩しい。
マルクル先輩の側まで来るとグレタが手を放して先輩に頭を下げた。
「それではクラウス卿。お嬢様をよろしくお願い致します」
「分かりました。時間通りにお嬢さんはお返しいたします」
今度は先輩が手を差し出してくれたのでその手を取り、先輩が乗って来た馬車に乗り込むため外に出る。
今日は外までついてきたメイドたちに首だけで振り返って行く前の挨拶を口にした。
「行ってくるわね。グレタ」
「はい。行ってらっしゃいませ、お嬢様」
先輩にエスコートされる形で馬車に乗り込むと先輩も中に入ってくる。
御者によって扉は閉じられ私たちは向かい合うような形で屋敷を出発した。
「先輩。かっこよく決まってますね」
「…」
私がお世辞を言うのはそんなにおかしいかな?
先輩は何故か憮然とした表情で私を見つめている。
嘘を言ったつもりはないのだけれど、嫌味にでも聞こえただろうか。
「そういうことを、先に言われると俺の立場がない」
「あら。そんなこと気にしてたんですか?」
案外小さいことを気にするんだなぁ。
可笑しくてクスクス笑えば先輩は居心地が悪そうに腕を組んだ。
別に馬鹿にしているとかじゃないけれど、なんだか意外だった。なんでもそつなくこなすから私から何を言ったとしても、さらっと流されると思っていたから。
マルクル公爵夫人にでもそう教育されたのかな?
しばらく笑いが収まりそうにない私を先輩は何を言うでもなくただ黙って見ているようだった。
やっと笑いの波が収まった私は先輩に対して胸を張ると自信満々に今の私を見せびらかす。
「さ、どうぞ!存分に褒めてくださって構いませんよ」
今日の私はグレタたちの働きによって120パーセントの仕上がり。
恥じるべきところなど、どこにもないのでこうして堂々と自慢できるのだ!
「自分でいうのもどうかと思うが…」
「今日は何を言われても気にしません!ささ!」
先輩は言いづらそうにしていたが私の押しに負けたのか一度視線を下げてもう一度上がった時には目の中に迷いは感じられなかった。
「とても、綺麗だ」
「ふふっ、ありがとうございます」
少し頬が熱くなるのを感じる。
実直で飾り気のない誉め言葉はとてもマルクル先輩らしくて、それが嬉しくて小さな笑い交じりにお礼を言った。
馬車には乗ったばかりなのでまだ会場にはつきそうにない。
それまで二人、誰の目も届かないここで時に軽口を叩き合いながら気を張る必要のないただの雑談を楽しんだ。
もしかしたら今、この時が一番楽しいかもしれないなんて。軽い冗談だ。




