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「さて、2人からの快い返事も貰えたことだしー。プルーストはまだ聞いてないけど承諾は得たも同然だしー」
どうやら私とマルクル先輩以外にも頼むつもりだったらしく、プルーストに至ってはまだ本人に聞いてもいないのに勘定に入れられていた。
私も断ることはないだろうと思うけどね。
「俺とリューダの分はもうこの中に入ってるからー、後の皆が何を持ってきてくれるのか楽しみだなー」
アンドリ先輩は言いながら自分で広げたお宝の山を鞄の中にせっせと戻していた。
どうやらお宝に関しては本当に見せたかっただけで、中身を明かすつもりはないようだ。
「皆の分が入るんだ!すごい!」
「良かったわね。いいものを用意するから、イリーナが受け取ってくれると嬉しいわ」
「うん!頑張るね!」
参加者として一層、気合を入れるイリーナに私は癒されていた。
うんうん。もう他の参加者のこととか考えずにイリーナのためだけに用意しようかな、という考えが一瞬でも頭を過ったがそれはダメだろうと何とか思い直すことが出来た。
ちょっと危なかったな…。
マルクル先輩は鞄の中に消えていくお宝の行方を目で追っているが、今から何にしようか考えているのだろうか?
アンドリ先輩も目で追っている様子は伝わっていたようで、全てしまい終えてからマルクル先輩の方に目をやった。
「…クラウスさーもし悩んでるなら、誰かと一緒に探しに行ったら?」
「ふむ…そうだな」
自分で提案した割には買い物に付き合う気はなさそうな言い方だ。
まぁ楽しみだなーとか言ってたし、自分の楽しみを優先させているのかもしれない。
それか魔動祭の準備リーダーとして何かと忙しいから、とか。
理由としてはおそらく前者の方が大きな割合を占めていると思われる。
「たとえばさー、マルティネスとか。どうよ?」
「…はい?」
アンドリ先輩からの突然のご指名に私は目を点にした。何故そこで、私の名前が?
「2人とも何かは探しに行くわけだし?丁度いいじゃん、ね?」
いや、そうは言われましても…。正直、アンドリ先輩の言葉に否定するところは特にない。
確かに何かは探しにいこうと考えていたわけだし、その部分だけであれば何も思うところはないのだが。
それが何故マルクル先輩と2人で行くことに繋がるのかが分からない。
やっぱマルクル先輩が悩んでるから?でもその役目は私でなくとも良くないか?
その疑問を口に出す前にマルクル先輩が納得の顔を見せて、私よりも先に口を開いた。
「そうだな、そうするか。で、暇な日はいつだ?」
「話が早い!マルクル先輩、まずは私の主張も聞くべきでは?」
なんだこの先輩!人の話を全く聞く気がないと見えるぞ!
もしやしなくともこの人、私がアンドリ先輩の援護に回ったことを根に持っているな。
それならアンドリ先輩も巻き込むべきだと思う。だって元凶ですよ?
今の私にはマルクル先輩の誘いを断る理由を特に持ち合わせていない。でも今回は引き受ける理由もあまりないんだよなぁ。
前回、引き受けたのはお礼の意味があったからで…どう答えたものかと悩む私。
マルクル先輩のついでに自分の分も見れるというなら、それはそれで悪くない気もするけど…。
そもそも暇な日はいつかと聞かれたが、正直いつでも暇だ。
私の休みの日が何らかの用で埋まっていること自体がほぼないに等しい。
ただ暇人だと思われるのも癪だし。
そんな私のちっぽけなプライドも合わさり悩んだ末、導き出した結論はこうだった。
「とりあえず暇な日は次の休みくらいしかないですね。ええ、本当に。その日が無理でしたら私じゃなくて違う誰かを誘った方がいいと思いますよ?」
とりあえず引き受けているような体裁を保ちつつ、予防線として残念ながらその日しか予定が空いていないということにしておく。
そのうえで誰かに押し付けられるように提案もしておいた。ちなみに私の押し付け先、第一候補はアンドリ先輩だ。
次の休みとなればわりと近い話のことになるし、私のように暇人でない限りは先に予定が埋まっているんじゃないかな。
私にはマルクル先輩からの交渉も跳ね返す構えでいたが、先輩がそんなことをすることはなかった。
「なら、その日で決定だな。空けておけよ」
「あれ?クラウスってその日、レリオに誘われてなかった?」
「断ればいいだろ」
せんぱーい!ずらせばいいんですよ!私の予定なんてー!
暇人ですから、いつでも大丈夫ですから!是非ともレリオ様と遊びに行ってくださいませー!
「あの「じゃあ次の休みに、あとは前回と同じでいいな」……はぃ」
またも私が言葉を発する前に今度は遮ってまで、強引に予定を決められてしまう。
私はそこから予定を白紙に戻す術を持っていないかった。
冷や汗を垂らす私の心の中ではこの場にいないレリオ様に土下座をかまさん勢いで謝り倒している。
悪あがきに小さい返事を返してからマルクル先輩の顔を窺えば、先輩は正面から私を見返してどこか楽し気な笑みを浮かべた。
「楽しみだな」
ぬわー!やっぱり報復だー!
間違いないと確信した私は変わらず楽し気な先輩に嚙みついてやりたいような気分だったが、ぐっと堪えて思い切り顔を逸らした。
内心では思い切り地団駄を踏んでいたのだが。きー!
結局あの後に私が何度か予定を改めるように言おうとしてもうまいこと、いなされ躱され翌日にはもうレリオ様との予定を断って来たと聞かされた。
それを聞かされた時、その場に私とマルクル先輩以外に人がいなかったこともあって思わず手が出たが当然のように避けられて当たることはなかった。悔しい!
決まってしまったものは仕方がないので、諦めよう。
それよりもグレタにまたマルクル先輩と出掛けることになったと伝えれば「畏まりました。では前回と同じものを、ご用意しておきますね」と直ぐに頼もうと思っていたことを察してくれた。
ついでにグレタも誘ってみたのだけれど、これも前回同様に断られてしまった。頑なだなぁ。
実際に次の休みまでは日数があるなか、私はレリオ様の陰に怯えていた。
そうそう出くわすようなこともないと思うが、猫に会いに行った時のように思いがけない出会い方をする可能性もある。
マルクル先輩がはたして、どんな断り方をしたのか定かではないが原因が私と知れれば何があるか分かったものじゃない。
そんなことで常に気を張っていても疲れるだけなのだが若干、警戒をしつつ昼休憩に図書室への道のりを1人で歩いていく。
また新しく借りようと考えながら歩いていれば、背後から声が掛けられて大げさな反応を返してしまった。
「あれ?なんか驚かせちゃった。ごめんね」
「いえ、大丈夫よ。…意外とお兄さんと声が似てるのね…」
「そうかな?」
何と正体はエアリス様だった。
今まで、そうだとは思わなかったけれど、この兄弟はふとした時に互いに似たところがあるのを感じさせることがある。
その度に改めて2人は兄弟なのだと再認識させられるのだが、今は似ないでほしかった。
かなり無茶なことを言っているのは分かっているので、口にはしなかったけれど。
「今から図書室に行くんでしょう?僕もついていっていいかな?」
「構わないわよ」
2人並んで図書室へと向かう。
今はもう2人並んで会話していても周りから強い注目を集めることはなくなっていた。
挨拶から始まり徐々に2、3言、言葉を交わすようにしたりと日々の積み重ねが功を奏した結果だと思っている。
ただそれでも多少の注目を集めてしまうのは、もうエアリス様の人気が高いせいだと諦めることにした。
何より今は人のいない廊下の真ん中なので、私も気にせずに話を進めた。
「そういえば。この前、私に手を振ってくれたでしょう?」
「あ、気づいてくれてたんだ」
それを問いたいのは私の方なのだが。
エアリス様に「いちおう手は振り返していたのよ?」といえば「そうだったの?それは見えなかったな」と言われてしまった。
やっぱり見えてなかったか。
「見えてないのに、よく私だって分かったわね」
「後ろにクラウス卿が立ってたし案外、分かりやすかったよ?」
分かりやすかったのか?
それは私に気付いたというよりも、やはりマルクル先輩のついでに私に気付いたのではとも思う。
まぁ私も学園唯一のシルバーヘアではあるが、先輩がいたから嫌に目立ってたんだろうなぁ。
マルクル先輩関連で、もう1つ聞きたいことを思い出して恐る恐る話を切り出した。
「その、もう一つ聞きたいのだけれど…レリオ様は最近、何か言ってなかった?」
「兄さん?うーん…」
思い返しているらしいエアリス様の返答を待つ時間が心臓に悪い。
数秒か数分か間があってから、眉を下げて頬を掻いた。
「えっと、特に思い当たるようなことは何…」
「愚痴とか、なかった?」
「えー…なかったと思うけど。あ、急に暇になったとか言ってたような?」
それだー!やっぱ言ってたか…。なんというか、非常に申し訳なく。
今ここで私が謝るのもいろいろとおかしいので、黙して語らないわけなのだが。
「でも愚痴って感じじゃなかったよ?なんだか楽しそうだった」
「楽しそう?ふーん」
先に入れていた予定を断られたのに楽しそうだったのか。
又聞きで何かが分かるわけもないので、憶測することは諦める。
話しているうちにも進めていた足は迷うことなく図書室にまで辿り着き扉を開けると私が先に入っていった。
「あ、マルティネス様。エアリス様」
大分、距離が近づいた証拠なのかメルメは私たちが入ってくると直ぐに気づいてくれるようになっていた。
見える口元に小さく笑みを浮かべるメルメにそれぞれ挨拶をしてから、私は彼女に持ってきた本を返す。
少し感想を言い合ってからメルメによってカウンターの奥に預けられた本は後で書棚に戻されるのだろう。
「それでは、新しく何か借りていかれますか?」
「そうね。でも、その前に…」
私は分厚い前髪の奥に隠れたメルメの瞳に視線を合わせる。
あまり見ないであろう私の真剣な表情に緊張を見せるメルメに私も意を決して、前から考えていたことを言葉にした。
「私のことも、ラファエラと名前で呼んでいただけませんか?」
エアリス様に関しては上級生とはいえ4年に兄がいらっしゃるため、名前で呼ばれることの方が多い。
それに対し、私は家名で呼ばれることの方が多かった。
それは別にいい。生徒会の役員なんかはそう呼んでいる人の方が多いくらいだしね。
でもメルメは別だ。メルメとはもう大分、打ち解けられていると思っている。
なのに私は家名のままで、エアリス様だけ名前で呼ばれてていることに前から不公平さを感じていたのだ。
「あっあの、私なんかがお名前で呼んでもよろしいのですか?」
「えぇ、何でしたらラフィと愛称で呼んでいただいても構いません。さ、どうぞ」
意外と頼めばその通りにしてくれそうな雰囲気に、期待を込めて迫ってみればメルメは後ろに下がっていってしまった。
これは押してダメなら引いてみろ、ということか。
物理的に少し近づいてしまっていた距離を離せば私の横に立っていたエアリス様が私の肩を叩いた。
「ねぇねえ、だったら僕のことも敬称なしで呼んでよ。ラフィ」
ここぞとばかりに私の言葉に便乗して来たエアリス様に少し目をぱちくりとしてしまった。
そんな私を期待を込めた視線で見て来るので、少しメルメの気持ちが分かった気がする。これは妙な圧があるな。
でも私としては今更、これを断るような仲でもないのであっさりと受け入れた。
「分かりました、エアリス。…では、エレナにも敬称を無くしてもらいましょう!」
「僕もそれがいいと思ってたんだ!」
「あのあのあの…」
私もここぞとばかりにメルメのことを名前で呼んでみたが、これに特に反応を示していることはなかった。
今は違うことに意識が流されていて、そこまで意識が回っていないだけなのかもしれない。
ただ呼び方はこのままにしておいて私たちは揃ってメルメの方を見た。
エレナは私たちからの圧にまたもや怖気づいているようだったが、このまま流れで押し切ってしまおう。
「エレナ、ダメかしら?」
「エレナ、ダメかな?」
これは2人で示し合わせたわけではなくたまたまではあったが、窺うように頼み込んだ私たちにメルメは何故か顔を赤くした。
「ぁ、ぇと、ラファエラ…様、と、ぇ、ぇ、エアリス…様」
「嬉しいわ!でも、ラフィでいいのよ?敬称もいいのよ?」
「うーん、まぁ少しずつ慣れていけばいいよね」
私としては名前で呼んでくれただけ一歩前進だが、エアリス様は間があったとはいえ最後に敬称がついてしまっていた。
欲張りになってしまったらしい私はメルメもといエレナに「もう一度」と頼んでみるが、エレナは手で顔を覆ってしまったので表情が完全に分からなくなってしまう。
まぁ表情は見えなくとも、髪の隙間から見える耳まで赤くなっていたので分かりやすくはあったが。
その後はエレナが復活するまでに時間がかかり本を借りられたころには、昼休憩も終わり間近に迫っていた。
急いで図書室を後にして教室に戻った頃に丁度、鐘が鳴ったので席に着いてから深く息を吸い込んだ。




