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6の暦に入りまして学園の制服も衣替えの時期を迎えました。
ジャケットの着用義務がなくなり、ドレスシャツも男女ともに半袖に変わったおかげで学園全体に涼が感じられるようになった。
前世のような蒸し暑さに包まれるわけではなくからりとした日の暑さに、肌が焼けるのを恐れたご令嬢方が日傘をさして登校する姿が多くみられるようになる。
この光景を見るとなんだか本格的な気温の変化が感じられて、前世で言うところの風物詩を思い出させた。
また魔動祭本番までの日数が残り20日にまで迫っていた。
最近は練習を優先する役員も増えて生徒会室に全員が揃うことは滅多に少なくなったが、準備の方は順調に進んでいるので心配はいらない。
そんなわけで迫る魔動祭に今から胸が高鳴るやら、疲れを感じるやら。
今日は練習の予定が入ってない日だったので生徒会室に向かうために私は階段を上っていた。
ふと階段の向かい、窓になっている方に目を向ける。こちら側の窓からは運動場が見渡せるようになっているのを思い出して、近くまで寄った。
そういえば今日はエアリス様が練習に参加されるのだと、周りの友人たちが騒いでいたっけな。
ご一緒に見に行きませんか?と誘われたのだが、なんとか拒否させてもらった。それ以上、しつこく誘われる前にこちらまで逃げて来たのだが。
ここから姿が見えるかどうか分からないが、興味本位で窓の外を眺めてみる。
さっと視線を巡らせてみれば運動場に不似合いな制服の集団を見つけることが出来た。
その周辺を探ってみれば少し離れところに晴れやかな日のもとできらきらと光っているハニーブロンドが友人たちと一緒にいる姿を発見した。
――…あ、見つけた。
運動着の姿が似合わないと感じるのは、学生服の姿を見慣れているからだろうか。
私たち女子生徒が運動着を着る機会は実はあまりなかったりする。
女子の授業に運動が関係することが限りなく少ないので、私たちが運動着を着るとなると運動をするために着るというよりも制服を汚さないために運動着を着る方が多いくらいだ。
だから私自身もあまり運動着が似合っていないと思っているのだが、あれは見慣れているかそうでないかが大きな理由には入ると思っている。
何か思う訳でもなく暫くエアリス様の方を見ていれば、何かに気付いたエアリス様が大きく手を振った。
あれ?もしかして私が見てるのに気づいてる感じか?
なんかそうっぽいことが分かったので小さくだが手を振り返しておいた。
流石に私も大きく手を振り返すことは出来ないので、見えているかどうかはさておき無視することは出来ないだろう。
しかし、良く私に気付けたな。そこそこの距離があると思うのだけれど…。
疑問に思っていると窓に私よりも背の高い影が映っていることに気付いて一瞬、心臓が止まるかと思った。
よくよく見てみれば私の背後を取っていたのは見知った人物だったので、心拍数が一気に上昇した心臓を抑えるために胸に手を当てる。
「ど、どうしたんですか?マルクル先輩」
無言で背後を取るのはやめてほしい、切実に。
こんだけ図体でかいくせに気配とか一切、感じさせないのが非常に怖いです。
それともこれはまた私が隙だらけだとか、そういうことか?
振り返って先輩の顔を恨めし気に睨み上げてやれば、視線を一瞬だけ私に寄越してから直ぐにまた窓の外に戻した。
「いや…仲が、いいんだな」
「まぁ、それなりに…」
また良く分からない先輩になってる。
何か聞きたいこととか言いたいことがあるのはなんとなく分かるのだが全部、隠してしまうので私もいまいち踏み込みづらいのだ。
というか、エアリス様が気づいたのって私の後ろに先輩が立ったからなのでは?
「というか、無言で背後に立たないで下さい。私の心臓を止めたいんですか」
「そんなことはない」
先輩はそれだけ言ってから先に生徒会室に入っていってしまう。
その後に続く前にエアリス様がいた方に目を向けるが、もうそこに姿は見えず別の場所に行ってしまったようだったので改めて私も生徒会室に入った。
「何か心配されてます?別に、エアリス様に迷惑とかかけてませんよ?」
「だろうな」
適当に当たりをつけてみたが、どうやら違うらしい。じゃあ、なんなんだよー!
先輩が何を考えてるか分からんので、諦めて話題を変えよう。
「そう言えば先輩はもう練習には一度か参加されましたか?」
「まだだ」
まだなのか。先輩が練習に参加するとなったら余計に大騒ぎになりそうだ。
エアリス様にもあれだけ人が集まっているのが遠目からでも確認できたのだから。
女子生徒が男子生徒と合同で運動をする機会なんて魔動祭くらいでしかないので、運動着を着ている姿も女子生徒にとってはレアな姿ということになるらしい。
レアな運動着ってなんだよ。じゃあその上はスーパーレアとか?その場合は、なんの衣装になるんだろうね?
「そういえば先輩、2つしか競技に出ないんですよね?」
「そうだな」
「他にもいっぱい頼まれたりしないんですけど?やっぱ最後の魔動祭ですし…」
学年対抗なので勝つのは大体、上級生なのだが万が一ということもあり得るだろう。
なんたって今年の2学年にはプルーストにエアリス様もいるしね。もしかしたら総合優勝を期待してもいいのでは?
「頼まれはするが、1年の時に交わした契約があるからな」
「契約?」
「1年の時に総合優勝させてやるから今後、俺が2つ以上の競技に出ることはしないという契約だ」
「うわぁ」
なんていう契約してるんだ、この人。でも言葉通り優勝したんだなぁ。
「ということは1年の時は2つ以上出てたんですね…」
「出れる分は出たな。流石に面倒だった」
「うわぁ…」
正直まだ1年の内で生徒会に入っていないから出来た暴挙だと思う。生徒会に入ってしまえば、そこまで自由にいくつも出れたり出来なくなってしまうから。
1生徒が出れる限界数はいちおう5、6つだと決まっているので最高の6つの競技に参加したとして、その全てで先輩が1位を取ったとする。
同じく当時1年とはいえアンドリ先輩もいたわけだから、いくつかの競技も同様に1位、2位を取っているのだとしたらぶっちぎり優勝くらいしてそうな気がする。
うわーそこまでしますか、先輩。そして2年目以降、騎馬戦から逃げられなくなったんですね…。
少しばかり引きました。先輩は私が引いていても気にする様子はなく雑務を処理する手を止めることはなかった。
今日は確かもう2人ほど後で来るはずだが、私とマルクル先輩は今やっている雑務が終わればサマーパーティーの準備を進めることにしていた。
計画の進行状況としては2人のため、あまり早くはないがもう大まかな枠は決定している。
今回は前回の歓迎会と違って、皆が少しばかり羽目を外して楽しめるような開放的なパーティーを計画していた。
あとは当日までのお楽しみというやつだ。
雑務を先に片付けているうちにイリーナもやって来て遅れてアンドリ先輩もやって来たのだが、両手に何かをいっぱいに抱えていたので足を使って雑に扉を開けていた。
「見てこれー!」
「足で開けるな」
アンドリ先輩の行動を咎めるマルクル先輩の言葉を気にせずに、両手に抱えている大小の箱や袋を机に一気に雪崩させた。
中身が何かは全て分からないようになっている。
「じゃーん、お宝ご用意出来ましたー。あとはこれを当日にー…」
「そういえばお前トレジャーハントとかいう競技、あれはなんだ」
マルクル先輩まだ聞いてなかったのか。当然の疑問にアンドリ先輩が素直に答えることはなく、にやりと意地悪く笑ったが詳細は語らなかった。
「ほらそれはー当日までのお楽しみってことで。大丈夫!皆で楽しめる競技だから!」
「何だそれは」
今の説明じゃわかんないよねー。トレジャーハントは複数の参加者が選出されてはいるが、実際は学年対抗と変わらない。
だからアンドリ先輩が言っていることに間違いはないのだが、マルクル先輩からしてみれば納得が出来るはずもないだろう。
マルクル先輩の懐疑的な視線が向けられるも、それすら無視したアンドリ先輩はそれ以上に教える気はないようだ。
「それでさー。ちょっとお願いがあるんだけどー…」
こういうお願い事って嫌な予感がしてしまうのは何故だろう。
アンドリ先輩がニッコニコの笑顔を浮かべているから余計に怪しく見えてくるのだろうか?
「2人さーお宝に協力してくんない?」
するとアンドリ先輩が私とマルクル先輩を見てそう言った。
「あ゛…」
マルクル先輩が珍しく理解が及ばないことに少し凄んだ声を発した。
そもそも協力を仰ぐこと自体がマルクル先輩としては引っかかっているのではないだろうか。
本当に魔動祭の準備は一切、手伝うつもりがないことはアンドリ先輩も分かっているだろうに。
マルクル先輩の言葉に関係ないイリーナが反応して怯えを見せたので、とりあえず撫でておいた。
「いやねーいろんな人に協力してもらったんだけど、せっかくなら学園の名物も入れとかなきゃじゃん」
「誰が名物だ」
そりゃそうだ。でも名物と言っても過言ではないくらいに人気があるのだし、もうそれでもいいのでは?
なんにせよアンドリ先輩が用意したらしいお宝の数々の中に、マルクル先輩とついでに私のお宝も入れたいらしい。
まぁ学園の生徒であれば喜ぶかもしれないなぁ。
「デレルは参加する側だから、当日までお楽しみー。デレルも2人のお宝が入ってたら嬉しいよねー?」
「はい!嬉しいです!」
問われたイリーナは本当に嬉しそうに答えている。
私としてはそれくらいであれば拒否することはないと考えていた。
何よりイリーナが喜ぶのであれば全然かまわない。
「私は大丈夫ですよ」
「やったー!マルティネスはいい子だなー!あとはクラウスなんだけどー…」
ちらりと窺うように見たマルクル先輩の目が、これまでにないくらい冷たい。
あれが仮にも友人に対して向ける視線なのかというくらいには冷めきっている。
そんなマルクル先輩の視線に晒されたアンドリ先輩は顔を覆い、分かりやすく泣き真似を始めた。
「わーんクラウスの目が冷たすぎるよー」
「…腹立つ」
「わーんわーんクラウスがー!」
私もマルクル先輩もそれが嘘だと分かっているので何も心動かされないのだが、イリーナだけは険悪な仲になっている先輩たちの様子に戸惑いを見せていた。
そんなイリーナに目を付けたアンドリ先輩は、なんとイリーナに泣きついたのだ。嘘泣きだけど。
「うわーんデレルー。お前を楽しませたかっただけなのにーごめんなー」
「え!えっと!」
完全にイリーナを味方側へと囲い込み始めたアンドリ先輩にマルクル先輩の視線がさらに冷えていく。
形勢不利な状況に陥る前にマルクル先輩が何かを言うよりも先に私が声を発した。
しょうがないので、私がこの不毛な争いを終わらせる一石を投じてあげましょう。
「ちょっとーマルクル先輩ー。アンドリ先輩泣いちゃってるじゃないですかー」
「えぇぇ!!」
当然、泣いてるわけもなく私の援護も少しばかり棒読みではあったがイリーナは私の言葉に驚いてアンドリ先輩の側に寄って行った。
「あの!わたしが、マルクル先輩の分を用意するのじゃダメですか?だから、泣かないで下さい!」
ちなみにアンドリ先輩の肩が、まるで泣いてるかのように震えているのはただ笑いを必死に堪えているだけである。
イリーナの良心を利用した作戦ではあるが、悪いことに利用しているわけではないので問題なしと判断した。
「わたしがとびっきり、いいもの用意しますからー!」
「いや、デレル。やめてくれ。分かった、分かったから俺が用意するから」
マルクル先輩がついに折れた。
後輩に庇われる形になるのが嫌だったのか、それとも後輩の楽しみを壊すようなことが出来なかったのか。
マルクル先輩が早めに折れてくれたのでアンドリ先輩は顔を覆っていた手をパッと退けてイリーナを安心させるような笑顔を浮かべていた。
「ぃやったー!ありがとデレル―!お前も本当にいい子だねー」
「大丈夫、ですか?」
「だいじょーぶ、デレルが心配してくれたからこの通りー」
アンドリ先輩がイリーナの頭を存分に撫でている。
イリーナとしてはアンドリ先輩が元気になってくれたことが1番嬉しいようで、安堵の笑みを浮かべて撫でられていた。
私には密かにサムズアップが送られたが、マルクル先輩からの視線が怖かったので微笑まし気に笑い返すだけにしておいた。
何も私のことを目の敵にしなくとも。ちょっと言っただけですよ?




