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休日明け、学園に行くと私の周りが俄かに騒がしい。というか、私に集まる視線がいつもより多い。
なんとなく、理由は分かる。
私が休みの日に謎の殿方と出掛けてたとか、そんな噂が立っているのだろう。
正確には出掛けたというか、一時的に行動を共にしただけなのだが。それにグレタもずっと傍にいてくれたし。
聞かれれば事実を答えられるのだが生憎と私にそれを聞いてくるような人物は現れなかった。
私の周りにいる友人たちからも私の関係する噂は聞いたことがないし…本人にはバレちゃいけないとかいう誓約でもあるのだろうか?
幸いなことに相手がエアリス様だとはバレていなさそうだ。
ハットを被っていたこともあって、確かに一見しただけでは分からないようになっていたしね。
私もハットのつばを上げられてブルーの瞳を見るまでは誰か分からなかったわけだし、うん大丈夫なんじゃないかな。
そんなわけで今日1日、私は少しの居心地の悪さを覚えながらも特に何も変わりない1日を過ごせていた。
そしていよいよ、学園全体が魔動祭に向けて本格的に動き出そうとしている。
現在は放課後。
いつもは放課後になれば帰っていく生徒やらで教室から続々と生徒がいなくなるのだが、今日に限っては全員が教室に残り誰がどの種目に出るかの話し合いが行われていた。
生徒1人につき最低でも2つの競技参加が決められているのだが、私はどうしようかな?
パン食い競争もといトレジャーハントとかいう謎の種目に誰かが「何あれ?」と言葉にしているのを、心の中で「普通はそう思うよね」と同意してしまう。
私はなんとなく全容を知っているので疑問は浮かばないが初見の反応ならそう言ってしまうのも仕方ない。
これに関しては他生徒にも当日まで秘密にしておくらしく碌に説明もないからなぁ。
全容を知っているからこそ、トレジャーハントは選ばないにしても無難に楽な競技はどれになるか…。
魔法有の純粋なスピード勝負となると、私ではあまりお役に立てなさそうだし。
そうなると、玉入れと借り物競争とか悪くないんじゃないか?
玉入れはスピード関係ないし借り物競争はスピードよりも、借り物の内容の方が重要だったりするしね。
黒板に書き連ねられた種目が順に読み上げられるので、出たい種目に生徒がそれぞれ手を上げる形になっていた。
想定人数よりも希望者が多かった場合は、自分から辞退するか他の競技にも手を上げておいて調節しておくかのどちらかになる。
最終的な決定は全生徒分、生徒会でやることになっておりこれにも理由があるのだが…。
というのも過去に種目決めの段階で白熱してしまった生徒が暴走を起こしたり、何故か脅しと賄賂が横行したりと複雑怪奇な行いがあったせいでこうなったので文句は過去に馬鹿やらかした人物に言ってほしい。
まぁ勝手に決められるのが嫌なら遠慮と譲り合いの精神で仲良く分け合いましょうね、ということで。
前に立つ教師が種目を読み上げるとやる気のある男子生徒から手が次々と上がる。
女子生徒の手も控えめにだがちらほら上がっているのが見えた。
私は移動式玉入れが読み上げられて、とりあえず手を上げておく。
これにはどちらかと言えば男子よりも女子の手の方が多く上がっている気がした。
魔動祭の玉入れとなるとやはり少し特殊ではあるが、とある役割に当たらない限りは比較的に楽な競技の部類に入るので魔動祭に消極的な生徒には人気がある。
それもあって想定人数よりも多く手が上がっていたので、私はあらかじめ辞退しておいた。
他に辞退する生徒は少なかったので溢れてしまっているが後で私が調節することになるだろうな。
皆、自分でも調節しておいてね。
さてともう1つ目を付けている方は希望通りに行くだろうか。じきに借り物競争が読み上げられたので手を上げた。
こちらの方は上がっている手が想定人数内だったので、問題なく私の1つ目に決まった。
もう1つはどうしようか。玉入れの方は辞退してしまったし、残ってるやつでなんとか楽そうなものを選びたいのだが。
正直、あまりやる気がなく消極勢の私は余っているものの中で楽そうなのはどれかを吟味していた。
そこに特別種目である女子限定のダンスを教師が読み上げたとき、誰かからこんな意見があった。
「マルティネス様は、もうこの競技には参加されないのでしょうか?」
「え?」
この発言に私は朝から集めていた視線とは、また違う視線を集めることに。
ええい!こっちを見るんじゃない!
誰かは「もう」と言っていたが、私が1年の頃にこの種目に参加していたこともあって言ってきたのだと思われる。
あの時は参加人数が足りず頼まれたこともあって、やむを得ず参加しただけで私が希望したわけではなかった。
このダンスとかいう種目。
私たちが一般的に踊れるワルツやタンゴのようなものを女子だけで構成して披露し、その芸術点を競う種目になっている。
気合の入ったところだとオリジナルダンスなんかを取り入れてくるところもあって、汗水流す魔動祭とは思えないほど見た目優雅な競技なのだ。
これが女子の花形競技にはなるのだが…面倒!やりたくない!
ここで断っておかねばなんかこの先、毎年やらされそうな気がする…。
「いえ…私は…」
やんわりと断ろうと声を上げかけて何故か私よりも周りが乗り気な様子に最後まで言い切れなかった。
「それはいいわね!」「是非もう一度、見たいわ!」と女子生徒を中心に盛り上がっていおり、あまり強く言い出せない状況にとある疑問の声があがる。
「これってどんな競技なの?」
まぁ学院だと魔動祭どころか、こういう行事自体がないものね。
実はどの競技もあまりピンと来ていないのではないだろうかと思いながらも前の席にいる子から説明を受けていた。
理解がいったのか「へぇ」と言葉を漏らして私の方を興味深そうに見て来る。
「前年はマルティネス様もご参加なされまして、それはもう見事な男装を」
うんうん、そんな詳しく説明しなくてもいいんじゃないかな?
別に男性側が踊れないわけではない。踊り慣れてはいないが踊れはする。
それに男装が嫌というわけでもない。
ただ予想外に女子生徒たちに私の男装が受けたせいで、暫くのあいだ周りの視線が怖かったのであまりやりたくないのだ。
まさか覚えている子がいるとは…。
詳しい説明までを聞き終えたエアリス様はさらに目まで輝かせて「僕も見てみたいな」と何の悪気もなく、ただ純粋にそう仰るので私から断るという選択肢が薄れていく。
周りからもその言葉を後押しするかのように期待の声があがっているし、私は…!
「私で、よければ…」
負けました。完敗です。私の参加表明に周りから謎の拍手が巻き起こった。
これで私の参加競技は借り物競争とダンスの2つになるわけか。
決まったからには頑張りますとも。でもこれ以上は参加しないからね!
女子の花形があるのだから当然、男子の花形競技もあるわけで。
ダンスの次に読み上げられたのは騎馬戦だった。
この騎馬戦に関してだけ必須技能が存在する。前世のように人間が組みあって馬となりその上に人が乗って鉢巻などを取り合う、というものではない。
魔動祭の騎馬戦とは実際の馬に乗って刃を潰した剣を持って一対一での決闘を行うことを言うのだ。
各クラスから1人の選出のみ。全学年、総勢12人でのトーナメント戦が行われる。
これに関しては他の競技よりも詳細にルールが決められており、勝敗の決し方も複数ある。
これだけコロシアムみたいな雰囲気になるんだよなぁ。
そんな学年の代表ともいえる大役に誰が選ばれるかなんて、私がダンスに選出されたのだから明白だろう。
「エアリス様は如何ですか?」
「えっと…」
私はなんとなく察せたが止めはしなかった。
通常の種目よりも圧倒的に危険度が増すので、普通は止めるべきなのかもしれないが魔動祭で怪我するぐらいは大目に見てくれるだろう。
エアリス様は言葉に窮していたようだったが、皆からの期待を込められた視線にやがて肩を落とし諦めを滲ませて笑った。
「僕でよければ…」
私と全く同じ流れになったことに、内心で胸が空く様な思いだった。
全種目の希望が出揃うと、内容がまとめられた資料は私が受け取って生徒会室まで持っていく。
希望した種目にならなくとも生徒会の決定なので余程の不満が出ない限りは再考をしないものとして、生徒たちにも受け入れてもらっている。
不備などがあれば生徒会から本人へ直接、話をすることもあるだろう。
話し合いに時間を取られいつもより遅めに生徒会室へ行くことになったわけだが、今日ばかりは全体的に遅れることが分かっているので誰にも何も言われない。
そもそも私が1番乗りな可能性もあるしね。
そう考えながら、友人たちとついでにエアリス様にも別れを告げてから生徒会室まで向かえば考えていた通りに私が1番乗りだった。
鍵を使って扉を開けてから、さて皆がいつ来るか予想できないので1人で出来ることを進めていようかなとまずは鞄を机に置く。
雑務がまとめて置かれている棚から適当に取り出している所で扉が開いてマルクル先輩が入って来た。
「あ、先輩」
「早いな」
マルクル先輩が後から来るのって珍しいよなぁ。
そう言えば先輩、ノックもしないで入って来てたな…。
「先輩、先輩」
「なんだ」
「ノックしなくていいんですか?」
ニヤニヤと笑う私をまんじりと見返す先輩。これは流石の先輩も何も言えまい。
むしろ私の方がノックしてる分、偉いのでは?
「まぁいいだろ」
「いいんですか!」
いいのか、いいんだ…。
私が今まで形だけしてたノックの意味が今、ここに崩れ去る。もとからあってないようなもんだけど。
私も今度からは直ぐに開けてやろう。それで先輩が上裸どころじゃなくても気にしないでおこう。
「した方がいいことは確かだがな」
「どっちですか…」
間違ってないと言われたのだから、やっぱり出来るだけノックだけはしてやろうと思った。
待ったりはしないけど。
「そういえば先輩、何に出るか決めて来たんですよね?何に出るんですか?」
マルクル先輩と言えば騎馬戦が印象的だ。
1年の頃に騎馬戦に出ている先輩を初めて見たのだが、この人だけ圧倒的というか別格だった。
当たり前のように勝利を勝ち取った先輩は疲れを一切見せない涼しい表情で、周りからの歓声を一身に受けていたのが記憶に残っている。
先輩と周りのギャップが凄すぎて、むしろ周りの盛り上がりの方が印象に残っているほどには。
「騎馬戦と学年対抗リレーだな」
「やっぱり」
私の予想通り、というか去年と出る種目が変わっていない。
先輩は私が取り出している最中の雑務を奪って先に席まで座りに行った。
仕方ないので新しく雑務を取り出してから私も席に座って話を続ける。
「エアリス様も騎馬戦に出ますよ」
「…そういうのは止めるべきだと思うが」
「まぁまあ、お祭り行事ですし怪我も勲章ってね」
今年の騎馬戦は随一の盛り上がりを見せるだろうなぁ。今から楽しみだ。
「実を言えばレリオに押し付けようとしたが、逆に押し付けられた」
「あらま」
なんと面白いことになっておる。猫に会いに行って鉢合わせて以来、顔を合わせてはいないのだがやはり何か違うものをレリオ様からは感じる。
正直、もう一度会ったら何かぽろっと私の秘密とかが暴かれそうで恐ろしいような…。
でも兄弟対決は見て見たかった気がする。でもマルクル先輩が出ないのも、それはそれで盛り上がらないだろうし…。
いっそのこと参加者枠増やしたらいいのに。
それをしてしまえば時間がかかりすぎるので、そうもいかないのだけど。
「ま、ご愁傷様です」
「そういうお前は何に出るんだ?」
「…借り物競争と、ダンスですね」
「去年もダンスに出ていただろうに、また出るのか」
私は先輩の言葉に両手で頬杖をついて、ため息を吐いた。
何も私が希望した競技と言う訳ではないのだから。
「私も押し付けられた口ですよ」
「ふっ、俺と同じ道を辿っているな」
もしかして、先輩も1年の頃から騎馬戦に出ている節か!あぁなんか、今とてつもなく嫌なことを聞いた気がする。
鼻で笑った先輩は睨んでおいて、来年こそはなんとかして逃れようと今から考えていた。
「そう言えば、先輩。よく私が1年の頃にダンスに出てたなんて覚えてましたね」
「そう忘れるものでもないだろ。特にお前は騒がれていたしな」
騒がれていた自覚はないでもないが、私以上に騒がれていた先輩に言われてもなぁ…。
魔動祭に関しては特にアンドリ先輩が来てから出ないと進められないので、それまでは雑務を処理しながら皆を待つことになった。
「ところで、トレジャーハントとかいう競技はなんだ?」
「それはアンドリ先輩に聞いて下さい」




