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今、私には買いたいものがある。
まず1つ目はエアリス様から頂いた押し花を飾るフォトフレーム。
サイズが小さいので大きさを合わせるのは難しいかもしれないが、雰囲気が合うものを見つけようと思っている。
2つ目は父へ贈るプレゼント。私が窓から落ちた次の日には駆け付けてくれた父へ何か贈りたいと、以前から考えていたのだ。
決して、機嫌取りも兼ねているわけではない。
そんなわけで休みでもある今日は、今言ったものを買いに行くのに丁度いい日なのである。
ウエストにリボンがあるミントグリーンのフレアスカートに袖がバンドカフスになっているグレーのブラウスに着替え終えたら、グレタに髪を三つ編みにしてもらった。
そんなグレタも今日はメイド服ではなくブラックのシャツワンピースに着替えている。
これが何故かと言えば私が誰かと出掛ける訳でもないので、そんな私にお供するために私服に着替えてくれているのだ。
本当はメイド服のままついてくることになっていたのだが、私が頼みに頼んで私服に着替えてもらった。
せっかく着替えてくれたのだから、あまりメイド服と大差ない感じなのには目を瞑ろう。
久しぶりにグレタとお出掛けが出来るということもあって、私の機嫌は右肩上がりになっていた。
「それじゃグレタ、早く行きましょう!」
「はい、お嬢様」
お昼を食べ終えてから2人で馬車に乗り込むと、慣れた大通りまで乗せて行ってもらう。
ここら辺は商業区になっているが、ここの通りからまた離れたところは住宅街になっているので休みの日には学生だけでなく一般の人も多く道を歩いていた。
誰かと出掛ける場合は、いつも1人で馬車に乗り込むため無言で揺られているだけなのだが今日はグレタと一緒なので話が出来る。
お喋りをしているうちにあっという間に目的の場所まで着いたらしく、御者に声を掛けられたので馬車から出ることにした。
先に降りたグレタに手を貸してもらいながら地面に足を付ける。
さて、まずは目的がはっきりとしているフォトフレームから探しに行こう。
2人でゆっくりと歩きながら外から雑貨屋の大きな窓を覗いて店内の様子を探る。よさそうなものがあれば、お店に入って改めて見ることにして何店かを梯子していく。
いくつめかは忘れたが、ようやくいいものが見つけられそうなお店に巡り会えた。
早速、中に入ってフォトフレームが多く置かれている棚に近寄って手に取ってみる。
大まかに木製と金属製があるらしくどちらも手に取ってから、横にいたグレタにどちらも見せてみた。
「どちらの方がいいと思う?」
「そうですね。押し花の方を目立たせたいのであれば、シンプルなものの方がよろしいかと」
成程、一理ある。
金属のものはシンプルなものもあるにはあるが、凝ったつくりをしている方が多いように見える。
逆に木製のものは木の良さを使ったシンプルなものが多いように見えた。
となると木製を選ぶとして、色は暗いものより明るいものを選ぼう。サイズは小さめのものを…。
目当てに合うものを探していれば細めのフレームに余計な装飾がない非常にシンプルなものを見つけた。
これならば、押し花の邪魔にはならないだろうしサイズ的にも悪くない。
「これにするわ」
それを持って会計を済ませると店員が紙袋に入れて渡してくれた。
それを横からグレタが受け取ったので奪い返すようなことはせず、感謝だけして店を出る。
次は父へのプレゼントを探したいのだが、こちらに関しては何も考えていなかった。
何がいいかグレタにも意見を仰ぎながら、新しく店を巡っているのだがなかなか見つかりそうにない。
失せ物よりかは、何か形に残るものを贈りたいのだが…そうなると身に着けられるものになるか。
暫く探し回って疲れたので道に設置されているベンチに2人で並んで座った。グレタは最初、遠慮したがお願いして座ってもらった。
「何がいいのかしらねぇ」
「お嬢様から贈られたものでしたら、どんなものでもお喜びになられますよ」
「それが一番、困るのよ」
何でも喜んでくれることは過去の経験から分かっている。
ただその中にも程度、というものがあるはずだ。どうせなら父が一等、喜んでくれるものを贈りたいのだが。
こんな風に自由に歩き回って自分で探せるようになったのは、実は学生になってからだったりする。
その為、今まで父の御用達のところに頼んで内緒に用意したりしていたのである意味で選ぶものが限られていたのだ。
いざ自分で探すとなると何が良いのか全く分からない。
ただでさえ殿方にプレゼントを贈ったこともないのだから、いい考えが浮かぶはずもなかった。
私が頭を悩ませている横に座るグレタが悩んでいる様子には見えないけれど、何かいい考えはあるだろうか?
「ねぇグレタ、何か「あれ、そこに居るのって…」
私の言葉に誰かの声が被さる。聞こえた方向に目を向けると被っていたハットを少し上げて私を見ていたブルーの瞳と目が合った。
ハットから見えるハニーブロンドの髪に、声も疑いなくある1人の人物を示している。
「もしかして、エアリス様ですか?」
「うん。偶然だね」
ライトブルーのシャツにチェックのジレベスト、ホワイトのパンツスタイルという装いでいきなりの登場を果たしたエアリス様に私は立ちあがって彼の近くまで寄っていく。
誰の供もつけずに1人で出歩いていることに多少なりとも驚いているのだけれど。
「お一人で大丈夫なのですか?」
「えーっと、まぁうん。大丈夫、かな」
これは本当に大丈夫なのか?そう言えば、初めて学園で会った時も彼は1人だったな…。
私が怪しみを込めた視線でエアリス様を見やれば、彼は強引に今の話題を変えにきた。あまり大丈夫な感じではなさそうだ。
「それよりも、何か買ったの?」
聞かれて私は目を瞬かせた。
別に隠すことでもないので私が立ち上がった時から無言でついて来てくれているグレタから一度、紙袋を受け取り掲げて見せた。
「フォトフレームです。エアリス様から頂きました、押し花を飾るために新しく買いまして」
「そうだったんだ。ふふっ、いいのは見つかった?」
「ええ、勿論」
そう言えばエアリス様は買い物だろうか?手には何も持っていないように見えるが。
「エアリス様もお買い物ですか?」
「ううん、僕は散策。ここは見て回ってるだけでも、賑やかで楽しいね」
散策かぁ。…そうだ!丁度いいタイミングで現れたエアリス様に私は小さく手を打ち合わせて、エアリス様を窺い見た。
「少しお時間よろしいですか?」
「?構わないけど」
許可を得れたので今さっきまで座っていたベンチまで案内すると先に座らせて、その隣に私が腰を下ろす。
これまた遠慮しているグレタを何とか私の隣に座らせてから、思いついた話を切り出した。
「今、少し悩んでいることが御座いまして。その…男性って何を差し上げれば喜ばれるのでしょうか?」
「ん?それ僕が聞いても大丈夫なやつかな?」
「ん?…あ、いや違うわよ!父にプレゼントを贈りたくって考えているだけだから!」
遠回しな言い方をしたおかげで、危うく誤解が生まれかけた。
慌てて否定すればエアリス様は笑って「ごめん、ごめん」と答えたので、私はじとりと湿気の多い視線で彼のことを見やった。揶揄われた…。
「もう、焦ったじゃない」
「そうみたいだね。喋り方もいつも通りに戻ってる」
そう言われてから気づいた。
今日は隣にグレタが居るので気を付けていたのだが、慌てた拍子にいつも通りに戻ってしまったみたいだ。
そっとグレタの方を窺えば私は何も聞いてませんよとばかりに、目を伏せてくれていた。
出来たメイドだぁ。
「それで、私の悩みが解決するまで付き合ってくれるのかしら?」
諦めて普通に喋ることにした私にエアリス様はまた少し笑ってから「分かった」と請け負ってくれた。
よし、これで私の貧困なアイデアから抜け出せるぞ!
「君の御父上っていうと、マルティネス侯爵だよね。僕は関わりがないから、あまりお役には立てないかもだけど…」
「それでも大丈夫。今の私は父が何を贈っても喜んでくれそうってことで悩んでいるだけだから」
「それはなんだか、贅沢な悩みだね」
それは、そうかもしれない。
エアリス様は何か国王陛下に贈られたりしたことはないのだろうか。
気にはなるけれど国王陛下に贈れるもの、と考えた時点でハードルが一気に高くなったので聞くのはやめておいた。
「カフスやネクタイとか、身に着けるものは一通り贈ったことがあるし…何か別のものを贈りたいのだけど、何が良いのか分からなくて。そこで男の子であるエアリス様から何か聞ければ参考になるかもと思って」
「うーん、僕とマルティネス侯爵じゃ大分違うと思うけど…。でもそうだな、別に男性だけが特別に喜ぶってわけじゃないと思うけど万年筆はどうかな?」
万年筆、か。
父は仕事の関係で文字を書くことも多いし、私ともよく手紙のやり取りをしてくれている。
身に着けるものばかりで考えていたので私には思いつくことが出来なかったが、それは私にプレゼントを決めさせるのに十分な提案だった。
「それにするわ、ありがとう!やっぱり貴方に相談出来て良かった」
「僕こそ。そこまで喜んでくれたなら協力した者の冥利に尽きるよ」
万年筆であれば私の知っている店で、いいものが用意できそうだ。
贈るものが決まれば私は早速、店を見に行こうと思っているのだがエアリス様はこの後どうするつもりなのかを聞こうとした時だった。
ずっと周りを気にしている様子のあったエアリス様がある一点を見つめて声を上げる。
「あ。あの子、もしかして迷子かな?」
エアリス様が指差した方向には1人で歩いているらしい子供の姿を見つけた。
泣いてはいないものの、きょろきょろと辺りを見回している様子は確かに迷子のようにも見える。
周辺を見てみたが子供の親らしき姿はなく、私たち以外が子供のことを気にかけている姿も見られなかった。
気付いたのだから助けないわけにもいかないだろう。
エアリス様に「ちょっと行ってくるわね」と言ってから子供のもとに小走りで向かった。
「ねぇ君、もしかして迷子?」
「ぁ、うん。ちょっとだけ道に迷っちゃった、かも…」
「そう。それじゃ、私と一緒におうちまで戻りましょう」
子供の視線に合わせてしゃがんでから差し出した私の手を遠慮がちに握った子供の手を、痛くないように気を付けながら私からも握り返す。
立ち上がると後ろから「お嬢様!」とグレタの焦ったような声が聞こえて振り向けば、後から追いついて来てくれたらしいグレタとエアリス様の姿が近づいて来るのが見えた。
「あまりご自由に動かれては困ります!」
「あはは…ごめんなさい」
衝動的に動いてしまっていたのを、少しばかり怒られてしまった。
平謝りしていればエアリス様が話題を変えてくれたので、グレタも怒りを鎮めてくれたようだった。
「これからどうするの?」
「道に迷ったらしいから、この子をおうちまで連れて行ってあげようと思って」
「だったら僕もついていくよ」
着いてくるというエアリス様も入れて4人で大通りを歩く。
ここから少し離れた住宅街までは確かに子供1人の足では遠い場所だ。
手を繋ぎ子供の歩幅に合わせてゆっくりと歩いていた。
「ここまでは1人で来たの?」
「うん。見たことないものばっかりで夢中になってたら、あそこまで来ちゃったの」
「もう1人で来ちゃだめよ。貴方だけじゃ危ないわ」
子供は元気よく返事をして私の手をぎゅっと握った。
私も握り返せば子供は頬をピンク色に染めて可愛らしい笑みを浮かべて見せてくれた。
随分と可愛い子だなぁ。
「ここら辺は見ているだけでも楽しいもんね。1人で来ちゃうのも仕方ないよ」
「だめよ。このお兄さんや私みたいに、もっと大きくなってからね」
念を押して子供に言い聞かせておく。ついでにエアリス様には睨みを利かせておいた。
そんな私の視線にエアリス様は口だけを動かして「ごめん」と反省の意を述べていたので、良しとしよう。
子供とエアリス様の3人で喋りながら住宅街の手前まで来ると子供はぴたりと動きを止めた。
「ここからは分かるから大丈夫だよ!」
「そう?おうちまで着いていくわよ?」
「大丈夫!それにお姉さんたちに迷惑かけたのばれたら僕、怒られちゃうよ」
子供らしい理由に、子供よりも大きい私でも納得できるものがあったので大人しく引き下がった。
まだまだ私も子供なんです。
「じゃあ、ここでお別れね。真っ直ぐに帰ること、約束出来る?」
「出来るよ!」
しゃがんで視線の高さを子供に合わせてから約束をすると、子供は自信満々に笑って私の言葉に頷いた。
元気の良い返事も聞けたことだし頭を撫でてから手を離そうと力を緩めれば、子供の方から強く握ってきて私の前に躍り出る。
「お姉さん、また会いに行ってもいい?」
私が会いに行くとかじゃなくて?
両の目でしっかりと見上げて両手で私の手を握る子供は真剣な表情をしていて、少し引っ掛かりは覚えたが否定する気にはなれなかった。
私からも、もう片方の手を子供の手に添えて両手で握り返した。
「勿論よ。会いに来てくれるのなら、私は待ってるわね」
「本当?待っててね?お願いだよ」
「えぇ待ってるわ」
子供の再三の確認に私は笑って答えると、子供もぱっと嬉しそうに笑ってから私との距離を詰めてくる。
子供の近すぎる距離を疑問に思う前に頬に当たる柔らかい感触と、可愛らしいリップ音にキスされたのだと気づいた。
すっと離れてから子供は自分から手を離すと振り返って住宅街の方に駆けていく。
途中で一度、振り返って「またねー!」と私たちに別れの言葉を言った後はもう振り返ることはなく小さな背中が消えていくまでを呆然と見守っていた。
「大丈夫?」
「…えぇ。少し驚いたけど、この頃の子供は進んでるのね」
「なんだか感想がお年寄りみたいだよ」
若干、失礼な感想を漏らしたエアリス様には再び睨みを利かせておく。
子供を送り届けることは出来たわけだし改めてエアリス様はどうするのかを聞こうと思ったところで、また周りを気にしていたエアリス様が「あ」と声を上げた。
また迷子でも見つけたか?と思いながらエアリス様の視線の方向を見てみれば、見たことのある人物がこちらに走ってくるのが見えた。
「見つかっちゃった」
「…もしかしなくとも、撒いてきたのね」
エアリス様は答えなかったが、表情がその通りだと語っていた。
見たことのある人物とはエアリス様が学園に来られた当初に見かけた男装の麗人でもある女性騎士だ。
彼女は私たちのもとまで来ると頭を下げ「殿下を見つけていただき有難うございます」とお礼を言ってきたが、私が見つけたと言う訳でもないので「いえ…」と曖昧に答えることしか出来なかった。
「エアリス殿下、私を置いて勝手にうろつかれるのはおやめください。もし御身に何か御座いましたら…」
「ごめんね」
軽く謝るエアリス様に私はこう思った。あれは、またやるな。
女性騎士は困るだろうが、私が言ったところで聞きやしないだろう。まぁ、ほどほどにね。
私は何も言わずエアリス様と女性騎士のやり取りを見守っていた。
「今日はもう帰らなきゃいけなくなっちゃったから、またね」
「はい、また」
エアリス様とはその場で別れ、去っていくエアリス様の背中も見送ってから2人残った私たちは来た道を戻っていく。
エアリス様の提案通りに万年筆を買って帰路についたころには夕食も間近の時間になっていた。
夕食前に自室に戻って買ってきたフォトフレームに押し花を入れる。うん、満足のいくものが買えた!
それと、違う紙袋から2本の万年筆を取り出す。1本は父に、もう1本は私のために買ったものだ。
綺麗にラッピングされた方がどちらかを確認して1つを紙袋に戻すと、特に何の包装もされていない細長い箱だけの方を開けて中から万年筆を取り出した。
せっかく買ってきたのだからと、新しい万年筆で父宛の手紙をしたためると紙袋に一緒に入れてしまう。
夕食の用意が出来たらしく呼びに来たグレタに万年筆と手紙の入った紙袋を任せた。
「ところでグレタ、今日は楽しかった?」
少しばかりグレタのことを振り回してしまった自覚があるので、控えめにそう問えばグレタは小さく笑みを浮かべた。
「今日はとても良い休日で御座いました」
グレタがそう言ってくれたので私は嬉しくなって「また一緒にお出掛けしましょうね!」と次の約束を交わすのだった。




