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あの日以来エアリス様とは毎朝、必ず挨拶を交わすようにしていた。

要は私たちが会話する場面を周りが見慣れていないから注目してしまうのだ。ならば慣れさせればいい。

あとは地道に積み重ねていくだけで、暫く続けていれば徐々に注目度も減っていくだろうと予想している。

挨拶だけ、と言う訳でもなく近頃は暇が合えば図書室で一緒に話をすることもあった。

今はまだ教室よりも図書室の方が人がいなくて、気を揉む必要もないので自然とこの場所を選ぶことが多い。

エアリス様自身も図書室を気に入っていて、学院の方が蔵書数は多いと思うのだが見たことのない本が多くあることに興味を惹かれるそうだ。

その関係で前よりも図書室に行くことが増えたおかげで、メルメとも関わる機会が増えた。

時にはメルメを交えて3人で話すこともあるが、メルメとエアリス様だけでも自然と話が出来るようになったらしいことはエアリス様の本人談だ。


「もう、そこまでメルメ様と仲良くなったの?」

「そこまで、かどうかは分からないけど前よりも仲良くなれた気はするかな」

「…ずるいわ」

「えぇ?そうかな?」


私だってメルメと自然に話せるようになるまで、かなり時間がかかったのに!

少しの嫉妬を乗せてエアリス様のことを睨めば、眉を八の字にして困ったように笑っていた。

やっぱり、エアリス様には人たらしの才能があるのだと思う…。

さて今日は以前から来たいと思っていた猫のところに、ようやく来れていた。

いつもより少し特別な手土産を持って、昼に1人こそこそと雑木林の奥へと歩いていく。

真っ直ぐにベンチテーブルの方まで向かってみたが目当ての猫の姿は見つけられなかった。

見つけられなかったからと諦める訳もなく「ねこちゃーん」と呼びかけながら道なき道を歩き回る。

今日はなかなか出会えないなぁ。

大概、ベンチテーブルの上に寝っ転がっているものだから探し回るとなってもどこを探していいのか分からない。

もしかしたら、今日は会えないかもしれない…なんて不安が頭をもたげてくる。

一度、ベンチテーブルの方に戻ってみようと振り返った先に目当ての猫の姿を見つけて笑顔を浮かべた。


「ねこちゃん見つけたー」

「なぁん」


他の何かに見間違えるはずもない大きな猫の姿に思わず駆け寄っていけば、猫も私に少しばかり歩を進めてくれた。

そのことに感動して一旦しゃがんでから何とか抱き上げてみれば猫が嫌がることはなく、むしろ私の胸あたりに顔を寄せて懐いてくれた。


「久しぶりだねぇ~」


猫に限った話ではないが、こう動物とかと接してるときに猫撫で声になってしまうのは人間の本能に刻まれた何かだと思う。

猫に猫撫で声で喋りかけながら、抱き上げた体のもふもふを全身で味わった。

欠点としては大きい猫なので長時間抱いてられないことと、制服が毛だらけになることを除けば今は至福の時間だ。


「ふわふわ~」

「うん、かなりふわふわだよな」


だよね~。誰かがお手入れしてたりするのかな?でも猫って自分でお手入れ出来るんだよね…と、ここまで考えて明らかに第三者の声が入っていたことに気付いて動きを止めた。

物凄く自然に返事をされたおかげで反応が遅れてしまったが、明らかに私でも猫でもない誰かが近くにいる!

慌てて声のした方向に顔を向ければ笑顔のレリオ様と目が合って、私は言葉をなくした。

何故!何故この兄弟の前でだけ、こんなにも醜態をさらしてしまうことが多いのか!

しかも完全に目が合ったおかげで言い訳も出来ない!それでなくとも現在、学園にシルバーヘアは私だけだ。

人間、無理だと分かっていても足掻かねばならぬときがある。が、今回ばかりは分が悪いので潔く諦めた。

そもそも何故ここにいるのかを、聞くよりも前にレリオ様が口を開く。


「君が世話してるのか?」

「いえ、違います…あの~…」


大変に聞き辛くはあるのだが、私は聞かねばならない。

「なんだ?」と言って首を傾げるレリオ様に私は盛大に目を泳がせながら、それでもなんとか決心して聞くことが出来た。


「レリオ様はいつから、ここに…」

「ああ!君がにゃんこを探してるあたりから、になるかな」


うわあああぁぁああぁ!確実に聞かれてるこれー!!

すっごい猫撫で声で「おいで~」とか「にゃんにゃ~ん」とか言ってたの全部聞かれてるううぅうぅ!!

一生の不覚、末代までの恥、なんて言葉が頭の中に浮かんでくる。

顔にせりあがってくる熱を自覚して抱えていた猫に顔を埋めた。わぁしあわせー。


「はっはっはっ!気にしなくとも大丈夫だって。動物に優しくしてたんなら上等よ!」


何が上等なんだろう…。いやまぁ厳しくしているよりかは、とかそういう意味なんだろうな。

あーどうしようか…。このまま現実逃避してしまいたい。

猫に顔を埋めたままそんなことを考えたがいい加減、猫を抱える腕が疲れでプルプルしてきている。


「まぁまぁ。こんなところで立ち話もなんだし、あっちで座って話そうぜ」

「え、わぁ!ちょっと…」


顔を隠していた私はいつの間にか背後に回っていたレリオ様に気付けず、背中を押されたことで歩き出さざるを得なかった。

私が動いたことで猫は私の腕から逃れ、先にベンチテーブルに上っている。

私もレリオ様に押されるがままにベンチテーブルまで行くと座るように促されたので、覚悟を決めて腰を下ろした。

レリオ様は私の向かいに腰を落ち着ける。

まさかこのベンチテーブルを誰かと使う日がこようとは…。それも相手はレリオ様だ。

緊張からか嫌な汗が私の頬を伝った。

猫はそんな私の様子などお構いなしに、私の持ってきた手土産を催促するよう一声鳴いて私の手に自分の手を乗せる。

うんうん、本来の目的はこっちなわけだし構わずあげてしまっても大丈夫だろう。

ポケットから包を取り出して広げると中から魚の形に型が抜かれた猫用のクッキーが出て来て、猫は喜んで食べ始めた。


「いつも猫に餌をやっているのか?」

「いえ、たまにです」

「へぇーそれにしては随分と大きな猫だよな」

「そうですね。でも、私が初めて会った時からこれくらいでしたよ」


なんか案外、普通に会話出来てしまっている。

どうしようか考えていたのだけれど、いざ話してみれば何ともなく話せることが自分でも驚きだ。


「図鑑で調べたりもしたんですけど載ってなくて。雑種ですかね」

「いや、たぶんこいつ…」


そこで一度、言葉を切ると同じく食べるのをやめた猫とレリオ様が無言で見つめ合って、私にニコリといい笑顔で笑いかけた。


「なんかの血統種とかじゃないかな?知んないけど」

「そう、ですかね?」


知らないのに?いまいち煮え切らない回答に私も疑問形で返してしまった。

まぁ可愛いものは可愛いので雑種でも血統種でもどちらでも構わないのだ。

レリオ様はクッキーを食べるのを再開した猫を見ている。

とりあえず私も言っておきたいことを言っておかねば…このままでは忘れてしまいそうだ。


「あの、レリオ様?」

「ん?どしたの?」


レリオ様は優しく私に笑仕掛けてくれるが、今からお願いしようとしていることを思うと少し心臓がうるさくなる。

正直このまま忘れてもらえないかとも思うが、そんなことはあり得ないだろう。

なので、これだけは!


「その、このことは…どうか、ご内密に…」

「それは…猫のこと?それとも、君のこと?」

「どちらもです」


猫はここに無断で入ってきているので、もし教師に知られでもしたら追い出されてしまうかもしれない。

この猫とは今のところ、ここでしか会えないのでどうか秘密にしてほしい。

そして言わずもがな私のこと。どうか誰にも言わないで下さい、お願いします!

ここで人なんか見かけたことがないものだから完全に油断していた。

何か良からぬことを言ったわけでも個人情報を口走ったわけでもないのだが、淑女としての面子はかなり丸潰れな感じの言動をしていたので出来ることなら切実に忘れてほしい…。

これでも立派に淑女の皮、被って日々を過ごしてるんです!こんなことでバレてはたまったものではない。


「いいよ。元から言うつもりもなかったし、安心しな」


素早い。あまりにも素早い。

少しも悩む素振りがなかったことに安堵を覚えるべきか、それとも疑うべきなのか…。

まぁこんなことで嘘をつくようなお人でもないだろうから素直に信じることにした。


「ところでさ、エアリスとはどんな感じ?」

「どんな、と言いますと?」


いきなりのふわっとした質問の仕方に、私もどう答えたものか分からず聞き返してしまう。


「うーんと、仲いい?」

「そうですね。悪くはないかと」

「あと、エアリスが他に仲良くしてる子とかいる?」

「それはクラスの男の子で、ですか?」

「できれば女の子の方で」


なんだ、なんだ?なんでそんなに弟の交友関係を知りたがるんだ?

それも女の子の方で。

前世も今も兄なんていたことないから、兄という生き物はこんなにも弟のことを気にするものなのだろうか。

それとも危険な輩は近づけさせない、とか?

レリオ様の真意が分からなかったので、聞こうかとも考えたがこれこそ藪蛇だといやだったのでやめておく。


「女の子で、ですか…。私が1人思い当たるのは、エレナ・メルメ様という方ですかね」

「ふーん、なるほどねぇ」


メルメに何か害が及ぶということもないだろうと考え素直に答えれば、レリオ様は納得を見せて頷くだけだった。

レリオ様は心配性なのだろうか。それともただの興味とか?どっちもあり得そうだな、と勝手に自分の中で完結させる。

猫はクッキーを食べ終わったらしく、私の手にすり寄って来てお礼を言うようにまた一声鳴いた。

私は毛並みに沿ってゆっくりと撫でてやれば、猫は大人しく撫でられてくれていた。

そうして私が猫の毛並みを堪能しているとレリオ様が「もう一つ」と他に聞きたいことを切り出してくる。


「このクッキーはどうしたの?」

「これですか。屋敷で作ってもらったものを持ってきました」


今回は特別仕様で魚の形をしているが、これは私が少し前に前世の夢で見た映画が関係していた。

某紳士な猫さんが出て来るアニメ映画なのだが、そこに出て来る魚の形をしたクッキーが印象的だったので頼んで作ってもらったのだ。

まぁこの猫はどちらかと言えば、大きさ的にもう一匹の方が似ている気がする。

あそこまでふてぶてしい顔でもないけれど。

それにお魚咥えたどら猫、なんて前世では良く聞いたものだ。


「魚の形してたよね。何で魚なの?」

「えっと…」


理由を聞かれるとは思わなかった。

まさか前世の記憶が関係あるだなんて言えるわけないし、でも猫に魚っておかしくないよね?

少し考えてみて、そういえばここら辺は海が近いわけでもないことを思い出した。

この国は全体で見れば海もあり港もあるが、それはこの場所からは離れた場所に位置する。

川や池はあるものの、そこから魚を捕るよりも畜産の方が盛んに行われているため肉の方が流通は多い。

私自身、魚料理よりも肉料理を食べる機会の方が圧倒的に多いことを思い出して内心で首を傾げた。

あれ?もしかして猫に魚ってイメージは間違っているのでは?

そういえば図鑑を見たとき、ちらりと猫は肉食だって書かれてたような…。


「可愛いからです」

「可愛いから?」

「そう可愛いから」


念を押されるように聞かれても、私にはもうこれでごり押す以外の考えは浮かばない。

おそらくだが、ここら辺の野良猫って魚よりも普通に肉食べてる方が多いのだと思う

こんなところで前世に侵食されていたらしい私の猫のイメージ像が勝手に崩れ去っていく。

代わりにどら猫が生肉を咥えて駆けていく姿が脳内に流れた。

いやでも、うん。魚って形だけは可愛いと思うの。形は。だから女の子が可愛いって言ってても間違いじゃないよね。ご令嬢がどう思うかは知らないけれど…。

レリオ様は笑いながら私のことを窺うように観察してきたが、私は嫌な汗を背中に隠しながら微笑み返すことしか出来なかった。


「うん。そうだな、可愛いから。で、いっか」


で、ってなに?で、ってなにかな!

立ち上がったレリオ様は「じゃ、エアリスのことよろしくね」とあの日のように私の頭の上で軽く手を弾ませてから、ベンチテーブルから去っていった。

あれはレリオ様の癖のようなものなのだろうか。

まだ触れられた感覚が残る自分の頭に、自分の手を乗せながら先に戻っていくレリオ様の背中を猫と一緒に見送った。


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