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エアリス様と教室の中に入れば、もとからざわざわと騒がしかった教室内がより騒がしくなる。

皆、今か今かと待っていたものだからやっと来た目当ての人物に盛り上がりが抑えられないようだ。

突き刺さる好奇の視線と思い思いの歓迎の言葉に迎えられ、エアリス様は少し恥ずかしそうな照れた笑みを浮かべていた

教師が咳ばらいを入れたことで声はなくなったものの視線の強さだけは変わらない。

私が注目されているわけでもないのに、嫌な汗が出そうになるのを意識して抑え「お連れしました。あとはよろしくお願いいたします」と教師にエアリス様のことを任せる。

エアリス様にも「それでは、また」と一声かけてから自分の席に戻っていった。

私が席に座ったタイミングで教師が口を開いた。


「えぇと、皆さんご存知かと思いますが今日来た編入生に改めて自己紹介いただきます。それでは、お願いします」


教師から頼まれたエアリス様は皆の方に向き直って柔らかな笑みを浮かべた。


「改めましてエアリス・キングストンです」


まだ名前を言っただけなのに、直ぐに盛大な拍手でもってエアリス様は全員から迎えられた。

いくつか生徒から寄せられる質問にエアリス様が受け答えをしてから教師に教えられた席に向かう。

席は元ソフィーが座っていた場所を使うようだ。もちろん机と椅子は新品のものに取り換えられていた。

ここまででまだ少し時間が残っていたのだが、教師は自習だと言い残して教室を出ていく。

教師がいなくなればどうなるかは分かっていたことだが予想通り、大人しく自習をするわけもなく男子生徒が席を立って真っ先にエアリス様の周りを囲っていた。

エアリス様を中心にワイワイと楽しそうに談笑を始める様子に、もし困っているようだったら助け舟でも出そうかと考えていたのだがその心配はなさそうだ。

女子生徒たちは、どうしても気になるのだろう遠巻きには眺めているが混ざろうとはしなかった。

まぁおいそれと男の子の集団に混ざりに行くような真似は出来ないよな。

羨むような視線で見つめる子や私に何かと聞いてくる子もいたけど、残念ながらご期待に添えられるような答えは返せなかった。

なんたってこちらもほぼ初対面である。大した答えなんか持ち合わせているわけないだろ!

そんな風に自由に過ぎた1時間目。

2時間目からは移動教室でもあれば私が案内することもあったかもしれないが、生憎と今日は何もない日だったので私も何もせずに終わってしまった。

休み時間ごとに人気殺到のエアリス様に少なからず話しかけに行く女子生徒も増えて、いまだに話しかけられづにいる子からは愚痴のようなものまで聞こえてくる始末。

何はともあれ今日一日の話題はキングストン兄弟一色に彩られていた。

私はいつも通り友人たちの聞き手に回っていたのだが、珍しくこのお喋りな花たちから根も葉もない噂話を聞くことがなかった。

こんなこともあるのか、とキングストン兄弟の話題性に感心しているうちにもう放課後になっていた。

何もなく本日の学業を終えれば普通の生徒であれば、大体は帰宅と相成るわけだが私は生徒会に顔を出さねばならない。

その前に今日はエアリス様がどうするのかによっては生徒会室に行くのが遅れてしまうことになるだろうが、そこのところは全員が承知済みだろう。

今日で随分と仲良くなったらしい男子生徒たちには悪いが、少し離れたところからエアリス様の名前を呼ぶ。

すると男子生徒に別れを告げた後、私の近くに来てくれた。


「お邪魔して申し訳ございません。放課後のご予定を聞いておきたくて」

「そっか。もう授業ないんだもんね…どうしようか?」


特に何も決めていなかったらしいエアリス様は眉尻を下げて笑う。

私もエアリス様の行動に合わせる予定でいたので、2人してどうしようか悩んでいると教室の扉が勢いよく開かれる。

まだ教室内に残っていた全員がもれなくそちらに視線をやれば、綺麗なプラチナブロンドが廊下から教室の中を覗いていた。


「お、いたいた!エアリス、迎えに来た」

「兄さん!」


どうやらレリオ様が迎えに来たようで開けられた廊下から生徒たちの騒がしい声が一気に流れ込んでくる。

教室内も俄かに騒がしくなったがそれを気にするよりも先に、呼ばれたエアリス様がそちらの方に駆け寄っていくので私もその後に続いた。

廊下の様子の方が良く見れるようになってから気づいたがレリオ様の後ろにはマルクル先輩の姿も見つけることが出来た。

何でここにいるんだと思ったが、ここまで案内してきたのだろうことは直ぐに察しがついた。


「気になるもんもあるだろーが今日は一旦、帰るぞ」

「何かあったけ?」

「いんや、ただどうせ何不自由なく用意されてんだろうけど住処の方は初めての場所だしよ。そっちの方、優先しとこうと思ってな」

「そうだね、分かった」


兄弟の話し合いの結果、今日のところはもう帰るらしいことが分かった。

学園の案内となった場合、そこそこの時間がとられる。

放課後に一気に紹介したところで覚えるのは骨が折れるし、学園生活を送っている間に自然と覚えていく方が頭に入るだろう。

エントランスまでの案内ついでにお見送りをするために私もついていくことに。

御者の待機部屋に声を掛ければ、間もなく2人の乗る馬車がやってくることだろう。


「エアリスはどんな感じ?」

「ちょっと兄さん」


弟のクラス内での様子を気にする兄の言葉に真っ先に反応を返したは私ではなく当人であるエアリス様だった。

ただレリオ様はそんな弟の声を気にした風はなく私にどうかと聞いてくるものだから、私は微笑み返す。


「何も問題ありませんでしたよ。もう、たくさんのお友達を作られているようでした」

「そっかそっか。なら安心だな」


当たり障りのない会話にもエアリス様は頬を赤くして照れているようで、レリオ様がそんな弟の様子を面白そうに眺めていた。

仲のよさそうな2人の様子に微笑まし気に見つめていれば、やって来た馬車が私たちの前でゆっくりと止まった。


「じゃ、今日はおつかれ!それと、エアリスのことよろしく頼むね」


レリオ様はそう言ったあと、私の頭の上でポンポンと手を軽く跳ねさせた。

これにも私より先にエアリス様が反応を返したので、私から何かを言うようなことはしなかった。


「兄さん!」

「ははっ、じゃーなー」


エアリス様の抗議の意味も込めた呼びかけにも笑って返すだけで、私から離れると先に馬車に乗り込んでいった。

「ごめんね」と何故かエアリス様から軽い謝罪を頂いてしまったので「お気になさらず」と返して馬車に乗るよう促す。

窓から振られる手に私も振り返していれば、馬車がゆっくりと動き出して2人の姿が見えなくなるまではその場で見守っていた。


「戻るぞ」


私の隣で影を薄くしていたマルクル先輩が私の頭を一つ撫でてから先に学園へと戻っていってしまうものだから、私は慌ててその後についていく。

しかし何故、私は今頭を触られたのだ?

なんとなくレリオ様のは分からんでもない。あれは、近所のお兄ちゃんとかが年下を可愛がるのにやるものに相違ないはずだ。

でもマルクル先輩のは、良く分からない。

道中、もしかして私って隙だらけなのかとか悶々と考えながら先輩の後をついていけば生徒会室の前まで着いていた。

まぁ私、悪くないし気にしなくていっか。別に嫌とかでもないし。

生徒会には珍しく私たち以外の全員が揃っていた。

まぁ逆を言えば私たちが珍しく遅れてきているわけだから、何もおかしなところはないのだけれど。


「あれ?もう来たの?案外、早かったなー」


やはり遅くなるだろうと思われていたらしくアンドリ先輩の予想よりも早く来た私たちに驚いている様子を見せた。

皆から労いの言葉を貰いながらも、少しばかり遅くなってしまった分を取り返すために今日の業務に取り掛かる。

もとから私たちは魔動祭の準備の勘定には入れられていないので問題なく進んでいることだろう。

今日になって本格的に王族が魔動祭に参加することが決定したわけだし、下手な準備をしては失礼にあたるというもの。

ただそんなことをアンドリ先輩が気にすることはなく、もとよりそのつもりで予定は進められていた。

ところどころの進捗は教員方とも協議、共有しているので手が回らなければ手伝いも頼めるが基本的には生徒会に一任されている。

毎度、こういう計画を立てていて思うのだが生徒にこれを一任してもいいものなのか?

ただこうなってから学園の運営に支障が出たことはなく、いざとなれば役員の解任をすればいいだろうとなっているので今の体制もそう簡単には変わらないだろう。

マルクル先輩と私で進めているサマーパーティーの計画なんかも毎年、決まった場所があるわけでもない。

そのくせどこを選んだかによって今年の生徒会のセンスを問われたりするので非常に面倒だったりする。

過去資料と見比べながら、あれはダメこれもダメとチェックを入れたり今年はこれを中心に進めようとか決めたり最終的に提示された予算内には収まるように見比べながら探さなければならないのだから。

業務の手を動かしながらも雑談交じりに進めていれば鐘が鳴って、ほとんどが手を止める。

まだもう一度、鐘が鳴るまで生徒会業務は続けられるのだが今はそこまで切羽詰まっているわけでもないのだが最近はこの鐘の音で帰るようにしていた。

手を止めた皆は資料を片付けたりと帰る準備を進める中、私だけは少しキリが悪かったのでもう少しだけ手を動かしていた。

皆には遠慮なく帰ってもらって構わないと言ったがイリーナとリュドミラ先輩を筆頭に心配の声が挙がる。

皆を引き留めるほどのことではないしと進めていた手を止めようか考えていたところに、マルクル先輩が助け舟を出してくれた。


「俺が残るから、お前らは帰れ」

「だそうです。先輩が残ってくれるそうなので、心配しないで」


私のダメ押しか、マルクル先輩への信頼か2人は渋々ながらも引き下がる。

無理はしないようにね、と2人からの心配性な声に大丈夫と返して見送れば生徒会には私とマルクル先輩だけが残された。

とりあえず先輩の言葉に乗っかる形になってしまったので、いちおう先輩にも帰ってくれて構わない旨を伝えれば「それこそ意味がないだろう」と言われてしまった。

全くその通りです。

これは説得するよりも先に終わらせてしまった方が早いだろうと手を進めることにした。

10分ほどでキリのいいとこまで出来たので筆を置いた。


「残っていただいてありがとうございます。もう終わりましたから、帰りましょうか」

「…あぁ」


今朝、読んでいた本の続きを読んでいたらしい哀れな先輩は本を閉じると立ち上がる。

結局、返せなかったんですね…それ。

早いとこ片付けてしまおうと広げていた資料を集めて一纏めにし筆記用具を鞄にしまうと、先に資料の方を手に取ってから鞄を持とうとして失敗してしまった。


「あぁあぁ」


滑って落ちていってしまった鞄は留め具が外れていたせいで、中身がばらばらと床一面に散らばっていってしまう。

全てが落ち切るまでの様子を情けない声を上げながら見ることしか出来なかった。

こういうことってたまにあるけど、ちょっとへこむよね。ため息一つ吐いて持っていた資料を机に置きなおし散らばった中身を拾い始める。

マルクル先輩が私が拾うよりも早く無言で拾い集めてくれていたおかげで、それほど時間もかからず集め終えることが出来た。

教科書に筆記用具に小物入れのポーチなど広げた学生鞄の中に雑に入れなおす。

その中には今日エアリス様から受け取ったハンカチもあり、隙間から何かが覗いていたのに気づいてしまう手を止めた。

そういえば贈り物が挟まっているんだったか。

思い出せば気になるもので屋敷に戻る前に少し見てみようかなとハンカチ以外をしまい直した鞄も机に置いてからハンカチを広げる。

中には小さめの封筒が挟んであった。


「それは?」

「エアリス様から頂いたものです」


マルクル先輩からの質問に答えながら封筒を手にして中のものを取り出してみれば、封筒丁度の大きさの厚紙が入っていた。

厚紙にはピンクの花びらを5枚使って可愛らしい花弁が象られ綺麗に貼り付けられている。

これは…もしかして押し花だろうか?

驚きと嬉しさと、私が去った後で舞い散る花びらを更に掴んでいたのだろうかと想像してくすりと笑ってしまう。

形も色合いも綺麗なままの押し花に、私が前世で作ったことのある色褪せたものとは違っていて感心してしまった。


「ふふ、すごいですね。これ」

「…そうだな」


なんとまぁ素敵な贈り物を頂いてしまった。

これが私でなければ勘違いしてしまいそうな贈り物だ。

あんな中性的な感じだが案外、人たらしな面があるのかもしれないなぁ。

封筒に丁寧に戻してから、またハンカチの間に挟んでから鞄ではなくポケットの中にしまった。

これは押し潰されないように気を付けて持って帰ろう。


「付き合わせてしまって申し訳ないです。それと、拾ってくださってありがとうございます。もう帰りましょう」

「あぁ…一つ聞いていいか」


先輩のどこか歯切れの悪い言い方に「どうしましたか?」と問い返してみればマルクル先輩は珍しく私から視線を逸らした。


「……嬉しかったのか?」

「?嬉しかったですよ?」


何というか要領を得ない質問に私は素直に返す。

先輩の視線は何故かハンカチをしまったポケットに注がれているようで何を考えているのかは、いまいち分からなかった。

先輩は「そうか」とだけ返すと私が机の上に置いた資料を手に取り自分の鞄も取りに奥の席まで向かってしまう。


「自分で持ちますから」

「また落とされてはかなわん」

「もう落としませんよ!」


マルクル先輩はそのまま先に出て行ってしまったので、私も鞄を引っ掴んで後を追いかける羽目に。

おかげで何故、先輩があんなことを聞いてきたのかはついぞ分からなかった。


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