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人の口に戸は立てられぬと昔(前世)の人は言いました。
あの場で他言無用にすることも考えたのだが些事を大事にしているようで、避けてしまった。
その結果、昼休憩が終わるころにはもうクラス外にまで話が広まってしまって収集がつきそうもない。
分かってはいたことだが一体、私はどうするのが正解だったのだろう。
今日は放課後を迎えるのも憂鬱な気分ではあったが、この殺伐とした教室にいるくらいならば早いとこ生徒会室まで逃げ込んでしまいたい。
一刻も早く時間よ流れろと願っている時に限って体感速度が長く感じるのは何故なんだろうな。
あと少し、これが終わればもう放課後。
鐘が鳴るまでをじっと耐えていればようやく終業を知らせる鐘が響いて今日の授業は終わりを告げた。
やった!終わりだ!
ソフィーは教室に居座るようなこともなく早くに帰ってしまったし私もさっさと生徒会室へ行ってしまおう。
私を案じる様子を見せる友人たちに別れを告げ、急ぎ足にならないよう生徒会まで歩みを進める。
ノックもおざなりに扉を開けば既にマルクル先輩が奥の席に座っていた。
「昨日言ったことを忘れたか」
今日はマルクル先輩の言葉にも生意気を返す余裕があまりない。
何も言わない私を不思議に思ったのかマルクル先輩は私が席に座るまでを何も言わず眺めていた。
席に着いてからようやく重い口を開く。
ずっとこのまま投げやりという訳にもいかない。落ち込んだ気持ちに疲弊と名をつけて漏れ出るため息を誤魔化した。
「はぁ、すみません。忘れてました」
忘れているわけもなく何なら私が元気であったとしても守るつもりはないがな。
ここ以外では当然、気を付けるつもりだ。
まぁ今はソフィーのことを忘れようとしているし、忘れてたってことにしていいんじゃないかなぁ。
結局は今日、提案を断られた旨を後でみんなにすぐ話すことになるのだし。
「久しぶりに落ち込んでいるな。何かあったか?」
「あったといえばありましたよ。でも後で話します」
『あった』とまでは言うが内容は後で。
行儀悪く椅子の上で膝を抱える私を先輩が咎めることはなく、頬杖をついて納得を見せてくれた。
「分かった。ところで、話は変わるが例の転校生のことは失敗したようだな」
「先輩。話変わってないです」
あとで話すって言ったじゃないか!
絶対、この人分かっていってるよ。意地が悪いぞ!
「うぅぅ。最初から反応悪かったですし、その時点で日を改めるべきでした。力及ばず、すみません…」
「そう責任を感じることはない。分かるわけもないしな」
それは…そうなのだけれど。不甲斐ないやら遣る瀬無いやら、どうにも自分を責めてしまうのだ。
先輩も事情を知っているということは当然、全学年に知れ渡っていることだろうし…どうしてこうも情報の拡散が早いのか。
今はネットもないはずなのになぁ。
そっと床に両足を降ろすと下げていた視線を上向けて先輩を見やる。
先輩の表情が何か変わっているということはなく、だがその目は決して私を責めてはいなかった。
目は口ほどにものを言う。
先輩は目にも感情を乗せることは少ないがこういう時は何よりも信頼できる。
「気にするな」
先輩からの不器用ながらも同情も哀れみも何もないただの言葉が今は一番有難い。
また零れ出しそうだったため息を飲み込んで「ありがとうございます」とぶっきらぼうに返しておいた。
どこか湿っぽい雰囲気になってしまった空気をぶち壊すように豪快に扉が開かれ、大きな声が耳を劈く。
「ねえ大丈夫だったー!!」
開け放たれた扉はそのままにイリーナが勢いよく私に飛びついて、ぎゅっと抱きしめてくれる。
苦しいくらいに抱きしめられて答えるのにも四苦八苦している私に先輩が冷静に助け舟を出してくれた。
「デレル。せめて扉は閉めろ」
違う、そうじゃない。
でもイリーナの拘束がほのかに緩んだので、その隙に腕をタップしてイリーナにもう少し腕を緩めてもらうよう訴えた。
「イリーナ、心配してくれたの?ありがとう」
「当たり前だよ!お友達に聞いた時からとっても心配してたの!」
うるうる、涙で目を潤ませながら私以上に私のことを気にかけてくれるイリーナはとても優しい子だ。
その純粋な優しさが五臓六腑に染み渡る。
このまま浄化されてしまうのではないかというぐらいの光成分をイリーナから過剰供給してもらっていると、いまだ開けられたままだった扉からリュドミラ先輩の珍しく悲しみに満ちた声が聞こえた。
「私の可愛い子。泣いてはいないかしら?」
「リュドミラお姉様!」
イリーナに抱きしめられたまま動けないでいる私を見つけたリュドミラ先輩も歩み寄ってイリーナの反対側からそっと抱きしめてくれた。
両手に花状態の私は一気に胸に広がる幸福感に従って二人まとめて抱きしめ返す。
落ち込んでいた気分もどこへやら普段よりもむしろ上がった気分に、ハグでストレス値が下がるって本当だったんだなぁと身をもって体感していた。
「リューダはやいよー」
「あれ?なんで開いたまま…」
後からのんびりと追いついてきたアンドリ先輩とついぞ、最後の二人が来るまで閉じられることのなかった扉に当然の疑問を持つプルーストで今日は早めに六人が揃うこととなった。
揃ったからには今日も元気に生徒会を始めることにしよう。
やっていることは大変で面倒で厄介な仕事ばかりのはずなのに今の方が楽しい。やっぱ環境って大事だな。
「今日は先に話し合っておくべきことがあるな」
先輩から切り出されたことで私は自然と注目を浴びることになる。
一つ咳ばらいを入れて声の調子を整えてから昼にあったことのあらましを順に語って聞かせた。
「…と、いうわけで彼女にはすげなく断られてしまいました」
「可愛い子。あなたはよくやったわ。自分を責めることはないのよぉ」
「お姉様…」
みんな椅子に座ったのでリュドミラ先輩とは距離が離れてしまったのだが細い腕を伸ばして私の手を柔い掌で握りこんだ。
あぁ、リュドミラ先輩にめちゃくちゃに甘やかされてしまう!もう私は貴方の虜です!
イリーナも少し離れたところからリュドミラ先輩の言葉に同意して全力で頷いているし私は良い関係を持ったものだ。
改めて感じる尊い絆を私が二人に感謝している間に、男三人は坦々と解決策を話し合っていた。
「ふーん…もう放っておいてもいい気がするけど」
「そういう訳にもいかんだろう」
「『持ってない』とは断言していますし、どうしましょうか?」
「誰か代わりにコンタクトをとるか?」
「やめてよー。リューダを巻き込むのはー」
「デレルは…少し荷が重いですかね」
勝手に話し合いが着々と進んでいるな。
ソフィーが女の子のため必要なのがドレスになるから私たちを候補に挙げているが、この際男でもいいのでは?
でもそれだとプレゼントを贈ったーとかでまた騒がれるんだよなぁ。知ってる。
「ねぇ、一ついい案があるのだけれど」
いつも聞く側に回っていることの方が多いリュドミラ先輩が提案とは珍しい。
リュドミラ先輩は全員の注目を集めながらもおっとりとした調子を崩さないままで頬に手を添えて新しい提案をしてくれた。
「今年はドレスも燕尾服も全生徒に無料で貸し出しにしてはどうかしらぁ」
貸し出し?全生徒に?それも無料で?
「成程、悪くない案だが予算はどうする?」
「私の方で全て持つわよぉ。お抱えのところを用意するわぁ」
ちょっと心広すぎないですか!
もしこの案が受け入れられたとして、実際に借りる人はそこそこ出てくると思う。
既成品だとしてもリュドミラ先輩お抱えの仕立屋となると当然、高級店であること間違いなし。
それを借りる生徒一人に一着と考えると一体どれほどの予算がかかることか。
もとは計画にない急な提案のため今から予算の捻出は難しいのも確かだが、流石に一人に背負わせるには非常に心苦しい。
「まったー!それだったら俺もやるからー!」
慌てて手を挙げたアンドリ先輩にリュドミラ先輩はうふふと微笑まし気に笑うだけだった。
「私も!もとはといえば私の不手際ですし、私にもお手伝いさせてください!」
「あらぁ、いいのよ可愛い子。たまには私も後輩にかっこいいところを見せたいの」
お姉様!!
私のお姉様がこんなにもかっこいい!
誰かに自慢したいが私以外に知られるのが勿体ない気もする!
私がリュドミラ先輩に心を撃ち抜かれているのをマルクル先輩が構うはずもなく最終的な判断を下した。
「なら俺も出すか。よし、こうしよう」
まとまった案はこうだ。
今回は全生徒を対象に生徒会から、正装の無料貸し出しが行われることになった。
先輩たちが主にドレスや燕尾服を仕立ててくれる店の手配、私たちはその注文に伴っておそらく足りなくなるであろうテーラーやドレスメーカーの人員の手配を手伝うこととなった。
これならば、生徒会がソフィー一人を贔屓したことにもならないので問題解決と言っていいのではないだろうか!
誰もが借りられるようにしているものに文句をつけるのは私たち生徒会に文句をつけるも道理。
ソフィーが何の疑問も抱かずドレスを借りてくれるようであれば、下手なドレスを選ぶことのないよう本職からの助言も入るので難癖をつける人も減ることだろう。
少し時間はとられたが無事、時間内に解決案をまとめることが出来たので残りの時間で今の話を含めた計画の大詰めをしていこうと別室に保管されている書類をそれぞれ持ち出してくるのだった。
その日以来、私はソフィーと関わっていない。
クラス内では相変わらず…と言いたいところだが実は少し様相が変化している。
今の彼女はまるで囚人のような扱いだ。そのくせ、存在は無視され何もいないかのようにクラスの皆が振舞っている。
私が散々「何もしないで」と言ったせいだろうか…。
クラス内はまだ私の言葉を聞いてくれているのでこれで済んでいるがクラス外はそうもいかなかった。
イリーナやプルーストも気を付けるとは言ってくれていたがソフィーは時折、誰かに呼び出されているようだった。
私はそんなもの行かなければいいと思うのだけれど彼女は律儀にも毎回、呼び出されているようだ。
まぁ無視をしていたとしても結果はあまり変わらないのだろうけれど。
彼女は呼び出された先で何を聞かされ何を言われているのだろうか。
今のところ怪我らしきものは見えないが、私たちは簡単に人を傷つけられる力を持っていることを忘れてはならない。
魔法とはただ便利なだけではない。
それを正しく扱わなければ凶器になり得ること、そして正しい使い方を学ぶために私たちはこの“ヴィヴリオ魔法学園”に通っているのだ。
日を跨ぐごとに頭から水を被っているようだったり、制服が焦げていたり、髪の毛が不自然に切れていたり…怪我がないのが一種の奇跡のようにも思える。
あれは確実に魔法を使ってやられたものだ。
学園では授業以外の魔法の使用を禁止しているはずだが、バレないように使う生徒は何人かいる。
大抵そういう生徒は悪事に魔法を使っていることが多い。つまりはそういうことだろう。
きっと私が手を差し出しても彼女はまた拒絶してしまう。そうなれば今よりも彼女の立場は更に悪くなる。
私には助けられない。陰ながら彼女の机を綺麗に保つことだけは罪滅ぼしのように続けていた。
もう新入生歓迎会も明日に迫っている。
少しくらいこの現状が好転してくれることを祈っているが、はたしてその転機とやらは訪れるのだろうか。




