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講堂に着くとステージ裏に繋がっている扉から控室に移動する。
今度はここで、またしばらく待機しておかねばならないらしい。
騎士たちは今度は部屋に入ってくることはなく、控室の扉前で警護を兼ねて待機するようだった。
生徒全員が集まれば外から声がかかる手筈になっている。
声がかかるまで、道中に続いて話の輪に加わったままでも良かったのだが私が離れても問題なさそうだったので中心から離れて壁際に寄った。
身体を凭れ掛からせて、ふぅと息を吐く。
久しぶりに、ここまでずっと肩肘張ったままで畏まっていた気がする。
友人たちとは丁寧に話してはいても慣れたものなので、気を遣う必要はあまりない。
ただ流石に王族である兄弟にそんなおざなりな接し方が出来る訳もなく、気を遣わなければならないというのは存外疲れる。
息を吐くと同時に身体の力を抜けば、少し気楽な気分になった気がした。
「大丈夫か?」
マルクル先輩がそんな私のことを目敏く見つけて声をかけて来る。
さっきまでアンドリ先輩とレリオ様に絡まれていたと思っていたのだけれど…。
「大丈夫ですよ。ただ朝から怒涛でしたから、ちょっと休憩してるだけなのでお気になさらず」
「そうか」
そのまま先輩は私の隣に腕を組んで並んだ。
視線は話題が尽きないらしい盛り上がりの中心に居る兄弟の方に向けられている。
「戻らないんですか?」
「俺も休憩だ」
マルクル先輩から休憩とかいう言葉が出てきたことに、ちょっと驚いたことは内緒だ。
もしかして1人離れた私のことを気遣ってくれてる、とか?まぁそこで驕るほど私も自惚れちゃいない。
本人が休憩と言ったのだし、その通りなのだろう。
でもいちおう、生徒の代表でもある生徒会長様がここに居るのは如何なものか…とは思ったが、それは決して口にはしないよう気を付けた。
先輩にだって休憩くらい必要だ。
そう言えば、丁度良く先輩が隣に来たことだし朝から気になっていたことを聞いてみることにした。
「そういえば先輩、レリオ様とお知り合いだったんですね」
「ああ…まぁな」
少し言い淀むような素振りを見せた先輩のことを横目で見上げる。
先輩の視線は変わらず前を向いたままだったが、その表情にはどこか苦いものが混じっているように見えた。
「随分と仲が良さそうでしたけど、どういう経緯なんですか?」
「経緯…というほど、語るほどのことはない。ただ打ち合わせの最中に押しかけてきて以来、何かと絡まれてはいる」
「そうだったんですか。ふふっ、良かったですね」
先輩は私の言葉に言い返しこそしなかったものの不服だという感情を分かりやすく視線に乗せて、私のことをじとりと睨んだ。
そんな先輩の様子がなんだか面白くて、また小さく笑ってしまった。
でも先輩は自分から積極的に他人と関わるようなことはしない人なのでアンドリ先輩やレリオ様のように雑に扱われても気にせずに話しかけてくれる人は案外、貴重なものだと思う。
特にこの貴族社会においては。
「そういうお前はどうなんだ」
「どう、とは?」
「弟の方とは同じクラスになっただろう」
あぁ、そうだった。忘れていたわけではないけれど。
私はエアリス様に視線をやって、現在は男4人で集まってなにやら盛り上がっているらしい様子を見ながら口を開いた。
「まぁどうしても性差というものがありますから、あまり仲良くと言う訳にもいかないでしょうね」
所謂、超えられない壁というものに近いものだと思う。
男女の友情が成立しないとは私は思わないのだが、周りからその仲をを勘ぐられることは避けられぬものだとも思っている。
それを承知の上であれば周りの視線など気にすることはない、と言いたいところだが事はそう簡単にいかないもの。
今回の相手は正式に陛下の血を受け継ぐ王族のうちの1人だ。
もし私とエアリス様の関係が疑われ、恋仲だなどと噂されようものなら私の立場の方が面倒なことになる。
エアリス様自身も少し面倒なことにはなるだろうが。
いかんせん私と彼では少しばかり仲が良くなりすぎることは、立場を悪くすることと同義ということだ。
私は今こうしてマルクル先輩にわりと砕けた口調で話してはいるが、誰かに確実に聞かれる距離であればこんな話し方はしない。
必ず畏まって話すし一線を引くように気を付けている。
だから、エアリス様に対してもその接し方が変わることはない。
そんな私といるよりも、他の同性で気の合う友人を見つけた方が確実にいいだろうと考えているのだ。
だから私は、私に出来ることを終えれば不自然にならない程度に関わる機会を少なくしていこうと思っていた。
「まぁ、そうなるか」
「こればっかりは仕方ないですね。だから、笛の所在に関しても実は少し悩んでまして…」
「自分が持っているよりも他の奴に渡した方がいいんじゃないか、と?」
そう、それだ。
エアリス様はその出自からも容姿からも目を引く存在で、エアリス様自身も他人と関わることを苦手にしているような節は今日ここまでを見ていて感じられなかった。
それにエアリス様の性格的にもクラスに馴染むのは早いだろうとも考えている。
そう考えるとこれは序盤の内からお役御免させて頂いて、他の誰かがこれを持っている方が役に立つこともあるのではないだろうかと少し考えていた。
「とりあえずはお前が持っておけ。後々、またそうすべきだと思ったのならその時にでも考えればいいだろ」
「そんなんで、いいんですかね?」
「構うことはない」
先輩の言葉に、今度は素直に頷いた。
結論を急いでいたわけでもないし先輩がいいというのだから、それでいいということにしておこう。
2人してそんなことを話しているうちにノックがあって、「全生徒、揃いました」と外から声がかかった。
マルクル先輩は扉を開けて伝えに来てくれた教師と2、3言話してから一度扉を閉じると兄弟の近くに寄っていく。
どうやら最後の打ち合わせを行うようだ。
「いくつかのお知らせを挟んだ後、お2人のことをお呼びいたします。その後にステージに上がってきてください。場所は私の隣まで」
簡潔な打ち合わせに兄弟は揃って頷いた。
「自己紹介の方は大丈夫でしょうか?」
「おぅ、だいじょぶ」
「僕も大丈夫です」
軽く返事を返したレリオ様と違ってエアリス様の声には少し緊張が混じっているように聞こえた。
確認を終えた後は控室を出て、ステージの袖まで向かう。
揃って座っている生徒たちは無駄にお喋りするようなことはなく、静まりかえっており場は整っているようだ。
マルクル先輩が袖から教師に合図を送ると「それでは臨時集会を始めます」と言葉があり直ぐに始まった。
いくつか教師からの前置きがあった後、生徒会が呼ばれ「行くぞ」というマルクル先輩の合図に続いて私たちもいつもの並びで後に続く。
マルクル先輩を先頭にアンドリ先輩リュドミラ先輩、私、イリーナ、プルーストの順だ。
ステージに上がると静まりかえっている分、余計に私たちに視線が集中しているのが分かる。
この瞬間はどうあっても慣れそうにない。
いっそ皆で明後日の方向とか向いててくれないかな、とか考えたがそれはそれで怖いので考えるのをやめた。
澄ました顔で所定の位置まで来るとマルクル先輩だけが私たちよりも前に出たことで、皆の視線がそちらの方に流れる。
教師からメガホンのようなものを受け取るとマルクル先輩は口の前にそれを掲げた。
「生徒会長のクラウス・マルクルです。今日、臨時で集会を開いたのはいくつかのお知らせしておきたい出来事があってのことです…」
そのまま言葉を続けるマルクル先輩の声に皆、静かに耳を傾けて聞いている。
1つ目2つ目といくつかの臨時で知らせるほどのことでもないものが続くと、静かに聞いていた生徒の中にも流石に違和感を感じたのか隣の友人と囁き合う姿が目に入った。
正直、間に合わせで用意したのだろうお知らせを疑問に思うのも仕方がないことだろう。
それでもお知らせは続きついに最後となった。
「これで最後になります。今日からこの学園に編入生がやってきました。今からご紹介いたします。お2人とも、こちらへ」
その言葉を合図に兄弟は袖からステージに上がってくる。
最初にステージに上がって来たレリオ様の姿を見た生徒の誰かが反応を示した。
そこから広がっていく騒めきに見守っていた教員たちが生徒たちを落ち着かせようと「静かに!」と声を張り上げる。
それでもなかなか収まらない騒めきに対して、まさに鶴の一声が講堂内に響いた。
「静粛に」
マルクル先輩のメガホン越しで大きくなった声から発せられた一言に生徒たちは一瞬にして静寂を取り戻す。
「学院からの一時編入生です。これからお2人に自己紹介をしてもらうので、静かに聞くように」
「それではお願いします」とマルクル先輩が隣にいたレリオ様にメガホンを受け渡す。
そうすれば今度は兄弟2人に生徒たちからの視線が一身に注がれた。
「初めまして、レリオ・キングストンです。隣のエアリスとは兄弟にあたり私の方が兄になります。クラウスのクラスにお世話になりますので、どうぞよろしく!他クラスの皆もぜひ話しかけてくれると嬉しいです」
簡潔に自己紹介を済ませると隣にいるエアリス様にメガホンを渡して場所を譲る。
エアリス様が遠慮がちに歩む背中をレリオ様が一押ししたことで、若干たたらを踏みながら前に出た。
後ろから見ている私にはエアリス様の表情は見えなかったが、今の一連の行動から先ほどまでよりも緊張していることは見て取れる。
自分を落ち着かせるためか1拍あってからメガホン越しの大きくなったエアリス様の声が聞こえて来た。
「ぇっと、弟のエアリス・キングストンです。ラファエラ嬢のクラスにお世話になります。自分で言うのもなんですが少し世間知らずな部分もあるので、いろんなことを教えてくれると助かります。迷惑かけちゃうかもしれませんが、どうかよろしくお願いします」
レリオ様と違って少し自信なさげな言い方はエアリス様の中性的な容姿も相まって、どこか庇護欲を誘うようだった。
小さく頭を下げてからエアリス様はマルクル先輩にメガホンを返して、兄の隣に戻っていく。
「数か月の間、同じ学園の生徒として過ごすことになります。生徒諸君には節度ある行動を心掛けよりよい学園生活となる様、切磋琢磨し合ってほしいと考えています。以上で臨時集会を終わります。各クラス寄り道などせずに真っ直ぐ自分の教室まで戻るようにしてください」
締めくくるとマルクル先輩が兄弟を引き連れてステージから捌けていくので、私たちもそれに続く。
生徒たちは私たちの姿が見えなくなった瞬間からまた騒ぎだし、教員たちがそれを宥めながら順番に教室へ送り返そうとしている懸命な声がステージの袖からでも聞こえていた。
早めに終わった集会は事前に予定されていた通り残りは自習となるだろうが、私たちが戻るのはもう少し後になる。
多くの生徒たちが戻っている中を私たちも一緒に移動しては大騒ぎになるだろうことは火を見るより明らかだ。
そんなわけでまた控室に戻って、生徒の波が引くまでの間をここで過ごすことになった。
レリオ様が「緊張したわ」と笑って零していたが、私としてはエアリス様の方がそれ以上に緊張しているように見えたのだけれど…。
少し離れたところで兄を見る弟はどこか悄然としているように思えた。
「疲れましたか?」
「ん?うーん、ちょっとだけ。でも大丈夫だよ」
小さく笑みを浮かべるエアリス様の本当のところがどうなのかは分からない。
ただ私でも少し疲れを感じているのだから、当人でもあるエアリス様が疲れていないはずはないだろうとは思う。
「今日一日は特に大変かもしれませんが、私も精一杯フォローさせていただきます。だからご無理なさらないで、ちゃんと私のことを頼ってくださいね。そのために私がいるんですから」
「…うん。ありがとう」
綻ぶエアリス様の表情に私も微笑み返す。とりあえずは大丈夫そうかな。
ちょっと偉そうに「頼ってくださいね」なんて言ってしまったことが、少し恥ずかしい。
具体的に私に何が出来るかなんて分からないが近くに必ず頼れる人がいるということは、それだけで安心材料になるのではないだろうか。
うん、私はそれくらいの存在で良いかな。
少しは離れたところからいざという時の心の拠り所くらいになれれば、それは悪くない関係と言えるのではないだろうか。




