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私たちが裏門に来た時と同じ道を辿って戻っていけば相変わらず人っ子一人、誰の姿も見つけることは出来なかった。
一番前をマルクル先輩とレリオ様が喋りながら歩いている。
その後ろをエアリス様、少し後ろに私が続いて殿は隊長と女性騎士の2人が務めていた。
他の騎士たちは別の場所に向かったらしい。
さて先輩とレリオ様は問題なく話は弾んでいるようだが、問題はエアリス様のことだ。
手持無沙汰にきょろきょろと学園内を見回すエアリス様の様子に何か話しかけた方がいいのか…でも余計な気を回すのもあれかな、とか考えているうちに気付いたら自分から声をかけていた。
「エアリス様、何か気になるものでもございましたか?」
後ろから声を掛けられたエアリス様は少し目を丸くした後、私の姿を認めて柔らかな笑みを浮かべた。
「気になることばかりで…学院とはだいぶ違うから」
「そうなのですね。私は学院に足を踏み入れたことがございませんので、宜しければ何かお話を聞かせていただけませんか?」
「勿論」
私としては割と興味深い内容の会話に興じる。
エアリス様が道中に見つけた気になったものを私が答えて、逆に私が質問をすればエアリス様は学院がどうだったかを詳しく教えてくれた。
私は聞いていて面白かったけれど、エアリス様もそうであったかは自信がない。
少しの間とはいえ、せっかく学園に編入して来たわけだしどうせなら楽しい思い出を持って帰ってほしいとは思っているのだ。
その一助にでもなれればと話を続けているうちに前を歩いていた先輩たちが足を止めたので、私たちも話すのをやめて少し遅れて足を止めた。
マルクル先輩が扉をノックすれば中から開き、第一声にアンドリ先輩の声が聞こえた。
「ようこそ、ヴィヴリオ学園へ」
「この日が来るのを、楽しみにお待ちしておりました!」
「私たち一同、あなた方のことを心より歓迎いたします」
「どうぞぉ、こちらへ」
扉を開けたのはアンドリ先輩らしかった。最初の言葉に続いて奥の方にいるイリーナとプルーストが言葉を続ける。
最後をリュドミラ先輩が引き取り、応接室まで案内してきた兄弟2人に上座の席を勧めていた。
騎士たちは入って直ぐの扉横に控えている。
私は戻っていくアンドリ先輩についていってプルーストの方に合流したが、マルクル先輩は2人に話をするためにその向かいに腰を下ろす。
応接室に入るのはあの日以来ではあるが、室内は既に何事もなかったかのように綺麗な状態に戻っていた。
リュドミラ先輩がサービングカートの上で紅茶を淹れている。
目の前で淹れられたお茶の入ったカップをトレーに置けばイリーナがそれを両手で持って、慎重に兄弟のもとまで持っていく。
緊張からかその動きは少し固いようにも思えたが無事に2人の前に置き終えると、一礼をしてから私たちの方まで戻って来てゆるゆるの笑みを浮かべた。
少し片づけをしていたらしいリュドミラ先輩も後から、私たちの方に合流する。
そうして漸くマルクル先輩の話が始まった。
「まずはこの学園に来てくださったことへの歓迎と感謝の意を表します。早速で悪いのですが、この学園のシステムを軽く説明させていただきます。今、全て覚えていただく必要はありません。後ほど選んでいただく所属クラスには私たちの誰かが必ず在籍しておりますので、何かありましたら私かそちらの方を頼ってください」
そんな文言から始まり、大雑把にクラス、授業、昼食、同好会などの説明が行われる。
一通りの説明のあとに、少しの質疑応答が行われてから兄弟が所属することになるであろう学年の者だけがマルクル先輩に呼ばれ一歩前に出た。
リュドミラ先輩以外の私たち2年生とアンドリ先輩だ。
「それでは、これから自分の所属するクラスを選んでいただきます。レリオ様には私かこちらの…」
「エヴラール・アンドリと言います」
「どちらかのクラスに所属して頂くことになります」
アンドリ先輩は人好きのする笑みを浮かべて兄弟2人に対してシンプルな自己紹介をするに留めた。
「エアリス様はこの3人になります」
今度は私たちの出番になったので一番、先輩の近くにいた私から紹介に預かることとなった。
「改めまして、ラファエラ・マルティネスと申します」
「イリーナ・デレルと申します!」
「ジャコブ・プルーストです。よろしくお願いいたします」
一人一人とても簡易的な自己紹介が終わると、マルクル先輩が話を続けた。
「何処を選んでいただいても問題はありません。…さて、もうお決まりでしょうか?」
マルクル先輩が兄弟に問いかけるとレリオ様はそう悩むことなく「んじゃあ」と前置きがあってから、マルクル先輩のことを指差した。
「クラウスのとこで。楽そうだし」
そのシンプルすぎる理由に何も関係ないはずの私も思わず心の中で同意してしまった。
それに完全初対面のアンドリ先輩よりも以前から顔を知っているマルクル先輩のことを選ぶのも自然なことのように思える。
「…分かりました。エアリス様は如何なさいますか?」
一瞬の間はあったものの、マルクル先輩が特に表情を変えることはなくレリオ様の言葉を承知する。
そのままの流れでエアリス様の方に顔を向けた。
「えーっと…」
どうやら決めかねているらしくエアリス様の視線は私たち2年生の間を往ったり来たりしている。
マルクル先輩とレリオ様のように、以前から顔見知りということはなくほぼ全員が初対面の私たちとでは悩むのも仕方がない。
私だけは迎え役を担った分、少し早くに知り合ったとはいえ誤差の範囲だろう。
その時、ふと行き来していたエアリス様の視線と私の視線が交わった。
目を逸らすのも不自然かと思い僅かに微笑み返せばエアリス様は一度、目を瞬かせてからマルクル先輩に視線を戻した。
「あの、ラファエラ嬢のクラスでお願いします」
ふっ、どうやら私の魔性の微笑みが決まってしまったようだな…。
冗談はさておき、まじかーという惚けた感想が私の頭を真っ先に駆け巡る。
そしてこれに関して私に拒否権というものが存在しないことも思い出して、私は微笑みのまま固まることになってしまった。
その硬直は直ぐに解けたが、マルクル先輩が既に話を進めている。
「承知しました。説明は以上になります。いましばらくの間ここでお待ちいただいた後、講堂の方に移動し全学年の生徒へお二人のことをご紹介させていただきます。軽い自己紹介と、どこのクラスに所属することになったかを発表して頂きたいのですが宜しいでしょうか?」
「わかった、ちょっと考えとく」
「僕も分かりました」
兄弟2人の了承を得てから「少し失礼いたします」と言ってマルクル先輩は立ち上がるとアンドリ先輩にその場を任せ、何故か私のことを呼んだ。
呼ばれた私はマルクル先輩が応接室を出ていくのでその後に続いて出ていくことになる。
少し歩いて隣にある生徒会室に入れば、マルクル先輩は奥の机に一直線に向かって引き出しから紙の束を取り出した。
「これは持ち出し厳禁となっているから、今のうちに少し目を通しておけ」
「なんです?これ」
受け取った紙の束の1枚目を捲ってみる。
そこには緊急避難場所や経路など、通常の災害時に設定されているものとはまた少し違うマニュアルが描かれていた。
どうやら今回のために専用に考えられた新しいマニュアルらしく学園の見取り図にいくつもの線や図形で説明が書かれてあった。
他のページには増した警備の中に騎士が存在していること、事務や職員にも変装した騎士が混じっていることが書かれてある。
また、その騎士たちの軽い名簿まで載せられていた。
「それと、これだ」
もう一つ渡されたのは細やかな細工が施されてある細い形の笛のようなものだった。
先輩から受け取っていろんな角度から見回してみるが、どう見ても笛にしか見えない。
「それのことも今、渡した紙に書いてある」
そう言われてから笛を片手に紙を捲っていけば最後の方に見つけた。
どうやら本当に笛らしい。ただ、とても大きな音が鳴る笛らしく緊急時には思い切り吹いて周りに危険を知らせるようにと書かれていた。
「これは…あの兄弟が持つべきでは?」
「無論、持たされている。これはあの兄弟の所属するクラスと同じになった者に渡される分だ。常に傍にいる必要はないが、何かと関わることは多くなるだろう」
「はいはい」
「その際、何らかの緊急事態があればその笛を吹くことで近くにいる騎士たちが即座に駆け付けるようになっている」
「ほぇー」
まぁ兄弟が持っているのは当然と言えば当然だったな。
緊急事態を想定しての対策があることも、なんら不思議はないのだが所属クラスと同じになった者にだけ渡されるということにそれでいいのかと疑問を覚えた。
「せめて役員くらい全員、持つべきだと思うんですけど…数がないんですか?」
「少し特殊なものでな。数は用意できなかったらしい。広範囲に響くうえにかなりの音量が出る。吹くときに、もし余裕があれば耳を塞いだ方がいいだろう」
危なかった…。試しに吹いてみようかなとか考えてたから先輩の話を聞いておいて良かった。
紙にも注意事項とか書いてあるし、なんかちょっと怖くなってきた。
「不審者が一時的に怯むことも想定されているから、いざという時は躊躇うなよ」
「…分かりました。まぁそんな事態にならないのが一番ですけど」
持ち歩きしやすいようにチェーンが通されていたので、首にかけて一見しただけでは見えないようにジャケットの中に隠しておく。
「変装した騎士はその資料を見れば判別がつくだろうが、不用意に声はかけないように」
「了解です」
もうあまり時間もなさそうだったので、さらっと目を通すだけにして先輩に紙の束を一度お返しする。
「ここにしまってあるから勝手に取るといい。後でもう一度、必ず目を通しておいてくれ」
それだけ言われてから揃って生徒会室を出て、応接室に戻った。
今度は騎士に開けられた扉から中に入ればアンドリ先輩とレリオ様が随分と楽しそうにお喋りしている様子が真っ先に目に付いた。
もともとコミュ力の高いアンドリ先輩であれば打ち解けるのにそう時間はかからないだろうと踏んでいたはいたが、正味5分ほどしか経っていないはずなのにこの盛り上がり様には一種の才能のようなものを感じる。
リュドミラ先輩はその横に佇んで時折、会話に混ざっているようだ。
同じ学年ということもあってエアリス様はプルーストとイリーナの2人と仲良さげに話している。
ただイリーナの方にはまだ若干の緊張が残っているようではあったが、そこはプルーストがうまいこと間を取り持ってくれているのだろう。
役員たちとは問題なく、いい関係が築けているようだった。
「あ、戻って来たってことはもう時間?」
「そうだな、他生徒が移動する前には動いておきたい」
戻って来た私たちに気付いたアンドリ先輩の問いかけにマルクル先輩が答える。
今はまだ鐘は鳴っていないが時期に鳴るだろう、と考えているうちにタイミングよく鐘の音が響いて1時間目が始まる5分前であることを生徒たちに知らせた。
真面目な生徒たちは自分たちの教室に入って授業が始まるのを大人しく待っていることだろう。
これで丁度良く人目を気にする必要もなくなったので全員で応接室を後にして、講堂まで向かうことになった。
道中では応接室にいたときの話の続きか何かを、今度はマルクル先輩も巻き込んで喋りながら前を歩いている。
私は2年生組に加わったが、私が入ったことでさっきまでの雰囲気が壊れるようなことはなかった。
逆に私が入ったことでイリーナの緊張が程よく解けたようで、先ほどまでよりもさらに和やかな雰囲気になっている気がする。
話の中心は自然と兄弟の方に集まり、この2人であれば直ぐにでもクラスに馴染めることだろうと私はいろいろと考えていた懸念を捨て去った。
エアリス様も私とばかり関わるよりも、たくさんの人と仲良くなれた方がいいはずだ。




