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お茶会からまた数日が過ぎていた。生徒会の業務は順調に回っている。

マルクル先輩から渡された冊子にも全員が目を通し、その内容も完璧に頭の中に入れ込んだ。

これでいつ王族を迎えても問題ない状態になった、とは言っても依然としていつ来るのかは知れないまま5の暦も半ばにまで差し掛かっていた。

そんなある日、その知らせは唐突に私たちに齎された。


「明日、編入生を迎える」

「…」


編入生っていうと、王族のやつか?

あまりに唐突な発言に誰も反応出来ないでいるのに構わず、これ幸いとばかりにマルクル先輩はそのまま言葉を続けた。


「迎えは俺とマルティネスで行くことになった」

「え!私もですか!」


なんか知らん間に巻き込まれてる!

思わぬ発言に私は慌てて反応を示したが先輩がそれに対して特に言葉を返すことはなく、話は続けられた。


「他は朝の早いうちからここで待機。所属クラスはまだ決まっていないが、当日になってから俺たちの所属クラスの中から選ばれることになっている」


つまり2、3、4学年の年齢に合う誰かが来るということか。


「自分のクラスが選ばれた場合、最初の内はフォローに回ることも多いだろうが基本的には冊子を参考に対処してくれ。あとは何か不備や不測の事態があれば直ぐに報告するように」


物凄く臨機応変な対応を求められている気がする。


「あくまで一生徒として接するように仰せつかっているので、過度に何かをする必要はない。以上だ」


そこまで言って勝手に話を終わらせたマルクル先輩にアンドリ先輩がようやく声を上げた。


「いや本当に急だな!クラウスにとっては急じゃないかも知んないけどさぁ!」


不平を叫ぶアンドリ先輩に私も同じ気持ちだ。

というか、私に関しては勝手にお迎え役に選出されてるしね?この件について何か説明はないんですか?

マルクル先輩は通常業務を始めようとしていた手を止めて、アンドリ先輩に言葉を返した。


「なんだったら当日まで内密にという案もあったんだが?」


何も知らされてないのに、いきなり来るのは心臓に悪いなぁ…。

もし当日まで内密だった場合はマルクル先輩が1人で動いたのか、なんかよく分からないまま集合を掛けられて手伝わされるのかどちらなのだろう。

後者は大層な役目を頂いてしまっている私としては、より心臓に悪い。

そう考えたら今、切実に前日のうちに知らせがあって良かったと心から痛感している所です。


「あー、そうだったんだー。前日で良かったー」

「そう思うのなら、秘密厳守で頼む」

「分かったよー…。わざわざ情報漏らすなんてしないけどさー」


ここにいる誰も情報を漏らすなんて真似をすることはないだろうが、当日という案が出てたくらいには本当のギリギリまで情報共有を控えたかったんだろうな。でも当日はないわー。

それよりもいい加減、私が巻き込まれている理由を尋ねてもよろしいでしょうか?

それを聞く前にマルクル先輩が口を開いたので、聞く機会は永遠に失われてしまったわけだが。


「なんにせよ本番は明日だ。明日の朝、全員が揃った段階でもう少し詳しい説明をする。遅れることのないように」


それで話を打ち切って改めて通常業務を再開させたマルクル先輩に皆、気持ちを切り替えて各々の業務に取り掛かるのであった。

本当に何で巻き込まれてるんだろうね、私…。


屋敷に戻れば、夕食前にグレタから2通の手紙を受け取った。

1つは父から、もう1つはなんと待望のソフィーからの手紙だった。

だからグレタの表情が少し固かったのかな。それでも確かに私に届けられた手紙を大事に胸に抱いてグレタに礼を述べた。


「ありがとう、グレタ」

「いえ私はお嬢様へのお手紙を、お渡ししただけにすぎませんから」

「それでもよ。ありがとう…心配しないで。何だったら隣にいて一緒に見てくれても構わないのよ?」

「そこまでは…私はお嬢様のことを信じておりますので」


つまるところ私を信じてくれているからソフィーの手紙に対しても、いちおうの信用を置いてくれるということでいいのだろうか。

あるいはグレタにとっての譲歩が、そこまでなのかもしれない。

なら私はグレタの言葉を裏切ることのないようにしなければな。

もう一度だけ、礼を言ってから夕食の席に向かう。夕食を戴き自室に戻り入浴まで済ませたところで、手紙に手を付けた。

まずは父から。

こっちはいつも通りかな、と思いきや明らかに過保護の度合いが上がっている。

私の心配をする声が多すぎて、ついには父自身のことが1つも書かれないようになってしまった!

これは、どうにかして元に戻さねば…。

今度、父の手紙に贈り物でも添えてみようかな?そしたら案外ころっと元に戻ったり、はしないか。

最後まで読み終えてからゆっくりと手紙を閉じた。

気を取り直してソフィーの方はどうだろうか?

封蝋はなく、端にソフィーと書かれている封筒を開く。

こっちは謝罪から始まり、ソフィーの今の近況と私の様子を気にする言葉が配分良く綴られていた。

締めには「お返事が来るのを楽しみに待っております」と書かれていて、なんか安心した。

これこそが普通の手紙って感じがします。

父の手紙を先に読んだせいか余計にそう感じてしまって、ソフィーの手紙に無言で頷いてしまっていた。

さて、読んだからには今日中に返事を書いてしまおう。

1通目は父宛に。

父にいつも送っているのと変わらないレターセットを取り出すと、これまたいつもと変わらない内容の手紙を書く。

私からはあえていつもと変わらない手紙を送っておこう。

これに感化されて父の過保護の度合いが徐々にでも落ち着いてくれることを祈るばかりだ。

2通目はソフィー宛に。

父に使ったのとは違う可愛らしいレターセットを取り出して早速、書き始めた。

ソフィーの手紙に答えるように何度も見返しながら返事を書いていく。

少し時間をかけて書き進め「また、いつでも送って来て下さいね」と最後の方に書いて締めとした。

父の手紙はいつも通りで無事に届くとして、ソフィーの方は送り先を封筒の方に書いておかねば。

どうやら学院の方に送ればソフィーに届くそうなので、送り先を学院に宛先をソフィーにして封筒の表面に書いておいた。

これでどちらも完成!任せておけば問題なく届けてくれるだろう。

2通も書いていたので大分と時間も取られてしまったが、少しだけ復習をしてから今日はもう寝てしまおう。

なんたって明日は朝から大変なことが待ち構えていることを分かっているので、無理はしないことが大事だ。今から気が重い…。


昨日は緊張して眠れなかった、なんてことはないが少し緊張していることは間違いない。

早い時間の集合となってはいるが、私にとってはいつもの時間の方が早いのでいつも通りの時間に学園へ行くだけでむしろ余裕があるくらいだ。

まだ他の生徒の姿が見えない学園につけば教室には寄ることなく生徒会室に向かう。

マルクル先輩が前に私よりも朝早い時間にいたことを覚えていたので、どうせ今回も先にいるだろうと予想してノックの後にすぐ扉を開けた。

予想通り、何の突っかかりもなく開いた扉の先には奥の席に座っているマルクル先輩の姿があった。

どうやら本を読んでいるらしく、久しぶりに書類を持っていない先輩を見た気がする。

まぁ今日が過ぎれば一時編入の件で駆り出されることもなくなるので、先輩には少し余裕が出来るということになるのか。

魔動祭の準備には関わらないつもりだろうし、少し前まで忙しかったことを考えれば先輩にとっては丁度いい休息期間なのかもしれないなぁ。実際に休むわけではないけれど。

どうせ魔動祭本番を迎えれば、否応なく役員全員が忙しくなるのだし。

ノックの音で気づいたのだろう先輩が本から顔を上げると、私の姿をその目に捉えた。


「おはようございます。なに読んでるんですか?」

「おはよう」


私の問いかけにとりあえず挨拶だけを返した先輩は本を閉じると机の上に置いて、私に差し出すように滑らせた。

本の表紙を見るために私は鞄を置いてから先輩の机に近寄っていく。

段々と明瞭になってくるその表紙に書かれてある題字に、私は見覚えがあった。


「うわぁ…それ恋愛小説ですよ?」

「知っている」


知っていてなおそれを読んでいるとなると、私の中でマルクル先輩の愛読書が恋愛小説ということになってしまいますがよろしいですか?

別に先輩が読んでても何もおかしくはないのだけれど、ただあまりにも先輩に似合わないというか…。

思わず眉を顰めてしまった私に、先輩も眉を顰めて私のことを見た。


「言っておくが俺の趣味ではない。知人に押し付けられたんだ」

「成程。そうでしたか…」


恋愛小説を押し付けてくる知人がいるのか。もしかしたらその知人は女性の方かもしれないな。

言っておくが別に殿方が乙女趣味を嗜もうと何ら構わない。

ただ問題は私の中で、マルクル先輩と恋愛小説という言葉がどうしても結びつかなかっただけで…。

いや実は本当に先輩の趣味でも私は受け入れますし気にしませんよ?本当に。

心の中で言い訳がましく考えていたことを先輩は読み取ったのか、胡乱な目で私を見て来たのでとりあえず微笑み返しておいた。


「それにしても、よくこれが恋愛小説だと分かったな」

「ええ、読みましたから」

「読んだのか」

「読みましたよ」


先輩は少し意外そうに私のことを見てくるが、先輩の中で私は一体どんな本を読んでるイメージがあるんでしょうね。

それはさておき私の場合は物語であれば、あまりジャンルを問わずに読んでいる。

それこそ恋愛小説や冒険譚、ミステリーまで様々だ。


「どうだった」

「えー先輩、オチとか先に聞いちゃう派ですかー」


まぁ最初にオチまで聞いてしまっても楽しめる人もいるだろうが、私はなるべく最後まで何も知らないで読みたい派だ。

私の不服そうな物言いに、先輩が本を指で叩きながら味気ない声で「もう聞いた」と言った。


「え」

「押し付けて来た奴に最初から最後まで流れを聞かされたうえで押し付けられた」

「えぇぇ」


それは他人に薦めるやり方としては物凄く間違っているうえに最悪の部類なのでは?

名も知らぬ薦め下手さんに呆れていると先輩も同感だとばかりに小さくため息を吐いた。

結末を知っていてなお読んでいるということは、仕方なくか暇つぶしのかどちらかだろう。


「で、どうだったんだ」


話は戻って私の読んだ感想を求められる。

たしか…すべての魔物を統べると言われる魔王と、とある理由で家を出た少女の恋愛小説だ。

そのとある理由とやらは何故か作中では語られないが、家を出た少女は人間が近寄ることのない森の奥へと足を踏み入れる。

その途中で魔物に襲われかけ危機に陥ったところを森の奥に住んでいた魔王に助けられ…と、そこから話は展開していくのだが。

最初は反発、すれ違いがありやがて和解を経て徐々に距離を近づけていく2人というある意味で王道的な物語だ。

これはメルメにお薦めされたものではなく珍しく私が自分で選んだものだった。

一日足らずで読めてしまうような薄さの本だったのでメルメのお薦めと一緒に借りたのだが…。


「私は途中までは、そこまで嫌いじゃないです」

「…つまりは面白かったのか?」

「面白いかと聞かれれば、面白くはないですね」


ややこしい言い方をしたが総合的に見るなら私の嫌いな部類に入る。

いちおう最後まで読んだが正直、私なら人にお薦めはしない。メルメも読んだことなかったらしく感想を聞かれたが、少し言葉に窮してしまったくらいだ。


「理由は?」

「理由ですか?そうですね…だって何の脈絡もなく最後の方にメインの2人が死んで、そこから何もなく終わるんですもん」


私は表紙にある題字を恨みがまし気に見つめた。

別にバッドエンドが極端に嫌いとかそういう訳ではない。あまり好きでないのも確かだけれど。

悲恋も死別も終わりがしっかりと書かれており納得がいくものであれば、十分に面白いと思う。

ただこの本は最後、2人が死んでそのまま打ち切られたみたいに物語の終焉を迎えるので読んでいた私は置いてけぼりを食らってしまった。

順調にいい関係を築いていた2人に何の警戒もせずに次のページを捲ったらヒロインの死体を見つけたとか書かれてて、何のミステリーが始まったのかと思ったくらいだ。

何度、読み返しても死んでるしここで読むのをやめても気になるしで意地で読んだのだが。

ヒロインが死んだ絶望に打ちひしがれる魔王は町からやって来た騎士によって討伐され結果、2人とも死んで物語は終わり。

読後、その何とも言えない終わり方をした本を投げそうになった私は悪くないはずだ。実際には寸前で耐えた私は偉いと思う。

口をとがらせる私に先輩は一瞥しただけで特に何も言わず、表紙に書かれた魔王を指差した。


「まぁ魔王とかいう設定は割と斬新だったな」

「魔王ですか?あぁ…魔人に似てるようで似てないですもんね」


魔人とは、この国周辺に古くからある「魔人伝説」という本に出て来る敵役だ。

その存在自体が人と世界に害を及ぼすと言われる魔人を異世界から来た勇者が倒す英雄譚。

今思えばこの異世界からって言葉に引っ掛かりを覚えたが、それを考えるのはまた今度にしよう。

魔人伝説はこの国に住まうものであれば知らないものがいないと言われるくらいには有名な物語だ。

子供のころは寝るときの読み聞かせの定番として一度は聞かされ、大人になれば舞台で観劇するくらいには老若男女に幅広く親しまれている。

その為か魔人の設定を真似たものはいくつも存在しているが、魔王は語感が似ているだけで魔人とは似ても似つかない。

作中の魔王は魔物と話せるだけで特に何の害もなかったはずだ。


「それにしても最後まで分かってるのに良く読もうと思いましたね」

「ただの暇つぶしだ。今日中に押し付けてきた奴に返しておく」


今日、返してしまうのか。それはそれで残念な気がする。


「せっかくですから、最後まで読んでみては?先輩は面白いと感じるかもしれませんよ?」

「そう言われて読むと思うか?」

「まぁまぁせっかくですから、薦めてくれた方にも感想言わなきゃでしょ?読みましょう」

「巻き込もうとするのをやめろ」


何をおっしゃいますか。それを言うのなら押し付けてきたという知人の方でしょうよ。

私のはあくまで善意ですよ。先輩も読んでから後味悪くなればいい、とか思ってませんから。

なんとか先輩に読んでもらおうと途中のいいところまでを聞かせているうちに、他の皆も集まって来てその話は流れてしまった。

私も今度、先輩に何も言わずに本を貸してみようかな。

もしかしたら今回の一件で警戒されてしまうかもしれないことを考えると、それはそれで面白そうだ。


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