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休みまではあっという間だった。
アンドリ先輩率いる魔動祭の準備チームは指揮を執っているアンドリ先輩がやる気なこともあって、順調に進んでいる。
残りの私とマルクル先輩だが雑務を処理を優先に残った時間で魔動祭の後に開かれるサマーパーティーという名の打ち上げ会の準備をぼちぼちと進めていた。
こちらは魔動祭よりも十分に余裕があるので2人だけでも問題なく進められている。
ただマルクル先輩が時折、一時編入の件で欠席することがあるのでそういう時は私も準備チームの方に合流してお手伝いをしていた。
アンドリ先輩には「クラウスには内緒ねー」と毎回、釘を刺されるがマルクル先輩から何かを聞かれたことは一度もない。本当に一切、手伝う気がないんだろうなぁ
そんなわけで私は行ったり来たりしながら両方のお手伝いをしている感じだ。
やっていることが違うので間違えないように少しばかり気を遣ったりもしているが、休みの日に寝すぎるほど疲れているわけではない。
癖になってしまった早い時間帯に目が覚めれば、起き上がって欠伸を一つ溢した。
今日は午後になればお茶会のために役員の皆が訪ねて来てくれる予定になっている。
今の時間から考えれば皆が来るまでにはまだまだ余裕があるようにも感じるが、お茶会のセッティングのこともあるので今から動き出すくらいでむしろ丁度いいくらいだ。
着替えるためにクローゼットに向かい服を選ぶ。
今日はブラックの五分袖ブラウスに赤みがかったパープルのマキシ丈のフレアスカートを合わせよう。
着替えながら6の暦に入る前にはクローゼットの中身も入れ替えなければな、と考える。
このクローゼットの中にはまだ袖の長い服や生地が厚いものが多いので本格的に暑くなる前には替えておかなければ過ごしにくくなってしまう。
ちなみに中身は普段着ることが多い制服や比較的ラフな私服が多く入っているだけで、ドレスの類は一つも入っていない。
貴族だということも相まってドレスばかり着て過ごしているのではないかと思われるかもしれないが、しっかりと私服と分けられているので普段着としてドレスを着る人は実は少なかったりする。
好き好んで毎日、着ている人もいるらしいが私はそんな堅苦しい真似は勘弁だ。
まぁ私服だからと言って、自由になんでも着られるかと言えばそうでもないのだが。
いちおう貴族の淑女らしい格好でなければ周りがうるさいので、そこは少し気にしなければならないところ。
例えばスカート丈はあまり素足を晒しすぎないものを選ぶ、とか肌の露出が多い過激な格好は避けるとか。
これらも強制されているわけではないので周りの視線や小言を気にしなければ、あとは本当に自由だ。
少ないがパンツスタイルを好んで普段着にしている方々もいらっしゃるので真に自由を求めるのであれば周りの意見になど左右されずに貫くことが大事なのだろう。
私はと言えば、とやかくうるさく言われるよりも楽しめる範囲で楽しむ派の人間だ。スカート嫌いじゃないしね。
カーテンを開けて髪を梳いている間、アクセサリーをどうしようか悩んでいてあのイヤリングのことが頭を過る。
えー今日つけるか?いや、でもなー…なんて頭の中で何故か言い訳を並べ立てているうちにノックがあって思考を止めた。
やっぱ今度にしよう、そうしよう。
部屋に来たのはグレタではなく他のメイドだった。
どうやら昨日のうちに頼んでおいた料理の品々をグレタ一人で朝から用意してくれているらしく、今日は私のもとに来れそうにないのでグレタに頼まれて代わりにきてくれたそうな。
代わりを頼んでくれたのは有難いけど、キッチンの方はグレタ一人で大丈夫なのだろうか?
一人で作るとなると結構、大変な量を頼んだと思うのだけど…。
必要であれば自由に人手を動かしてくれて構わない事と、決して無理はしないようにとをグレタに伝えてくれるようにだけ頼んでおいた。
メイドは私の言葉を承知してはくれたがその前に私の準備の方が優先らしく、そのために動きだす。
化粧を施して「今日はどうなさいますか?」と髪のことを聞かれたので「これにするわ」とカチューシャを選んで、特に結い上げるようなことはせず身に着けるだけで終わらせた。
準備が終わりダイニングまで私にお供してから、やっとグレタに伝言をするため離れていくメイドに再度お願いしておく。
扉が閉じられるのを見届けてから私は朝食を食べ終えると、お茶会の会場をセッティングするために裏庭に向かった。
花のアーチを抜けた場所にある空きスペースに机と椅子を運んできてセッティングを始める。
まぁ実際にしてくれているのはメイドたちなのだけれど。これを手伝うと私がメイドたちに怒られるので大人しく見守るだけに留める。
白いテーブルクロスに机が覆われ花瓶に庭で選んだ花を生けたところで、もう昼頃になっていた。
お茶会が始まればグレタのケーキが待っているので昼食はそこそこにして、出来上がった料理が綺麗に並べられていくのを少し離れたところで眺めていればメイドが1人目の来客を知らせてくれた。
「いらっしゃい」
「お邪魔します!」
1人目はイリーナだった。
コーラルピンクの色合いが可愛らしいミモレ丈のワンピースを着ていて普段、下ろしたままにしているセミロング程の髪を後ろで編み込んでいた。
持ってきてくれたらしい手土産は礼を言ってから受け取り控えていたメイドに任せて、私はイリーナをお茶会の会場まで案内する。
「すごい!美味しそう!」
机の上にはケーキだけでなく軽食もあって、甘いものが得意でないマルクル先輩でも問題なく楽しめるようになっている。
目を輝かせてケーキに目を奪われている様子のイリーナに私が作ったわけではないが、代わりに感謝を述べておいた。
「ありがとう、先に私たちだけで楽しんじゃう?」
「うぅん…せっかくだけど、もう少し待とうかな」
「そう?そうしましょうか」
待つというイリーナに合わせて席に座ってお喋りをしていれば、今度はメイドに連れられて新しいお客様が訪れた。
「今日はお招きいただきありがとう」
「あら、ご丁寧にどうも。気楽にしてね」
2人目はプルーストだ。
グレーのシャツにブラックのパンツスタイルのプルーストも手土産を持ってきてくれたようで、それにも礼を言って受け取ってからメイドに任せた。
プルーストが来たことで待ちきれない様子のイリーナに先に3人で始めてしまおうかと提案すれば、また少し悩む素振りを見せる。
やがて誘惑に負けたらしいイリーナがゆっくりと頷いて、ケーキのほうに誘われるがままに手を伸ばしていた。
お皿に一切れ乗せてフォークで切り分けるとぱくりと一口。飲み込んでから真っ先に「美味しい!」と私に感想を教えてくれた。
プルーストはまだ料理には手を付けず先にお茶を楽しんでいるようだ。
私も、もう少し待っていようかなとお茶を飲んでいるうちに先輩方は揃って訪れた。
「私の可愛い子たち。今日の格好も本当に素敵だわ」
「お姉様も大変、麗しいです!」
リュドミラ先輩はビショップ袖のホワイトシャツにウルトラマリンブルーのロング丈のマーメイドスカートで、とても大人らしい装いだ。
食べている途中だったイリーナは慌てて飲み込もうとして喉に詰まらせかけていたが、近くに座っていたプルーストが直ぐにお茶を差し出していたので大丈夫だろう。
「はいこれ、俺らからー」
「デレルは大丈夫なのか?」
カーキオリーブのジャケットにネイビーのシャツ、ホワイトのパンツスタイルのアンドリ先輩からは3人分が纏められているらしい手土産を渡されたので礼を言って受け取った。
ホワイトのシャツにインディゴブルーのパンツスタイルのマルクル先輩はプルーストとリュドミラ先輩にお世話されている様子のイリーナを腕を組んで眺めている。
「まぁプルーストが付いてますから大丈夫ですよ」
私の言葉に2人して納得を見せた。さすが、信頼の厚い男プルースト。
「3人揃って来られたんですか?」
「クラウスの馬車に全員で乗って来たんだー。あんまり場所とるのも悪いしねー」
「そうでしたか。お気遣いありがとうございます」
3人揃ってきた理由が分かったところで私はお茶会の席に手を向ける。
「さ、お好きな席へどうぞ。特に格式ばったものでもありませんから、自由に楽しんでくださいね」
私の言葉を聞き終ってから「分かったー」と適当に返事してアンドリ先輩は、先に座っていたリュドミラ先輩の近くに寄っていった。
その様子を確認してから私は手土産を持って一度、屋敷に戻るためにマルクル先輩に声をかける。
「それじゃ私はマルクル先輩のご希望に添えるような美味しいコーヒー淹れてきますから、少し待っててくださいね」
紅茶は近くに控えているメイドが問題なく注いでくれるだろうし何か不備があっても素早く対処してくれるだろう。
暫し離れることにはなるが誰か一人に言っておけば問題ないだろうと判断して皆に背を向ける形になれば先輩が私の言葉に返事を返した。
「見に行っていいか?」
「え、見に来るんですか?」
そんなこと言われるとは思っていなかったので聞き返してしまった私は悪くないと思う。
マルクル先輩の方を振り返れば、先輩も私を見返していた。
「特に面白いこともないですよ?」
「別に面白さは求めてないが」
じゃあ興味か何かなのかな?まぁいいか。
先に面白いことはないと前置きしておいたし、見られて困るようなものでもない。
「じゃあいいですけど。他の誰かに言っておかないと…」
「おい、少し抜けるぞ」
「はぁーい。お構いなくー」
あれ?私、家主じゃなかったかな?
何故かマルクル先輩が声をかけて、それにアンドリ先輩が何の疑問も持たず返事していた。
とりあえず少し退席することは言えたので良しとしようか。
皆に見送られながら屋敷へ戻れば一直線にキッチンへ向かう。
本来お客様をお連れするような場所でもないので先輩にいちおう大丈夫かを聞いてみれば「問題ない」と端的なお返事を頂いた。
キッチンの前で先輩に「少し待っててくださいね」と言ってから、ノックして私だけ先に入る。
中にはグレタだけがいて、まだ少し忙しなく動いているようだったが私が来たと知って動きを止めた。
「お嬢様、どうかなさいましたか?」
「急にごめんね。コーヒーを淹れようと思ってきたのだけれど、その様子を見たいって人もついて来てて…」
「でしたら別室に道具をご用意いたしましょうか?」
「それなんだけど…グレタが構わないのなら、ここでやらせてくれないかしら?」
私の言葉に少し厳しい表情を見せるグレタにやっぱり無理かぁと眉尻を下げる。
別に場所はどこでも構わないので、気を取り直して道具だけ受け取っていこうと考えているとグレタが何を思ったのか「畏まりました」と頭を下げた。
「ここでやられるのでしたら私は一度、この場を離れます。近くにはおりますので何かありましたらお呼びください」
「いいの?ありがとう!私たちのことは気にしないでいいから、休憩してて頂戴ね」
「ありがとうございます。それでは失礼いたします」
グレタは違う扉からキッチンを出ていく。
私は外に待たせていたマルクル先輩を中へ招き入れて、いちおう置いてある椅子を勧めておいた。
手土産はここに置いておけば後で何とかしてくれるだろうと適当に置いておいてコーヒーの入った袋を手に取った。
「本当は豆から挽いたものを使った方がいいんですけど、力がいるし時間かかっちゃうので今回は既に挽かれているものを使いますね」
こちら挽かれたものになります。なんて3分クッキングのネタは通じないだろうから言わないけど。
さて、ここ世界にはまだペーパードリップなんて楽な方法は存在していない。
今からやるのは布を使うネルドリップというやつだ。手入れや淹れ方に気を遣わなければならないが、この方法しかないのだから仕方がない。
ポットに水をいれて先に沸かしておき、その間に手際よく淹れるための準備を行っていく。
濾すために使う布を流水で洗って固く絞ってから、ドリップポットにセット。ティースプーンを取って来て挽かれた豆の入った袋を開ければ一気にコーヒーの香りが広がった。
セットした布の中に人数分をすくって入れてから平らにならしていれば丁度、沸騰しきる前くらいで火から外して1回目を注ぐために袋の口を閉じた。
最初は蒸らすためにゆっくりと注いでいく。
中心からゆっくりゆっくりと円を描いていき布にお湯が当たらないように気を付ける。
ある程度注げば20秒ほど蒸らしの間を挟んで2回目を同様に注いでいった。
お湯を注いだところから膨らんでいくコーヒー豆の様子に、ぽたぽたと濾されて溜まっていくコーヒーを私の邪魔にならない少し後ろから先輩が立って覗いている。
特に質問をしてくることもなくただ見ているだけなのだが、退屈じゃないのかな?
まぁ私はコーヒーを淹れるのに集中しているので何も言われなければ、私からは何も言いませんよ。
何度か同じことを繰り返して、3分以内に人数分の量を抽出することが出来た。
あまり抽出に時間をかけすぎるのも良くないのでね。
全部のお湯を濾しきる前にコーヒー豆ごと布を取り除けば完成だ。
私とマルクル先輩の2人分と言わず、お茶会を楽しんでいる皆の分も淹れてあるので飲むのは会場に戻ってから。
大き目のトレーにコーヒーの入ったポットを置いて人数分のカップを用意しながら先輩に感想を聞いてみた。
「どうでしたか?」
「意外と面白かったな」
初めて見る分には確かに面白いものもがあるかもしれない。いずれにせよご満足いただいたようだし、よかったということで。
用意が出来れば先輩がトレーを持って行ってくれるらしいので有難く任せることにする。
キッチンを出る前に隣にいるであろうグレタに一言、声をかけてから会場に戻っていった。
会場は和やかに盛り上がっているらしく私たちが戻ってきたことに気付くとそれぞれが声をかけて迎えてくれた。
「せっかくですから、飲んでみませんか?」
私がマルクル先輩の持っているトレーの上にあるコーヒーを指差せば、アンドリ先輩が「あ、コーヒーだ」と反応を示した。
「アンドリ先輩はご存知なんですね」
「クラウスと一緒に飲まされたけど…」
そこで黙って、あえて感想を言うことを避けるあたり意地が悪いと思う。
どうやら他の3人は知らないようで、これが初めてのコーヒーというわけだ。
初めての3人には少なめにカップに注いで、あとは普通に。近くで見ていたイリーナが慣れない香りを漂わせる黒い液体に眉間に皺を寄せたので思わず笑ってしまった。
「さ、どうぞ。飲めない方もいらっしゃいますから無理しないで下さいね」
私もアンドリ先輩と変わらず少しの悪戯心でもってブラックのまま全員にお出しする。
マルクル先輩はそのままで問題ないとしてアンドリ先輩も「お、前のよりうまい」との高評価を得た。
「…僕の口には少し合わないかも」
「そうねぇ。私も紅茶の方が好きかしらぁ」
プルーストとリュドミラ先輩は少し表情を曇らせた。まぁ仕方ない。
それよりも面白い反応を見せてくれたのは期待通りイリーナだった。
「んー!」
恐る恐る口につけた瞬間、この反応で慌てて口を離していた。
おそらく飲みこむまで至っておらず舌をつけただけで脱落したようだ。
舌を出してしまえなくなっているようで、未知の体験にコーヒーを見つめて動けなくなっていた。
「大丈夫?イリーナ」
声に笑いが混じらないように気を付けながらイリーナに聞いてみればコーヒーと私を交互に見て、最終的に私に視線を合わせてしゅんと表情を曇らせた。
「ごめんね…私も飲めないかも…」
「いいのよ、気にしないで」
ブラックのまま出した私が悪いしね。
イリーナの持っているコーヒーの入ったカップを一度受け取り、ミルクと砂糖を目一杯淹れて混ぜ合わせる。
薄茶色に色を変えたコーヒーをイリーナに「今度は大丈夫よ」と言って返してみた。
色が変わった液体を不思議そうに見つめてから私の言葉を信じて口を付けると、今度はちゃんと一口飲み込んでから私に笑顔を見せてくれた。
「美味しい!これなら飲めるよ!」
「それは良かったわ」
他2人もそれぞれミルクや砂糖を使えば問題なく飲めるようになったらしい。
まぁそれでも無理して飲まなくてもいいとは言ったがせっかくだからと飲むと言っていた。
皆の反応に満足した私はマルクル先輩の傍まで戻ってきて、コーヒーを飲んでいる先輩に声を掛けた。
「私が淹れたコーヒーのお味は如何ですか?」
「…ん。うまい」
どうやら一番、気に入ってくださったのはマルクル先輩のようだ。
一番の目当ての人に褒められたので安心して私もブラックのままで一口飲んでみる。
自分で淹れるようになってから一口目は何も入れずに飲んで味を確かめているのだが、今日のは特にうまくいったかもしれない。
そのまま珍しくブラックのままで最後まで飲めたので、これが大人の階段を上ったというやつだろうか?
でもやっぱりカフェラテの方が好きかな。




