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前日はマルクル先輩不在の中で魔動祭の種目決めを行ったわけだが、いろいろなことがありましたね。
一波乱あったのは私の胸中だけで概ね問題なく決まったのだけれど…。
さて先輩方は今日にはマルクル先輩も来るだろうと言っていたが本当に来れるのだろうか?
一時編入の件で何かあれば、また来れないなんてこともありそうだけどなぁ…。
友人たちとの別れの挨拶もそこそこに生徒会室へ一直線。
階段を上った先、生徒会室の前にブラックヘアで背の高い男の背中を見つけて声をかけた。
「マルクル先輩、お疲れ様です」
「あぁお疲れ」
今まさに鍵を開けたところらしい先輩は鍵をポケットに仕舞うと扉を開けた。
先輩が先に入ると扉が開いたままになるよう、抑えてくれたのでお礼を言いながら私も中に入る。
それを確認してから先輩はゆっくりと扉を閉めた。
奥の席に向かっていく先輩に続いて私も自分の席に向かうと先に鞄を置く。
どちらも席に座ったところでそうだ、と思い出したことを先輩に言っておくことにした。
「先輩、先輩」
「なんだ」
「先輩、ちょっとお茶会とか興味ありません?」
マルクル先輩は私のちょっと怪しい勧誘みたいな言い方に目を細めただけで特に何も答えなかった。
うん。私の言い方がちょっとあれだったのは認めますけど、何も無視することはないじゃないですか!
「諸々のお礼も兼ねて誘ってるだけですから!怪しい勧誘とかじゃないですよ!」
「礼?」
「そう、お礼です。ちょっと長いお休み頂きましたしご心配もおかけしましたので、良ければ役員の皆を我が家のお茶会にご招待させて頂ければなと考えてまして」
私の説明にようやく納得がいったらしい先輩が頬杖をついて感心したように言った。
「殊勝な奴だな」
「そうですか?まぁ本格的に忙しくなる前に誘っておこうってだけですけどね」
一時編入の件と魔動祭の準備とで忙しくなるだろうことは目に見えて分かっているので、次の休みにでも全員の予定が空いてたりしないものか。
でもかなり急なお誘いなので断られても仕方ないと思って、まずはマルクル先輩に聞いてみた。
「どうです?今なら私自らコーヒーを振舞います」
「売り文句なのか?」
「ふふ、そうですよ。この頃、自分でも淹れるようになりまして。これがなかなかにうまく淹れられるようになったんです。気になるでしょ?」
自分で言うのもなんだけどさ。ただ自分で淹れたものは自分で飲むしかないので全部、私基準の評価なことは先輩には黙っておこう。
残念なことにグレタや他のメイドたちの口には合わなかったらしく、無理に飲ませる訳にもいかないので先輩が飲んでくれるなら違う意見が聞けていいかもしれない。
少しの打算も込めて先輩の顔を見上げれば、小さく笑って仕方なげに私の言葉に同意してくれた。
「そうだな。気にはなる」
「でしょうとも!次のお休みにでも開こうかと思ってるんですけど、お時間大丈夫ですか?」
「予定なら空けられる。問題ない」
よかった、まずは1人。マルクル先輩ご招待成功だ。
あとの皆は、今日の業務が終わった後にでも聞いてみよう。どうせなら全員、参加してくれる方が嬉しいよね。
じきに役員全員が集まると昨日、決まった種目でプログラムの作成を行う訳だが。
その前にマルクル先輩が昨日、欠席した理由でもある一時編入の件で何かあるのではと皆して期待の眼差しを先輩に向けていた。
視線の強さとしては主にアンドリ先輩と私からだと思うが。
そんな複数からの眼差しにもマルクル先輩は涼しい顔をしたままで「昨日のことだが…」と静かに話を切り出す。
私は脳内で待ってましたとばかりに拍手を送った。
「一時編入の件に関しての話し合いが行われた。そのうえで決定したことはいくつかあるが、俺から話せることは何もない」
一瞬の静寂の後、私から思わず漏れた「え?」という言葉を皮切りにアンドリ先輩がわざとらしいため息を吐いてみせた。
「はあぁぁー。期待させとくだけさせといてそれかよー」
「勝手に期待した方が悪い」
それは、そうかもしれないけど…やっぱ気になるじゃん?誰が来るとか、いつ来るのとかさ。
「でも少しだけ気楽だね。知らなければ、口を滑らすこともないし」
「たしかにそうかも!隠し事って緊張するもん!」
プルーストとイリーナは逆に安心したらしいが、私はアンドリ先輩と同じ気持ちだ。
落胆を見せる私とアンドリ先輩とは逆に安心を見せるプルーストとイリーナの両極端な反応の差に、リュドミラ先輩だけは変わらず「あらあら」と和やかに笑っていた。
マルクル先輩はと言えばアンドリ先輩から子供じみた文句をぶつけられ、それを軽くいなしてはいたが鬱陶しくなったのか取り出した1つの冊子をアンドリ先輩に投げつけた。
「どぅわっ!あぶなっ!」
相手の安全を考慮しない顔を狙った雑な投げ方だったが、ギリギリのところで受け止めて事なきを得るアンドリ先輩。
そんなアンドリ先輩の無事を確認するよりも前にマルクル先輩は話を続けた。
「一時編入だが扱いは留学生と同じだ。この冊子に関係する資料を纏めてあるから一度、目を通しておいてくれ」
「まてまて!その前に言うことあるだろ!」
「了解です。それにしたって慎重な動きですね」
「そうならざるを得ないんじゃないか。一度あったことを、もう二度と繰り返したくはないんだろ」
「無視された!リューダ、無視されたんだけど!」
私は無視してないですよ?マルクル先輩の言葉に返事しただけなので。
アンドリ先輩に縋られたリュドミラ先輩は「あらあら」と笑うだけで特に慰めたりはしていなかった。
さて、この学園にもいちおう留学制度というものがあったりする。
かなり例は少ない…というかここ数十年、利用されていない制度だ。それ用の冊子があったことも今初めて知った。
そしてマルクル先輩が答えた慎重な動きの理由だが過去に王族が学園に通っていて起こった、事件の数々のことを言っているのだろう。
傷害事件や殺人未遂、誘拐などなど…学院が設立されて以来なくなったと言われているが、正確には少なくなっただけ。
過去にはいろいろあったが吸収や協定が進み亡国となってしまった国もあり現在、周りに敵対するような相手がいないことで一時的にとはいえ学園に通うことを許されるようになったのだと思われる。
ゆくゆくは王族や奇跡持ちであっても自由に通いたい場所を選べるようになればいいのにね。
閑話休題。
マルクル先輩以外に情報の共有が行われないところをみるに、王家が慎重に慎重を期していることが良く分かる。
王家は過去にあった事件を忘れていないということだろう。
それらをもう二度と繰り返さないための措置とはいえ、何か聞けると期待した分に何も分からないのはやはり残念だ。
まぁ仕方ないと言えば仕方ないか。
ため息を吐くことはしなかったが、気分的にはため息を吐きたい気分ではあった。
冊子はまた後日、時間があるときにでも読んでおこう。
アンドリ先輩が投げ捨てた冊子を拾ったプルーストが読んでいるのを、横からイリーナが覗いている。
マルクル先輩が一つ手を叩いて皆の注目を集めたので、途中で冊子は閉じられることになった。
「俺からの話は以上だ。本題に入ろう。魔動祭の種目までは決まったんだろう?」
「それならバッチリー!」
復活したアンドリ先輩が懐から折りたたまれた紙を取り出して、見せびらかすように揺らしている。
「こちら仮で組んだプログラム表になりまーす!今年は時期的に王子様も参加するでしょー。より盛り上がるだろーなー」
「そうだな。で?」
マルクル先輩がアンドリ先輩に手を差し出すが、アンドリ先輩はいい笑顔で笑うだけで手に持っている紙を一向に渡そうとしない。
その状態で一触即発とまでは言わなくとも無言のにらみ合いが続いたが、やがてマルクル先輩が諦めたように小さくため息を吐いた。
「どういう了見だ」
「どうもこうも、クラウスは一時編入の件で忙しいだろうしー?そんなクラウスのために楽しみでも残してやろうかと思って」
これは何も分からなかった事と謝罪がなかった事への若干の腹いせも含まれているのだろうな。
プログラムを見せる気がないことを察したマルクル先輩がそれ以上、何か言うことはなく早々に諦めて手を引っ込めた。
「なら魔動祭の準備は全部一任するからな。途中で頼ってくれるなよ」
「まっかしてー。問題なく終わらせるからさー」
アンドリ先輩は余裕の表情を浮かべてマルクル先輩にVサインを送っていた。
となると、マルクル先輩以外はアンドリ先輩に付いて魔動祭の準備を手伝うことになるのだろうか?
私がそう考えていると、アンドリ先輩が手に持っていた紙をしまって私のことを呼んだ。
「んじゃ、マルティネスはクラウスの方手伝ってやってねー?」
「ん?あぁ、はい。分かりました」
「よし!残りの皆は魔動祭の過去資料出しにいくぞー!」
何故か私だけマルクル先輩に貸し出された。正直どちらについても構わないので文句はないのだけれど。
え、というか私にも秘密ですか?私サプライズとか苦手なんだけどなぁ…。
アンドリ先輩を先頭に資料室まで行ってしまった皆を見送れば、私とマルクル先輩だけが生徒会室に残される。
私はマルクル先輩の方を見て、日がな減らさなければ溜まっていってしまう雑務にもう手を出している様子の先輩に声を掛けた。
「私もてっきり、何か教えてもらえるものかと思ってました」
「そこまで気になるか?」
「わりと」
人間、隠された何かがあれば暴きたくなってしまうのが性というもの。
藪をつついて蛇を出す、なんてこともあるが今この状況では当てはまらないということにしておこう。
マルクル先輩自身は会長職ということもあって代表として関わっているのだろうが、そうでもなければ相手が誰でも構わないんだろうな。というか、興味がなさそうだ。
アンドリ先輩なんかは完全に興味だけで知りたいのだろうが、私の場合は心構えのために知っておきたい。
出来ることならいつ来るのかだけでも教えてほしい…。
「まぁ、心構えだけはしておくことだな」
それが出来たら苦労はしないんですよ。いつとも知れないドキドキ感が続くのが少し苦手なんだよなぁ。
ただ先輩は大事なところは違えない人なので口外しないと分かってはいる。
無駄と分かりつつも可愛い後輩から「ちょっとだけ」と頼み込んでみるが、やはり無下に切り捨てられるだけに終わった。
そんなつれない先輩には見えないところで舌を出しておいてやろう。べーっだ!
それが先輩にバレる前に私も雑務の処理に取り掛かることにした。
たくさんの資料を持って戻ってきたころには、終わりの時間が迫っていた。
暫く使うことになるだろう資料の数々は空いている箱にまとめておいて皆が帰る準備を始める中、私は少し皆を引き留める。
「あの、少しよろしいですか?」
揃って手を止めてくれたことに感謝しつつ今日、マルクル先輩にしたのと似た説明とお誘いをしてみればイリーナが目を輝かせて私の手を握った。
「行く!絶対に行くよ!」
「本当?ありがとう」
「勿論、私も参加させていただくわぁ」
やったー。早々に2人確保だ!
なんとなく2人は来てくれるのではないかと期待していたので実際、来てくれると分かってとても嬉しい。
リュドミラ先輩にもお礼を言っていれば、アンドリ先輩がプルーストと肩を組んで声を上げた。
「リューダが行くなら俺も行くー!ついでにジャコブも行くってー」
「あれ?僕、何も言ってないんですけど」
「ありがとうございます!プルーストもありがとう!」
「ん?なにかおかしくなかった?まぁいいけどね…」
なんだかんだで無事、全員の参加が決定して私は内心で安堵していた。よかったよかった。
次の休み、午後の時間に屋敷を訪ねて来てくれるよう予定を決めてその日は帰ることに。
屋敷に戻って早速、グレタにお茶会のことを伝えると小さく笑みを浮かべて私の言葉を了承してくれた。
「畏まりました。それでは私が腕によりをかけて最高のケーキをご用意させていただきます」
「うん。楽しみにしてるわ!」
グレタとの約束も果たせたことだし、今から楽しみだ!




