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屋敷に戻ると、メイドたちに出迎えられグレタに鞄を預けた。
もう少しすれば夕食の準備が整うようなので、それまで私はリビングでゆっくりしていようかな。
着替えるのは入浴の後にして用意してくれた紅茶を片手に一息ついていると、グレタがトレーの上に置かれた手紙を差し出してくれた。
「お嬢様。旦那様からお手紙が届いております」
「ありがとう!」
前に送ってからもう返事がきたのか。その速さに最初は驚いたものだが、『無理をしていないか』を手紙で問えば『問題ないよ』と変わらないスピードで返って来たので気にしないことにした。
なんにしろ嬉しいことに変わりはない。
嬉々として受け取り手紙を開ければ中から二枚の便箋を取り出した。
折りたたまれたそれを広げて目を通していくと内容はいつもとそう変わらない。
私の体調を気遣う文から始まり学園での生活はどうか、不便はないかなど私のことはいくらでも書かれているのに自分のことに関してはちっとも書かれていなかった。
便りがないのは元気な証と聞くが、便りはあるんだよなぁ。
まぁ『私は元気にやっているよ』と必ず一言あるので、それを信じることにしよう。
相変わらずな手紙を読み終えるころには丁度、準備ができたようで夕食をいただき入浴までを済ませ自室に戻った。
今日は外へ出る予定はもうないので新しく用意されていたネグリジェに着替えてしまうと、机に座って新しいレターセットを用意して万年筆を手に取り手紙の返事を書き始める。
いつも書く内容は私も父と似たようなもの。
私自身のことは簡潔に逆に父のことをめい一杯聞いているのだけれど今のところ一言二言で片付けられている。
せめて便箋一枚とは言わないが半分ほどは聞かせてほしいと思うのはわがままだろうか。
三枚ほど書いたところで締めくくって封筒に入れ開かないように封蝋をすると脇によけて勉強の準備を始めた。
一通りの教育は一度、幼い頃に済ませているのだが学園に通うようになってからまた少しずつ自分で復習し始めているのだ。
休みの日になると幼い頃からお世話になっているガヴァネスが来てくれて少しの間勉強などを見てくれるようにもなっている。
黙々と復習を続けているとノックの音が聞こえて顔を上げた。
いつの間にか世闇に浸された薄暗い部屋で私の手元だけが蠟燭の光に照らされぼんやりとした明るさを放っている。
「お嬢様?もうお眠りになられましたか」
少し控えめなグレタの声が扉越しに聞こえて私は聞こえるように少し声を張り上げた。
「まだ起きてるよ。何かあった?」
「いえ。ただ、もう夜も遅くなって参りましたのに部屋に明かりが灯っているのが見えましたので」
そうか。もう寝るような時間か。
夜更かしは肌の大敵。グレタもわざわざ声をかけてくれたことだしもう寝てしまおう。
「ありがとう。もう寝るわ。お休み、グレタ」
「お休みなさいませ。お嬢様」
扉越しではあったがグレタの優しい声に眠気を誘われ机の上を片付ければ誘われるままにベッドに倒れこんだ。
朝からいろいろあったし、今日は妙に疲れたぁ。
布団を被ればすぐに寝入ってしまって早々起きないような深い眠りについた。
また夢を見た。いや、これは夢じゃない。
私の前世だ。
テレビの中では可愛らしいアニメのキャラクターが動いている。
ピンクヘアの魔法少女が活躍しているのを深夜に眺めていた。意外とダークファンタジーな内容なんだなぁ。
スマホで友人との長電話に夢中になってしまっている内に、いつの間にやらこんな夜更けになってしまっていたようだ。
これを見たら私も寝てしまおう。
たまたま見たのものだが案外おもしろい。寝ぼけ眼を擦りながら思わず続きに見入ってしまっていた。
すっと意識が浮上する感覚。これは私の癖のようなもので今日もまた昨日と同じ時間に目が覚めた。
でも、前世の記憶の中で私はあの後寝たのだけれど。
寝たのに起きる。この奇妙な感覚は私にある種の勿体なさを思い出させた。
久しぶりに二度寝でもしたい気分だ。私になってからしたことなんてないけれど。
結局、二度寝なんて私自身が許すはずもなく起き上がって大人しく身支度を始めた。
学園に行く前にグレタに昨日書いた手紙を任せてから屋敷を出る。
自分の席に着き本を取り出してふと、今日見た前世の記憶を思い出して頭を抱えたくなった。
――いやいやいやいや。私たちって分類的には魔法使いだと思うし、魔法少女じゃないし、男もいるし、違うから!!
なんでまた、こんなタイミングでなんて記憶を思い出すのか!
なんだなんだ、神様は私をどうしたいんだ!!!
頭の中でアニメの中のキャラクターとソフィーがぐるぐる回っている。
共通点はどちらもピンクヘアで魔法が使える女の子ぐらいなものだが、昨日の今日でこれを思い出すのはなんらかの大いなる意思を感じる。
内心荒れ荒れで今ここが学園でなければ床で転がってご乱心レベルの荒れ具合!
いや、やっぱどこで転がっても心配されそうだな。特に屋敷だとグレタを筆頭にメイドたちが心配すること請け合いなのは考えなくとも分かった。
ここにまだ誰もいなくて良かった。盛大に顔全体を顰めていても誰にも咎められることがないから。
表情も取り繕えないほど思い悩んではいたものの辛うじてそれらが口から出ることだけは抑えられた。
これで奇声でも発していようものなら医者を呼ばれるか、はたまた悪魔払いか。
声には出さず心の中で一通り吐き出してしまえば少し落ち着くことが出来た。
手に持っている本がさっきから一ページも進んでいないのを自覚しているが、とりあえず手に持っておいていざという時に顔を隠す用途にでも使おうかな。
結局、本で顔を隠すような事態は免れ手に持っているだけに終わった。
友人たちが挨拶に来て雑談に見た目は綺麗な花を咲かす。
昨日と話題は変わらず、どこかでソフィーの新しい情報を仕入れたと言いきゃぴきゃぴと盛り上がっていた。あな恐ろしや。
ソフィーはまだ教室に来ていない。
鐘が鳴って教師が来てもソフィーはいまだ教室に現れていない。
何かあったのだろうか。
ただでさえ悪感情を向けられることが多い彼女が、ギリギリさえも間に合わず授業に遅れてしまうようなことがあっては人によってはさらに悪感情を抱かせることになってしまうのを彼女は理解しているのだろうか。
授業の準備をしながらもう一時間目も始まろうかという最後の鐘が鳴っている最中に彼女は息せき切らして教室までやって来た。
見た目はどうやら無事に見えるが。あっ、でもなぜ頭の上に葉っぱが…。
彼女が入ってきた瞬間、俄かに騒がしくなる教室に耳を澄ませば「なんで来たのかしら」「あんな子来なければ良かったのに」と彼女を否定する言葉ばかり。
そんな言葉は耳に入ってこないらしい彼女は教師に「遅れてごめんなさい!」と元気よく謝っていた。
昨日のうちに水たまりは拭いておいたし、朝は私が一番早くここに来ているので何かされることはない、はず。
靴の履き替えはないし基本的に学校には物は置けないようになっているので問題ないと思うけれど。
ソフィーのことに意識を割いているうちに鐘が鳴り終わって授業が始まった。
昨日、私は『私がコンタクトをとる』と言ってしまった。
言ってしまったからには“やることをやらねばならない”のだが、前世の記憶のせいか彼女を変に意識してしまっている。
これは彼女のせいではなく私が原因なのだけれど。
何か…言い知れぬ不安感がさざ波のように胸の内を侵食していく。
いや、でもアニメの中のあの子はどちらかといえばヒーロー側だったし…うん信じよう。
短い休憩の間では話しきれないと最初からあたりをつけていたので話は昼休憩に入ってからと決めていた。
いよいよ、その時間がやって来た。
ソフィーがどこかへ行ってしまう前に決心して立ち上がると友人たちに「少し席を外すわね」と一言残して彼女へ歩み寄る。
そんな私に気づいた彼女は何故か警戒心を露わに私のことをねめつけるように見てくるではないか。
私、そんなに威圧感あるかなぁ?
「ソフィー様、御機嫌よう。今少しお時間よろしいかしら?」
「なんですか」
あれ?ものすごく嫌そうだぞ?私本当に何かしたかな?
若干、ソフィーの態度を怪しみつつもこれは話を長引かせるよりも早々に本題に入ってしまったほうがいいだろうと考え前置きもそこそこにソフィーに努めて優しく聞こえるよう話を続けた。
「いきなりでごめんなさい。3の暦が終わるころに新入生歓迎会があるのを知っているかしら?そこで私たちはドレスを着る決まりになっているのだけれど…ソフィー様、ドレスは持ってらっしゃる?」
「いえ、持ってませんけど…」
「まぁ!でしたら私が持っているドレスをぜひ差し上げたいのだけど如何かしら?」
別に嫌味とかでなく純粋な提案だよ~。
さも、今いい案を思いついたとばかりに手を合わせ可憐に小首を傾げソフィーを見る。
ソフィーの反応は先ほどからずっと思わしくないもので私もどう動いていいものやら、暫し見つめあうこと数秒。
ソフィーはおもむろに首を振って私をまた睨みつけた。
「結構です。何をされるか分かったものじゃないので」
「ぇ、あ、何もしないわよ?なんなら一緒に選んでもらっても構わないし、ソフィー様は初めての参加になるでしょう?せっかくだから皆で楽しみたいと思って」
持っていないと言ったものだから、まさか断られるとは思ってもみなかった。
なんにせよ、私は断られてしまったのだから素直に引き下がればいいのだが問題は彼女が私を疑うような形で断ろうとしているということだ。
私はこのまま席に戻れば友人たちに慰められることだろう。ただ彼女はそんな私のせいで、今の立場をより明確に悪くしてしまうのだ。
現在、彼女はどこの保護下にあるのか不明の状態で家名もなくただの平民である。
そんな彼女が侯爵の娘である私に失礼な態度をとったとなると、私が騒がなくとも周りが勝手に騒がしくしてしまうのだ。
当の本人が何も言っていないのだから勝手にその意図を汲んだとかしなくていいからね。それ、間違いだから!
「…何か、伝手がおありなのかしらね。差し出がましいことをいってしまったわ。どうぞ、お気になさらないで。何か困ったことがあればいつでも頼ってちょうだいね」
私が何を言ったところで彼女の警戒心は微塵も薄れそうにない。
これ以上長引かせて彼女からどんな発言が出るのか想像するに恐ろしかったので切り上げて撤退することしか出来なかった。
席に戻ればソフィーから見えないように友人たちが私を囲い案の定、同情めいた慰めをくれる。
それと同時に彼女を罵るような言葉も挟まるが今の私にはどの言葉も必要ない。友人たちがこれ以上、ヒートアップすることのないよう形だけやめさせることは簡単だったが内心はどう思っていることやら。
これで彼女はより孤立を極め、徐々にエスカレートしていくと思われていた虐めも一気に苛烈さを増すかことになるだろう。
女の子のいじめは陰湿だ。
せめてクラス内のことだけでも抑えておきたいところだが、さすがに他にまでは手が回らない。
――あぁ、憂鬱だ。
そういえば、まだ昼を食べていなかったことを思い出して友人たちを連れて教室を出ていく。
多分みんなごはん食べてないから気が立ってるんだと現実逃避して、ソフィーから離れた。




