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イリーナとリュドミラ先輩がお見舞いに来てくれてのが2日前。
父も休みを取っているとはいえ、やはり忙しいらしく部屋に籠ったり外に出たりと何かと動いてはいたが比較的私のことを優先して時間を取ろうとはしてくれているようだった。
絨毯も色は変わらずとも、取り替えられたという事実が少し私の気分を変えてくれている。
まぁ少し懸念が払拭されたとはいえソフィーのことだけは相変わらず、私の中で引っかかっているのだが。うーん、気になる…。
父が忙しくしている時は私一人で部屋で本を読むか勉強をするか、お茶をするか…。
屋敷の中で1日中、どこかに出掛けることもなくあまり動きがない怠惰な生活っぷりに段々と体が鈍ってきた気がする。
別に1日中ベッドの上で寝転がっているわけでもないんだけどなぁ。
前世であれば休みの日に1日中、そんな風に怠惰に過ごしていても平気だったのに。
思わぬところで前世とのギャップを痛感する。
読み終えた本を閉じると、机の端に置いて腕を枕にしてうつぶせた。
窓からの陽光が心地いい。このまま寝てしまえそうだ。
うつらうつらとする意識はやがて本当に落ちてしまっていたようで、扉がノックされるまで微睡みの中にいた。
「お嬢様」
んぇ?ノックの音とグレタが私を呼ぶ声に頭を上げる。
寝起きでどこか霞がかった脳内を何とか覚醒させ、あくびをかみ殺しながらグレタに返事を返した。
「なぁに?どうしたの?」
「お客様が来ております」
お客様とな?私を訪ねに来てくれるような友人がいたかどうか考えて、何も思い当たらなかったことに地味に悲しみを覚えた。
いちおうフォローしておくと私の周りの友人たちからは、それぞれ手紙や見舞品が既に贈られてきている。
私からも手紙を返して無事だと知らせているのでわざわざ訪ねて来ることはないと思うけれど…。
イリーナとリュドミラ先輩は2日前に来たし、また訪ねて来たという線も薄い。
なら他に誰がいるだろう?
「誰?」
「ジャコブ卿とイリーナ嬢で御座います」
プルーストとイリーナか。プルースト?イリーナは分かるけれど何故、プルーストが?
2日前、リュドミラ先輩から聞いた話によると私よりも大怪我だという話ではなかっただろうか。
それなのに今日、私のお見舞いに来ていると?なんで?頭に疑問符を飛ばし首を捻る。
しばし考え込んでしまっていたが、あまり待たせてしまうのも悪いのでとりあえず立ち上がり部屋を出た。
「分かったわ、行きましょうか」
「その前に、お嬢様」
「何かしら?」
「お顔に跡がついております」
あ、腕を枕にして寝ていたせいか。部屋から出る前に鏡を見ればよかった…。
幸い跡がついているのは額だったのでグレタに前髪で隠れるよう整えてもらい、2人を待たせている客間に向かうことにした。
客間に入ると、本当にプルーストがいて驚いた。
先に出されたお茶を優雅に飲んでいるプルーストは全くどこにも不調がある様には見られず、至って健康体に見える。
その隣にはイリーナが出されたお茶菓子をもぐつきながらも、どこか不機嫌そうに見えるのは何故だろう?
「やぁ3日ぶり、かな。調子はどう?」
「問題ないわよ。それよりもプルースト…貴方、随分と元気そうね?」
首を傾げればプルーストはいつもの愛想笑いで「まぁね」と少し濁したような答えを返す。
グレタが私の分もお茶を用意して部屋を出ていく。
ここに3人だけになったところで、プルーストは改めて話を続けた。
「僕の怪我の状態については、もう聞いた?」
「聞いたわ。骨をやっちゃって完治までにはかなり時間がかかるって聞いていたものだから…私、今とても驚いているのだけれど」
プルースト自身も私の言葉に同意するように「そうだよね」と朗らかに笑う。
「その間、休学する話も出てたんだけどデレルの落ち込みようが凄かったから早めに何とかしようと思って」
それは…本来であれば何とかしようと思って、何とか出来るようなものではないような?
依然、首を傾げる私にプルーストは変わらない調子で続けた。
「だから、治してもらったんだ」
「治してもらったって?お医者様に?」
「違うよ。ソフィー嬢に、ね」
「…え!会えたの!」
まさかプルーストがソフィーに会っているとは!それも治してもらっただって?
少し大きな声が出てしまったのを、プルーストが口の前に指を立てて静かにと身振りで示した。
先ほどから、どうも私たち以外の人をこの部屋にあまり入れたくなさそうな感じだ。
「…話を続けようか」
「そうね…ソフィー嬢は今どこに?」
「それは、教えられないんだ。君にだけ、と言う訳じゃなくて他の誰にも教えられない。今回はそういう契約で会って来たものだから」
なんだかソフィーに会うだけで大変そうだ。
それでも、プルーストは何とかしようとして会いに行ったんだよなぁ。
「責めるわけではないけれど、怪我の原因はソフィー嬢にあるからね。都合のいいことに彼女は治癒の奇跡を持っているのだから、それを使わない手はないでしょ?」
「プルーストってそういうところあるわよね…」
ちょっと黒いところが見え隠れしてますよ。しまってしまって。
「それで彼女に会いに行って、いつ治してもらったの?」
「昨日。あっさりとしたものだったよ。やっぱり奇跡持ちってすごいね」
「大分、直近の話だったのね…」
なるほど、もう昨日のうちには治っていたのか。行動が早いなぁ。
それにしても魔法の暴走による被害者と加害者が直接、対峙することは実はあまり勧められていない。
故意ではないにせよ加害者となってしまった場合、被害者に対しては罪悪の気持ちから強くは出られないもの。
その罪悪感に付け込んでいつまでも脅す奴、強請る奴がたまにいるので基本的には第三者を介してのやり取りしか出来ないようになっている。
もしくは片方の面会希望を受け入れるか、双方が面会を希望するかすれば公平な第三者立ち合いのもと対峙が可能となるのだが。
プルーストが会えたことを考えるとソフィー自身が面会の希望を受け入れたということだろうか。
現在、奇跡持ちとして国の保護を受けているソフィーのことだ。
賠償金は国が代わりに負担するだろうしソフィーにとっては嫌な出来事の最中にいた生徒会の役員など、もう顔も合わせたくないものと考えていたがどうやらそうでもないらしい。
「それで、ここに来た理由だけど」
「あら、お見舞いじゃないの?」
私の疑問にプルーストは「それもあるよ」と付け加えた。
「それもあるけど、それとは別にもう一つ。これは君にとっても有用な情報だと思うけど」
私に有用な情報?復帰直後のプルーストが持ってこれるような情報とは一体なんだろうか。
「実はソフィー嬢に治してもらう際に少し交換条件を出されてね」
「交換条件?」
「実際はそこまで大したものじゃないよ。僕を治すのは快く引き受けてくれたし、その代わりにお願いごとを一つ聞いてくれないかと言われたんだ」
そのお願いとやらが私にとって有用な情報なのだろうか。
「実はソフィー嬢が君に面会希望の手紙を何度も送っているのは知ってた?」
「…知らないわ。そんな手紙が届いてるなんて、一度も聞いてないし見てもない」
それは思ってもみない情報だった。
私宛の手紙であればグレタが必ず届けてくれるはずだ。
グレタにはどんな手紙であれ一度は私に見せるように言ってある。そのうえで私が判断して見るものと見ないものに自分で仕分けているのだが。
まぁ父以外から手紙が送られてくること自体がもとは少ないのだけれど。
ここ最近はお見舞いの手紙も多かったので必然、渡される手紙の数も多かったのだがその中にソフィーからのものはなかった。
「やっぱり本人にまでは渡ってないか。今、マルティネス侯爵がいらっしゃるんだよね?」
「えぇ。…そうね」
プルーストの添えられた言葉になんとなく、何が起こっているのかを察した。
つまりは現在、私に直接渡されるはずの手紙を一旦父を通してから私に渡しているな。
これはたぶん、父の命令だ。グレタは私に仕えてくれてはいるが父が雇い主であり主人であることは揺らがない。
グレタは父の命令に逆らわないだろうし、グレタの性分を考えればもし父からの命令がなければ勝手に処分するようなことはせず渋々ながらも私に届けてくれていることだろう。
あぁそうだったか。それは…届かないはずだ。
「その様子だと僕の推測は当たりかな?まぁ君を連れてきてほしいとお願いされたわけでもないし、出来ることなら直接謝罪したいって言ってたよ」
「そう、謝罪を…」
「うん。だから後は君次第だ」
会うも会わないも私次第か。
てっきり私は嫌われているものだから、ソフィーから面会希望が出されているとは思いもしていなかった。
例え私が面会の希望を出したとしても彼女には絶対に断られると思っていたものだから、でもそうではなかったみたいだ。
これを逃せばもうチャンスはないかもしれない。せっかく相手が会いたいと願ってくれていて私も話がしたいと思っているのなら、答えは一つだ。
「ありがとう。後は私が自分で何とかするわ」
プルーストは私の返答には特に答えずいつも通りの愛想笑いを浮かべた。
確かにこの話は、グレタか特に父がいては出来なかったかもしれない。
プルーストとの話が終わって一段落ついたところで、さっきから茶菓子をハムスターのように少しずつ食べ進めているイリーナの2日前とはまた違う珍しく不機嫌そうな様子に目を向けた。
「ところで、イリーナはまたどうかしたのかしら?」
「それなんだけど…直ぐにお見舞いに来てくれた時に随分と落ち込ませちゃったみたいだから、この通り急いで治したことは言ったよね?」
「聞いたわねぇ」
「それで今日学園に行って報告したら祝ってはくれたんだけど、なんだかこんな感じで…」
「何でだか分かる?」とプルーストは困ったように笑って首を傾げた。
これは別に誰も悪くはないのだが…イリーナはつい2日前、私のアドバイスを受けて自分なりにプルーストに何かしようと決意を固めたところだった。
対してプルーストがイリーナのことを思い怪我を治したのが昨日。
そして今日、プルーストが登校してきてイリーナは元気になったことを知り結局何かをする前に物語は急展開で結末を迎えたといったところか。
哀れ、イリーナの決意よさらば。
素直に喜びたいのでとりあえず祝いはしたが釈然としない気持ちが自分の中に渦巻いているのだろうなぁ。
ということは、あれは不機嫌というよりも複雑な心境の顔だったか。
「それと今日1日、僕の傍にいてくれることが多かったんだけど…これも、なんでだか分かる?」
「あぁ、うん。しばらくすれば落ち着くと思うから、少し我慢してあげて」
「そう?僕は大丈夫だけど」
なんというかあまりにも早すぎたんだよなぁ。主にプルーストの行動が。
「イリーナ」
「うぅ、ラフィちゃーん!」
とりあえず私たちの話が終わるまでは大人しく待っていてくれたらしい。
ごくんとお菓子を飲み込んで立ち上がるとイリーナは私の胸に駆け込んできた。
「うんうん。そういうこともあるよ…でも、イリーナがやろうと思ったことはプルーストが元気だと出来ないこと?」
「ううん…そんなことない、と思う…」
「だったら大丈夫だよ。プルーストが元気な分、思いっきりぶつけても大丈夫だし!」
「え、僕何かぶつけられるの?」
大丈夫、大丈夫。たぶんイリーナの考えてることに物理的なことは含まれてないから。
「そうだね…そうだよね!うん、ジャコブくんごめんね!それとわたしのこと、頼ってね!なんでもするから!」
「うん?うん、今でも十分だけど」
「今以上に!」
イリーナはそう宣言して満面の笑みを浮かべた。
イリーナ頑張れ!私は応援してるぞ!
2人が帰って少し後に外に出ていた父が帰って来た。
そのころには丁度、夕食時だったのでダイニングに集まり親子二人で食事をいただく。
父はここで過ごしている間、夕食だけは必ず私と一緒に取るようにしてくれていた。
その後は一緒に過ごすこともあれば忙しさ故に部屋に籠ることも、はたまた外に出ていくこともあるので正直ここ以外では父に逃げられるかはぐらかされると考えている。
さて、お父様から全てを話してもらおうと心に決めて私は一旦食事の手を止めた。




