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自室に戻って一人になるとやはり、あの応接室でのことを思い出してしまう。

あの時、私が落ちると自覚する前に見た光景。

あれは気のせいでもなんでもなく、間違いなく私自身が見た光景だ。

先輩方には何の問題もなさそうだったが、イリーナとプルーストが重なるように倒れていたのを私は見て覚えている。

2人は大丈夫なのだろうか…。

それにマルクル先輩のことも随分と驚かせてしまったみたいだし。

人間誰しも、今にも落ちそうになっている知り合いを見たら驚くと思う。

あと私の意識が途切れそうになっている時に見た上から降りて来る影の正体だが、私の見間違いでなければマルクル先輩の影のように見えた。

自分の意思で落ちてきているわけだし魔法でどうとでも対処は出来ることは分かっているが、やはり危ないのでやめた方がいいと思う。

まぁ私のことを心配してくれただろうことは分かっているので後日、しっかりとお礼はしておこう。

他に気になることと言えば、誰が私を助けてくれたのか。

助けられたのは確かなのだが一体誰に助けられたのかは、いまだ不明のままだった。

候補としてはマルクル先輩か教師か、はたまた他の誰かか…。

まさか猫が助けてくれたなんてことあるわけないよ、あっはっは!

猫にも後日、いつもより豪華なお土産持参でお礼しにいっておこうかな。

また学園へ行ったときにでも候補で上げた人たちには話を聞いておかないと。

さて、学園に行かない間は自分で少しでも勉強をしておいた方がいいだろう。

勉強道具を机に広げて「さぁやるぞ!」と万年筆を持ったまでは良かったのだが、頭の片隅ではやはり違うことばかりを考えてしまっていた。

ソフィーは今、何処にいるだろうか?

学院に保護されているか、それとも別の場所か…。

彼女の在処が分かれば自分から会いに行けるのだけれど…と、考えて絶対に父とグレタに阻止されるだろうことは予想できたのでまずはそれを搔い潜る方法でも考えた方がいいかもしれない。

いっそのこと、相手の方から会いにきてくれれば楽なのになぁ。

違うことを考えてばかりでちっとも進まない様子の勉強に息を吐いて万年筆を置いた。

だめだ、進まない。やっぱり勉強は夜にしよう。

良くも悪くも、そのタイミングで部屋の扉がノックされた。昼にはまだ早いと思うけれど?


「お嬢様、今よろしいでしょうか?」

「グレタ?どうかした?」

「昨夜お伝えさせていただきましたが、絨毯の方を取り返させていただきたく伺いに参りました」

「そうだったわね…。そうだわ!」


勢いよく席を立って中から扉を開ければ、前に立っていたグレタと目が合う。


「丁度いいわ!絨毯の色を変えましょう!」

「はい、畏まりました。直ぐに業者を手配いたしますので、昼過ぎにはご到着なさるかと」

「急でごめんなさいね。ありがとう」


私の急な提案にも関わらずグレタは動揺を見せず直ぐに動いてくれた。

一人だとうやむやと、何かを考えてしまって何も手に付きそうにない。

心機一転するのに絨毯を変えるのは丁度いいのではないだろうか。


昼を食べ終えたころ、グレタが言っていた通りに業者がやって来ていろいろと絨毯を紹介される。

いろんな色や模様から悩みながらどれか一つを選べば、時間もそこそこに過ぎていった。

結局、前とあまり変わらない色を選んでしまったけれど…模様が違うから!模様が!少しだけ!

選んだ絨毯は直ぐにでも手配できるということで明日にはもう取り替えることが出来るそうだ。

その日を楽しみに待つことにしよう。

更に午後になるとイリーナとリュドミラ先輩が訪ねてきてくれた。

わざわざ手土産を持って訪ねてきてくれたらしくイリーナからは可愛らしい花束を、リュドミラ先輩からはお茶菓子をいただいた。

グレタに手土産を任せて、私が2人を客間へと案内する。

先に2人を座らせてから私もその向かいに座れば、先ほどからそわそわと落ち着きない様子のイリーナが口火を切った。


「怪我は?だいじょうぶ?」

「大丈夫よ。心配してくれてありがとう」


よほど気にしてくれていたのか私の言葉に一先ず安堵を見せたイリーナだが、まだどこか元気がない様子に私は小さく首を傾げた。


「まさか落ちちゃうなんて、災難だったわねぇ。完治まではお休みをいただくのかしらぁ?」

「次の休み明け、5の暦には戻ると思います。怪我自体は大したことないんですけど今、父が来てまして」

「あらぁ、マルティネス侯爵が?ご挨拶差し上げた方がよろしいかしらぁ?」

「いえ、大丈夫です。午前のうちに外へ行ってしまったので」


そこでグレタがお茶を用意して入って来た。

お茶菓子の中にはリュドミラ先輩からの手土産も混ざっていて、有名店のビスケットに目を輝かせた。

早速ビスケットを一枚手に取りさくりと一口、甘さ控えめのサクサク生地が素朴で美味しい!

リュドミラ先輩の持ってきてくれたビスケットは十分に美味しいものなのだけれど…。

サクサクと味わいながらも、さっきから気になっているイリーナのことを横目で見やる。

イリーナはここに来た時から笑顔がなく、今も心ここにあらずといった感じでお茶を啜っていた。


「あの、イリーナはどうかしたんですか?」


なんとなく本人には直接、聞きづらくてこそこそと声を潜めてリュドミラ先輩に訳を尋ねる。

まぁイリーナとリュドミラ先輩は隣り合って座っているので声を潜めたところで聞こえる距離なのだが、当の本人は上の空で私の言葉に特に反応を示すことはなかった。

リュドミラ先輩は頬に掌を当てて、眉を八の字に下げる。


「それがねぇ、私たちの後ろは壁になっていたでしょう?私はエヴに守ってもらったから何ともなかったのだけれど、プルーストはイリーナを庇って…」

「庇って?」

「イリーナが壁に打ち付けられないように自分が間に入ったのよ。それで精いっぱいだったらしくて、そのままイリーナごと強く壁に当たっちゃったのよぉ」

「あらー」


だからあの時、二人重なって倒れているのが見えたのか。


「それで、プルーストの当たり所が少し悪かったらしくて…」

「らしくて?」

「骨をやっちゃったみたいなのよねぇ」

「骨を…」


折れたのか!折れちゃったのか?!

気にはなるがイリーナの傍でこれを聞いていいものか迷っている私の葛藤を察っしてくれたらしいリュドミラ先輩は緩く笑みを浮かべた。


「折れてはいないわよぉ。ただヒビが入ってるらしくて、完治までには結構な時間がかかるらしいの。結果的には貴方よりも大怪我を負ってしまった形にはなるわねぇ」


なるほど。イリーナの元気がない理由が分かった。

プルーストが骨にヒビを入れるほどの怪我を負ってしまったのは自分のせいだと思っているのだろう。

うーん…確かに庇ってもらった相手が怪我をしたとなると、気にしてしまうのは仕方がないか。

ただこういう場合、庇った本人というのは相手にそんなことで落ち込んでほしいとも気負ってほしいとも思っていないのが大半じゃないだろうか?

少なくともプルーストは、その類の人間であることは同じ生徒会役員として私は知っている。

ただそれをイリーナに伝えたところで納得いくかどうかは、また別の話だろう。


「イリーナ」


静かに名前を呼べば、ぴくっと反応があってからゆっくりと私に視線を合わせる。

その表情にはいつもの弾けるような笑顔はなく、それがなんだか寂しかった。


「プルーストには、もう会ってきたの?」

「…うん」


私の問いかけにイリーナは視線を下げる。


「何か言われた?」

「何も…わたしのせいじゃないよって、言ってくれて…」


そこでイリーナは少し耐えるようにぐっと口を噤んだ。


「他には?イリーナになにか言ってなかった?」

「元気出してほしいって…」


そこまで言うと耐えきれなかったらしい涙が目の端から一粒零れた。

一度決壊したものは止められるはずもなく、次々に流れる涙に隣に座るリュドミラ先輩がハンカチを取り出して柔く吸い取る。


「わたしが何かしてあげなきゃなのに、ジャコブくん優しくしてくれたの。でも、わたしに出来ること何もなくて」


それを言ったきり、イリーナはしゃくりをあげて泣き始めてしまった。

イリーナがプルーストに出来ることかぁ。

例えばイリーナの家から治療費が出ていたとしてもそれは両親が出してくれたものであって、厳密にはイリーナ個人が何か出来ているということには彼女の中ではならないのだろう。

それで納得がいっているのなら今ここまで悩んでいることもないはずだ。

怪我が治るまで甲斐甲斐しく通い詰めることも出来るけれど彼女自身、迷惑になるだろうと分かっているからそれも出来ない。

考えても考えても何を返してあげられるのかが分からなくて、自分には何も出来ないとイリーナは思っているようだけれど何も出来ないなんてことはないと私には断言できる。

プルーストの願っていることなんてプルースト自身がもう言っているではないか。

でもそれを本人に言ったところで伝わらないものなのだろうなぁ。こういう大事なことって、どうして本人ばかり気づくことが難しいんだろう。

でも私もイリーナに元気を出してほしいのは同じ気持ちだ。

席を立ってイリーナの傍に移動すれば優しくイリーナの手を取った。


「イリーナ、何も出来ないなんてことないよ。イリーナに出来ること必ずあるから」

「…でも」

「大丈夫!だから、イリーナはイリーナが納得するまでプルーストの傍にいればいいと思うの」

「迷惑に、ならないかな?」

「プルーストだったら大丈夫。気にするのなら手紙でも贈り物でもなんでもいいの。イリーナが納得できるまで何かやってみよう」


これでイリーナの悩みが解決するかどうかは分からないが、私の言葉に何か光明を見出したらしいイリーナは私が取っていた手でぎゅっと握り返してくれた。


「…うん、ありがとう」


僅かだが笑ってくれたので、良かった。


「でもごめんね。わたしお見舞いに来たのに、ラフィちゃんに慰められちゃった」

「いいのよ。私の怪我なんて本当に大したことないんだから」

「ううん。怪我が大したことなくてもラフィちゃんの方が大変だったんだから…わたし頑張るよ!」


よかった、よかった。前を向いてくれるのならば、もう心配せずとも大丈夫だろう。

でも、そうか。プルーストも動けない状態となると私、もしかしてお父様の誘惑に負けている場合ではないのでは?

話しているうちに、もう二人とも帰らなければならない頃合いになっていた。

二人を見送りに玄関まで来てからリュドミラ先輩に「クラウスには元気そうだって伝えておくわねぇ」と言われ、私は少し気になっていることを聞いてみる。


「あの、マルクル先輩ってその…元気ですか?」

「あらぁ、うふふっ。貴方よりは、はるかに元気よぉ」


うぐぅ!そういうことを聞きたかったわけではないのに!

とても驚かせてしまったのは分かっているし、もしかしたらトラウマ的な何かになってたらとか気にしてなくもないけれど先輩がそんなこと気にするわけもないか…。

よし、先輩のことを気にするのはやめよう。本人に直接聞いた方が早い!


「やっぱり私も早く戻れるようにしますね。二人も欠けてたら業務も大変でしょうし」

「いいのよぉ。気にしなくて。それこそ元気なクラウスがどうとでもするわぁ」


まぁ実際、何とかするのだろうが…。


「そうだよ!わたしもいーっぱい頑張っちゃうからラフィちゃんが休んでも大丈夫!」

「そう?でも、私はこの通り元気だし…」

「貴方が早くに来てしまってはマルティネス侯爵に悪いわぁ。こっちは大丈夫だからしっかり休んでまた元気な姿を見せて頂戴」


二人にここまで言われてしまっては、これを断るのも悪い気がしてくる。

悩みはしたが二人に「それじゃ、よろしくお願いします」と眉を下げて頼ることにした。

私が復帰した暁には、いろいろと頑張らせて頂こう。


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