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ぽつぽつと思い出される前世の記憶が今の私に何か影響を及ぼしたことはない。

というのも、私の思い出す前世の記憶がどれも他愛のない日常に寄りすぎているうえに断片的で何の役にも立たないからである。

前世の自分が部屋の中でスマホ見ながらゴロゴロとしているだけなのを、何かの役に立てられるというのなら誰か教えてほしいくらいだ。

そんなわけで今の私の暮らしぶりが前世のおかげで今以上に快適になることはなく、前世の知識を生かせるほどに何かノウハウがあるわけでもないので今の私は私のままだった。

ただ今回、思い出した“乙女ゲーム”の記憶。これが本当に関係があるのかは分からない。

私の気にしすぎだと言われればそれまでかもしれないが、どうしてもマルクル先輩から得たソフィーの証言と重ねざるを得ないのだ。

ソフィーの夢の中では少なくともマルクル先輩と瓜二つの人物が出てきてお付き合いを経て、結婚する未来を見ている。

私が見ている前世の記憶の中に今、周りにいる人物と瓜二つな人が出たことはない。

けれど、もし私もそんな記憶を見たとしたら。例えばさっきみた乙女ゲームの紹介画面の中に瓜二つな人物を見つけて現実でもその人を見つけたとしたら?

もしかしたら、ここは乙女ゲームの世界なのではないかと疑ってしまうかもしれない。

これが、私が起き抜けからグレタに部屋の扉をノックされるまで考えに考え抜いた結論だった。

この結論に沿って考えてみると、ソフィーはこの世界を乙女ゲームの世界だと考えているのではないだろうかと思う。

あるいは、もしかしたら本当にソフィーの見ている夢と同じ乙女ゲームの世界なのかもしれない。

真実の程がどちらにあるかは考えても分からないだろうが、私はこうも考えたのだ。

一度ソフィーとちゃんと話をしなければならないのではないか、と。

そうすればきっと彼女が私を嫌う理由も、彼女の夢が私のように前世に関わるものなのかもその全てが分かるはず。

今回、思い出した前世の記憶は私にそう考えさせるに十分な記憶だった。


ただ、そんな機会は訪れないまま時は過ぎゆく。

話さなければとは思いつつも今までのこともあり私はどうしてもソフィーのことを避けてしまうし、ソフィーは相変わらず私よりもマルクル先輩を優先して行動するので関わる機会事態が失われている。

きっとこのまま彼女のことを知れないままで別れることになるのだろう。

「それでいいの?」と自分に問いかける私もいるが、じゃあどうすればいいのかが一番分からないままソフィーの転校の日を迎えてしまった。


朝からそわそわとした気分が続いている。

それが期待なのか不安なのかは分からないがグレタに「お嬢様?やはり先日からご体調が優れないのではないですか?」とかなりの心配をかけてしまった。

そう言われてからは意識して落ち着くように自分で気を付けた。

長かったような短かったような、これまでの日々に思いを馳せるのは全てが終わった後にしよう。

今日は朝から生徒会室の方に顔を出すことになっていた。

実際に学院からの迎えが来るのはもう少し後を予定しているのだがそれまでにもう一度、諸々の最終確認を行っておこうとなりこうなっている。

ついでに今日の分の雑務を終わらせてしまって今日は放課後には直ぐに帰れるようにとの打算的な考えもあった。

そんなわけでいつも通りに朝早く来てしまえば、どうせまだ誰も来てないだろと一応ドアノブを捻ってみればあっさりと開いてしまったドアに私は口を開けた。

開いたものは仕方がない。開いてしまった扉におざなりにノックをしてから、今度はしっかりと開けると中にはマルクル先輩が一人座っていた。


「順序が逆じゃないか?」

「先輩、早すぎません?」


同時に問いかけるものだから二人して無言が続いてしまった。


「まぁ逆だったのは認めます。で、先輩はいつもこんなに早いんですか?」

「いや、いつもはここまで早くはないな」


先輩は机の上に置かれていた紙を半分に折ると引き出しの中にしまう。

なんだかんだと先輩が忙しそうなのは、この件が終わっても変わらなさそうだな。


「じゃあなんで今日に限って?」

「野暮用だ」

「野暮用、ですか…」


こんなに早く来る必要がある野暮用とは…。

気にはなったがこれは聞いても教えてくれなさそうだし、そこまで気になるというほどでもないので潔く諦める。


「そうだ、先輩。おはようございます」

「あぁ、おはよう」


朝の挨拶も済ませたので皆が来るまで本でも読んで暇を潰しても良かったのだが、なんだかマルクル先輩が雑談に付き合ってくれそうな気配があったので有難く付き合ってもらうことにする。

話しているうちに他の役員たちも続々と集まって来て一時間目の鐘が鳴るころには、しっかりと全員が揃っていた。

始めに最終確認を行ったが大した時間を取ることもなく直ぐに終わってしまった。

残りは予定の時間が来るまで自由で構わないということになったので、業務をそこそこに片付けつつその時が来るまで待つこととなった。


2時間目終わりの鐘が鳴った頃。

窓の方からコンコンッと軽い音がして目を向けると白い鳥が一羽止まっているのが見えた。

それ以上、特に何をするでもなく羽ばたいていく鳥に何だったのかを疑問に思う前にマルクル先輩が手を叩いて皆の注目を集めたので鳥のことはすっかり彼方へと追いやられてしまった。


「そろそろ予定の時間だ。行動を開始しよう」


まだ少し本来の予定よりも早いような気もしたが誰からも異議が出ることはなかった。

私は先に生徒会室を出ると途中で職員室に寄って事情を把握している教師の一人を頼った。

その教師と正門の方まで向かい、少し待つことになるだろうかと思いきや直ぐに馬に乗った誰かが走ってくるのが見えて驚いた。

徐々にスピードを落として私たちの前に綺麗に止まると、難なく馬から降りて来る。


「お出迎えありがとうございます。本日はどうぞよろしくお願いします」


きっちりと頭を下げた騎士様は、上げた顔に快活な印象を受ける笑みを浮かべていた。


「お待ちしておりました。こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ」


護衛も兼ねて学院の方と騎士が一緒に来ることは書かれていたので何も不思議はない。

さすがに甲冑までは着ていないが、腰にしっかりと帯剣されているのでいざという時は使うんだろうなぁ。


「行程の方は順調に進んでおります。少し早い到着になりそうだったので、そのことを伝えるために私が先に遣わされました」

「まぁ、そうでしたの。ありがとうございます」


騎士様の説明ではあと15分ほど後に本隊が到着するそうだ。

一旦、教師にその場を任せることにして私はこの騎士様を待機部屋まで案内することにした。


「ここで暫くお待ちくださいませ」


そう言って私は一度、部屋を出ると生徒会室に向かって歩を進める。

その途中でプルーストがこちらに向かってきているのを見つけ、プルーストの方も私のことを見つけたらしいのでその場で足を止めた。


「もう揃ってる?」

「あと15分ほどだって。そっちはどう?」


私の問いかけにプルーストは小さく肩を竦めた。


「まだ何とも。今、マルクル先輩が呼びに行って応接室についてる頃合いじゃないかな?」

「そう…。彼女、話を聞いてくれると思う?」


それこそ分からないとばかりに曖昧に笑うプルーストに、私も言葉にはせずとも同意して曖昧に笑い返した。

本隊が到着してから5分後には連れていくことにして、今から20分の間になんとか事前説明だけでも済ませておけたら僥倖だろう。

実際に学院からの使者が来て説明を受けてみないことには実感が湧かないかもしれないし。

正直それまでは話を聞いてくれない可能性の方が大きいと私は考えている。

プルーストと軽い打ち合わせを終えると私はまた待機部屋の方に戻って騎士様のおもてなしに尽力した。

なかなかに紳士な方で現在、結婚間近の彼女がいらっしゃることが話していて分かった。何かのフラグか?

そのうちに教師に連れられて学院の方1名と騎士がさら4名、増えることとなった。

教師に礼を述べ、もう戻っても大丈夫な旨を伝えれば「後はよろしくお願いします」と言葉を残し職員室に戻っていく。

先遣の彼と合わせて騎士の数が計5名と多いような気もしたが、奇跡持ちは国の保護対象であることを思い出して妥当な数字かと思い直した。

5分後には全員をお連れすることを伝えれば「分かりました」と直ぐに了承を得られる。

少しの休憩の後、そろそろだろうと声を上げた。


「お時間となりましたので、応接室の方へお連れ致します」


本隊が到着した頃には既に3時間目に入っておりまだ授業中なこともあって廊下は人通りがなく静かなものだった。

そんな中を私の後に続いてぞろぞろと着いてくる男たち。

これで人目があろうものなら大変に目立つ集団ではあるが、もとからマルクル先輩の案で授業中にかち合うように予定されていたので問題ない。

生徒会室までひたすらに階段を上っていく。

さて、この20分の間にソフィーには「貴方の転校が決定しました」と説明され、さらに「既に迎えの方がここに来ています」とまで言われ逃げ道を無くされているわけだが。

考えるだに、恐ろしい。何をすればそんな事態に陥るのか。

まぁ理由として表向きは彼女が奇跡持ちであったことが挙げられるだろうが、裏には彼女を明確に排斥しようという意図があってこうなっている。

誰かにとって彼女が邪魔な存在だったというだけ。

その誰かの中には当然、私も入っていて彼女を憐れむ権利さえ有してはいないのだから何も考えずに彼女の行く末を見守る方が楽だろう。

ただ、どんな関りであったにせよ私の知っている人物が居なくなるということにいまだ怖気のようなものを感じてしまうのだ。

一生慣れたいとは思わないこの気持ちに蓋をして、これから私は彼女に引導を渡しに行く。

きっと私は酷くソフィーに恨まれることだろう。


漏れ出そうになるため息を何度も飲み込み、ようやく辿り着いた応接室の扉にノックをする。

中からアクションがあるまで粛々と待っていると、中から扉が開けられリュドミラ先輩が顔を見せた。

いつも通りの穏やかな笑みを浮かべているリュドミラ先輩に人知れず安堵を覚える。

全開にされた扉からは中の様子がよく見えた。

応接室ということもあり、中央に机が一つ。それを挟むように黒い革張りのソファが配置されている。

向かい合って座っているのはマルクル先輩とソフィーの二人だ。

他の皆はソフィーの向かい、マルクル先輩のソファの後ろに立っていた。

リュドミラ先輩ももといた場所に戻っていっている。


「お連れしました」


私はマルクル先輩にそれだけ言うと後を任せた。

ソフィーが痛いほどに私のことを睨んでいるのが、彼女の方を見なくともよく分かる。

彼女にとって学院の使者を引き連れて入って来た今の私はどう見えているのか。死神か、はたまた別の何かか…。

そんな彼女の視線には反応しないようにして私は他の皆と同じようにマルクル先輩の背後には回らず敢えてソフィーの背後に回った。

彼女がわざわざ振り向かなければ視界に入ることのない位置だ

さらには距離も空けておきたかったので扉の真反対、窓際の方に寄っておいた。

これが私の考えた彼女を最低限、刺激しない位置取りだ。

マルクル先輩が学院の方を自分の隣のソファに案内すると騎士の2人が学院の方を守るように、残った3人はソフィーの背後に陣取った。

これで包囲網の完成だ。

ソフィーはもう私のことを睨んではおらず縋るような眼差しでマルクル先輩を見つめている。

それに相対するマルクル先輩の顔には彼女に散々向けられていたであろう微笑はなく、どこか冷めた表情でソフィーのことを見返していた。


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