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マルクル先輩と出掛けた日から、さらに日を跨ぎ今日は学園への登校日だ。
休み明けなこともあって不調ということもなく、問題なく学園に行けるのだが気分だけがあの日のもやもやとした気持ちを引きずったままだった。
こんなことで休むのも馬鹿らしいので、今の気持ちを振り切るように勢いよくベッドから起き上がってみる。
まぁそんなことで振り切れていればここまで引きずってなんかいないわけで。
今日も今日とて早朝の散歩をそこそこで切り上げて教室に戻る。
猫のところへは土産を持ってしか行かない縛りの関係で頻繁にも行かないようにしていた。
食うに困っているようには見えないし、クッキーばかり食べさせるのもどうかと思うしね。
教室に戻り既に登校して席に座っているクラスメイトに「御機嫌よう」と挨拶をすれば同じように挨拶を返してくれた。
こうして普段あまり喋ることのない子たちとこんな風に挨拶を交わせる仲になったのだけは、散歩するようになってから少し嬉しいことかもしれない。
自分の席に座ると鞄から本を取り出して静かに読み始めた。
また一人、二人と登校してくる中に私の友人たちが混ざってくると本を閉じて雑談に花を咲かせる。
毎朝のことではあるが、これもひとえに淑女の交流の場にあたるので簡単に無下には出来ないのだ。
彼女たちの噂話を表面上ニコニコと聞いていれば、開けられた教室の扉からいつもより早くソフィーが入って来てクラス皆の注目を集めた。
珍しいこともあるものだと、私も周りの友人たちの隙間から彼女をこっそりと窺う。
ソフィーは真っ直ぐに自分の席に向かうかと思いきや入ったところで振り返るとぺこりと小さく頭を下げた。
「クラウス様。ここまで送っていただきありがとうございます!」
なんとマルクル先輩と登校を共にしてきたらしい。
私の周りが一気に黒いオーラに包まれた気がする。怖い!
「いや、こっちに用があっただけだ。気にしないでくれ」
「私、今とっても嬉しいんですよ!また休み時間に会いに行きますね!」
ソフィーはまだ喋りたそうにしていたが先輩はそこそこで切り上げて教室から離れていったらしい。
るんるん気分のソフィーはスキップで自分の席まで近づいていく。それに合わせて動く黒いオーラの中心には私がいることをどうか忘れないでほしい。
彼女から目を逸らすと終始、姿の見えなかった先輩にあの日あの後に何があったのかを聞いてみたい気もしたが先輩に直接聞く機会はこれからもないだろう
いつもより長く刺すような視線と呪詛を浴びても変わらず元気そうなソフィーはやはりある意味で大物だ。
朝に聞いていた通りソフィーは休み時間に入る度に教室を出ていくのでなんだか忙しそうに見えた。
放課後までもそんな調子だもんで、彼女疲れたりしないのだろうか?
私はといえば生徒会室に行き出掛けた日に頼まれたことを役員全員に伝えると、案の定アンドリ先輩は「なにそれ、聞いてないんだけどー!」とここにはいないマルクル先輩に対して不満を漏らしていた。
「明日、詳しく聞いやろーっと。それにしてもー…」
そこでアンドリ先輩はニヤニヤと笑って私を見るので私は首を傾げた。
今のどこにそんなに笑うところが?
「クラウスと出掛けたんだねー。楽しかったー?」
「まぁ、概ねは」
本当に概ねは、って感じだ。
わざわざ詳細まで語って聞かせるようなものでもないのでソフィーのことも伏せておく。
「いいな!わたしとも一緒にお出掛けしようね!」
マルクル先輩と一緒に出掛けた私を羨むのではなく先輩の方を羨んでくれるイリーナに両手を広げると、意図を察したイリーナが椅子から立ち上がって私の方に飛び込んできた。
「大歓迎だよ!イリーナ!絶対に遊びに行こうね!」
「うん!絶対!」
「あらあら、私は仲間外れかしらぁ?」
この私がリュドミラお姉様を仲間外れになんてするわけないじゃないですか!
誘われないとは微塵も思っていないだろうリュドミラ先輩の言葉に落胆はなく、少し悪戯めいて聞こえたが私は力強くリュドミラお姉様も誘った。
「勿論、リュドミラお姉様もぜひ!」
「うふふっ、嬉しいわぁ」
いつにしようか、どこに行こうかと話が盛り上がって業務の手が止まってしまっていた私たちを注意するでもなく男二人はコソコソと業務を進めてくれていた。
「リューダが楽しそうならそれでいいんだー、俺は…」
「混ぜてもらってはどうですか?」
「お前…あの場に混ざれる?」
「僕は遠慮します」
朝は必ずマルクル先輩と登校し休み時間の度にソフィーは教室を出て行き放課後になれば下校を共にする。
24時間、一緒と言う訳ではないが相手を出来る限り最大限優先した生活とはどんなものだろうか?
ソフィーもあそこまで通い詰めていると、いっそ健気と言えるのではないだろうかと一瞬考えたが多分違うと思うので考えを改めた。
これが好き合っている者同士であれば、ラブラブだなぁとかで片付くのだが…。
マルクル先輩に関してはおそらくソフィーに対して好意的な感情を持っているかどうかすら怪しいというのが現実だ。
ただここまで二人一緒にいる場面を全学年が見かけていると、いろんな噂が出回るわけで。
その中に私と先輩が出掛けた日の噂もあった。
珍しく気になる話題に普段、聞き流している私ではあるが耳を傾けざるを得なかった。
「先週のお休みにあの売女とマルクル様が二人でいらっしゃっるところをお見かけした方がいたそうよ」
「それ本当に?」
「何でも仲睦まじげに並んで歩いてらしたそうで…」
「マルクル様もどうしてあんな女と!」
「私は、その前に違う女性を連れてらっしゃるのを見たと聞いたけれど」
あ、最後のは掘り下げなくていいですよ。
こんな事態も想定していたので変装した甲斐があったというもの。
あの日出掛けた場所が学園に近い場所ということもあり、休みとくれば同じ学園に通うものの目があるのは必然とも言えるので見られていても何ら不思議はない。
無論ソフィーのことも想定はしていたが、まさか本当に出くわすことになろうとは…。
それにしても、今の話だけ聞くとマルクル先輩ちょっとろくでもない奴みたいだなぁ。午前と午後で違う女の子を引き連れてることになってる…。
まぁ実情なんて大体、当人しか知りえないものだし先輩もわざわざ訂正はしないだろう。
とはいえ先輩の評判なんて私としてはどうでもいい。
それよりも気になるのは私が去った後、ソフィーとマルクル先輩に何があったのかだ。
盛り上がる彼女たちの話題は二転三転、どれも伝聞系の噂にその後の真実がどれであるのかは定かになることはなかった。
そのあとも想像なのかどうなのか勝手に盛り上がって「イヤーッ!」と悲鳴を上げる彼女たちを、私は張り付けた微笑で眺めていた。
勝手な想像で引くのはどうかと思うよ。
そんな日々が3日と過ぎたある一時間目の終わり。
「プルースト様がお呼びですわ」
珍しい人からの呼び出しに内心驚いていたが、表面上は穏やかに微笑んで「ありがとうございます」と伝言してくれたご令嬢に礼を言って席を立った。
廊下に出ればプルーストが窓際に寄って私のことを待っていた。
「プルースト様、御機嫌よう。私になに御用でしょうか?」
「ん?あぁ…少し離れようか」
周りを見渡したあとプルーストは眉根を下げて笑うと、階段の方を指差した。
誘われるがままに一つ階段を上り踊り場に出れば私たち以外の人とは、そこそこ距離が離れる。
これであれば気にしなくともいいだろうと被っていた猫を外した。
「それで、何かあったの?」
「なんというか、久しぶりに君の畏まった口調を聞いた気がするよ」
「そうだっけ?まぁクラスも違うものね」
「うん。ちょっと違和感があってびっくりしちゃった」
あぁだから最初、少し反応が鈍かったのか。
でも驚いてくれるほどとは。
私の猫かぶりも日々上達しているということだろう。これは個人的には喜ばしいことである。
「ごめん、話逸れたね。それで用件なんだけど」
「うんうん」
「ソフィー嬢の一件で動きがあったから明日の午後、授業には出席せず生徒会室に集合だって」
なんと!それは朗報だ!
早める、と言ってはいたが具体的な日数までは知らされていなかったので気にはなっていたのだ。
それが役員を集めるというのだからこれは具体的な動きがあったとみていいだろう。
「そう、分かったわ!ありがとう!」
「いえいえ。じゃ、また放課後に」
先に戻っていくプルーストの背を見送りながら何かと沈みがちだった気持ちがわずかに浮上の兆しを見せる。
誰も通らないのをいいことに踊り場で気を抜いて暇を潰していると鐘の音が聞こえて、もうすぐ授業が始まることを私に知らせた。もう戻ろう。
階段を降りていき教室の扉を開けようとすれば、先に扉が開いて空ぶった手が空中にて静止する。
先に開けた不届きものは誰じゃ!とか理不尽なことを考えながら視界に制服しか映らなかったので、もう少し上かと視線を上げた。
先に開けたのはどうやらマルクル先輩だったらしい。
少し唖然としてしまっていたが鐘の余韻に先輩の教室が遠いことを思い出して慌てて道を空けた。
「すまない。ありがとう」
それだけ言うと先輩は颯爽と去っていく。
私も先輩の背が消えるまで見送ってから教室に入ると、何故かソフィーが扉の方を見ていたので危うく目が合いかけた。
いや、もしかしたら合っていたかも知れないが気のせいということにしておこう。そうしよう。
背中にひしひしと感じる視線の圧に、心の中で必死に「気のせい気のせい」と言い聞かせ自分の席に戻る。
直ぐに教師が来てこの圧からも解放されるかと思いきや授業中まで続くとは思ってもみなかった。
授業はちゃんと聞いた方がいいと思うな!
休み時間になったら、もしや話しかけられるのではと警戒もあったがソフィーの中で私よりもマルクル先輩の方が優先度が高いらしく授業が終わりようやく視線の圧から解放された。
私と先輩はすれ違っただけで会話すらしていないというのに、この反応。
これには私も頭を抱えることしか出来そうになかった。
結局あの視線の圧はあの時だけで放課後まで無事に乗り切れたので生徒会室に向かうことにする。
今は教室にいるよりも生徒会室にいる方がはるかに安全なので…。
鍵を使い扉を開けば私以外、まだ誰の姿もない生徒会室で自分の席に鞄を置いた。
そのまま自分の席に座る前に、なんとなくいつもマルクル先輩が座っている奥の席に座る。
生徒会役員の全員が見渡せる席。
長らく本来の主に使われていないであろう席は劣化した様子も何もないが、どことなく物寂しさを感じてしまうのが不思議だった。
会長職の椅子だからと特別製ということもなく、他の役員と変わらないものを使っているので座り心地も変わらないのだが…。
ただ見る景色が違うだけで何だか面白い。皆のことが見渡せるこの景色だけは少し羨ましい、かもしれない。
まぁ、私としては会長職だけは断固お断りさせていただく。
やっぱりこの席にお似合いなのは、私の中ではマルクル先輩だけなのだ。
立ち上がり自分の席に戻ると他の皆が来るまで本を読んで待つことにした。
そのうちに扉が開く音があって顔を上げれば、イリーナが入って来て元気のいい笑顔を浮かべた。
「お疲れ様!明日はマルクル先輩、来れるんだね!」
「そうみたい。イリーナ良かったわね」
「うん!ね、嬉しいね?」
イリーナは私に同意を求めるように無邪気に首を傾げている。
私は素直に答えたものかどうか迷ったが彼女の純なまなざしに負け少し照れながら小声で同意した。
「うん。嬉しい、かな」
「えへへ!うふふっ!」
喜ぶイリーナに対して私は羞恥に負けてほんのりと頬を熱くしていた。
今、ここにいるのが私とイリーナだけで良かった。
イリーナから少し顔を逸らし、ふと彼女の入って来た扉がまだ少し開いたままになっていることに気づいて声を上げた。
「あれ?イリーナ、扉が…」
言いかけてよくよく見てみると隙間からこちらを覗く目が見えて悲鳴を上げかけた。
扉の向こうの目も私と目が合ったことに気づいたのだろう離れていくと、しっかりと扉が開いてアンドリ先輩を先頭に残りの二人が姿を現した。
「そういやクラウス明日来るんだったねー。良かったねー」
「私の可愛い子たちが喜んでいるのなら、私も嬉しいわぁ」
「あ、僕は見てはいないよ?」
なんか盗み聞きされてる!何で!
確かに私はイリーナの言葉に同意はしたけれどあれは彼女に同意を求められたからであって嬉しくないわけではないけれど何というか…。
ていうか私は誰に言い訳しているのか!なんでこんなにも照れてるんだ!
どれも声にはならないまま赤い顔で、顔を伏せた私は先輩二人に微笑まし気に見つめられていた。
というかプルースト!見てないからって許されると思うなよっ!




