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生徒会の仕事は多岐にわたる。
主には生徒と教員間の執り成しや緩衝役を務めることが多いのだが催事に関する決定や予算のやりくりなど、やることはとにかく多い。
定期考査以外の生徒が関係しているほとんどの年間行事を生徒会が取り仕切っているといっても過言ではないだろう。
これは昔、貴族ばかりのこの学園で教員に従わない所謂、不良生徒が横行したせいである。
その抑止力として生徒会が設立され生徒・教員ともに認められた生徒だけが役員を名乗れる、とても名誉ある立場なのだ。
役員の選び方にも様々なルールがあるのだが、詳しくはいいだろう。
一つ上げるとすれば、『一年生から役員が選ばれることはない』とかがある。
生徒会は常に多忙を極める分、様々な特権を有しているので羨ましがられることも多いのだが私からしてみれば学生の身分から忙しく働かされているようで何とも言えない。
辞められるものならば辞めているのだが、そう簡単にいくような立場でもないのでせっせと生徒会業務に励んでいるわけだ。
会長にマルクル先輩。副会長にアンドリ先輩がいてあとは雑務となっている。
私たち二年生は生徒会に入ってから日は浅いものの、仕事は待ってはくれないのでやれることをやりながら徐々に学んでいっている状態だ。
今、進めている大きな案件としては3の暦の終わりごろにある新入生歓迎会の準備。
会場の確保は既に終わっているのであとは食事、演奏などスタッフの手配。セッティングなど諸々の準備を予算内に収まる様、少しずつ決定しているところ。
アンドリ先輩は無言での作業に飽きてきたのか手を動かしながらではあるが雑談を求めて口を開いた。
「そいやさー転校生の子、随分と可愛いらしいねー」
あぁ…アンドリ先輩がニコニコと笑って私を見ている。無視するわけにもいかず私も手は止めないままで雑談に応じることにした。
「そうですね。否定はしません」
「友達みんな、それで盛り上がっててさー。ホントなんだ」
うーん…アンドリ先輩も彼女の話を知らないはずないと思うのだけれど気を遣って避けているのだろうか?
「僕も聞きました。でも…」
雑談の輪にプルーストが入ってきたが、その先を言うべきかどうか悩んで言葉を止めるとその隙を見逃さずアンドリ先輩が躊躇うことなくその話題に踏み込んだ。
「彼女、どこの子なんだろうね?」
「エヴラール、下衆な勘繰りはよせ」
咄嗟にマルクル先輩が止めに入るが、それを気にした様子はなく変わらずニコニコと笑って話題を続けるアンドリ先輩はプルーストに同意を求めてすり寄った。
「ジャコブも気になってただろー」
「いえ、そこまでは…」
話を振られたプルーストはたまったものではないだろう。
真意はどうあったにせよ苦々しさが滲む微笑にもアンドリ先輩が構うことはなかった。
「クラウスはお堅いやつだから自制するのも分かるけど実際、気になるだろ」
「ダメよぉ、エヴ。女の子の秘密を探ったりしちゃ」
「えぇー、でもリューダに言われたんじゃ仕方ないかー」
うん。実はよくあるやり取りだったりする。
アンドリ先輩が先陣切って、それに二年が巻き込まれマルクル先輩が止めてくれるが効果なしで最終的にリュドミラ先輩がもう一度止めてやっと言うことを聞くのが日常になりつつある。
基本的にこの時、イリーナはあわあわとしているので彼女のほうを見れば癒されることが出来ます。
「んじゃ、ちょっち真面目な話するとさー」
真面目な話?私たち二年は思わず手を止めてアンドリ先輩に視線を集めるがマルクル先輩とリュドミラ先輩はまったく気にしている様子がない。
あれ、もしかしてこれも話半分に聞いたほうがいいやつですか?
「転校生ってドレス持ってるのかなー」
その言葉に私たち以外の二人もついに手を止めてアンドリ先輩に注目せざるを得なかった。
そういえば近々行われる予定の新入生歓迎会のドレスコードは正式なものと決まっている。今まで周りが貴族ばっかりだったのでドレスや燕尾服を持っているのが当たり前だったのだが、そういえば彼女は平民だ。
思わぬところで悩むべき議題にぶち当たり全員が手を止めて向き合うことにした。
「不参加、と言う訳にもいかんしな…」
「さすがにそれはかわいそうでしょ」
「彼女の保護者には頼れないでしょうし」
ソフィーの保護者とは平民の方の親のこと。もう片方は必ず貴族になるので判明していれば援助なりを期待できたかもしれないが頼れないもののことを考えても仕方がないだろう。
「あのね、誰か貸してあげたらいいんじゃないかな?わたし貸せるよ!」
「そうね。でもイリーナだと少し体格が合わないかなぁ」
イリーナの案は別に悪くない。イリーナ自身も積極的になって問題を解決しようとしてくれているのは大変ありがたいのだが、イリーナのドレスではソフィーには小さくて着られないだろう。
大きいものなら仕立て直しは簡単なのだが小さいものを大きく仕立て直すのは難しい。
残念がる彼女には仕方がないが今回は諦めてもらおう。
「でもそれが一番、現実的じゃないかな。問題は誰が貸すのかだけど…」
プルーストは言ってから私の方を見た。
もしかしてプルーストはソフィーを直接見る機会があったのか。
うん、そうだね。なんと背格好はまるで私と同じです。
だから私が貸せば彼女も着られると思うのだけれど、はたして私が今持っているドレスの中で彼女のピンクヘアに合うドレスなんて合ったかしら。
ここで言い訳じみたことばかり考えていても結局私にお鉢が回ってきそう。諦めて私がその大役を担おうではないか!
「私が貸しますよ。同じ教室ですし都合もつけやすいでしょう」
プルーストはバツが悪そうな顔で私に向かって「ごめんね。ありがとう」と述べた。
若干、押し付けた自覚はあるらしい。うむ、おおいに私に感謝するがいい。
プルーストに恩着せるために引き受けたわけではないが、彼が勝手にこの件を借りだと感じているのならいつか返してもらう日も来るかもしれないなぁ。
「そうか、分かった。任せたぞ」
マルクル先輩の最終的な判断があって、これでお喋りは一端おしまい。
良い休憩にもなったのでまた時間になるまでぽつぽつとした雑談交じりに仕事に精を出すのであった。
鐘が鳴る音が耳に届いてそろそろ今日の業務も終了の頃合いだと悟る。
座り仕事ばかりで凝った体を伸ばしてほぐしながら他のみんなもキリのいいところで手を止めて机に項垂れたり椅子の背に凭れ掛かったりと三者三様の反応を見せていた。
ほぼ全員の片づけが終わりさて、帰ろうかと鞄を手に持つ前にマルクル先輩から待ったが掛かかる。
「帰る前に少し話しておきたいことがある」
こんな間際になって何かあるのは初めてだ。
なんだろう?マルクル先輩が個人的な話をするとも思えないのだけれど。
アンドリ先輩が上げかけていた腰を下ろして「なぁーに?」と続きを促した。
「これはまだ決定ではないのだが…王族がこの学園への一時編入を考えているそうだ」
それは私たちの予想をはるかに超えた知らせだった。
私は呆気にとられ、いまいちうまく反応できないでいたのが他の皆も似たようなものだろう。
唯一、平素から変わることがなかったのは「それは、まぁ大変ねぇ」と変わらぬ口調で頬に手を添えたリュドミラ先輩くらいなものか。
なんと大物なこと。
「リューダ相変わらずだねぇー」
「あらあら、うふふぅ」
リュドミラ先輩の変わらなさに引き戻され動けるようになってくると、プルーストも詰めていた息を吐いていつもの笑みを浮かべた。
「驚いたね」
「本当ね。学園に王族の方が通うのなんて何年振りかしら」
これは時代のせいもあるのだが過去、学園には王族の方々もごく普通に通っていたそうなのだが『事故に見せかけて狙われる』や『刺客が送り込まれる』など命を狙われる事件が絶えず続いたことがあったそうな。
このままでは他の生徒にも危険が及ぶ可能性考えられ、城の中に独自の教育機関を造り学園への入学を一切やめさせたそうだ。
それ以来、王族が学園へと通うことはなくなっていたのだがそれが一時とはいえ解禁されようとしているということは今の時代が平和である証左であろうか。
イリーナはこの知らせを自分のことかのように喜び頬にえくぼを作って笑っていた。
「さて、この件に関しては箝口令を敷かせてもらう。さっきも言ったようにまだ決定ではないので、頭の隅にでも留めておいてくれ」
マルクル先輩の言葉に全員無言で諾を返し、帰り間際であったことを思い出してそれぞれ帰路につき始めるのだった。
真っ先に帰っていったアンドリ先輩とリュドミラ先輩に続いて、イリーナとプルーストが生徒会室を出ていくのに私は別れを告げ最終的に私とマルクル先輩がここに残った。
私は当の昔に片づけを終え今すぐにでも帰れるの状態なのだが、聞きたいことがあってわざと残っているのだ。
今日やった業務の全体の進行状況を把握し明日の大まかな業務予定を立てている先輩はそう間もなく片づけまで終えると私に向き直ってこう言った。
「で、何が聞きたいんだ」
私が何か用件があると察していたらしい先輩に詰め寄られて、私は僅か表情を固めた。
「大したことじゃないんですけど、ほんとにまだ決まってないのかな~って」
「なぜそう思った」
先輩の表情は変わらない。
もとから表情の変化が少ない人ではあるが、こう美丈夫に無表情で見つめられると緊張してしまう。
照れとかではなく恐怖で。この人、自分の顔が他人に効果があることを理解しているから表情の使いどころがうまいのだ。
「なんとなくです。ただこれで、この一件が漏れるようなことがあればこの話も立ち消えるんでしょうけど」
これは私のただの勘。
答え合わせが出来るとは思っていない。
たとえ先輩が真実がどうであるか知っていたとしても教えてはくれないだろうし、そんな期待もしていない。
ただマルクル先輩には“遠慮はしない”と決めているので聞いてしまおうと考えただけだった。
答えは返ってこない。それで良かった。
「…聞いて、どうする」
「どうもしません。ただ気になっただけですから」
これ以上、この話が発展することはありえないだろう。
私は鞄を手に取ると先輩の次の言葉を待たず立ち上がった。
「じゃあ、帰ります」
「さっさと帰れ」
先輩のおざなりな物言いがなんだかおかしくて私はクスクス笑ってしまう。
少し呆れたように先輩は私を見ていたがそれに笑い返して、跳ねるように扉へと逃げて行った。
私には呆れているように見えたけれど実際はどう思っていたのだろうか。
困らせてしまっただけかもしれないが後悔はしていない。むしろ胸のもやもやが晴れて私としては清々しい気分だ。
夕日に照らされて昼間とは違う光景を見せる学園の廊下を駆け抜けながら私はエントランスに向かうのではなく自分の教室に向けて足を動かしていた。
少し走ればすぐに着いてしまう教室の扉はまだ施錠されておらず開くようだ。
そっと開いて教室を見回すが当然、誰もいない教室で私は自分の席ではなくソフィーの席に一直線に向かった。
案の定、彼女の机には水たまりが出来ている。教室内に飾られていた花瓶の中からは水が消えていた。
――せめて花瓶の中に水は入れといてよ…。
心の中で文句をたれながらも花瓶に水を入れ、予備に持ってきていたハンカチを鞄から取り出すと水たまりを綺麗に拭った。
初日だからこんなものか。
どうせこれからエスカレートしていくのだろうことを私は知っている。
あぁ嫌だな。
忘れたくとも忘れられない暗い記憶が私の心に陰を落とした。




