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「それで先輩、夫人へ贈るプレゼントを選ぶ店に検討はついてるんですか?」


店を出てマルクル先輩から鞄を受け取ると早速、私はこう切り出した。

先輩が何も考えていないようであれば、私の得意先の店を紹介することも考えていたのだが。


「少し心当たりがあってな、母の気に入りの店なんだが」

「夫人の…」


言われてから、一等に高級そうなジュエリーショップを想像する。

もっと王都の近くにあって一級品ばかりの品揃えで、一見様お断りされそうな…。


「それは…私にも入れる場所でしょうか?」

「どんな想像をしているかは知らんが、問題ない」


そうですか。それは良かった。

よく考えてみればこの辺りにある店で検討がつくのなら、私でも問題ないと思う。

もしかしたら私の知っている店かもしれないしね。今度は先輩の案内でその店まで行ってみることに。

大通りから外れて脇に入るとあまり日が差さず少し暗い横道を往く。私たち以外の人影は見られない。

ここいらは治安も悪くはないのだが、こういう道に少し不安を感じるのは何故だろう。

ほんのり先輩との距離を縮めていざという時に盾に出来るようにしておく。

本当にこんなところに夫人のお気に入りの店があるのだろうか?先輩、道間違えてたりしないよな?

段々と疑い始めた私とは裏腹に先輩の足は迷いなく進んでいる。

やがて辿り着いた妖しい雰囲気の店に私の疑いは最高潮に達していた。


「先輩先輩」

「なんだ」

「本当にここですか?」

「ここだな」

「本当ですか?」

「間違いないな」


どうやら間違いなさそうだ。え、本当に?

私の知っているジュエリーショップと違うんですけど。

もっと煌びやかだったり明るかったりとは真逆な、真っ暗な店内はそもそも開いているのかすら疑わしいような状態だった。

でも他に店らしきものは見当たらないし…。

店の前でうだうだしていても始まらないので、意を決して中に入ることに。

暗い店にも先輩は戸惑うことなく入っていくが、私はその後をこそこそと隠れるようについていった。

中に入ってみると蝋燭の明かりがぽつぽつと灯る店内は非常に薄暗く店の中を見回ることも出来ない。

先輩も入ってから立ち止まると、奥で何かが動く気配がした。


「いらっしゃい」


色香溢れる声が聞こえて店内に一気に光が灯る。

蝋燭の光とはまた違う眩い光に目がちかちかとした。

瞬きを繰り返して目を慣れさせているとマルクル先輩の背中越し店の奥に艶やかな女性が一人、気だるげにカウンターに上半身を預けてこちらを見ていた。


「ようこそ。何をお探しかしら?」


何を、とは?ここはジュエリーショップではないのかしら?


「あら?貴方はマルクル公爵夫人のご子息だったかしら?」

「はい。一度、母の付き添いで来たことがあります。よく覚えておいでですね」


妖艶に笑う美女はするりと立ち上がるとマルクル先輩に猫のように近づき、心臓の辺りに嫋やかに手をついた。


「ふふっ、いい男っていうのは自然と記憶に残るものなのよ」

「そうまで言っていただけるとは、光栄です」


なんだこのやり取りは!高次元過ぎる!

若干の場違い感をひしひしと感じつつ、先輩の後ろで今のやり取りを見守っていた私は既に腰が引けていた。


「ところで…」


そこで美女は私を流し目に窺ってくるので緊張して、反射的に先輩のジャケットの裾を掴んでしまう。


「彼女は貴方の、いい人かしら?」


いい人?いい人?!

慌てて先輩のジャケットから手を離すとぶんぶんと手を横に振った。


「違います!違います!ただの後輩です!」

「あら、そう?」


何故そこで先輩に視線をやるのか!

先輩も私の言葉に同意してくれるはずと信じて見上げてみれば、先輩は何故か私の方を見ていて目が合った。

いや、私を見てないでこの美女にちゃんと真実だと教えてやってください!


「…そうですね。ただの後輩です」

「本当かしら?」

「あまり揶揄わないでやってください」


意味ありげに私を見る美女に、私は少し警戒を見せる。

何を言われるか分かったもんじゃないと視線をそらさないでいれば美女はクスクスと楽しそうに笑った。


「まぁ、そうしておきましょうか。…それで、お目当てのものは?」

「母に贈るプレゼントを探してまして」

「そう。それだったらこれかしらね」


美女は一度、店の奥の奥に入って姿を消すといくつかの四角い革の鞄を伴って再び姿を現した。

どの鞄もふわふわと浮いており魔法を使っているのは明らかだ。

少し脇にあった何も置かれていない広めの机に丁寧にそれを並べていくと、あっという間に机は鞄でいっぱいになってしまう。

女性が留め具を外して中が見えるように開けると、そこには煌びやかな宝石たちが店内の光を受けてきらきらとした輝きを放っていた。

どんどんと外されていく留め具に鞄の中からは一つ目と変わらず宝石を使ったアクセサリー類が綺麗に収められている。

鞄の中にこんなものが隠されていたとは!どうやら、ただのジュエリーショップと言う訳ではなさそうだ。


「好きに見て頂戴ね」


先輩が動いたので私もそれに続く形で動くことにした。

後ろに隠れていてばかりではせっかくの宝石も見えづらくて勿体ない。

色取り取りの宝石類はどれも一点もののようで随分と高価そうに見える。

値段も提示されていないので、まずは先輩のご予算のほどを確認しておいた方がいいか。

先輩をちょいちょいと呼び寄せて屈んでもらうように引っ張ると、こそこそと耳打ちした。


「ご予算は如何ほどでしょう?すっごく高そうですけど」

「気にするな。ここにあるもの一つ二つは余裕だ」


余裕なのか。その資金どこから来てるんですか?お小遣いですか?

先輩にお小遣いとかいう言葉、似合わないなーとか考えながら一通り目を通していく。

あ、これ気になるー…はっ!いけない、いけない。

油断したらすぐにでも目的を忘れてしまいそうだ。思わず伸ばしかけた手を寸前で押しとどめて見るだけに留めた。

見終わった結果どの品も全て本物の宝石であり偽物や類似品がなく、また粗悪品も扱っていないということが良く分かった。

庶民根性が根付いているとはいえ、これでも私も侯爵令嬢の端くれ。幼い頃から磨かれた審美眼には多少の自信がある。

アクセサリーとしても指輪にピアス、ネックレス…一通り取り揃えてあり、これであれば夫人へのプレゼントもいいものが見つかることだろう。

さて、ここからいくつかに絞っていこうか。


「どれにしようとかいう具体案はありますか?」

「特にないな」


ないのかー。とすると先輩以外のご家族が何を贈るのか、から攻めていこう。


「ご家族の方は何を贈られるのか把握されてます?」

「あぁ。父はおそらく夫婦での旅行になるだろうな。長男は花束。次男は時計だろう」


旅行は対象外として花束と時計か。


「時計は腕時計ですか?」

「いや、前に懐中時計だと言っていた」


これもあまり気にしなくていいかも。


「では、花束の色合いや種類などに決まりはありますか?」


あまり色やモチーフが被るのもいただけないので、これも聞いておく。


「種類や色合いに決まりはないが毎年、今まで贈った花に今年の新しい花を一本足したものを花束にしてプレゼントしている」

「今までの…それは、すごいですね」


そうなると種類も色もバラバラだろうか。まぁ花のモチーフ自体を避けるか。


「あと、前回と前々回のお誕生日に贈ったものがどんなものだったか教えていただけますか?」


そう聞けば思い出す素振りがあってから詳しく教えてくれた。

前回は、サファイアのネックレス。前々回はムーンストーンのピアス。

さてこれだけでも大分絞られた。

私の最終的な候補としてはルビーの指輪とエメラルドのブローチが残ったわけだが。


「店員さん。マルクル公爵夫人が前回、買っていかれたものとか見ていらしたものって覚えてらっしゃいますか?」

「覚えているわよ。確か1か月ほど前に大きなエメラルドのペンダントを買われたわ。他にも数点見てたものはあったけれど、どれもその日のご気分ではなかったみたい」


聞いといて良かった。ならシンプルにルビーの指輪で良いだろう。

金のリングにルビーをメインにした指輪。ルビーの邪魔にならない程度にダイヤモンドも使われている。


「先輩、これは如何ですか?」


私の後ろをついて来ていたマルクル先輩に聞いてみれば、私の指差している先を見て「いいんじゃないか」と適当に答えた。

そんなんでいいのか先輩。

逆に今まで先輩がどんな風に選んできたのか気になるくらいだ。

先輩は早速美女に購入の手続きをしているようで値段が如何ほどなものか気になったが、がめつい真似はやめようと先輩から離れて今回は選ばなかった宝石たちを見て回った。

ゆっくりと歩きながら一つ一つを丁寧に見ていく途中で、手を伸ばしかけてやめたアイオライトのイヤリングを近くで見つめる。

少しくすんだ青紫は光のあたり具合によって色合いを変えるので見ていて飽きない。


――綺麗だなぁ。


生憎ながら今日は手持ちが心もとない。泣く泣くではあるが諦めよう。

また今度、個人的に訪れてみようかな?


「欲しいのか?」


会計まで終えたらしい先輩が小さめの紙袋を片手に声をかけて来たのでイヤリングから目を逸らした。


「気にはなりますけど、今回は諦めます」


これ以上、ここに留まっていても名残惜しさが募るだけなので先輩を置いて先に店を出た。

直ぐに先輩も出てくるものと思って待っていれば、なかなか出てこなくて首を傾げる。

何かあったのかな?と、店に戻ることを考えたところでさっきの美女と先輩の高次元なやり取りを思い出した。

もしや!私というお邪魔虫がいなくなったから、美女がまたあんな風にマルクル先輩に迫っているのでは!

見に行ってもいいものかどうなのか手を出したりひっこめたり不審な行動を繰り返し、やきもきしているうちに無事に先輩が出てきて慌てて駆け寄った。


「せ、先輩!ご無事でしたか!」

「なんの心配だ?」


いやいや、先輩が無事ならそれでいいんです。

もしここに私をほったらかしにして美女と戯れているようであれば脛にローキックをかますことも考えていただけですから。先輩に。

頂点にあった日もだいぶ傾いておりグレタとの門限までが早い私は、余裕を見てもう今日はこれで解散ということになった。

もと来た道をのんびりと戻りながらその道中にある店の話を先輩と喋りながら歩く。

あそこの店は何が美味しいとか、そこの店のケーキが最高だとか。

主に私が中心になって話しているだけだったが先輩も退屈はしていなかったはず。

噴水広場まで戻ってこれば馬車まで送ると先輩が言ってくれたのでお言葉に甘えて、また歩き出そうとしたとき僅かな呟きを私の耳が拾い上げた。


「クラウス様?」


先輩にもその呟きは聞こえていたようで私たちの後ろから聞こえたその声に素早く反応すると私の肩を抱いて強く引き寄せた。

たたらを踏みそうになる私をこけないように支えながら先輩の前の位置まで持ってくると、先輩自身は後ろを振り返って最終的に私は先輩の背に隠れる形となった。


「ソフィー。こんなところで会うなんて奇遇だな」

「クラウス様、今隠した方は誰ですか?あの女とも違う。誰?わたし待ってたんですよ?待ってたのにどうして、ちがうちがうわたしがそこにいるはずなのにどうして…ねぇ、その女は誰ですか?」


姿を見られてしまってはいるが変装しているのが幸いして、本来の私と目の前の私が同じだとは気づかれていないようだ。


「彼女は親戚の女性だ。今日は少し俺の買い物に付き合ってもらっていてな」

「本当ですか?クラウス様。どうして隠したんですか?隠しましたよね?」

「すまない。彼女は幼少の頃に顔に怪我を負ってしまって人に見られるのが苦手なんだ」


先輩から淀みなく真っ赤な嘘が吐かれる。私がこのままここに居ても先輩にご迷惑をかけるだけと考えて、先輩の背中に「もういきます」と素早く書いて無言で去った。


「彼女とはもとからここで別れる予定だった。もしよかったら今からどこか別の場所へ行かないか?」

「うれしい!まってたんですよわたし。ずっとここで…」


去っていく私は二人の会話をこれ以上聞くことはなかった。

大丈夫、大丈夫。今の私は変装していて髪色は違うし、顔も見られていない。

声すら発していないのでバレることはないだろうが、先輩はソフィーからの追及を躱すのが大変かもしれないな。

急いで馬車が待機している場所まで行くと、逃げるように乗り込む。

中に入ってやっと人心地つくことが出来た。

馬車がゆっくりと動き出すのを感じてからハットを外す。

今、小窓から外を見れば二人がどうしているか見れるだろうか?

そう考えて結局やめておいた。

先輩は私からソフィーの意識を逸らすためだろう別の場所へと誘っていたし、きっともう二人の姿は見れないはずだ。

終わりよければ全てよし、とはよく言ったものだ。逆もまた然り。

ソフィーが来てしまって碌な別れも出来なかった。

先輩は大丈夫だろうか?

もやもやとした気持ちを抱えたまま屋敷まで帰宅することになってしまった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] にやけてしまいそうな日常から一転、ホラーに。 [一言] ソフィーさんが怖い。
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