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「お嬢様。いよいよ明日、でございますね」


何が?

屋敷に戻って来て夕飯前までの一休憩の間、グレタに詰め寄られた私はお茶を片手に目を瞬かせた。

私に詰め寄って来ていたグレタはすっと距離を離すと咳ばらいを一つ入れて綺麗な角度で頭を下げる。


「出過ぎた真似をいたしました。申し訳ありません」

「あ、いや!大丈夫よ!」


お茶を机に避難させてからグレタに頭を上げてもらうよう促せば、そのお願いに逆らうことなくグレタは静かに顔を上げ私をひたと見据えた。

いつにないグレタの真剣な表情に私は思わず緊張してしまう。なんだろう?

明日…明日…と暫く考えて、そういえばマルクル先輩との約束の日であることを思い出した。

約束を忘れていたわけではないが、グレタがそこまで真剣になることはないと思うのだけれど…。


「もしかしてお出掛けのこと?そこまで気負うようなものでもないのよ?」


私は肝心の相談の内容も知らないのだし、気負うも何もないので明日のことは明日の私に任せることにしたのだ。

そうすると、ほら不思議。諦めがついて心穏やかにいられる。

私の言葉にグレタは「お嬢様」と言って瞳を閉じると指を一本立てた。


「お嬢様はご存知ないかもしれませんが、殿方とご令嬢がお二人でお出掛けすることを世の人は“デート”と言います」

「いや、知ってるわよ?」


あれ?私そんなに箱入りだと思われてたのかな?

確かに碌に人と付き合いがないものだから、そういうことに疎いのは認めよう。


「でもそれは好き合っている者同士の話でしょう?私たちには関係ないわよ」


グレタに次の休みに出掛けることを伝えたとき相手が誰なのか誤魔化そうとしたのだが、ある特殊なお願いをした時点でグレタに怪しまれてしまったのだ。

その特殊なお願いというのが“髪色を変えたい”だった。

結局グレタの巧みな追及の手から逃れられる筈もなく私は真相の全てを吐き出すことになったのだが。

全てを知ったグレタは「かしこまりました」と承知してその場は引き下がってくれたのだが、まさか前日になって触れて来るとは。

ちなみに父には言わないでほしいとも事前にお願いしておいた。

グレタが今言っているような誤解をされてもマルクル先輩に迷惑がかかるか、私の面倒が増えるかなので絶対に言わないようにお願いしておいたので大丈夫だと思おう。


「お嬢様…」


何故だろう。少し残念な子を見る目で見られているのは気のせいだろうか?

え、私何か間違ったこといったかなぁ?


「お嬢様がそう思ってらっしゃらなくとも、相手方がどう思っていらっしゃるかは分からないものです」

「それは…そうかもしれないけれど…」


そうは言われても私にはどうすることも出来ないような。

それに相手はマルクル先輩だしなぁ。うーん…。


「ですから!お嬢様には十分に、お気をつけ頂きたいのです」

「気を付けるの?」


何をだろう?


「私共はクラウス卿を信頼してお嬢様をお預け致しますが、基本的に男は狼です。よろしいですか?」

「そ、そんなに警戒しなくとも…」

「お嬢様。よろしいですか?」


グレタに詰め寄られた私はまた目を瞬かせ「はい…」と答える以外に選択肢は残されていなかったように思う。

なんだか嫌に脅かされてしまった。

でも相手はあのマルクル先輩だぞ?どんな絶世の美女に迫られてもお堅く淡々と拒否しそうな先輩が、私に妙な気を起こす?

全く想像がつかない…。

グレタの前で首を捻らないようにするのに必死だった。もし見咎められようものならまたグレタから詰め寄られていたかもしれない。

まぁ他の殿方のことは知らないけれど。

脳内にちらつく名前も知らないあの男の顔には気づかないふりをした。


翌日は朝からメイドたち総動員、と言う訳もなく私が自分で適当に服を選んで着替えたら化粧などはグレタに手伝ってもらうことになっている。

ホワイトのノーカラーシャツにワインレッドのロングスカートを選んで着替えれば、グレタが来てまずは私の珍しいシルバーヘアを染めてくれることになった。


「こちら、水に被りますと落ちてしまうものですのでお気を付けください」


そう注意事項を説明された後グレタの手にかかれば、シルバーからあっという間にダークブラウンに髪色が早変わり!

鏡で見る見慣れない髪色の自分が面白くて顔を動かして見入っていると、化粧をするというので大人しくすることにした。

これもいつも通り、グレタにお任せするとまたあっという間に完成。

今日は顔を隠せるようにハットを被る予定だったので髪を結い上げるようなことはしなかった。

その代わりにネックレスを一つ選んで身に着けていくことにしたのだが。


「でしたら、こちらがよろしいかと」

「アメジスト?…うん、そうね。これにするわ」


珍しくグレタからのお勧めがあった、ネックレスを手に取る。

綺麗なカットのされている小振りのアメジストがリングの真ん中で揺れるようになっているネックレスだ。

丁度、私の気分にも合うものだったので特に迷うことなくこれに決定する。

グレタにお願いして首に着けて貰ってからドレッサーの鏡で具合を確かめると、グレタからもお墨付きをいただいたのでこれで準備は万端だ。

予定している集合時間までにはまだ時間があるので、屋敷でゆっくりと過ごしてから向かうことに。

出掛けるまでの間に何度もグレタから今日のお出掛けの注意事項を聞かされていた。

例えばマルクル先輩から離れて一人で行動しないように、とか。

そのくせあまり心を許しすぎないように、とも言われたがそれは矛盾では?とは口が裂けても言えなかった。


「やっぱりグレタもついてくる?」


マルクル先輩からの相談ということもあって私一人で行くと決めていたのだが、あまりにも心配するのでそう提案してみればグレタは首を横に振った。


「いえ、決してお邪魔はいたしません」

「そう?たぶんマルクル様も許して下さると思うけど…」

「いえ、決して」


何度聞いてもグレタが頑なに頷くことはなかった。


予定している時間よりも十分ほど早く到着出来るように屋敷を出る。

つばの広いハットを被り歩き回ることを想定してローヒールのパンプスを履き、選んでおいた小さめの鞄をグレタから受け取るとグレタに再三の念押しをされた。


「お嬢様。私が言ったことを今日一日しっかりと守ってくださいませ」

「分かったわ。ちゃんと頭に入ってるから大丈夫」

「お願いいたします。でないと私共は旦那様に顔向けできなくなってしまいます」

「…やっぱついてくる?」

「いえ、私はここでお待ちしております」


グレタは一度、こうと決めたら決して曲げない芯の強い女性だった。

グレタに屋敷の門のところまで来て見送られ、馬車に乗り込めば約束の場所へは数十分ほどでつくだろう。

少し離れた邪魔にならないところで馬車を止めてもらうと、降りてそこからは歩きで噴水広場まで向かった。

広場までの道のりは近づいていくにつれ女性の姿を多く見かけるようになる。

彼女たちは何故か皆一様に色めきだっており、はて何か女性が喜ぶようなイベントでもあったのだろうかと疑問に思いながらも広場まで歩を進めた。

ようやっと見えて来た噴水広場の光景を見て女性たちの反応に納得がいった。

噴水の縁に長い足を余らせながら座るマルクル先輩の姿を見つけた。

シンプルなシャツにネイビーのジャケット。ブラックのパンツスタイルの先輩はただ座っているだけだというのに道行く女性の視線を独り占めにしているわけだが、それを気にしている素振りは一切ない。

今から私はあの人に声を掛けなければいけないのか。

ハードルの高さに行くことを躊躇う足を、靴の具合を確かめるように地面をつま先で二度鳴らしてから一歩踏み出した。

コツコツと舗装された石畳の道を歩き先輩の前まで来ると、先輩は顔を上げて私の方を見た。

そういえば私、今髪色が違うからマルクル先輩に気づかれない可能性があるのでは?

それはそれで面白い反応が期待できるかもと少し声色を変えて先輩に話しかけた。


「マルクル様。お待たせいたしました」

「…今日は髪色が違うんだな」


ありゃ?一瞬でバレた。

顔も見えづらいように伏せてたんだけどなぁ…。

バレたからには見えづらい視界でいる必要もないので顔を上げて先輩を見れば、少し呆れたような視線で私を見ていた。


「なんで分かったんです?」

「お前は声色を変えるのが下手だな」


どうやら自分で思っていたよりも変えられてなかったらしい。

これでも私の中で今出せる最高に綺麗な声を出したのだけれど。


「それにしても先輩早いですね」

「そうか?お前も十分早いだろう」

「先輩が私を早いと感じるのなら、先輩はそれ以上に早いってことですよ」

「それもそうだな」


なんだか久しぶりの軽口の応酬だ。

楽しくなって笑う私にマルクル先輩もふっと笑って縁から立ち上がった。

身長差が逆転してしまって離れてしまった先輩の顔を見上げる。


「行くか」

「ええ、行きましょう」


まずは腹ごしらえだ。

私のお勧めする店を紹介すると言ったのだから私が先に一歩踏み出せば、マルクル先輩の歩幅が広すぎて直ぐに追いつかれた。

私の後をついて来てもいいんですよ?


「それでどこに案内してくれるんだ」

「それは着いてからのお楽しみ、ということで」


目的の店までは少し距離があるので話ながら歩いていく。

アンドリ先輩が眉間の皺がどうのこうの言っていたけれど、私が考えていたよりも元気そうに見えた。

聞いていいものかどうか悩んだが人間、溜まっている愚痴を吐き出すだけでも少し心が晴れることは私自身が良く知っているので今回は聞き役に回ることもやぶさかではないと思い聞いてみることにした。


「先輩。ソフィー嬢とはどうですか?」

「それを聞いてくるか…」


ちらりと横に並ぶ先輩を窺えば芳しくない表情をしていた。


「今日は先輩の相談に乗るのが第一目標ですけど、第二目標は先輩の気分転換ですから」

「なら聞かない方がいいんじゃないか?」

「それはほら。愚痴を言ってみて変わるものもありますから。ささ、どうぞ」


どうぞ、とは言ってみたものの先輩は一向に口を割りそうにない。強情な人だなぁ。


「何でもいいんですよ?」

「何でもいいなら愚痴はいいから、何か適当に話してくれ」


適当に?なんだその無茶振りは。

面白い話してみて、の次くらいの無茶振りだぞ。


「お前の話が聞きたい」


うーん。そう言われてしまっては何か考えざるを得ないか。

なんかないか、なんかないか。頭の中のポケットをあれこれ引っ張り出して考えてみるが、期待に応えられるような大した話題は何も浮かばず苦し紛れに絞り出したのがこれだった。


「えーっと…今日は、天気がいいですね…」

「ふっ、ははっなんだそれは」


ものすごい笑われた。先輩にしては珍しいくらいの大笑いなのに今の私はそれを見る余裕もなく気まずい表情で顔を逸らしていた。

これは先輩が悪い。振った先輩が悪いので笑うのはどうかと思います。


「悪かった。だから速度を速めるな。こけるぞ」

「こけませんよ。でも先輩が何か面白い話してくれるなら許してあげます」


少し先を歩いていた私は立ち止まって先輩を振り返ってみると、先輩は罰が悪そうな顔をして頬を掻いた。

ほら見ろ、やっぱ先輩も困ってる。


「ふふん。反省してください」

「そうだな、反省した。天気の話も悪くない」


そうですよ。天気から何に繋げればいいのか私には分かりませんけど。


「そうだ先輩。普段は休みの日って何してるんですか?」

「ん?そうだな…まぁ誘われたら遊びに付き合うくらいか」

「へぇー。どんな遊びですか?」

「いや、まぁ…カードゲームだな」


何故そこで言うのを躊躇ったのだろう?

それにしてもカードゲームかぁ。ご令嬢方はそういうのしないからなぁ。

前世のことを思い出してからというもの少し娯楽に飢えている気がする。

何でもあった前世と違って、ここは娯楽も限られるから最終的に本を読むくらいしかなくなってしまうのだ。

暇があればお茶会を開いてるご令嬢がいることも知っているけれど、私から言わせればそんなにお茶ばかり飲んで何が楽しいのやら。

まぁあれは人と話すのが楽しくて、それが目的だったりするんだろうけど。


「私もやってみたいです」

「あー…また今度な」

「いいましたね!聞きましたから、約束ですよ!」

「分かった分かった」


やったー!私、カードゲームって前世のものしか知らないけど!

先輩がどんなものを紹介してくれるのか今から楽しみだ。先輩が忘れても、私は忘れませんからね!

なんやかやあったが問題なく話は弾み、そのうちに目的の店の外観が見えて来た。


「あれです!あれ!」


歩いたおかげで程よくお腹も減ったことだし時間も丁度いいくらいだ。

事前に予約を入れてあるので席の心配をしなくとも問題なく入れるだろう。

さて食事でも頂きながら、肝心の先輩の相談とやらに乗ろうじゃないか。


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