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あの日からソフィーの行動に地味に気を遣う日々が続いていた。

逃げ回るほど私は追いかけられてはいる訳ではない。むしろ追いかけられているのはマルクル先輩の方だろう。

ただ私はソフィーと二人きりの状況になることを避けるため、なるべく一人になること事態を避けていた。

二度の邂逅はどちらも朝。

誰もいない状況でのことなので今の私は毎朝の日課である早朝の読書の時間を、散歩の時間に変更して一か所に留まらないようにしていた。

正直、純粋なスピード勝負であれば出し抜けるのは前回の一件で学んだ。

あとは相手にマウントを取らせないことさ。というわけで私は、朝から意味もなく学園を隅から隅まで歩いているわけだ。

段々見るところがなくなってきた…。

こうなったら癒しを求めに行こう。

朝の早いこの時間に求められる癒しとは、とある動物のことである。

その動物は私が学園に入ったころにたまたま出会い何かあれば時折、癒されに行っている存在だ。

魔法舎の雑木林の奥の方、誰からも見つかりにくい少し拓けた場所にぽつんと設置されているベンチテーブルがある。

誰が置いたか定かではないが古くから置かれているようで、生徒たちの間だけでその場所が出回っている秘密のベンチテーブルなのだ。

草、生い茂る地面を踏みしめながら歩くこと数分。件の木製のベンチテーブルが見えてくると机の上に丸まって眠る大きな猫を見つけた。


「ねこちゃんだー」


お目当ての姿を見つけて溶けた声で猫に駆け寄る。

私の声に気づいて目を開けた猫は「なぁー」と一鳴きして私を出迎えてくれた。

柔らかく動く体毛に優しく触れれば動物特有の高い体温に疲弊した心が解されていくようだ。


「わぁー久しぶりだねー」


やわやわと撫でている間も猫は逃げないでいてくれる。

それどころかサービスなのか大きな体を転がしてお腹を見せてくれるのでそれも遠慮なく撫でさせていただいた。

なんてサービスが良い店なんだろう。これには正当な報酬を払わねば!

会いに行くと決めた時から屋敷で用意してもらって持ってきた猫用のクッキーを取り出せば、猫は体を起こしてお行儀よく座った。


「はい、どうぞ」


小さめのクッキーを袋から取りだして差し出せば手ずから食べてくれる。

ざらざらとした舌が少しだけ掌に当たる感覚にこしょばゆさを感じながらも、カリカリとクッキーを食べている猫の可愛さにニマニマとだらしない笑みを浮かべていた。


「よしよし。食べながらでいいから聞いてくれる?」


食べるのに夢中で猫からの返事はなかったが私はそれを気にすることなくソフィーが来てからと最近のことまでの、誰にも言わないでいたことを一人ぽつぽつと零していった。

一年の頃からそうだった。こうやって誰にもバレたくない暗い感情をただ吐き出す。

誰に言っても迷惑なのを自覚していて私自身、誰にも何も求めていない独りよがりな言葉の羅列を何も言えない動物にぶつけているだけなのだ。

もしこの猫に私の言葉が通じているだと考えたら私のしょうもない愚痴に付き合わせてしまって、本当に申し訳ないと思う。

ただそれでも。物言わぬ動物だからこそ私はこの心の淀みを吐き出せるのだ。

だからこうやって来るときは必ず猫へのお土産を用意してしかここに来ないようにしている。

そして猫がクッキーを食べ終えるまでの間が私の愚痴のタイムリミットだ。

あと一枚になってしまったクッキーを猫が食べきってしまうのを無言で眺めてこれでおしまい。


「なぁーん」

「ふふっ、美味しかった?また持ってくるからね」


ぺろりと舌で口の周りをなめる猫に笑いかけて、まだ時間にもう少し余裕があることに気づく。


「もう少しいてもいい?」


猫は何も言わずに私の手にすり寄って来たので有難く時間になるまで撫でることにした。

余談ではあるがこの世界の動物は全て、魔物に一括りにされている。

というのも動物たちは例外なく魔力を有していると考えられているからだ。

なので大きな括りではこの猫も魔物になるが、魔法が扱えるかどうかでまた分類が分かれてくる。

その分類は高名な学者様がやってくれているので気になるならば本を読め、といったところ。

はてさてこの猫は前世に見た普通の猫のサイズから考えるとかなり大きいような気がするけど、猫にも色々な種類がいるのでこれくらい大きな猫がいたって不思議ではないだろう。たぶん。

気になって本を調べてみたが現在までに確認されている猫の種類は前世とそう変わりなく、この猫はそのどれらにも当てはまらなかったが新種とかなんだろうな。

今この癒しを失うのは非常に惜しいので学者様とかに報告はしないけど。

一度、私に飼われてくれないかこの猫に尋ねたことがあるのだがクッキーを食べたあとつれなくどこかへ去ってしまって以来その話は持ち出さないようにしている。

あまりにしつこく誘って、もう会ってくれなくなる方が悲しいので非常に残念だが諦めたのだ。

夢中で撫でていれば、程よく時間が過ぎていた。

歩いてのんびりと教室に戻れば丁度、誰かが登校している頃合いだろう。

あまりギリギリに戻るのも時間を気にしなければならなくて疲れるので二人きりの状況だけは避けられるように誰かが登校してきたタイミングで教室に戻るようにしているのだ。

私のこの行動が功を奏してか、あれ以来ソフィーに話しかけられるようなことは一度もない。

今日が終わればいよいよ明日はマルクル先輩との約束の日。

なんとか今日一日も無事に乗り切ろうと猫に別れを告げた。


「またね、猫ちゃん」

「なぁん」


猫は一声鳴いてから尻尾をパタパタと左右に振って私のことを見送ってくれているようだった。

その可愛らしい姿にむふふと笑って私も手を振り返してからその場を後にした。


マルクル先輩と言えば、ここ最近ソフィーに付きっ切りの場面をよく見かける。

どうやら下校時までも一緒に帰るようになったようだ。

私がそれを知ろうとしなくとも周りの友人たちから齎される噂話のおかげで現在の二人がどういう状況にあるのか嫌でも分かってしまうことに、ため息を抑えるのに必死だ。

私の予想では登校も合わせてくるようになるまでは時間の問題だと考えている。

マルクル先輩は「生徒会室に来ることも少なくなる」とは言っていたがあれ以来、一度も来れたことはなく今のところあの昼休憩での邂逅が最後となっていた。

あれがなければソフィーのことを伝えることも、休日の約束を結ぶことも難しくなっていたのではないかと考えるとタイミングだけは良かったのかもしれないなぁ。

ついさっき授業が終わり放課後になると幸せそうに教室を出ていくソフィーの背中を見送る。

私も生徒会室に向かおうと席を立ち友人たちとの談笑に少し付き合ってから別れを告げた。

階段を上りふと踊り場の窓から見えた目立つピンクヘアに思わず足を止めてしまう。

横にはブラックヘアの長身の男が一人。マルクル先輩だ。

花のように笑うソフィーに腕を取られながら薄く笑みを浮かべる先輩はなにやら楽しそうに話しているようで、ふとお似合いの二人だなとそう思ってしまった。

何故だろうか。

少し考えてみて片やソフィーは少女漫画の主人公が似合いそうな美少女で、片や世の女性から振り向かれるような美丈夫であるマルクル先輩が似合わないなんてことはなかったなと思い至った。

そんな二人が並んで楽しそうに歩いているのだから誰かが文句を言うのは違うのではないか。

段々と遠くなる二人から目を離せないでいると後ろから声が掛かってやっと目を離せた。


「あれ?そんなところでどうしたのー?」


声をかけてくれるまでアンドリ先輩に気づかなかった。

後ろにはリュドミラ先輩の姿も見えて、そういえば私は生徒会室に向かっている途中だったことを思い出す。


「外になんかあんのー?」


アンドリ先輩が近づいて来て窓の外を見れば、まだ辛うじて遠目にソフィーとマルクル先輩の後ろ姿を見ることが出来た。


「お、クラウスじゃん。あいつも頑張ってんねー」


アンドリ先輩はマルクル先輩の後姿を眺めながら感心気味に笑っている。

リュドミラ先輩からは「あらあら」というだけで特に大きい反応は見られなかった。


「で、クラウス見て何考えてたの?」


アンドリ先輩の優しい問いかけに隠すことも忘れて、さっきまで考えていたことを思わず漏らしてしまっていた。


「いえ…お似合いだな、と思いまして…」

「えーそうー?」


私の言葉にアンドリ先輩は窓の外をもう一度見てから、今度は首を傾げて私を見た。

存外近い距離で私の顔を覗いてくるので私はどうしていいのか分からず頭に疑問符を浮かべるばかりだ。

そこまで変なことを言ったつもりはなかったのだけれど…。


「エヴ、少し近いわぁ。私の可愛い子から離れて頂戴」

「そこは俺じゃないんだね、リューダ…」


リュドミラ先輩に注意されて泣く泣く離れるアンドリ先輩に私は少しほっとしていた。

リュドミラ先輩に優しく引き寄せられ慰めるように頭を撫でられるが、そこまで気にしてないですよ?


「それ、クラウスには言わないでやってねー」


それ、とは?

何のことか分かっていない私は首を傾げると、アンドリ先輩は肩を竦めて私の後ろにいるリュドミラ先輩に笑いかけた。


「クラウスもだけど、ねー」

「うふふ、そうね。でもそんなところも、可愛らしいわぁ」


なんだなんだ?なんか私の知らないことでお二人が分かり合ってるぞ?

二人の仲が良いのは分かっているけれど私を挟んで置いてけぼりにするのはやめてほしい。

地味にむくれる私に気づいたリュドミラ先輩がまた笑って私を撫で続けた。

嫌ではないのでされるがままに受け入れる。


「あんなのお似合いとかでもなんでもないよ。クラウスが楽しそうじゃないの分かってるでしょ?」


それは…確かにそうだ。そうだった。

私はマルクル先輩がソフィーのことを苦手としているのをよく知っているし普段、表情の変化が少ないマルクル先輩が常に愛想笑いを張り続けなければいけないのは苦痛だろう。

私は今さっき、遠くから見たソフィーとマルクル先輩の表面だけを見てあんな感想を抱いてしまった。


「はい…すみません。考えなしでした」

「いやぁ、そこまでじゃないけどー。ただクラウスの眉間の皺がこれ以上増えても不憫だからさー」


マルクル先輩と直接、顔を合わせるだろうアンドリ先輩が言うとちょっと心配になる。

ストレスの溜めすぎは体に良くないですよ?

そんな感じで休みの日にまで私と出掛けてしまって大丈夫なのだろうか?

まぁ良い気分転換になればいいのだけれど…。

ここで話しているとイリーナが階段を上ってきて「あ!」と声を上げた。


「何してるの!私も混ぜてほしいです!」

「あらあら、いいわよぉ。いらっしゃい」

「あれ?ちょっとまっ」


私の制止も空しく先に飛び込んできたイリーナとリュドミラ先輩の間に挟まれた私は「うっ」と小さく呻き声をあげた。息苦しくはあるが嫌ではない。

ぎゅうぎゅうと抱き着いてくるイリーナに私の沈んでいた気持ちがほわほわと癒される。

三人して笑いながらじゃれているとプルーストも上って来て、じゃれる私たちを目にして「何してるんですか」と眉を下げて優しく笑った。

あぁ…なんだろう。何かが足りないと心の中で呟いた。

全員集まってここで何をしているんだと、怒ってくれそうな人が居ないことに無性に寂しさがこみ上げた。


「マルクル先輩、すぐ来てくれるといいね!」


イリーナがふいに発した言葉に私は目を丸くして、イリーナに視線を合わせた。

直ぐ近くのイリーナは何故か眉尻を下げ寂しそうな表情を浮かべている。


「だって5人じゃ寂しいでしょ?」

「…うん。そうだね」


私はイリーナに優しく笑いかければ、彼女は安心したようでまたすぐに太陽のような笑みを見せてくれた。


「さーみんなー。クラウスに怒られる前に生徒会業務、頑張ろうねー」

「はーい!」

「ふふ、はーい」


アンドリ先輩の声かけに一旦、私から離れるが何故か手は繋いだままでイリーナは元気よく返事を返す。

繋がれたままの手を挙げて返事するものだから私も手を挙げる形になって、それが可笑しくて笑いながら私も間延びした返事をした。

するとアンドリ先輩が静観していたプルーストの方を見て「返事は?」とにやりと意地悪く笑ったので聞かれると思っていなかったプルーストは少し驚いた表情を見せてから、小さく楽しそうに笑った。


「はい。了解です」

「よろしい!なら、こんなとこで遊んでないで行くよー」


揃って階段をもう一つ上って生徒会室の扉を開ける。

マルクル先輩が居ない分、私たちが頑張らなければ滞る業務も出てくるのだ。

実際に滞ってしまうようでは現在マルクル先輩が身を犠牲にして頑張っている意味がなくなってしまう。

そんなことにはならないよう今日も私たちはせっせと雑務に精を出すのであった。


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