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集まったからには今日も生徒会業務を始めるのだが、マルクル先輩はとりあえず今日だけ今後の予定を言いにここへ来たらしかった。
「書状は既に作成して届けてもらうようにしておいた。明日からは来ることも少なくなるだろうが頼む」
「あいよー。んじゃ、全面的に任せたからー」
ソフィーの件に関しては改めて丸ごとマルクル先輩に投げっぱなしにすることになった。
「でも本当に先輩一人で大丈夫ですか?今日、クラス内の呪詛がすごかったんですけど」
「呪詛?まぁソフィー嬢には他の令嬢の誘いには無暗に乗らぬよう言い含めてあるし、休み時間の度に教室の方に来るといいとも言ってある。俺の側であればある程度の安全は保障できるが呪いは…分からんな」
「あぁいや。そこまで自分を切り売りしてくださってるなら大丈夫だと思います」
まさか休み時間の度にって…マルクル先輩も大変なことを引き受けるなぁ。
アンドリ先輩なんかは「ちゃんと守れよー。微笑みの貴公子ー」とか煽ってマルクル先輩に無言で睨まれているし。
いつもの雑務が決して楽しいというわけではないが、こちらの方がマシってこともあるよね。
何とは言わないが…。
明日からは暫くこうやって全員集まることも少なるなるのかと考えたら寂しい気もしたが、仕方ないことなのだろう。
あとこれは個人的に気になっていることなのだが、こんなことになってしまった手前お忙しいマルクル先輩の相談とやらを聞く時間はあるのかどうか。
そもそも先輩覚えてるかなぁ?もしかして気にしてるの私だけとかだったら嫌だ。
気にはなるが今聞くのは業務の妨げにもなるし、何より恥ずかしい。
マルクル先輩、今日は一番遅くまでここに残ったりしないかなぁ。
なんてことを考えて手元が少々疎かになっていると誰かがドアノブを捻った音が聞こえて全員の間に緊張が走った。
いやそんな、まさか!
嫌な予感とは言いつつもも自分でも若干、冗談であったはずなのにまさか当たるとは。
ノックもなしに押し入ろうとする不届きものに全員が手を止め、静かに扉を見つめ様子見していれば外からわずかに声が聞こえてきた。
「ぁ…。…かない?すいませーん!クラウス様はいらっしゃいますか?」
その声に一気に緊張の糸が解けた。
今の声はソフィーの声だった。まさかここにまで押し掛けて来るとは。
というか、ノックの文化を知らないのか彼女は。
呼ばれたマルクル先輩も顔を手で覆って項垂れているようだ。ご愁傷様です。
「クラウスー姫様がお呼びだよー」
「はぁーー。行ってくる」
「そのまま帰りなよー。部屋の方がくつろげるでしょ」
「そのつもりだ」
そういって机の上を軽く片付けるとマルクル先輩は自分の鞄を持って颯爽と生徒会室を出て行ってしまった。
本当にあっという間だったので見送りの言葉も何も言えないうちに行ってしまった先輩に、結局聞けなかったなと少し場違いなことを考えてしまっていた。
「嫌な予感当たったねー」
「すごい!でも嫌な予感なの?」
アンドリ先輩にとっても私にとってもソフィーの急な来訪は嫌な予感に該当するが、イリーナにとってはそうでもないらしい。
まぁ予感が当たったという点は素直に賞賛されているので良し。
「相手が誰でも急に来られちゃ困るでしょう?そういうことよぉ」
「それは確かに困っちゃいます」
イリーナがリュドミラ先輩に説得されているな。私も頷くだけ頷いておこう。
「それにしても彼女ノックしませんでしたね」
プルーストがやっと突っ込んだことに全員で扉の方に顔を向けた。
「知らなかったのかな?」
「いやーどうだろ…」
イリーナのフォローにもいまいち同意できないのは私たちが噂でしかソフィーのことを知らないからだろう。
同じクラスの私であっても彼女のことはよく分からない。少なくとも私のことを嫌っていて、マルクル先輩のことが好きらしいことは分かっているのだけれど。
誰ともなく止めていた手を再開させ、いまだに首を傾げているイリーナの名前を呼べば彼女も慌てて業務に戻った。
私も懸念することがなくなったことで逆に業務に集中することができたので、終わりの鐘が鳴るまでもう手が止まるような出来事は起こらなかった。
ソフィー来訪未遂があった次の日。
自分の教室前にて昨日の呪詛を思い出し果たして彼女の机に何もありませんように、と祈りながら扉を開いた。
自分の席を見るよりも先に彼女の机を見てみれば、手紙が一つ?
近づいて手に取ってみてもなんのことはない、ただの手紙に見える。
これは…どうなんだろう?
裏を見たり表を見たり判断に迷っているうちに背後から声が掛かって盛大に肩を跳ねさせた。
「私の席で何してるんですか?」
あまりに冷たい声音に一瞬誰だか分からなかったが、“私の席”と言ったので誰なのかはすぐに検討がついた。
咄嗟に手紙を鞄の中に仕舞って何でもない風を装い振り返れば、あの日に見た密やかな雰囲気よりもどこか怖いものを感じる彼女が教室の扉から私を射抜くように見つめていた。
「ソフィー様、おはようございます。少々ソフィー様の机が濡れていらっしゃるようだったのでお拭きしただけですわ」
「うそ」
「まさか!嘘などではありませんわ。ほら、濡れているでしょう?」
鞄から魔法で程よく濡らしておいたハンカチを取り出して彼女に見せる。
え、光とかなんか舞うんじゃないのかって?あれは頑張れば抑えられる!
あれは普段、目に見えない妖精たちに魔力を伝えた際に光を発しているものと考えられている。
普通に使うのであれば妖精の光を気にする必要は基本的ないのだが、少し気を使ってやれば光を消せるわけではないけれど場所と量を絞れるのだ。
過去にそう研究された資料を興味本位で読んでおいて良かった。意外と自分でも出来た。
ぶっつけ本番とはいえわりと上手く誤魔化せた自信があるのだが、どうにも相手の反応がおかしい。
「うそ、ぜんぶうそなんでしょ?私知ってるんですから、貴方が悪い人だって」
「…何のことでしょう?」
「そしてこの先も貴方は悪い人で、そのおかげで私は幸せになるんです。必ず」
目の前の彼女には私のことはどう見えているのか。それに幸せにってなんだろう?
「だってその机の上には手紙が置かれているはず、ですよね?」
なぜ彼女は手紙のことを知っている?私より先に来て確認していたとか?
でも、それだったら手紙を放っておくのも私に確認を取るのも違う気がする。
「手紙の内容は私がクラウス様へ近づくことへの懸念と嘆願が書かれてる。私はそれを見て近づくのをやめる。でも私はそんなことはしない。だってもう図書室でのことを逃してしまっているから。私はこれ以上何も逃せないの。失敗はだめ、そんなのだめ。何度も見たのに、何度も見たはずなのに!」
彼女の激昂に私は思わず固まってしまう。徐々に距離を詰めて来るのが、なお恐ろしい。
彼女の言っていることが何一つ理解できない。私は見せるために出したハンカチをぎゅっと握った。
「私は幸せになるの。私が幸せにならなきゃお母さんは…。貴方は私をいじめていて私はそれに負けなくてそんな私のためにクラウス様が動いてくれて私はクラウス様と距離を縮めてわたしは…」
そこで彼女は一度言葉を区切ると私の数歩前で立ち止まると先ほどの表情から一転、底から幸せそうな表情を見せて愉悦の笑みを象った。
「わたしは幸せになるのよ。これは絶対。あぁよかった。私は大丈夫、だいじょうぶだからお母さん待っててね。わたしが幸せにしてみせるから」
彼女には今どんな夢が見えているのだろう。
浸るように目を閉じ夢想する彼女の瞼の裏にはどんなに幸せな光景が広がっているというのか。
閉じていた目をゆっくりと開けて私を見る。
目が、合った。
「貴方が私をいじめてたのよね」
それは疑問形でもなんでもなくただの確認のように聞こえた。
「違います。マルクル様からも誤解だとお話を受けたのでは?」
「違わない。クラウス様はお優しいから庇っていらっしゃるのよ。同じ生徒会の役員がそんなことをしていただなんて恥以外の何物ではないもの。たかが平民一人いじめ抜いて楽しかった?」
ダメだ、話が通じそうにない。
私が否定しても彼女は自分の思うままに、自分が信じていることだけを信じて話しているので実際は私がどんな言葉を話そうと関係ないのだろう。
「それにもう少ししたら本物の王子様も来るわ」
「王子様?」
何が可笑しいのかくすくすと笑う彼女は爛々と目を輝かせ「そうよ!」と初めて私の言葉に同意を見せた。
「そう、エアリス様が来てくれてようやく始まるのよ!」
その一言に私の血の気が引いた。
エアリスという名に私は一人思い当たる人物がいた。
これがただのエアリスであれば気にすることはなかった。ただ彼女は“本物の王子様”の“エアリス様”と言ったのだ。
そうなると話は変わってくる。まだ公の場には出たことがなく、その姿を見たことはないが名前だけは公表されていた。
エアリス・キングストン。
その名は正式な血を引く現国王の実の息子にして、正しく王家に名を連ねる王位継承権第6位のお方の名前だった。
何故、彼女が王族の一時編入の件を知っている?誰かが漏らした?
今一番近くに長くいるのはマルクル先輩だが、あの人が漏らすことはありえないと断言してもいい。
なら他の役員たちは?それこそ接点がなさすぎる。おそらくソフィー自身も他の役員に関しては詳しくないだろう。
なら誰だ。他に誰が知っている?
彼女の発言をただの世迷言と切り捨てるのは簡単だ
ただそれにしては彼女の発言はあまりにも確信に満ち溢れていて、このまま切り捨ててしまっていいのか判断がつかない。
もしかしてこれは異常事態というやつでは?
早急にマルクル先輩の耳に入れる必要が出て来たぞ。
とすれば、こんな益のない話はさっさと切り上げるべきだ。
そのためにはどうするか。こんな時に最適な話題転換の方法を私は知っているぞ!
適当に用事があったとかでっち上げて逃れるのが一番だって知ってる!
ちょっと混乱している頭を働かせて、何とか捻って絞り出せ言葉!
「へぇーそうなんですねー」
だめだー!とても適当な感じになってしまったー!
まさか誰かが全く興味ない話を聞かせて来た時に愛想だけは完璧なんだけど、返事したときの声に感情が一ミリも籠っていなかったときの返事をしてしまうとは。
どうやら自分で思っているよりも動揺が激しいようだ。
「申し訳ありません。朝から用事があるのを思い出しまして急がなければなりませんのでここいらで失礼いたします。ソフィー様とお話しできて良かったですわまた今度それではご機嫌よー」
私もお返しとばかりに一気に捲し立ててソフィーが言葉を挟む隙を与えない。
言葉の勢いを保ったまま横に大きくずれると淑女らしからぬスピードで私の前に立ちはだかるソフィーを抜き去る。
今の私は風だ。
これまで学園で早くとは言っても、やっていることは精々早歩き程度なもの。それを今、解禁する!
いざという時、ドレスでもヒールの高い靴でも十分走れるよう幼き頃から訓練された私の身体能力は伊達ではない!
ソフィーの反応を置き去りにして既に教室の扉を駆け抜けると目指すは4年生の教室。
2年生の教室の方が上階に存在しているので階下に向かって二段飛ばしで駆け下りる。
前世ならば二段飛ばしなど余裕であったが、今は辛い!低いとはいえヒールのある靴で二段飛ばしで駆け下りるのって怖い!
ただここで立止まる方がなんだか怖かったので勢いのまま駆け下りた。
そのせいだろう。4年生の階層に差し掛かった時に、二段どころか一気に五段くらい飛ばしてしまってこれは足を捻ると覚悟した瞬間ふわりと浮いた体に目を丸くした。
「はは、お転婆なお嬢さんだね。そんなに急いでウサギでも追いかけているのかな?」
その声には聞き覚えがあった。
新入生歓迎会の日、マルクル先輩の背中越しに聞いたあの声だ。
ゆっくりと床に下ろされどうやら魔法を使って助けてくれたらしいその人を見上げれば、感情が見えない笑顔を浮かべた異国情緒を感じる色黒で背の高い男が私を見下ろしていた。




