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とある教師はかく語りき…。


『ソフィー嬢の後半の試験中のことでした。

彼女が魔法を披露し終えた後、気が緩んだのか魔法のコントロールが乱れ木片の一部が飛んできたのです。

不甲斐ないことに採点を紙に書き込んでいた最中のことで避けることも間に合わず私の頭に当たってしまいまして。

傷自体は少し切れた程度で大したことはなかったのですが、場所が頭ということもあって出血が多く動揺した彼女がこう言ったのです。


「私に治させてください」と。


最初は断ったのですが彼女があまりにも強く懇願するので包帯でも巻くのかと思い、傷の手当てを受け入れました。

そしたら彼女は私の傷口に手を添えて目を閉じたのです。

予想外の行動に戸惑っていると徐々に彼女の周りを白い光が取り巻くように舞い始め私の傷口が血の生温さとはまた違う、心地の良い暖かさで覆われ途端に痛みもすぅーっと引いていったので驚きました。

何が起こっているのか把握しきれていないうちに…


「出来ました。もう大丈夫です!」と彼女は目を開けて笑いました。


彼女が手を退けた後にはもう出血はなく手で覆われていたところには血の跡自体が消えていました。

自分で触ってみても怪我をしたはずの場所辺りに傷口はなく、服に残った血の汚れがなければ今起こったことを信じられないほどでした。

一緒に審査をしていた先生方も当然、私と同じように驚いており口を揃えてこう言いました。

これは奇跡だと!』


とまぁ、興奮気味にこんなことを語られたらしい。

彼は聖女教だったのだろうか?まぁそれはどうでもいいとして、なんというかマッチポンプ。

穿った見方をしてしまうのは私の性格が悪いからで、これはたぶん純粋な事故というやつだ。

いずれにせよソフィーに関するこの証言が真実であることはさっき、マルクル先輩が自分を犠牲にしたやり方でここに居る全員が確認していた。

いや実質、一名は目を覆い隠していたような?

それはさておきマルクル先輩の“とある筋”とやらを疑っていたわけではないが案外、早く答え合わせが出来て僥倖…と言っていいものなのだろうか。

マルクル先輩は手に持ったお茶を一口飲んで喉を潤すと話を続けた。


「さて、奇しくも鑑定が行われる前に判明してしまったわけだが…」


マルクル先輩はそこで一旦言葉を区切るとカップを机の上に置く。


「じゃあ彼女は学院に行っちゃうんですね…。わたし、一度もお喋りできませんでした」


イリーナにはあの日、研究所で一度鑑定を受けてもらうまでしか言っていないのである程度予測していたとはいえ実際のソフィーの行く末に残念そうな顔を浮かべている。

私としては当初の予定とは何も変わっていないので、何でもない顔をしてお茶を啜っていた。


「そうなるだろうが、その前にだ」


マルクル先輩は実に不服だとでも言いたげに眉間にしわを寄せ足を組んだ。


「彼女の転校が決まるまでの間、彼女の身に何も起きないよう今まで以上に気を張る必要が出来た。面倒なことだがな」

「だったら、彼女が奇跡持ちであることを公表しては?」


そしたら下手に手を出す人などいないと思うけれど。先輩は私の言葉に緩く首を振って苦い表情を浮かべた。


「あまり得策とはいえんな。彼女と何らかの関係を持とうと良からぬことをたくらむ輩が殺到するのは目に見えている」


関係、と言っても一概にそれらすべてが友好的、好意的なものであるはずがないということか。

これは私の考えが足らなかった。ならば一体、何をどうするというのか?


「研究所の鑑定をすっ飛ばして直接、学院の方へ急ぎ手紙を届ける」

「急いだとしてソフィー嬢の転校が決まるまで短く見積もっても15日ってところかなー」


15日。いくつかの手紙のやり取り、必要書類の用意、学院の方の受け入れ態勢の完了などなど。

全てを鑑みたうえでの妥当な数字なのだろう。


「彼女がここを去るまでの間、一時的にでも保護が必要になるが」


なるほど。保護ね。

それだと適任がいるではないか。

私とアンドリ先輩は特に示し合わせることもなく揃ってマルクル先輩を見つめた。

マルクル先輩もある程度、こうなるだろうことは予測出来ていただろうが不快そうに顔を顰める。

でも今回はなんとなく全員がマルクル先輩に顔を向けていたのでマルクル先輩は私たちを責めることが出来ないようだ。

私とアンドリ先輩はわざとなのだし責められても構いやしないが。どうせ押し付ける気まんまんだし。

無言の圧に負けた先輩は眉間に寄った皺をもんで小さくため息をこぼした。


「俺が請け負おう…」


やっぱソフィーのことを任せるならばマルクル先輩が適任ですね!

言葉には出さないが私とアンドリ先輩は意地悪く笑い合った。


「早いうちにでも教員方と話を合わせ書状を作成しておく」

「何かお手伝いしましょうか?」

「いや、問題ない。その代わりその日の業務は全て任せる。各自、そのつもりで」


マルクル先輩がそう締めくくれば今日は既に全員が試験を終えていることもあり、そのまま生徒会室でゆっくりとしていくようだ。

私も今日は図書室に行こうと考えていたくらいだし、教室以外であればどこもそう変わらない。


「ソフィー嬢が学園を去るころには5の暦に入るねー」

「5の暦は特に大きな行事はないですけど、日々忙しいのは変わりませんね」


アンドリ先輩とプルーストの世間話を聞いて考えてみるとソフィーは2つの暦の間しか学園に居なかったことになるのか。

長い時が過ぎたような気がしていたのだけれど、そう考えると短い間しかここに居なかったのだな。


「あらぁ?もしかして疲れちゃったかしらぁ?」

「うー…ごめんなさい。見てはなかったんだけど…」


イリーナはマルクル先輩の自傷までは確かに見ていなかったが、どうしても想像してしまったのか少し顔色を悪くしていた。

隣に座るリュドミラ先輩が頭を撫でて慰めている。

前置きもなしにあれは確かにひどいよなー。マルクル先輩を横目で見ればしらーっとした顔をしてお茶を啜っていた。


「そうだ。前も言いましたけど、ソフィー嬢といるときに私に話しかけないで下さいね。むしろ近寄らないで下さい」


もう他人の恋路を邪魔して馬に蹴られるような真似は二度とごめんだ。


「分かった分かった。気を付ける」

「そうしてください。まぁソフィー嬢のことがなければいつも通りで構わないんですけど…」


私だって彼女の恋路を邪魔する気など毛頭ないのだから、あそこまで嫌われる理由もないと思うのだけれど…。

おそらく歓迎会で私が生徒会役員であることを知って警戒しているのだと思うが。

それにしては最初から嫌われていた上に、イリーナやリュドミラ先輩を警戒しないのは何故だ?

今更気づいことだが、私は彼女に最初から嫌われていた。

おそらく私が生徒会の役員だと知られる前から、マルクル先輩と彼女が出会う前から私は彼女に嫌われてはいる気がする。

あれ?なんだろう、この違和感は。

私が神妙な顔で黙ってしまったせいかマルクル先輩に思考の渦に陥りそうなところを引き上げられた。


「どうした?」

「いえ…大したことではないです」


先輩は疑り深い視線で私を見て来たが、私はお茶を飲むふりをしてその視線から逃れた。

例えこの違和感を先輩に言ったとして余計な不安は煽れど、解決策としてはソフィーに近寄らないという結論しか出てこないように思う。

私としては最初からそのつもりだし言っても言わなくとも結論は変わらないのならば、私は言わないことを選択する。


「それにしても、随分と好かれたものですね。ずばりそこまでモテる秘訣は何です?」

「お!なにそれ気になるー!ジャコブも気になるよなー」

「え、いえ。僕はそこまで…」

「知るか」


ぶっきらぼうに答えるマルクル先輩にチョコを投げられたのでなんなく受け止める。

手の体温で溶ける前に一口で食べてしまえばとろっと溶ける甘さに頬を緩めた。相変わらず食堂の料理はどの品も水準が高くて美味しい!

そうやって意味もなく話しているうちに程よく時間も流れ、お茶会もこのままお開きの流れとなった。

試験が終わるまでにはまだ少し早いのだがもう教室の方には戻っておこうとなり、片づけはリュドミラ先輩とアンドリ先輩が請け負ってくれたのでお任せすることにした。

マルクル先輩はイリーナの件を全てお任せしているので今回は片付け免除となっている。

ギリギリまで生徒会室に残るらしい先輩はついでに雑務を少し片づけていくらしい。

先に出ていってしまった皆に続いて私も立ちあがると最後に食べようとナフキンの上に取り分けておいたチョコを見て、ほんの悪戯心が沸いた。

チョコを手に取ると食べるのではなく、おもむろにマルクル先輩にチョコを投げつけた。

自分の席に戻って見てもいなかったはずの先輩は案の定、難なくキャッチして私のことを睨む。

その視線に怯みやしないがさっきの意趣返しが出来て面白かったので私はニヤッと笑い返してやった。


「頭脳労働には糖分がいいそうですよ。それじゃお先です、マルクル先輩」


何か余計な文句を言われる前に廊下に出て、扉をばたんと力強く閉じる。

待っていてくれたらしいイリーナとプルーストと並んで教室までの道のりをのんびりと歩いた。


「マルティネスはすごいことをするね」


いきなりそう言いだしたプルーストに私は目をぱちくりとさせた。

そんな私にプルーストはいつもの愛想笑いで「さっきの」と言ったので「あぁ…」とマルクル先輩にチョコを投げつけた場面を思い出す。


「そうかな?」

「そうだよ」


首を傾げる私とは対照的に素早く断言するプルーストに私も段々とそうかもと思えて来た。

まぁ私もマルクル先輩くらいにしかあんだけ不遜な態度取らないしなぁ。


「僕なんていまだにあの人たちのこと“先輩”って呼ぶの躊躇うし」

「まぁ…それは私が原因みたいなものだし、プルーストが無理をする必要はないと思うよ?」


私が一年の頃からマルクル先輩のことを先輩と呼んでいるものだから、それを羨ましがったのか面白がったのかアンドリ先輩に「いいね!長い付き合いになるんだし皆そう呼んでよー!」と提案されて拒否権もないまま私たちは先輩呼びを強制されていた。

私としてはそう呼ぶことに今更、躊躇いなどなかったので直ぐに慣れたのだが。

でも呼びにくければやめてもいいと思うけれど。呼び方なんて人それぞれだし。


「わたしはね、嬉しかったよ!わたしもそう呼んでいいんだって!先輩たちとっても大好きだから!」


イリーナは満面の笑みだ。プルーストはその笑顔を見て少しバツが悪そうに頬を掻いていた。


「無理、はしてないんだけど…なんだか緊張しちゃって」

「そっかー。でもわたしもその気持ち分かる!わたしも最初は緊張したもん」


そうなんだー。あれ?もしかして最初から緊張してなかったの私だけか?

いやでもあれは流れとか勢いとかあったしね、緊張もしてないわけではなかったような…そんな気がしないでもない。


「でも、私の真似なんかしてもいいことないよ。それにマルクル先輩には遠慮しないって決めてるだけだから」

「…そっか」


プルーストは私がそう決めている理由までは聞いてこない。

聞かれたって大した理由ではないから私はきっと適当に誤魔化すだろう。

私はあの日の宣言通り、マルクル先輩に遠慮していない。頼るし押し付けるし態度は悪いだろうし、どちらかといえば可愛くない後輩の部類に入るのではないだろうか。

ただ私はあまり先輩に頼られている気はしないけれど。私としてはそんな頻繁に頼られてもキャパオーバーするのでたまにでいいです。

生徒会室から一番教室が近いのは私だった。


「そうだイリーナ。ソフィー嬢には不用意に近寄らないようにね」

「んぇ?なんで?何かあるの?」

「何かあるかも、って感じかな。何かあってからじゃ遅いし、ね」

「うん、そだね。分かった!」


元気のいい返事になんだか先生になった気分を味わう。

プルーストにイリーナのことを任せて二人に別れを告げ、教室に戻ればソフィーのいない教室は平和そのものに見えた。

私が戻ってきたことに気づいた友人たちに出迎えられ、なんてことはない噂話や恋の話にきゃあきゃあと姦しい。

何度も感じていたことだが彼女がいないだけでクラスの空気が格段に普通になる。

どうしてだろうか。ソフィーは誰も傷つけていないというのに。

むしろ逆に彼女が傷つけられ蔑まれ、なのに彼女がいるだけで皆がどこか怖くなってしまう。

それだけが私の中で確かな違和感として存在していた。

ただ私はこれから彼女をここから追い出そうというのだから下手な同情は違うだろうと思い、その感覚に蓋をした。


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