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実技テスト最終日。
この定期考査が終わればソフィーの案件に追われることになるやら、先の6の暦に控える大きな行事の準備を急ぐことになるのか。
定期考査の結果が問題なければマルクル先輩の相談とやらも待っているし…。
実は日にちを経るごとに先輩の相談を私ごときが解決できるのか不安が擡げてくるのだが大きく出てしまった手前、断ることも出来ないのが密かな悩みだったりする。
どんな相談が飛び出してくるやら戦々恐々としているのだが、どうか大した相談じゃありませんように。
いちようどんな相談が来てもいいように対策とか考えた方がいいかなぁ?
昨日も考えていた通り、今日はソフィーの試験日だ。彼女は試験開始してからすぐに魔法舎の方へ行ってしまった。ので、今は比較的平和だ。
友人たちの話に暫く付き合ってから、昨日決めた通りそろそろ図書室に逃げ込もうかと考えていると私を呼ぶ声が聞こえた。
1日目の時のように友人を介して呼ばれたものではなく直接、私を呼んだのは一人の教師だった。
「マルティネス嬢。少しよろしいですか?」
何だろう?
私は昨日のうちに試験を終えたしまっているので呼ばれることもないと思っていたのだが…。
もしかして、昨日の試験に何か不備でもあったとか?だとしたら嫌だなー。
不安に近い嫌な予感を感じつつ友人たちに断りをいれ教師のもとまで歩いて行った。
「如何いたしましたか?」
教師の傍まで来ると、その表情に戸惑いが見て取れた。いや本当に、何があったんだ?
「生徒会の皆さんに声をかけて回ってまして。君で最後になります。生徒会室に行ってもらえますか?」
「生徒会室に?ええ、分かりました。お声がけしていただきありがとうございます」
「いえいえ」
どうやら役員全員を呼んでくるよう言われたがその理由までは把握していないと言ったところか。
廊下に出るとその教師とは教室前で別れ私一人で生徒会室まで向かうことになった。
なんだかいつもの呼び出しとは少し趣が異なる気がする。
先ほど感じた嫌な予感とはまた違う嫌な予感を感じながら、生徒会室までの道のりを急いだ。
生徒会室前まで来ると普段とは違い中が俄かに騒がしい。
これは役員以外にも誰かがいることを察して外しかけていた猫を被りなおした。
今回ばかりはノックをしてからしっかりと返事が返ってくるまで扉の前で粛々と待っていると、中から開いてプルーストが顔を見せた。
「あぁ、来たんだ。どうぞ」
「ありがとう」
私が入れるように大きく開けられた扉を有難く通ると、中には私以外の役員は既に揃っていた。
役員以外に2人の教師と、何故かソフィーがソファに座っている。
うーん何事?
先輩方と教師は何やら話し込んでいて割って入るのは邪魔になりそうだし。
「あの…マルクル様?私、何故ここに連れてこられたのでしょう?私、とても不安で…」
連れてこられた本人もよく事情を把握していないとは。
新しく入って来た私には目もくれずマルクル先輩の方をうるうると瞳を潤ませ見上げていた。
彼女の分かりやすく込められた好意の視線もマルクル先輩が歯牙にかけることはなく、空しい矢印だけが一方的に突き刺さっていた。
そんなソフィーから私は目を逸らすと、先に来ていたプルーストに目を向ける。
「何で呼ばれたのか把握している?」
「それがさっぱり。僕より先に来てたデレルも何も聞いてないみたいだから」
イリーナが無言で首を振ったので私たちは傍観の姿勢で待つことに決めた。
これは先輩方と教師たちの話し合いが終わるまで何も聞けない感じかな。
暇を持て余し始めた頃にようやく話し合いが終わったようで先輩方のうちリュドミラ先輩だけが私たちの方まで来て「急で嫌になるわねぇ」とのんびりと言った。
「何かあったんですか?」
プルーストが代表して聞くとリュドミラ先輩は少し申し訳なさそうな表情を見せる。
「ごめんなさいねぇ。見ていればなんとなく分かると思うけれど、説明はまた後で」
リュドミラ先輩がそう私たちに言うとマルクル先輩がソフィーの向かいのソファに座り、その後ろにアンドリ先輩が控えた。
当のソフィーはマルクル先輩が近くにいるからか少し笑みを浮かべているように見えた。
「君に一つ確認したいことがある。試験中、不手際があり怪我をしてしまった教師の怪我を治したというのは本当か?」
怪我を治したとな?
何だかつい先日、そんな話をしたような…。
「え?はい。私が魔法で失敗しちゃって…」
ソフィーは落ち込んで肩を下げると、祈るように手を組みホロホロと涙を流した。
何も泣くことはないだろうと思うが…もしかして怪我をさせた件で注意を受けるとか思っているのだろうか?
「ごめんなさい。まだ魔法の扱いに慣れてなくて」
「いや君を責めているわけではないから泣かないでくれ」
マルクル先輩は儀礼的にハンカチを差し出して淡々と話を進める。
ソフィーはそんな先輩の上辺の優しさに騙され少し頬をピンクに色づかせながらハンカチを受け取ると、涙を拭っていた。
「それで、その怪我を治したというのは本当か?」
「…はい、本当です」
もしかして彼女自身は自分が奇跡持ちであることを自覚していたのか?
たまにいるのだが自分が奇跡持ちだと自覚したうえでそれでも学園に通いたい、もしくは学院に通いたくないがために隠している子が。
そういう子は奇跡持ちであることを隠しているのだから当然、自分からばらすような愚行は犯さないものなのだが…。
平民の彼女はそんなことは知らなかったのだろう。だからと言って今から彼女にそれを教えるようなことはしない。
「そんじゃ、確認ねー」
後ろに控えていたアンドリ先輩は唐突に二人の会話に割って入ると、どこから持ってきたのか背に隠していたらしい小型ナイフをマルクル先輩の手に渡した。
マルクル先輩もそれに疑問を持たず受け取ると、おもむろに自分の掌にあてがったのでソフィーが慌ててナイフを持っている方の先輩の手を止めて掌から離そうと奮闘することに。
「何を!やめてください!」
ソフィーが止めるのもやむを得ないような…。
人が目の前で自らの掌を切ろうとしていれば何はなくともとりあえず、それを止めようと考えるのは人としておかしくない行動だと思う。
ましてやそれが好きな人であれば必死になるのも頷ける。
まぁ私であれば真っ先に正気を疑うが。
ソフィーの力が弱いのか、それとも先輩の力が強いのか微動だにせず変わらない状況にただマルクル先輩は薄く笑みを浮かべソフィーの静止をやんわりと拒否した。
「多少の怪我であれば問題ない。それに君が治してくれるんだろう?」
あれはわざとだな。
生徒会役員からしてみれば分かりやすくわざとらしい格好つけた笑みに思わず苦笑を浮かべる。
そんなことは見抜けないだろうソフィーは、こんな状況ではあるが青かった顔にほんのりと朱を乗せてマルクル先輩に見惚れてしまう。おかげで手の力が弱まっていた。
その隙を見逃すことなくマルクル先輩は躊躇いなくまっすぐにナイフの刃を引く。
なぞったとこからぱっくりと傷が開き血がどくどくと溢れ出す。あれは思っているよりも深くいってそうだな。
ちなみにイリーナはアンドリ先輩がナイフを取り出したあたりから手で目を覆っていた。
「きゃあっ!手をっ!」
ソフィーはまた慌てて今にも血が零れそうな先輩の手を取るとその傷口を覆い隠すようにそっと手を添え真剣な表情で目を瞑った。
マルクル先輩はソフィーにナイフが当たらないよう後ろにいるアンドリ先輩に血に濡れたナイフを渡している。
待つこと数秒ソフィーの周りを四元素のどれとも違う白い光の粒が舞いはじめ、どこか神秘的な雰囲気を醸し出す。
何かが起こっているのは分かるが傷口は彼女の手で覆われてしまっているため何が起きているかは分からない。
もう少し待っているとソフィーが目を開け徐々に白い光も少なくなっていき、次にゆっくりとどけられた手から見えたマルクル先輩の掌は最初から何もなかったかのように綺麗な掌をしていた。
「おぉ!」
アンドリ先輩は後ろからその手を覗いて驚嘆の声を上げている。
私も声には出さずとも同じ思いだった。
一方イリーナはプルーストに「もう大丈夫だよ」と教えられていた。リュドミラ先輩と治してもらった本人であるマルクル先輩からは特にめぼしい反応は見られない。
「良かった…。大丈夫ですか?」
ソフィーは安心したようにほっと息を吐きマルクル先輩の手を握ったまま問いかける。
先輩はその手から逃れ具合を確かめるようにぐっぱぐっぱと動かしてソフィーにまた笑いかけた。
「ありがとう。怖い思いをさせて済まなかった。今日はもう帰ってくれて構わない」
「え!もうですか?私…」
「それでは彼女のことを送っていただけますか。教室の方ではなく寮まで」
優しい表情を浮かべてはいるが、はなからマルクル先輩はソフィーの話を聞く気がなさそうで少し離れたところで存在を消していた教師二人にソフィーのことを頼んでいた。
彼女を帰らせるというのなら扉前に並んでいた私たちは邪魔になるだろうと思い奥の方までぞろぞろと移動していく。
移動中、ソフィーとは目を合わせないように気を付けた。なんか目とか合わせるだけでバトルとか仕掛けてきそうで怖いんだよなぁ。
だが彼女はマルクル先輩に何か声をかけるのに必死で私たちなど気にもしていないようで、全くの無駄な警戒だった。
結局、彼女は教師に引きずられるような形で生徒会室を後にした。
私は去り際の彼女の視界に限りなく入らないよう地味にプルーストを盾にしていたので、プルースト自身も甘んじてそれを受け入れてくれていた。有難い。
ソフィーが出ていくと生徒会室の空気が一気に緩んだ気がする。
リュドミラ先輩が「まずは休憩にしないかしらぁ?」と提案してくれたので皆、その案に一も二もなく乗ることにした。
私たち2年生が名乗り出て食堂までお茶を入れる道具一式とお菓子などの詰め合わせを頼むために生徒会室を出る。
食堂に着き目的のものを頼めばすぐに用意してくれたので、それほど待つことはなかった。
重い茶器類はプルーストが進んで持ってくれたので私たちで茶菓子の詰められたバスケットを持つと礼を述べてからその場を後にする。
道中、ソフィーの事で「驚いたね」「疑っているわけではなかったけれど本当だったとは…」「わたし初めて奇跡を見たよ!」と話し合いながら歩いていれば、あっという間に帰って来た。
ノックもなしに扉を開けば中ではアンドリ先輩がもう血のついていない小型ナイフを弄びながら笑っている声が聞こえて来た。
「ははっ!それにしても躊躇いなくいったねー」
「治せると本人が言ったんだからいいだろ」
「普通、指とかにしない?」
それは私もアンドリ先輩に同感です。
治せると分かっていても自傷に躊躇いがないのはどうかと思うので、自分のことは自分で大切にした方が良いと思いますよ。
「あら、ありがとう。早速淹れるから座って待ってなさいな」
「私も手伝いますよ」
「わたしも!」
プルーストが道具一式を机に出していく横で私たちもバスケットからお菓子を出していく。
アフタヌーンティーに出てくるようなセットを机に広げてお茶も人数分、淹れ終わってしまえば自然と皆集まってきて簡素なお茶会と相成った。
リュドミラ先輩に淹れていただいた紅茶を一口飲み休憩しながら、先輩たちが教師二人から聞いていた話を一通り教えてもらうことに。
一体何があってソフィーの奇跡が判明するに至ったのか、その経緯を。




