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あれからイリーナは少し遅れて生徒会室にやって来た。
元気よく開けられた扉から満面の笑顔のイリーナが現れて少し落ち込んでいた私の気持ちが持ち上がった気がする。
「お疲れ様です!イリーナ・デレル、ただいま到着しました!」
イリーナは試験が終わってから来たらしく丁度、話が終わってひと段落ついたタイミングだ。
マルクル先輩が仕入れて来た資料が彼女の目に入る前にプルーストが紙を纏めてマルクル先輩に手渡していた。
「イリーナお疲れ様」
「試験の方はどうだったのかしらぁ?」
「バッチリです!」
うんうん。イリーナも試験は問題なく終わったようでそれを聞いたリュドミラ先輩は近くに寄って来たイリーナの頭を存分に撫でている。
イリーナも素直にそれを受け入れ嬉しそうに撫でられていると、撫で終わったリュドミラ先輩がソファから立ち上がった。
「それじゃ、もうそろそろ時間だから私も戻るわねぇ」
「なら俺も戻ろっかなぁー。んじゃねー」
リュドミラ先輩は試験時間が迫っていたらしく、もう出て行ってしまうという。
私とイリーナでそれを泣く泣く見送りついでにリュドミラ先輩に付いていくアンドリ先輩も見送った。
「それでお話ってなんだったの?もう、終わっちゃった?」
「そうね。今ちょうど終わってしまったは」
「わー!そっか!ちょっと遅かったね…」
少ししょんぼりとして見せたイリーナには垂れた犬の耳としっぽが見えるようで申し訳ないが可愛らしい。
私としてはむしろタイミングは良かったと思っているので無言で慰めるにとどめた。
「デレルには俺から説明しておく。後の奴らは自由にして構わん」
「じゃあ僕は戻ります」
プルーストは戻るらしい。私は戻ったところで得があまりないのでイリーナが終わるまで待っていようかな。
「イリーナ。私はここにいてもいいかしら?」
「いてくれるの?うん!ちょっと待っててね!」
プルーストを見送ってからマルクル先輩とイリーナは向かい合って、さっき話していた内容をマイルドに誤魔化した内容を説明していた。
私の目が届くうちはイリーナに下衆な話など、なるべく聞かせませんとも。
彼女の周りにもそんな友人たちが多く親衛隊…というわけではないが姉貴肌の過保護な子たちが日々、彼女のことを猫可愛がりしているのだ。
彼女自身、末っ子なこともあり甘やかされることに慣れてはいるだろうが、ただの甘ったれというわけでもないのでしっかりと皆から好かれている。
イリーナもそんな友人たちに倍以上に愛情を返せるようにと、普段から努力しているのがまた可愛らしいと言ったところか。
「というわけでソフィー嬢には一度、研究所の鑑定を受けてもらうことになった」
「そうだったんですね、分かりました!」
イリーナとマルクル先輩の話が終わるとイリーナはソファに戻って来て私の隣に座る。
用意しておいたお茶を差し出せば「ありがとう!」と、とても嬉しそうに笑って美味しそうにお茶を啜った。結局その日、私とイリーナとマルクル先輩は試験の終わりまで生徒会室に籠っていた。
たぶんマルクル先輩は避難も兼ねているのだと思う。
もう一日目の試験も終わりが迫ってくると教室に戻ろうということになり生徒会室を出て戻ってきていた。
「お戻りになられましたのね」と出迎えてくれる友人たちは求めてもいないのに「彼女には何もありませんでしたわ」と私にソフィーの報告してくるので「あぁえぇそう。ありがとう」と大分、情けない受け答えをしてしまった。
まぁ何もなかったと言っているのだし、私の居ないうちに戻ってきていたソフィーもある意味いつも通り問題なさそうなので良しとしよう。
実技試験二日目。
今日は昼を少し過ぎたあたりに私の試験の予定が入っているので大人しく教室で待機している。
朝から友人の数々の声援を受け昼を食べて少し過ぎると予定通り私の出番がやって来た。
魔法舎まで五分前には着くように移動して試験会場の扉前にいる教師に声をかけ受付を済ませる。
またしばらく待っていれば教師に「準備が整いました。お入りください」と入室を促され開けられた扉を通った。
「失礼いたします」
中には3人の教師、もとい審査員。私の言葉に反応して「どうぞ、こちらへ」と案内され全面開放されている掃き出し窓から外へ出ることになった。
実技試験の内容は主に二つに分かれている。
まず一つ目は基礎中の基礎でもある四元素の最小魔法を教師に指示される元素を使い、ランダムに出現する土人形を狙って当てていくこと。
これを20回。20回中何回当てられたかと、タイムやコントロールなどの総合で採点が決まる。
基本的にはこの一つ目の試験で余程のミスをしない限り最低ラインのD判定、合格がもらえる。
二つ目は今日まで学んできたことの全てを駆使して今、自分に扱える最大魔法を披露すること。
これの出来によっては大きく加点が入ったり入らなかったり、明確にこうすれば審査でいい結果が出るといったラインが存在しないものなのでなかなかに難しい。
私は一つ目を完璧に終えた後、二つ目でしっかり加点をもらえないとB判定以上が厳しくなるので気合を入れた。
「準備はよろしいでしょうか?」
「…はい、お願いいたします」
一呼吸いれて体から力を抜く。私の言葉を合図に一つ目の試験が始まった。
私たちの使う魔法に詠唱や魔法陣と言った派手な演出はなく、せいぜい四元素に対応した色の淡い光が体の周りを舞ったり実際に放った魔法の軌道上に光の後を引いたり…その程度だ。
それでも十分に綺麗なもので初めて魔法を見たときのことはよく覚えている。言葉もなく見惚れて少しも見逃したくないとばかりに見入っていたのは、いい思い出だ。
閑話休題。
魔法を扱ううえで大事なことは自分の中にあるやりたいことのイメージを目に見えない妖精たちに魔力を通してしっかりと伝えること。
まずこの“伝える”行為がしっかり出来なければ魔法は不発に終わる。
それが出来ればもう一つ、大事な手順を加えなければ魔法の大きさや威力などが安定しない。
この大事な手順だが、人によって違うので自分で「これだ!」というものを見つけなければならない。
それ故に魔法使い一人一人、同じような魔法を放っているように見えても実際はどれも同じではないのだ。
私の見つけた大事な手順だが“浸透させること”である。
これは私の魔力を妖精たちに均一に行き渡らせることを目的としており、これをしなければ私の場合は極端にコントロールが悪くなる。
ただデメリットもあり浸透させるまでに多少のタイムロスが存在するので、私は魔法を放つまでが総じて遅い。
これでも繰り返し練習を行って限りなくタイムロスをなくしているので他生徒よりは確実に早いが。
ちなみにだが、参考までに生徒会の役員たちの見つけた手順を聞いてみたところアンドリ先輩は誘う。
リュドミラ先輩は導く。
プルーストは沿わせる。
イリーナは「おいでってしてぎゅってしてぱってするの!」とかなりの感覚派。
それよりも規格外だったのが「考えたこともなかった」と答えたマルクル先輩だ。それでいて器用に魔法を扱うのだからすごいと思うしかないだろう。
役員たちだけでもこれだけ三者三様なのだから、参考にはならなかったが興味深くはあった。
さて一つ目は無事、終わろうとしている。
最後の教師からの指示が出た。
「火」
視界内に現れた小さめな土人形に向かって火の玉を飛ばす。スピードの乗ったそれが当たると土人形は脆くも崩れ一つ目の試験が終了した。
20回中20回。指示を間違えることもなくタイムは自分の中の時計では2分もかかっていないはず。
教師たちが手に持った紙に採点を書く音を聞きながら次の試験のことを考えていた。
「では次に移ります。いつでもどうぞ」
二つ目の試験。
早速ではあるが、まずは大きな風の渦を作りそれに水が飛び散らないように気をつけながら加えていく。段々と速さを増していきその鋭さを保ったまま、大きい土人形を作り雑木林にある木を一本引き抜いた。
それを勢いよく渦の中に放り込むと予想通りばらばらに千切れ壊され哀れな木片と化したところで渦を霧散させた。
落ちて来る水に濡れた木片を落ち切る前に高火力の炎で包み灰に変えれば舞い散る前に風を吹かして、雑木林の奥の方まで運んでしまった。
これが木一本を犠牲にして使える今の私の最大魔法。
当初は火で木片を灰に変えるまでは考えていなかったのだがマルクル先輩にアドバイスをいただいて、なんとか組み込んだ。
今回は木を使ったが必ずしも使うというものでもない。ただ生徒一人につき木は一本までと決められてはいた。
理由としては過去に雑木林の一部を吹っ飛ばした奴がいたからだと聞いたことがある。
「以上です」
「はい。お疲れさまでした」
全元素使えたことだし、頭のなかで何度も繰り返した通りのことが再現できたのでとても納得のいく出来だった。
二つ目の採点を書かれている間は試験も終わったという油断で気が抜ける。
だらしなくならないようにしっかりと背筋を伸ばしまっすぐと立って待っていると教師の一人になんと褒められてしまった。
「一年の時よりも大分、進化していますね」
「そうでしょうか。ありがとうございます」
自分でも進化していると思います。だが、今回の試験結果に劣らぬよう次の試験でも頑張らねばと思うと少しやりすぎたかもしれないと後悔した。
これでは自分で自分の首を絞めているようなものではないか!
次の試験もマルクル先輩、相談に乗ってくれないかしら?
書き込みを終えたらしく教室に戻っても良いという許可を得たので試験会場から出る前に一礼してから、特に寄り道もせず戻ってしまった。
総時間、5分を少し超す程度だろうか。正確には把握できていないが早くに試験が終わったのは間違いない。
教室に戻れば友人たちに驚愕と感嘆でもって出迎えられた。
「もう終わらせて来ましたのね。さすがですわ!」
「ふふ、そう?ありがとう」
彼女たちからの賞賛の言葉に謙遜も含めつつ控えめに受け取っているが、心の中の私は鼻高々で偉そうに彼女たちに片手を振っていた。
「今日も彼女にはなにもありませんわよ」
「あらそう…ありがとう」
その報告はいらなかったなー。
褒められるのは悪い気はしないのだが、ついでとばかりにその報告をされても私としてはいまだにどういう返しが正解なのかよく分からないでいる。
別に報告とかしなくていいよー…とは言えないままで「ほほほ」と笑い誤魔化せば友人たちも同じように笑うので、その話はそのまま流れていった。
最近は教室にいるだけで気疲れがすごい。試験をしている時の方が疲れないってどういうことなの?
――はぁ、自分の試験は終わったしもう帰りたいな…。
心の中でだけ盛大にため息を吐いて、表面は友人たちと優雅に笑い合う。
明日はいよいよ試験最終日。
ソフィーの試験の予定は明日の初めの方だ。
なので私は彼女が試験を終わらせて教室に戻ってくる前に、意地でも図書室に逃げ込もうと心に決め今日はもう諦めることにした。
残りの時間よ、早く過ぎてー!




