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朝の時間はいつも本を読んで暇を潰す。
本を読んでいれば時間を忘れるというものでいつの間にやら結構な人数が教室内に集まってきていた。
「御機嫌よう」
人が多くなってくれば自然、私に挨拶してくる人も増えるわけでこうなってくるともう悠長に本を読んでいられない。
仕方がなしに本を鞄に仕舞いやってくる友人に向けて挨拶を返し、雑談に花を咲かせることに専念した。
といっても、私は周りの友人たちが囁きあう噂話や恋の話なんかに「まぁ、そうなのね」「すごいわ」などとおだてるばかりで特に会話に参加している感じではないのだが。
私が一定の返答を繰り返しているうちに鐘の鳴る音が聞こえてきた。
その音を合図に友人たちはまた挨拶をして自分の席まで戻っていき、間もなく担任の教師がやってくる。
「おはようございます、今日も一日頑張っていきましょう。早速ですが転校生を紹介します。入って」
それはとても珍しい時期の知らせのように思えた。始業の日は既に過ぎ去り3の暦も半ばの微妙な時期。
先生の「入って」の声に反応して閉じられていた扉が開かれ現れた姿はストロベリーピンクの髪色が違和感なく似合うとても可愛らしい女の子だった。
くりくりと大きな瞳は光を集めて輝いており、これに射抜かれた男子生徒諸君は僅かに頬を染め彼女に見入っている。
――わぁ、すごい…。
そんな私も例に漏れず彼女に見入ってしまっていた。
別に頬を染めたわけではなく、私はその珍しすぎる髪色に見入っていたのだ。
話は少し変わるがこの国で大半を占める髪色は茶や赤茶のようなブラウン系が多い。
これは平民に最も多い髪色で彼女のような珍しい髪色はその出自が特別であることを示しているのだ。
その出自というのが貴族につながることが多く、同時に特別な魔法使いである可能性を示していた。
魔法使いが貴族出身の者に多い理由としては遥か昔、この国の興りにおいて魔法使いが重宝され多大なる戦果を挙げたからである。
その功績を称えて貴族制度が造られ今現在まで続いているわけだが、これ以上はあまり語る必要はないだろう。
では何故、特別な魔法使いの可能性があるのか?
まず魔法とは自分に流れる魔力を妖精に渡して発生する現象のこと。これを自然と行使できるのが通常の魔法使い。
“特別”な魔法使いとは通常の魔法以外に、本当の奇跡を扱えるもののことを指している。
過去に存在した特別な魔法使いたちはそれぞれ『千里眼』『剛力』『治癒』など、様々な奇跡を持っていた。
その姿を未来永劫、忘れることのないようにと必ず絵姿に残しておく決まりになっているのだがそれを見てみると何故か揃いも揃って派手な髪色ばかりをしているのだ。
そのため、しばしば髪色が重要視されることがあるのだが彼女はどうなのだろうか?
閑話休題。
教壇に立った彼女が黒板に名前を書いて振り返ると私たちを見渡して歯を見せて笑った。
「ソフィーです!わたし、平民の生まれでたっくさん迷惑かけちゃうかもしれません。でも、みんなと仲良くなりたいと思っているのでよろしくお願いします!」
溌溂とした声が教室内に響いて一瞬の静寂の後、また騒めきが広がる。
この騒めきはさっきまでの好意的なものと違い悪意あるものだ。その原因は彼女が『平民の生まれである』と言ったせいだろう。
この発言、私たち貴族からしてみれば何処ぞの誰かの不貞の子であると言い触らしているようなもの。
勘繰りすぎだと思われるかもしれないが貴族同士での婚姻以外、基本的に認められないとされる法が存在している限り彼女の発言はそれに触れてしまうのだ。
誰も彼も不倫や浮気をしないとは思わないがそういった相手に子供ができてしまった場合、悲しいことではあるが大抵堕ろすよう金を渡すか、脅すか…最悪の場合は母子ともども殺してしまうことまであると聞く。
辛うじて遠縁の子と偽り引き取る、親戚の家に入れるなどして子供に家名を与え保護の名目でほぼ軟禁状態の生活を強いることもあるが子供にとってそれが幸せであるかどうかは分からない。
少なくとも自ら平民の子であると決して言い触らさないように言い含めるはずだが彼女は今日まで本当に何も知らず生きてきたというのか。
信じられないとは思いつつも、決してありえない話ではないということに私は絶句した。
言葉の締めくくりに勢いよく下げられた頭は、これまた勢いよく上げられ教師に自分の座る席はどこかを訪ねている。
教師は少しの動揺を残したまま彼女の座る席を指差して窓際の一番後ろにあることを伝えた。
その指示に従っていまだ喧噪鳴りやまない生徒の間を、堂々とした面持ちで通りすぎ彼女は自分の席に腰を降ろした。
朝の喧噪は結局、授業が始まるまで収まることはなく誰も彼女に近づこうとしない。
授業が終わり休憩時間に入るたび、友人たちは何故か私の元に集まり想像に想像を膨らませた彼女の下卑た妄想を話に来る。
私はそれに内心うんざりしながらも誰にもばれないよう彼女、ソフィーの方を盗み見た。
一人でいることを気にしていないのか、それとも慣れているのか朝見た印象と変わらず元気な彼女は一人でも楽しそうだ。
ただ移動教室があるときなどは誰にも教えてもらえないので授業開始ギリギリに到着することもしばしば。
その様子を見て嘲笑っている者が多数目に付いた。なんと転校初日にして彼女はいじめの対象として認識されているらしいのだ。
早い!あまりにも早すぎる!
彼女自身の話も、もう全学年に知れ渡っているらしくこれはもう何をしても彼女の汚名をそそぐことは叶わないのではないだろうか。
口から漏れ出そうになる深いため息を飲み込んでそっと目を逸らすと友人の「きっとあの子…」の続きに「そこまでにしておきましょう」と歯止めをかけることしか私には出来なかった。
そんな私を彼女が見ていたとも知らずに。
どんな出来事があろうとも時間は変わらず過ぎていく。
今日一日どんよりと重い気持ちが拭えなかったのだが漸く、それから解放されると思うと少し気分が晴れやかに。
友人たちとは雑に思われない程度に挨拶を交わし、早々に教室からおさらばした。
階を一つ上がり少し歩けば目的の場所へはすぐだ。
ドアプレートに生徒会室と書かれた厳かな作りの扉にノックを三回。ドアノブを捻り労いの言葉を口にしながら扉を開く。
「お疲れ様で、す…」
中に居たのは上半身裸の男。それを見たからと言って叫んでしまうようなことはないが眉を思いっきり顰めてしまった。
どうやら着替えの途中だったらしい男は脱いだ服を机に放り投げてドレスシャツを羽織った。
「ノックをしたのなら少しくらい返事を待て」
ボタンを留めながらの男からの説教は至極もっともではあるが、更衣室が備えてあるにもかかわらずここで着替えを行っている男に素直に従う気にはなれない。
だから、眉を八の字に下げわざとらしくしおらしい態度で男のことを遠回しに責め立てることにした。
「まぁ、申し訳ございません。男女ともに共有の場であるはずの部屋で着替えを行う殿方がいらっしゃるとは想像にも及びませんで」
「…俺が悪かったから、嫌味はやめろ」
着替え終わった男は辟易とした態度で奥の椅子に座ったので私も慣れた席に座ることにした。
鞄を机に置いてネクタイを締めている最中の男を見上げる。
「私も悪いとは思ってますよ。だからお相子ってことで」
「そうだな」
「ところで、マルクル先輩は何故ここで着替えを?」
不思議に思っていたことをネクタイの調節が終わった彼、クラウス・マルクルに聞いてみれば今度は机の上の服を綺麗に畳みながらその訳を答えた。
「更衣室で着替えていると嫌な奴に絡まれて長くなりそうだから逃げてきた」
「はぁ…」
嫌な奴、か。何故だろう、私の脳裏に友人たちが出所の分からない噂話する姿が浮かぶのは。
まぁ彼女たちとはかなり上辺だけの友人関係なもので実は友人と呼べるかも怪しかったりするのだが。先輩の何気ない一言に私の心が5のダメージを受けた。気がする。
「絡まれると言いましたが、その方に何か恨まれるようなことでも?」
「いや。ただ、あれについては俺が一方的に嫌っているだけだ」
その方も相当に嫌われたものだなぁ。
「ああ、そういえばお前の所に転校生が来たらしいな」
あ、その話に触れちゃいます?
私としてはあまり関わりたくないと考えているのだけれど…あれほどの噂になっていたら逆に触れずにはいられないか。
気は進まないが生徒会役員たちが揃うまでの間、話を続けることにした。
「来ましたよ。とっても可愛らしい女の子です。先輩気になりますか?」
「いや。そっちじゃないんだが…どうも良くない話ばかりを聞いてな」
ですよね。そうなりますよね。
「どんなことを聞いたのか知りませんが彼女について私から言えるのは一つだけですよ」
「平民の生まれであること、か?」
それが分かっているのなら私からそれ以上話せることは何もない。
憶測はいくらでも出来るが、それは私の友人たちがし尽していた。
「ふむ…平民の先祖返りか。ここまで成長しきっての発見は珍しいな」
「どういう経緯で見つかったんでしょうね」
「そういうお前の“それ”は先祖返りによるものか?」
「あぁこれですか。違いますよ、母からの遺伝です」
問われて私は自分の長い髪を一房摘み自分にも見えるよう前に持ってきた。
かく言う私もこの国では見ないシルバーの髪色をしているのだが、これは何十年も前に亡んでしまった国に稀に見ることが出来た髪色だと父が教えてくれた。
先祖返りのように両親の髪色を無視して生まれてきているわけではない。
先輩が言っている先祖返りは私には当てはまらないだろう。
珍しい髪色に先祖返りを疑う理由としては当然、特別な魔法使いが関係している。
特別な魔法使いが婚姻を結んだ場合その子供は必ずしも特別な魔法使いと同じ髪色になるということはなく、ほとんどの場合通常の魔法使いの髪色になりまた奇跡を受け継ぐことは決してない。
なので基本的にソフィーのような髪色の子は先祖返りでしか生まれないのだが、自分の子供が先祖返りだと分かっていれば無下にすることはしないだろう。
何も知らなそうだった彼女の様子を思い出して、本当に今日まで誰にも知られず見つからず平民として暮らしてきたであろうことは誰が見ても明らかだった。
「そういう先輩は見事なブラックですね。マルクル家は代々暗色系ばかりですし、例に漏れずって感じです」
「なんだその感想は」
思わぬ髪色談議に話が流れていると元気のいい足音が聞こえてきてノックもなしに扉が開かれた。
「やっほー!きたよー!」
「お疲れ様です」
先の元気印がイリーナ・デレル。それとは対照的に後から入ってきた淡々とした男はジャコブ・プルースト。
私と同じ二年生で生徒会役員を務めている。
突撃してきたイリーナを受けとめ互いを抱きしめあうのは彼女なりの好意の示し方でもあった。
まるで小動物のような愛らしさがあるイリーナに癒されていると、無粋にもマルクル先輩が茶々を入れてきたではないか。
「デレル。せめてノックはするように」
「あ!ごめんなさい、気を付けます」
しゅんとしょげてしまったイリーナも可愛いがかわいそうでもある。
私が慰めるためによしよしと頭をなでるのをプルーストがいつもの愛想笑いで眺めていた。
「あらあらぁ、みんな早いのねぇ」
「俺らが最後じゃん」
じゃれているうちに最後の二人がやって来た。
おっとりお淑やかな三年生、リュドミラ・エギンと、マルクル先輩と同じ四年生のエヴラール・アンドリ。
現生徒会は私を含めたこの六人で運営されている。
やっと全員が揃い、それぞれ所定の席に座るとマルクル先輩が声を上げた。
「では、始めようか」




