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待ちに待ってはいないが考査当日。
まずは2日間、筆記試験に挑むことになる。
これはマルクル先輩に教えてもらったおかげでいつもよりスムーズに解くことが出来た。
苦手教科はいつも見合わせも含めて時間いっぱい見ているのだが、今回はなんと時間が余ってしまったではないか。
自分の中の見合わせでも正答率9割は確実!これは自信満々、胸を張って先輩に良い報告が出来ることだろう。
そんなわけで筆記には何の不安もなく終えられたわけだが、重要なのは後の3日間に控える実技の方だ。
出番が少なく忘れがちだが実は私たち、魔法が使えます。
普段生活の中でも使ってはいるのだが、私たち魔法使いにとってはそれが普通なので特筆するほどのことでもない。
例えばどこで使っているかと聞かれれば、私なんかは実は入浴のために毎日使っていたりする。
贅沢にお湯を使えるのもひとえに私が魔法使いだからであって魔法を使えない平民なんかは、そうそう風呂に毎日入るようなこともなければ大量の水を沸かすのにも火を自分で起こす苦労がある。
こればかりは自分が魔法使いで良かったと、前世を思い出してからというもの本当に感謝した部分かもしれない。
ただ学園では授業以外で許可なく魔法を扱うことを原則禁止しているので学園内での出番は少ない。
定期考査ではそんな出番が少ない魔法を存分に教師たちの前で披露し、今日まで学び演練してきたことがしっかりと身についているかを審査される日である。
この審査には普段使われている魔法授業専用の建物、魔法舎に各学年、各クラス事前に予定された時間に行かなければならないので3日もの時間を要するのだ。
この魔法舎であるが普段生活している校舎とは違い一クラス分が余裕で入るくらいの平屋建ての建物がいくつも存在している。
最も特徴的な部分は学園に隣接する雑木林に面する壁が一面掃き出し窓になっておりそこからも外へ出られるような造りになっているので授業の用途によって直ぐに使い分けられるように設計されていることか。
今回は実技ということで当然、魔法を使うことになるのでおそらく外で行うことになるだろう。
この定期考査だが、私は生徒会の特権を使っているので今回は強制的に筆記90点以上、実技B判定以上を取らなければ少し問題になってしまうので頑張るしかないのだが普通の生徒たちにとってはそうでもない。
筆記試験に関しては赤点の基準が低いし実技試験で魔法をしっかりと扱えてさえいれば基本的に補修なんてことになることはない。気楽でいいなぁ。
この3日のうちは運動場での魔法使用が教師の監視下のもと解禁されているのでそこで出番があるまで練習を行っている生徒も多いのだが、私の出番は二日目だしなぁ。
そういえば肝心のソフィーであるが今は教室にいないので有難いことにあの異様な光景が展開されていることはない。
先日やっとこさ理由を聞けたのだが「彼女に何もないように見ているのです」と言っていたが本音は『彼女が何も仕出かさないよう見張っておく』だと思う。
というわけで一日目は暇だ。図書室にでも行って本でも読んでおこうかな。
とか考えていると周りがざわりと騒がしくなって私を呼ぶ声が聞こえた。
「マルティネス様!あ、ああの!」
「どうかしまして?」
珍しく狼狽えているらしい様子の友人の一人が私の後ろから声をかけて来たので振り返ると、あわあわと手を動かしている彼女の手を取って落ち着かせる。
数回、小さく深呼吸をした彼女はようやく落ち着いたらしく「ありがとうございます」と笑顔を浮かべたので手を離した。
それでも少し興奮冷めやらぬとばかりの彼女は頬を可愛らしく上気させながら震える指で後ろの扉を指差した。
そこには何故か私のことを犬でも呼ぶみたいに指でこいこいと示す先輩が見えてイラっとする。
なんか大人しく言うことを聞いてやるのが癪に障る態度だが友人が「クラウス様がお呼びですわ」と言うので友人の頼みを聞き入れるということで怒りを鎮めた。
「ありがとう。少し行ってきますわね」
大方、マルクル先輩に急に話しかけられたのでおっかなびっくり嬉しさも入り混じってあんな反応だったのだろうな。
それにしても、先輩が私のクラスを訪ねて来るのは予想外だった。
ソフィーに苦手意識を持っているようなので余程のことがない限り来ることはないと思っていたのだが、まさかの余程のことでもあったとか?
マルクル先輩の近くまで来ると後ろにプルーストがいるのを見つけた。
「どうかなさいまして?」
「今、来れる奴だけでも先に話を済ませておこうと思ってな」
「そうでございましたか。分かりました」
話、とは?
考査期間中は生徒会活動が出来なかったし筆記試験の2日は不用意な居残りを禁止されているので比較的、暇な今が時間としては最適ということだろうか。
まぁ何か話があるというのだから大人しくついていくことにした。
「イリーナは後で来るのかしら?」
「多分、来ると思うよ」
マルクル先輩を先頭にプルーストと並んで生徒会室まで歩いていく。
心なしか生徒が自ら避けていくので中央を占領して歩きたいわけでもないのに、譲られる形で歩く羽目になっているのは勘弁してほしい。
「あらぁ、暫く振りね可愛い子。会いたかったわぁ」
「私もです。リュドミラお姉様」
中にはリュドミラ先輩とアンドリ先輩が既に待機しており、二人並んでソファに座りお茶とお菓子を楽しんでいた。
リュドミラ先輩はさっきのマルクル先輩と違い優しく私を迎え入れてくれるので私はその豊満な胸に遠慮なく抱かれることを選んだ。
私がよしよしと撫でられている間にプルーストはアンドリ先輩に目を向けていた。
「あれ、もしかしてもう終わったんですか?」
プルーストの疑問にアンドリ先輩は待ってましたとばかりに余裕の笑みを浮かべると手でVサインを見せつけてくる。
「ふふーん!もう終わっちゃったー!終わらせちゃったー!」
無駄に強調してくるVサインにリュドミラ先輩が微笑まし気に笑っていた。
それにしてもアンドリ先輩だと一日目の最初の方に試験が予定されていたと思うのだが、まだ試験が開始されてから20分ほどしか経っていない。
もうここでゆっくりお茶をしているということは速攻で何の問題もなく試験を終えてここに居るということだろう。
生徒一人に与えられる実技試験の制限時間は30分まで。大体の人が10分~15分、長くても20分行かないくらいで終わるのだがアンドリ先輩は5分と掛からず終わらせてきたのか。
それは確かな優秀であることの証左に他ならないので後輩二人としては若干、乾いた拍手を送っておいた。
ここにイリーナがいれば惜しみない賞賛と拍手を送っていたことだろう。が、アンドリ先輩は私たちの拍手でも満足してくれたらしく上機嫌に笑っていた。
「それじゃみんなの分のお茶も入れましょうかぁ」
リュドミラ先輩から離れると魔法を使って紅茶を淹れ始めたので私も手伝う。食堂から道具一式借りてきたのだろうなぁ。
まぁ生徒会室は飲食禁止とは決められていないので問題ないだろう。
お茶が皆に行き渡ったころには、それぞれ空いている席に適当に座りゆるゆると話が始まった。
「話というのはソフィー嬢のことだ」
あぁ…ソフィーのことか。
あの“大ぼら作戦”も含めると、あれからそこそこの日数が経過している。
作戦が功を奏したのか彼女へのいじめに関係する事柄は一切の活動を停止しており被害らしい被害は現状、確認していない。
ただ針のように突き刺さる無言の視線を除いて。
そもそも呼び出されて彼女が教室を出ていくといったこと事態がなくなっており、堂々と彼女に対して文句を言うなり何か仕掛けるなり出来るような心臓が強い生徒もいないので作戦的にはいちようの成功と見て問題ないのではないだろうか。
「現状は問題なさそうだし、事情通のあの子のグループには直接お話に伺ったしー」
私の知らないうちに事情聴取をしたあの子のいるグループに対してはしっかりと話し合いが行われたようで、その後の処遇に関しては聞かなくともお察しと言ったところか。
まぁ行動を起こしたらどうなるかの実例が一つあることで後ろ暗いところがある生徒は余計に今、手が出しにくくなることも狙ってのことだろう。
「同じクラスとしてはどんな感じなの?」
プルーストの言葉に私は自然と思い出される異様な光景に渋い顔を浮かべた。
「いやぁ。うーん…私も問題ないとは思います」
「なんか随分と曖昧な言い方だね。何かあったの?」
「ある…というか、直接的な被害はないんですが…視線の暴力、といいますかむしろ視線が暴力…」
私の所感も含めて最近のクラス内の雰囲気を話してみると、アンドリ先輩は「うへぇ」と苦い顔をしてお菓子に手を伸ばした。
「まぁ、視線だけならもういいだろ。ただ現状、一時的にどうにかできているとしても、この作戦では持続性は望めない。そこでだ」
マルクル先輩はそこで一度、言葉を切って机の引き出しから数枚の紙を取り出すとソファの方の低い机に投げてよこした。
何が書かれた紙かと頭を突き合わせ皆で覗いてみると、そこにはソフィーの生年月日から学園に来るまでの経緯などが事細かに個人情報らしきものが書かれていた。
「うわぁ…」
「引くな」
反射的にドン引きしてしまった。
「いや引くでしょー。で、これどうしたの?本人に聞いたわけでもないんでしょー」
「少しな」
アンドリ先輩が私の言葉に同意してくれるがマルクル先輩はどこ吹く風。
情報の元がどこなのかは気になるところだが今流すような言い方をするということは今後も教えてくれるかどうかは怪しいところだ。
むしろ聞く方が怖いし…触らぬ神になんとやらってやつだ。聞かないのが賢明だろう。
それにしも何故、こんな個人情報を仕入れて来たというのか。
「あれ?今はウィクリフ卿の保護下?誰だっけ?」
「あ、私知ってます」
ウィクリフ卿は比較的最近、準男爵の爵位を与えられた壮年の男性だ。
幼い頃にあった実家の屋敷の方で開かれた大きめのパーティに招待されていたらしく私が一人の時にその方に一度だけ挨拶されたのを覚えている。
何故か私に対して恭しくお辞儀をし挨拶をしてきたので私も返してから「両親にはもう、挨拶はなされましたか?」と聞けば「いえ、これでよいのです」と言われ頭の上に疑問符を飛ばしているうちに「それでは失礼いたします」と直ぐに去って行ってしまった。
そんなことがあり妙に印象に残っているので覚えているのだが、あれ以来お会いしたことはないので大したことは知らないのだ。
「で、その人に見つけられ保護され魔法が使えるってことでここに入学したと」
「特に経歴におかしなところは見られませんけど…」
流石に年齢は詐称されていないだろうということで生年月日の辺りは読み飛ばしてしまう。
予想外と言えば騎士に保護されたと考えていたので一様の保護者は近くの孤児院にあると思っていたのだが準男爵にあったのは予想外と言える。
「母親は…やっぱ元娼婦かー」
「お母様もウィクリフ卿のもとに保護されているようねぇ」
父親は不明と書かれているあたりウィクリフ卿の子というわけではなさそうだ。
そもそもあの人は結婚していたんだったか?もし、ソフィーのお母様と夜の関係にあったとしても不倫にならないのではないだろうか。その場合は子が魔法使いということで多分、婚姻も結べるのだが。
さて一通り見終わってもマルクル先輩が何故これを見せたのか理由が分からない。
無言でマルクル先輩を見て紙を指差す。
「で、これがどうしたんですか?」
「まぁ正直、経歴の辺りは全て蛇足だ。調べて分かったことだがどうやら彼女は奇跡持ちかどうかの鑑定を受けていない」
え、見るからに先祖返りなのに?
先祖返りの場合は総じて一度、城の管理下にある専門の研究所預かりとなり奇跡持ちかどうかの鑑定が行われる決まりになっているはず…なのだが彼女はそれを受けていない?
もしかしたら奇跡持ちである可能性を見逃しているということか。
てっきり奇跡持ちかの鑑定を受けたうえで、そうでなかったからこの学園に入学したのだと思っていたけれど。
「とすると。一度、研究所に報告することになるんですかね?」
「そうしようと考えている」
「でもこれで奇跡持ちでなかったとしたらー、そのまま戻ってこないー?」
もし鑑定の結果が奇跡持ちであった場合、彼女は半強制的に学園から出ることになりこれまた城の管理下にある学院の方に入学をはたすことになる。
ただそうでなかったら、彼女は変わらず学園に残ることになるが…。
「いや、彼女は奇跡持ちだろう。とある筋からそれも確認している」
「なにその筋…でもそうなると、体よく彼女を学園から追い出せるわけだー」
うーん、言い方が悪いがつまりはそういうことだろう。
成程。これを持ち出したのはそれを言い出すための前振りだったの訳か。
「奇跡が何かによっては聖女教が口を出してきそうですね」
ピンクヘアの奇跡持ちで最も崇められ偶像崇拝までされている人物がいる。
その人物は治癒の奇跡を持っており遠い昔、戦争で傷つき死んでいく人が絶えなかった時代を支えた立役者的な存在である。
特に怪我や病気で苦しんでいるような人は聖女教に毎日祈りを捧げることでその苦しみや痛みは癒されるとされているのだが、もしソフィーが治癒の奇跡持ちであれば聖女の再来として噂になることだろう。
「それは自由にすればいい。今後はその方向で話を進めることになるが、異議あるものは?」
「異議なーし。ずっと悩まされるの嫌だしー」
「分かったわぁ」
「了解です」
「私も正直、その方がいいです」
ソフィーにとっては実に勝手な決定に怒り狂うかもしれないが到底、埋まることのなさそうな他生徒たちとの溝を埋める努力をするよりも新天地にて頑張っていただきたいと思う。
今の話し合いは彼女にとってこれからどうしていくべきなのか、というよりもどうすれば彼女を学園から遠ざけることが出来るかの話し合いだった。
今のマルクル先輩の決定に誰も異議しないということは、今ここに居る皆にとってもソフィーは邪魔者でしかない。
唯一、異議というよりも心からの賛同は得られないであろうイリーナはここには居ない。
私も私の心の平穏のためにこの決定に従ったことに少し悪気は感じているが、その程度しか感じない程度にはソフィーに対して良い印象は持てていなかった。




