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定期考査前ともなると、図書室にも俄かに人が増える。

筆記に向けて図書室で勉強をする真面目な生徒がちらほら。私も目的は同じようなものなので各教科の教師たちから頂いた紙を片手に自分で本棚を探ってみたが、どこにあるのか全く分からない。

定期的に図書室を利用しているとはいえ、ほとんど学生司書のメルメにお勧めされた本を借りているだけなので自分で本を探すことって少ないんだよなぁ。

奥の方まで見て回ってはみたが、一向に見つかりそうにないので大人しく司書を頼ろうとカウンターまで踵を返した。

カウンターには変わらずメルメが本を片手に座っている。


「メルメ様。読書中のところ申し訳ありません」

「あ、マルティネス様!気づかず申し訳ありません。ご返却でしょうか?」

「いえ。今日は少し探している本がありまして、これなんですが…」


紙に書かれているいくつかの本の名前をメルメに見せると「それなら…」と直ぐに案内してくれた。

人の少ない奥の本棚に隠されるように置かれていた本を、あっさりと見つけてしまったメルメに感謝する。


「こちら借りていかれますか?」

「ここで読んでいくわ。どうもありがとう」


カウンターの方に戻っていくメルメを見送ってから私は近くにあった机にとりあえず3冊を選んで本を置くと椅子を引いて、早速本に目を通し始めた。

あまり好んで読むことのないジャンルなのでなんだか読みづらい…。

ノートを開き参考になりそうなところを書き写したり、いくつか載っている例題を解いてみたり。

黙々と続けているうちに集中が途切れて息を吐き本を閉じた。


「もう終わりか」

「ぬわ!」


いきなり声をかけられ、思わず変な声が出てしまった。

咄嗟に口に蓋をすると顔を逸らして肩を震わすマルクル先輩が向かいにいたので足を狙って足で攻撃してみたが手ごたえがなかったので避けられた気がする。チッ!


「なんなんですか、私の前に無言で立たないでくださいよ」


前世で聞いた覚えのある某殺し屋13とは真反対なことを言うと、やっと先輩は口元を隠したまま私の方を向いた。

口をへの字に曲げて先輩を渾身の恨みを込めてじろりと睨んでやるが効果はなさそうだしむしろこの頃、私の反応で遊んでいるまである気がする。反応してしまう私が悪いのか?これ。

いつか先輩に人のことを弄んだ天罰が下りますように。


「何か良からぬことを考えているな」

「いえ何も」


危ない、バレるところだった…。

私がそっぽを向いたのでそれ以上の追及をマルクル先輩がしてくることはなかった。


「それで、先輩は何しに来たんですか?」

「お前と似たようなものだ」


聞いてみれば読んでいる気配のなさそうな本が一冊、私と同じ机に置かれている。

明らかに二年生の範囲ではなさそうなので四年生の先輩のものだろう。

本以外は何も置かれておらず勉強という風には到底見えないが私と同じということは、つまりは勉強をしに来たのだろうが。

私と違って本を読むだけで事足りる、と。ほう?なんだこの人、自慢でもするために私の前に座っているのか?


「今度は何を考えている」


マルクル先輩は器用にも片眉を少し上げて私のことを疑り深く見てくる。


「いえ別に。ただマルクル先輩は流石優秀であらせられますものね、と感心していただけですわ」

「成程。嫌味か」


違う嫉妬だ。

先輩にそんな意図も裏もないこと重々、承知なので頭の作りの違いを実感して嫉妬しているんだ。

くっ、羨ましい。


「それで、もう終わったのか?」


先輩は最初に聞いてきたことをまた改めて聞いてくるので、私は閉じた本と書きかけのノートとまだ目を通してすらいない2冊の本を順番に見て最後に先輩を見て頬杖をついた。


「まだです。ちなみにですけど先輩は?」

「前に一度読んだことがあるからな。もう問題ない」


やっぱり優秀だった。

もしかして先輩の愛読書、学術書だったりします?私の中でもれなく、すごい変人ってイメージが付きますけど良いですか?

まぁ、必要があったから読んだだけなんだろうなぁ。それも覚えてたっぽいので、そんなに真剣に読む必要もなかったみたいですけど。


「強引に推し進めた手前、お前が点を取れないようでは困るからな」

「?もしかして、気にしてらしたんですか?」

「俺が気にするのはおかしいか?」


おかしい、ということはないが。

あれは計画の一部でもあったしマルクル先輩が気にすることはないと思うのだけれど…というか先輩が気にすること自体が間違っている気もする。

まぁこれを先輩に言ったところで否定されてしまうだろうから、わざわざ言わないけれど。

うーん…せっかく気にしてくださってるのだし、甘えてしまっても文句は言われないだろう。


「でしたら先輩。私が良い点とれるように教えてください」

「もとからそのつもりだ」


先輩のおかげで勉強が捗ること、捗ること。分かりやすい説明をしてくれるので解くまでに時間がかかっていた苦手だった問題がするりと解けるようになって、すごく良い勉強になった。

主に苦手分野から先に見てもらっていたのだが、思っているよりも早めに終わらせることができ時間が余ったので残りの時間で他の教科も見てもらえた。

これを私一人でやっていれば今より倍以上は時間がかかったであろうことを考えると、思っている以上にお世話になっているような気がしてきた。


「ありがとうございました。おかげで問題なく良い点が取れそうです」

「それは良かった。学年順位一位は目指せそうか?」

「それはちょっと…」


無茶を言わないでほしい。多分一位はプルーストだと思う。

基本的に愛想笑いが標準装備の温和な彼だが、実は私たち二年生の中で最も優秀な男なのだ!


「また考査明けにでもご報告ついでにお礼差し上げますね」

「ああ…それだったら少し相談に乗ってくれないか」


おや先輩から相談とは珍しい。

むしろ初めてのことなのでは?快挙なのでは?

一体何が快挙なのかはさておきむずむずとせりあがってくる悦びを抑えきれず、にやけそうになる口元を強気な笑みで覆い隠した。


「まっかせて下さい!それで、相談とは?」

「それはまた考査明けに」


結局その日、マルクル先輩が相談内容を教えてくれることはなく私は校門前で先輩と別れ屋敷に戻ることに。

夜の自主勉強もそこそこにして早々にベッドに入ってしまうといつもより多く勉強した分、疲れていたらしい頭はすぐに睡眠を求めて私は間もなく眠りについた。


朝、起きてから学園に着くとまた昨日のような異様な光景を目にすることを思い出して気が重くなる。

自分の教室に入る前に長いため息を吐き切って扉に手をかけ意を決して開いてみれば、まだ誰もいないと思っていた私の視界に目立つピンクヘアが入ってわずかに目を見開いた。

入って来た私に背を向ける形で自分の席に座っていた彼女は扉の開いた音に気付いて静かに振り返る。

いつもの元気印な印象とは180度違う密やかな雰囲気に目の前の彼女が一瞬、違う誰かに見えるようだった。

開いているらしい窓からささやかな風が吹いてソフィーの髪がさらりと靡く。

ソフィーは私の姿を認めると、立ち上がって私の傍に寄って来た。


「おはようございます。マルティネス様」

「…えぇ、御機嫌よう」


まさか彼女から話しかけられる日が来るとは思ってもみなかった。

ソフィーがこんな早くに来ていることも、私に話しかけて来たことにも驚きで一瞬、言葉に詰まってしまうが違和感なく挨拶は返せたはずだ。

私は彼女に嫌われていると思っていたのだけれど…。

現状はソフィーへのいじめがなくなっていることに、なんとなく生徒会が関係しているのは分かっていると思う。

ただ実際、彼女のために動いたという実績はないので私への好感度は変動していないと思いたい。

むしろ今以上に悪くなっている可能性ってなに!

ともかく何故か話しかけてきたくせに彼女は何も言わないので私から話を続けてみることにした。


「貴方から声をかけてくれるだなんて嬉しいわ!私に何か御用かしら?」


とりあえず歓迎の姿勢を見せてみるがソフィーは表情を変えずただ黙ってじっと私のことを見るばかりで一向に口を開く気配すら見せない。何故何も言わないのか!

じっと見られているだけなのでとても気まずいし、私はどうすればいいんだ!

天気の話とかどうだろう。今日はいい天気ですね、とか。

まぁこの話題を持ち出すときは相当に相手との共通する話題が見つからない場合に限るので、これを出してしまえばそれ以上の話題はなくなってしまうのだが。


「歓迎会の時、お力になれなかったこと実は気にしていたの。何か私に出来ることでもあるかしら?是非、頼って頂戴ね」


さっきから喋ってるの私一人で寂しいなー!喋ってー!

いよいよ次に出す話題が天気の話になってしまう。どうしよう、他に何かないかな?


「今日は天気がよろしいわね!空気が澄んでいて空が高くて…そうだわ!お昼を一緒に頂きませんこと?外で皆さんと食べたらとて「マルクル様とはどういうご関係ですか?」


それは途中で話を遮ってまで聞くことかね?

しかもマルクル先輩とどういう関係かだって?この年の頃の男女であれば、そういう関係を疑われることも噂されることも当たり前にあるので慣れてはいる。

ただ、ここまで直接的に聞いてきた人は初めてかもしれないなぁ。大体の人は遠回りに聞いてきたり、こなかったりなので。


「マルクル様とは生徒会で同じ役員として、学園の先輩後輩として仲良くさせていただいておりますわ」

「それだけですか?」

「えぇ」

「本当に?」


私の言葉のどこにこれ以上、疑う余地があるというのだね。

むしろ彼女が疑うような男女の仲である可能性を否定しているのだから素直に受け入れろ!

彼女が一体、何を思ってこんなに疑ってきているのか知らないが私としてはこれ以上に言えることなど何もない。

どうすれば彼女の納得のいく回答が出るというのか。


「じゃあ、なんで…」


何かに耐えるようにキリリと歯を食いしばる音が聞こえて、顔を伏せるとソフィーはそれ以上何も言わず私の前から無言で立ち去っていってしまう。


「あ、ソフィー様…」


その背に思わず声をかけてしまったが当然、反応が返ってくるはずもなく私の言葉は空気に溶けて消えてしまった。


――…一体何だったんだろう?


嵐が去っていったあとに残るは静けさばかりなり。

嵐というほど激しいものでもなかったけれど、彼女は教室を出て行ってしまったの後に残るこの微妙な空気は私一人で抱える羽目になってしまった。まぁあの後、居座られても微妙な空気が持続して気まずかっただろうな。

彼女が出て行ってしまった時、閉められることのなかった扉をなんとなく暫く見つめる。

なんだか初めて彼女と会話が成り立ったような?…成り立ってたか、あれ?

少なくとも穏やか…とは言い難いがあの会話を時間で鑑みれば大したことはなく直ぐにでも終わってしまう僅かな間のもの。

そんな少ない時間では彼女の聞きたいことも、その真意も汲み取ることも難しかったのかもしれない。

私は開け放たれたままの扉を閉め、自分の席に戻るといつも通り本を読み始めた。

ソフィーに思考を奪われていても分からないものは分からないのだから、朝から無為に悩むのは得策ではないと愚考する。

特に問題が起こったわけでもないし、ただ会話をしただけ。

そう考えると気にしている理由もないなと思えてきて、友人たちが挨拶に来るまでのんびり本を読んでいた。

続々と集まってくる生徒の中でもソフィーが入ってくると友人たちの反応で分かるので、わざわざ気にする必要がなくて楽だなー。

どうやら戻って来たらしいソフィーは朝、私と会った時の雰囲気とは180度違うもとの元気印な印象の彼女に戻っていた。

朝見た彼女と今見ている彼女、はたしてどちらが本当の彼女なのか。

私も友人たちの隙間を縫って彼女の方を少しばかり見ていたが彼女が私のほうに視線を向けることはなかった。

それは翌日も、翌々日も、彼女があの日以来、もう一度話しかけてくるようなことはなくむしろ私と視線が交差すらしないのはもう避けられてるレベルなのでは?

あの日からなんだか気になってしまって朝に少しだけ視線を向けることを続けているのだが普通、目が合うことはなくとも私が視線を向けているのだから交差することくらいはあるものでは?

結局、考査前日までソフィーのことを気にしてしまっていたが明日はいよいよ定期考査だ。

このまま彼女のことに思考を割いてばかりというわけにもいかないだろう。

あの日の朝にあったことは夢だったのかもしれないと思い始めるほどには、私とソフィーの間には何の接点もなかった。


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